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特務魔術師をクビになったので故郷に帰ります~王都を守る伝説の血統の実力に気づいてももう遅い~  作者: 山吹弓美


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77.一方その頃、彼らは哀れにも

 『神なる水』溢れる都に戻り、世界を統べる。


 それがベンドル王帝国に住まう民全ての願いであり、目標である。

 『愚かな民』共により北の地に追いやられて数百年、新たに王帝の座についたベンドル十五世クジョーリカの代になってそれは、にわかに現実味を帯びてきた。

 ゴルドーリア王国を名乗る逆賊共が、愚かにも『神なる水』が湧き出す地である都を離れると対外宣言したのである。

 ベンドルの民にとって、またとない好機。本来、王帝陛下の玉座を据える場であるはずの都を、逆賊共は放棄したのだと、そうベンドルは考えた。


「我らが王帝陛下のために、我らは都を取り戻す! 今こそ、ベンドルの名を世界の名として称えるときぞ!」


『我らが王帝陛下のために! おおおおお!』


 故にベンドル王帝国軍は長年の念願を果たすべく、国境を越え南下を始めた。しかし、そう簡単に凱旋が叶うはずもない。

 半数以上の部隊は、このとき既にドヴェン辺境伯軍によって壊滅している。かつて当主の首を落とした敵への復讐を、ベンドルの民が持つ『神なる水』の都への帰参以上に心の柱としていた一族なのだ。

 それを知らぬ他の部隊は、いくらかが湿原を必死に越えたことでゴルドーリアの領内への進軍に成功していた。それはほんの一部の部隊であり、残る部隊がほぼブラッド公爵領にて敗北した情報も彼らには伝わっていない。

 しかし彼らは、自分たちの勝利を疑ってはいなかった。何しろ、今目の前に『神なる水』の都がはっきりと見えている。ここに残る逆賊軍を打ち払い、王帝陛下の座を整えることだけをベンドル軍部隊は、考えていた。


 故に。


「なっ……!」


 その部隊の全力をもって放った攻撃魔術がいともたやすく弾き返された時、ベンドルの司令官は我が目を疑った。「つ、続けて放てえええ!」と悲鳴混じりの命令を叫ぶが、数度放たれた魔術は全てが跳ね返され空に散る。


「ど、どういうことだ!」


「わかりません! お、おそらくは結界だと思われますが!」


「馬鹿な! こんなに強力な結界が、作れるわけが!」


 副官の分析に、司令官は首を振る。

 ベンドルの魔術師は長年に渡る研究と鍛錬の結果、山を跡形もなく消し去るレベルにまで魔力と術を紡ぎあげていた。無論、愚かな民共に知られぬように極北の深い、深い山の中で育て上げた結果だ。

 その強力な魔術を誇る術士たちは、全ての部隊に最低でも二人配備されている。全ては『神なる水』の都を取り戻し、ベンドルの栄華を復活させるために。


 ぱあん、ぱん、ぱん!


「今のは何だ!」


 自分たちの魔術を防いだ結界の正体をベンドル軍が見極めるより早く、その結界の向こう……ゴルドーリア王国旧王都の中から、魔術の花火が打ち上げられた。司令官が苛立ちながら叫ぶのに、副官が素早く見極めて答えを返す。


「魔術によるもののようです。何かの合図かと」


「ち、援軍でも呼んだか!」


 そう叫んでしまってから、ふと司令官は気がついた。

 こちらの魔術攻撃は効かず、だが敵は援軍を要請した。

 ……もしかして、逆賊共には大した戦力はないのではないか。


 本来であれば、そのような短絡思考に陥りはしなかったかもしれない。それ故に、彼は司令官の任を帯びているのだから。

 だが、突然見せられたこちら側の不利を肯定できない、したくない思考に陥った彼は、今のこの状況を理解するためにねじ曲がった結論を得た。


「援軍が必要ということは、結界の向こうに大した軍はいないということだ! 総員、我らの都にたどり着けええええ!」


 司令官の命令に、反射的に兵士たちは従った。『結界の向こうに大した軍はいない』という独りよがりな推測を信じて。

 だが。


「ぐわあああああおおおおおおおう!」


「がああああおおおおおおおおおん!」


 戦場全体に、獣の声が響き渡った。

 恐ろしいのに清らかであることが分かる声と、禍々しいのにどこか幼気に聞こえる声と、その二つが。

 声は大地を震わせ、夜明けの空に風を起こし、そうしてベンドルの兵士たちの動きをピタリと止めた。魔術でもなんでもなく、ただの威圧感だけで。


「い、いまの、こえは……っ」


 更に、腰を抜かした司令官の上から清らかな声が、まるで雷鳴のように降り注いできた。


「我こそはこの地を守護せし神獣、システムなり! 王だか帝だかは知らぬが、他国の都を我が物にせんとする愚か者共に、罰を与えに参った!」


「へ」


「ベンドル王帝国、とか名乗る愚か者共! 我が怒り、そしてこの地に住まう民の怒りを受けるが良い!」


「な、なにいいいいい!?」


 神獣が、自分たちに牙を向ける。司令官には、その言葉が信じられなかった。

 『神なる水』を守護していたらしい神獣が、都を離れたという情報を司令官は得ている。きっとその神獣は、王帝陛下の都への帰参を願ったのだろうというのが、ベンドル国内の大多数意見であった。

 よもや、かの神獣が自分たちを敵視し、罰を与えると宣言するなどとは。

 もっとも、そこで混乱している場合ではなかったのだが。


「うはははは! このファンラン・シキノが縛るにふさわしい武人は、どこにいるでござるかああああ!」


「ひ、ひええええ!」


「え、なに縛るって何いいいい!?」


「そらそらそら、自分と戦うでござるよおおおおお!」


 後方の部隊が、敵援軍部隊と接触したらしい。その中のひとりが奇声を上げ、身軽に飛び回りながらベンドルの兵士たちを狩っていくさまが、司令官の目に写った。


「……か、各自、全力で戦ええええええええ!」


 司令官が涙を拭いながら叫んだ言葉に、副官は「はいいいいいい!」と悲鳴混じりの答えを返すしかなかった。

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