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ユスベキュア戦記  作者: 桔梗 薺
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ラナンの目覚め

 ラナンは暑苦しいぐらいに心が燃えていた。「今日こそ、帝国の悲願が達成される!」と。目の前には敵国の大将がいる。一騎打ちだ。以前のラナンなら興奮して鼻息を荒くし、敵に斬られそうになり、今は亡き師に救われ、叱られていただろう。だが、彼は冷静さを失っていなかった。ラナンは、今、矛を振り上げる。


ープロローグー 

 ユスベキュア大陸には2つの大国があった。ゼル国とガリム国である。ゼル国の皇帝は若く聡明な女王であり、名はミウォル、自国の文化だけでなく東洋の文化も好み、軍隊の名に自身の趣味を反映させていた。その軍隊の名は五神軍といい、皇帝直属の麒麟軍、青年が集まった青龍軍、壮年の者が集まった朱雀軍、それらを指導する大将や実力が大将たちに引けを取らない者が集まった白虎軍、隠居した武人で宰相として戦略会議の際に助言をする者が集まった玄武軍というように分けられていた。皇帝ミウォルの東洋趣味に辟易する家臣もいたが、自国の文化を脅かすほどには取り入れなかったため、あまり反発の声は上がらなかった。この物語の主人公の男ラナンはゼル国の五神軍の内の青龍軍軍長である。


ー第一章ー 帝国の夢

 ラナンはため息をついた。ゼル国とガリム国の対立が膠着状態だからである。

「あーあ。もうガリム国なんて、ぶっ潰しちまえばいいんだよ。」

ラナンの親友であり、青龍軍副軍長のカジが

「しょうがないじゃん。ガリム国強いんだからさ。」となだめる。ラナンは重ねて言う。

「ゼル国の民が安心して、安定した暮らしを送るためにはガリム国を手に入れることは必要不可欠なんだ。」

「でもさ、ガリム国に入った密偵で生きて帰ることができた人っていないんだよ。そんな国にそう簡単に勝てるわけないじゃん。」とカジが弱音を吐くと、すかさず

「じゃあ、この国の民が餓死してもいいのか!」とラナンは憤慨した。

「それはダメだけど、現実問題として大変だよって言ってるの。わかる?脳みそ筋肉男。」

「なんだとカジ!ふざけんな、理論ガチガチ男!」

「おい、ラナン、カジ!今日も元気に喧嘩か?」

「ツァルケ様!」

この男はツァルケと言い、白虎軍に属し、青龍軍を指導している、いわば指導係のような者だ。

「お前たちの喧嘩の内容はいつも同じだな。まあ、どちらの意見にも理がある。確かに、ガリム国を手に入れる必要性は大いにある。ただ、それは簡単ではないし、むしろ難しい。カジの言う通り、密偵としてガリム国に忍び込んだ人間で生きて帰ることができた者は、一人もいないからな。」

「あの、イカレ女のせいですか。」ラナンが聞く。

「ガリム国皇帝直属軍肆番隊、通称死番隊隊長マヤのことか。」

「そうです。」

ガリム国の皇帝の名はギルダ、その皇帝の下に皇帝直属軍があり、什番隊まで存在する。壱番隊・弐番隊はラナンのような血気盛んな武人が集まり、参番隊や肆番隊は前者が対外的な情報操作を、後者がゼル国から派遣された密偵やゼル国に情報を漏らした者を取り締まる役割を果たし、頭脳派とされている。伍番隊や陸番隊は金銭を取り扱う部隊、七番隊や八番隊は武具を作る部隊、九番隊や什番隊は医療を司る部隊である。壱番隊や弐番隊だけではなく、これらすべての部隊に戦闘能力があり、男女関係なく実力のある者が集められ、中でも隊長陣の実力は相当なものであるといわれている。ただ、どのくらいの兵力があるのか、特に、九番隊や什番隊の存在についてはゼル国には知らされていないのである。それはなぜか。参番隊隊長キジムという男をはじめとする参番隊による情報操作と、肆番隊隊長マヤをはじめとする肆番隊による密偵の取り締まりによるものである。このマヤという女が曲者だ。この者は頭がよく、勘が鋭いため、密偵をすぐに暴いた。そこまでならまだしも、密偵を捕まえ次第、証言するまで苛烈な拷問を加え続け、彼らが死んだのち、ゼル国から派遣された者であれば、寿と書かれたのしをつけて送り返すといった冷酷非道で且つ狂人のようなことをしているため、敵味方問わず恐れられている。そのようなことをするため、肆番隊は四番隊から連想して「死番隊」と、マヤ自身は「イカレ女」と呼ばれている。

「あの者は最も警戒しなければならないな。しかし、兵力や内情が分からない限り、戦で無駄に死人が出てしまう。そこでだ、お前たちに折り入って頼みたいことがある。」

「何でしょう。」ラナンが聞く。

「玄武軍から一人、本国との連絡係としてガリム国に派遣するから、青龍軍の若者から一人、王宮に忍び込む者を選んでほしいとのことだ。」

「それは、青龍軍の一人に死ねと言っているようなものではないですか。」カジが言う。

「朱雀軍にも打診したが、その前の派遣により人が死んでいるため到底承服できないと言われてしまったのだ。頼まれてはくれないか。私とて心苦しいのだ。」

「一応、皆に話はしてみますが、果たしてやってくれる者が出てくれるものか。」ラナンが言う。

そこに突然ある人が来た。「女王陛下のおなーり」

「陛下‼」三人が驚いて声を上げた。

「皆の働きぶりに感謝している。」女王ミウォルが言う。

「恐悦至極に存じまする。」

「今の話、聞こえていた。ガリム国のあの状況では誰も進んで行きたがらないでしょう。ただ、内情を知りたいのも国の事情としてある。」

三人は黙ってうなづいた。

「私が青龍軍の皆に話をしてみようか。」

「まことでございますか。」ラナンが目を丸くして言った。女王が青龍軍の兵のような位の低いものに直接語りかけるなど異例中の異例だからだ。

「国の非常事態に王が何もしないで傍観するわけには参らぬ。」

「なんとお礼を申し上げればよいか。」ラナンが言った。

「早速、青龍軍皆を集めよ。」

「ははっ。」

青龍軍皆が集まった。その場に女王がいることに皆たいそう驚いた。女王が皆に語りかける。

「皆に集まってもらったのはほかでもない。単刀直入に言うとガリム国に行き、情報収集して欲しい。」皆がどよめいた。

「皆が動揺するのはよくわかる。ガリム国に行って無事に帰ることができた者は一人もいないというからな。ただ、どうしても行ってもらいたいのだ。私の不徳の致すところで、先王であらせられた亡き父上のような求心力は私にはまだない。だから、私のために死んでくれとは言わない。ただ、この国の繁栄のために私に力を貸してくれないだろうか。」

女王からの言葉に涙する者もいたが、死ぬかもしれないと思うと勇気を振り絞ることができない者が大半であった。そこに、一人の少年が手を挙げた。

「僭越ながら、この私めにその役やらせて頂けませんか。」

「そなたは?」

「青龍軍所属ジェリムと申します。」

「歳は?」

「16でございます。」

「そんなに若いのに良いのか?」女王は心配そうに少年を見つめた。

「私は農家の五男で邪魔者扱いされながら生きてきました。今、こうして青龍軍にいられるのは軍長、副軍長、そして女王陛下の徳のおかげでございます。たとえガリム国で命を落とすことになろうとも、この国の役に立って死ぬことができるならば、それは本望でございます。」

「いいのか、ジェリム!本当に死ぬかもしれないんだぞ。」ラナンは怒鳴った。

「はい、国のためにこの命を使わせてください。」ジェリムは言った。

「そなたの勇気に感謝する。褒美は好きなだけやろう。」

「では、私の身に何かあった時、家族の生活を保証していただけませんか。私の収入が家族の頼みの綱ですので。私を邪魔者扱いしたとはいえ、家族ですので。」

「そうか。望みの通りにしよう。」

「感謝いたします。」

女王が住まいに戻っていった。カジはジェリムに言った。

「本当に危なかったら、逃げて帰ってきてもいいんだからね。死なないで。」

ラナンは言う。

「いや、やると決めたならしっかり役目を果たしてこい。尻尾を巻いて帰ってくるんじゃないぞ。」

「はい。もとよりそのつもりです。」ジェリムが言った。

その日の夜、ジェリムと玄武軍の老人兵一人がガリム国に向かっていった。ゼル国とガリム国の国境付近に拠点を設けた。そしてジェリムは王宮の雑用係として、水汲みなどの仕事をすることになった。

 ジェリムと老人兵が出発して二週間ほど経ち、ジェリムは王宮での生活に慣れてきた。水汲みの仕事は大変だが、上司が若いジェリムに対し優しかったので、居心地のよさすら感じていた。つかんだ情報は、皇帝直属軍のそれぞれの隊は大体500人近くいるということだ。いい情報を掴み、いい職場にいて、思っていたよりも幸せなこの生活に浸っていた。夢見心地でいたら、水をこぼしてしまった。

「あぁ、やっちゃった。もう一回水を汲みにいかなきゃ。」

この様子を見ていた四人がいた。

「ネズミが入り込んだようですね、隊長。」

「そうだな。」

その女はそう言い、口角を上げ、ニヤリと笑った。 

ー続くー

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