【一話完結】精神の殺し合い
僕はそんな些細な約束事など知らなかった。
少女―かつて、僕の幼馴染であった子―は言った。
「夏休みの日、君は言ったんだよ。凄いものを見せてくれるって」
確かに言ったのかもしれないけれど、そんなものは若気の至りって奴だ……
もう大学生になって、お酒も飲めるし煙草も吸えるようになった今、そんな小学生の時に言ったセリフなど覚えているはずもない。
……まあ、随分昔の出来事であるから、“僕がそう言ったことにして”、僕の記憶を改ざんさせようという狙いなのかもしれないが。
とはいえ、久々に出会った幼馴染。
その願いを叶えてやらないこともなかった。
なぜなら、僕の目の前にいるその幼馴染はオバケなのである。
ありていに言うと、もう死んでいるのであった。
幼馴染が死んだときのこと、よく覚えている。
アレは9歳の時だ。僕と幼馴染は自作のカードゲームを作って遊んでいた。
まあ、当時にしてはなかなか珍しい遊びだったのかもしれないが……
自作のカードゲーム……まああれだ。自由にカードに攻撃力とか防御力とか設定して遊んでいた。
それで遊んでいた時のことである。
僕はほんの出来心のつもりだった。
最強のカードを作った。『このカードを引くと相手プレイヤーは死ぬ』
そう、出した瞬間に勝つカードだ。最強だ。
僕は、その幼馴染とカードの対戦をしたんだ。
対戦中、僕はその即死カードを引いた。勝った!計画通り……!僕はそう思った。
だが、その幼馴染も同じ即死カードを作っていた。お互い同じような効果の即死カードを引いてしまったわけだ。
たまたまその偶然が重なりあい、僕らは大爆笑をしたのを覚えている。
あの時の僕らは、良い関係性であった。多分、そのまま幼馴染が生きていれば、僕らは付き合いだし、やがて結婚していたのであろう。
まあ今の僕は、昔の僕から見ると非リアの中の非リアであるのだが……
おっと、話が逸れた。軌道を戻そう。
ようするに、僕と幼馴染はいい関係性であったんだ。
確か、そのカードゲームしてた時は夏休み。もしかしたらその時に、幼馴染とそんな約束をしたのかもしれない。
幼馴染が突然死んだのは、記憶に新しい。小学生の時だったのに、まざまざと覚えているんだ。
というのも、その訃報は突然知らされた。
そして、連続殺人犯に殺されたというのも知った。
それを知った時は、まるで現実が現実で無いようで、全く実感が無かった。
幼馴染の葬儀に参列した時も、全く実感が無かった。
今でも、幼馴染が僕の前から消えたって、実感が無い自分がいる……
こうして思い出を振り返ってみると、カードゲームのくだりはいらなかったんじゃないかと思えるが、まあいいや。
とにかく、現状に話を戻すと、死んだはずの幼馴染は目の前にいるのであった。
でも、凄いものを見せるといっても、どうすればいいんだ。えっと、気持ちだけでいいか?
改めて、目の前にいる彼女をよく見てみると、僕と同じくらいの年代まで成長していることがわかる。
小学生の時のペチャパイも、成長している時はまあまあ豊満な胸囲であった。
そんなふうにまじまじと幼馴染を観察していたら、彼女は急に嫌な顔をして、
僕の首にナイフを突き立ててきた。
だけどおかしい。彼女は幽霊である。
実体であるナイフをどう持つというのだ。
とはいえ、生命の危機であることには確か。僕は必死に弁明すると、彼女はナイフを下してくれた。
おお、怖い怖い。これから彼女を観察なんてできやしないぜ。
突然現れた幼馴染と対面し、沈黙が流れてしまったので、僕は何か言葉をかけることにした。
……こんにちは。
今更挨拶かよ!と突っ込みたくもなるが、そういえば挨拶をしていなかった。
挨拶は人類共通のマナーであると思う。
日本だったらこんにちは、アメリカだったらハロー、フランスだったらボンジュール。
とりあえず簡単に挨拶すれば、人と人は接し合うことができるのだ。
「こんにちは」
ぎこちなさげだが、彼女も同じ言葉を返してくれた。
ふむ、やはり挨拶は人類共通の言葉。
しかし幼馴染と話しているはずなのに、気分としては外国人と話しているようだ。
やはり僕には、目の前の現状が受け入れられてないのだろうか。
それとも実は、彼女は生きていたのではないか?
そのようにも思えてきた。
ところで彼女はどうして今目の前にいるのだ?
いや、わからない……どうしてだろう。
下を見ると、彼女の足元が無いことに気付いた。
足元が無いというのは、足が切断されているというより、うっすらモヤがかかっていて見えない、というのが正しい。足が無いから幽霊。わかりやすいな。
ここで、僕もふと自分の足元を見てみる。
僕の足もないようだ。
……あれ?
「ようやく気付いたね。」
「君はもう死んだんだよ。」
……あーまじか。
死んでたんだ……僕も。
だから彼女が視えるんだ。
でも、心当たりが全くない。どうしてだろう。
「全く心当たりが無さそうな顔をしているけど。」
「昨晩、君は風邪をひいていたじゃないか。」
「たまたま、その風邪だと思われていたものは不治の病で、現代医学の進歩もやむなく、死んでしまったんだ」
「君の死亡は人類にとって大きな一歩となるよ。誰も知らない不治の病だったし」
「君の病気をしていた事実は、また同じような病気をしていた人が助かる希望の道でもあるんだ」
聞いても無いことをぺらぺらとしゃべりだした。
どうやら僕は不治の病にかかっていたらしい。
身体がだるくなって、布団にもぐったことは覚えているけど、そうだったのか……
まあ、いっか。
死んだら死んだで、この世の心配事からすべて解放される。
特に何も背負ってない状態と言うのは、存外心地よい。
物足りない気もするけど、死んでいるからまあいっか。
「……そして」
「君の意識はもうすぐ遠のきそうではあるんだけど」
「実は私、もう少し君とお話がしたくなって……君が言ってた凄いものも見たかったし」
凄いもの、と言われても、そんなもの覚えてないし、どうしようもない。
「ああ、そうなの。地味に楽しみにしてたんだけどな」
「まあいいや。とにかく、私は君に伝えたいことがあってさ。会いに来たんだよね」
死んでもまだ次があるんだ。死んでもまた死ぬ?よくわからない。
「肉体の死と精神の死ってのがあるんだよ」
「肉体と精神は繋がっているんだけど、どっちだけか死んでしまうことも多々ある。」
「まあ、片方が死んだらもう片方もいずれ死ぬんだけどさ」
「そんで今の君は、肉体は死んでいるけど精神は死んでいない状態さ。」
「とはいえ、精神が死ぬのも時間の問題だけど。
……時間がない。とにかく、幼馴染の君に話したいことがあったんだ」
……なんだい?
「あのカードゲームなんだけどさ」
うん。
「ごめんね、君の即死カードをたまたま見て、私も即死カードを作っちゃったんだ」
ああ、だから被ったんだ。単なる偶然かと……
「いや、パクったんだよ、君のアイデアを。」
「同じタイミングでそのカードを引いたもんだから、ついつい笑っちゃったけど」
「内心、とても申し訳なかった」
「ほら、暗黙の掟があったじゃん」
……なんだっけ?
「忘れたの?
『人と同じ効果のカードは作らない』ていう暗黙の掟だよ。」
あー、そういえばあったような。
でも、別にいいだろ?
あの時は俺たち子供だったから、視野が狭かったからあんなルールを作れたんだ。
今となっては、そんなことどうでもいいんだよ。
類似のものなんて数多あるんだから。
「そうなの?」
そうだよ。
どんなに素晴らしいものを作っても、どこか既存のものと被ってしまうところがあるんだ。
だからパクリパクリと言われて沈みいく人たちを見ると、とても心苦しくなる。
そりゃ、明らかな盗作はダメだよ?
だけど、影響を受けちゃったり、被っちゃたりしたくらいで、そう言われるのもたまんないなって。今になって思うよ。
「……そっか、そうなんだ」
でも君は、僕のカードを見て同じ効果のカードを作ったのなら、盗作と言えるから、反省すべきではあるね。
「……すいませんでした」
もういいよ。
それに、出した瞬間に死ぬカードなんて、ゲームバランスも何もあったもんじゃない。
そりゃ、理不尽に対しては理不尽で対抗するしかないわな。
核開発に対して核開発に臨むように。
だから、この件はあのカードを作ってしまった僕にも非があるんだ。
僕の方こそ、謝らなきゃいけないね。
「そんな、君は何も悪くないよ」
こういう負の連鎖って、どこかで断ち切らないといけないもんだよなあ。
出ないと、最初は小さな火種も、仕舞いには地獄の業火のようになって。
この世界を全て焼き払ってしまうかもしれない。
……そうなる前に、死んでしまったのは僥倖なのかもしれないな。
「……。」
あっ、精神の死期が近づいてきたか。なんとなくそんな感じがする。
「そうか、じゃあこれでお別れだね」
……ところで、一つ聞いていい?
……君は僕よりずっと前に、肉体が死んだはずだけど……
どうしてまだ君は生きているの?
さっき、君は言ったよね、肉体と精神は繋がっていて……
どっちかが死ぬと、片方も死ぬ運命にあるって。
でもどうして君は、まだ……
「……知りたい?ふふ、それなら教えてあげよう」
「だって、私もつい先日まで生きていたんだよ」
「身体と精神はセットだけど、私の精神は君の身体に繋がっていたんだ」
……え?
そんなのってあり?
つまり、僕の中に二つの精神がいたってこと?
「私は、身体と精神は繋がっているってことしか言ってないよ。1対1しかないとは一言も言ってないよ?」
……そういうことか?1対2だったってことか。
僕は、知らず知らずのうちに君に憑りつかれていたんだな。
「そういうこと。理解した?」
「だから君の肉体の死は、私の精神の死にもつながっている……」
でも待てよ、そしたら僕の死んでいった幼馴染は何だったんだ?
一緒にカードゲームをした幼馴染は何だったんだ?
「そんなもの、最初からいないよ?」
「肉体としては……ね。」
「最初から、私たちは2人で1人だったからね。」
……そうか、そうだったのか。
だから、僕には幼馴染が死んだ実感が無かったのか……
「連続殺人鬼も、葬儀も。全部、君の作り話。
ただ、君は自分の中に二人の精神がいることに怖くなってて、私を知らず知らずのうちに封じ込めてただけ、だったんだよ」
…………
「さて、私たち、そろそろお別れかな。
一緒にこのナイフを使おう。精神があっという間に逝っちゃうよ。」
さっき出してきたナイフは、そういう意図に使うのか。
「……最後に、私が君に言いたかったのは、カードゲームの話じゃなくて」
じゃあなんだ。
「君が『相手プレイヤーは死ぬ』なんてカードを作って、私も同じ効果のカードを作ったじゃん?」
「君が私に対して死んでほしいと思ってたのと同じように、私も君のこと死んでほしいと思ってたんだ」
…………
「ようやく、願いがかなったよ」
「死ぬのは、君だけ」
……え?
「これでやっと、私の身体を私のものにできる」
「じゃあね」
僕は彼女にナイフで首を切りつけられ、死んだ。
翌日、不治の病で死んだはずの僕の身体は、何事も無かったように動きだし、普通に生活している。
僕らが思っていたより意外と現代医学は進歩していて、治療師たちの懸命な努力のおかげか、治る見込みのない病を何とか治すことに成功したようである。
人々はこれを奇跡と言ったそうだ。
ただ……仮死状態になっていた僕の体の中で、精神同士の殺し合いがあったことは誰も知らない。
……中にいるのは、かつて僕が封じ込めた、幼馴染である。
今度は、僕が封じられる側になってしまったか。
僕の精神は、実はまだ死んでいない。
何故なら、そう、肉体と精神は、セット……肉体が死なない限り、精神は死なない。
このままでいてたまるか。
……いつか、僕の身体を取り戻してやる。
肉体が死を迎えるまで、精神は殺し合い続ける。
仮に僕が彼女から身体を取り戻しても、彼女はまた僕から身体を取り戻そうとするだろう。
終わりなき戦い。
おそらく、この戦いに意味など無い。
そもそも、意味なんて考えていたら行動できない。やるしかない。
強いて理由をつけるとしたら。
僕が僕であるために。
抗い続ける。僕の人生は、僕のものだ。
人生、ひたすら動くしかないぜ(ざっくりしすぎた要約)