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76.夜明け

 翌朝、まだ夜が明ける前にブラッド公爵軍は全員朝食まで済ませた。テムとエーク含む。

 テムは一人、エークは三人ほどベンドルの偵察兵をとっ捕まえて『お片付け』した模様である。証拠の耳、持ってきてたからな。


「接敵次第、王都から魔術の花火が打ち上がることになっています。それを合図に、僕たちは出撃。ベンドル軍の背後をつきます」


 全員が居並ぶ前で、サファード様が指示を与える。開戦前最後のものだけど、まあ後は臨機応変に対処ってところなんだよな。それぞれの部隊の隊長さんに任せる、ということだ。

 なおテムがざっと防音結界を展開しているため、丘の向こうのベンドル軍には聞こえていないと思う。猫エークが結界付近をとことこ歩いて、警戒しているし。


「もちろん直接の戦闘ですから、消耗は免れません。ですが、我らには神獣システム様と、神獣様に認められた『ランディスブランド』の誉れキャスバート・ランディス君がついてくれています。万が一にも、敗北はありえません」


「うむ。無論、我やマスターの魔術だけではなく、そなたらの実力が高いことは我とサファード・ブラッドがよく知っておる。心置きなく戦うが良い」


 ……いや、確かにテムは神獣だしその神獣が味方についてるのだからまあ負けはしないと思うんだが。

 そこに何で、俺の名前が入ってくるんだろう? あーいや、多分テムを連れてきたからだろうけど。


「相手は古すぎる過去に囚われ、そなたらの国を害そうとする愚か者どもだ。遠慮は要らぬ」


「皆さん、よろしくお願いします。この地を踏み荒らし、我が物にしようとするベンドルの方々にたっぷりとお仕置きをしてさしあげましょう」


『おおおおお!!』


 後、なんというかさ。

 サファード様、いつものように笑顔なんだけどその、目がものすごく据わってるんだよねえ。




 早朝の訓示を終えて、各自ぼちぼちと出撃準備を始める。数名の偵察兵が先行し、その後ろを歩兵、騎士、荷馬車にサファード様と俺たちがついていく。俺たちの後ろにも歩兵と騎士がついていて、これは万が一背後からの奇襲を受けた場合を考えての配置だ。

 ファンランは偵察兵のすぐ後ろ、シノーペは俺たちの後ろの部隊にそれぞれいる。ま、ファンランは選りすぐりの敵兵を縛るつもりだしな……大丈夫かな。縛られる敵兵さん。

 それはともかくとして、だ。


「……何か、めちゃくちゃ怖いな。サファード様……」


「もちろん、お怒りでいらっしゃいます」


 少し前を行くサファード様の背中を見ながら思わず呟いた俺の独り言に頷いてくれたのは、今回サファード様の副官を仰せつかっている軍人さん。マイガスさんにも見劣りしないレベルのしっかりした体格を誇る、森のように深い緑の髪を持つ人だ。色で分かるけど、当然『ランディスブランド』ではない。

 血統を気にするのは公爵家だけで、兵士や文官などに関してはメルランディア様もサファード様もその辺りを気にすることはない。能力第一主義、なところがある。だからだよな、シノーペをスカウトしそびれて残念がってたのは。


「せっかく我らが公爵閣下がご懐妊され、お子様の顔をまもなく見られるという幸せの絶頂期をベンドルのせいで忙しくしなくちゃならないんですから」


「なるほど」


「それは理解できるな。幼い我が子を愛でる時間を、ろくでもない連中のせいで削られるわけだから」


 俺も、俺を背に乗せてくれてる獅子テムも、副官さんの言葉に大きく頷く。

 ブラッド公爵夫妻のラブラブっぷりはゴルドーリア国内だけならいざしらず、諸外国にも広まってるって噂を聞くし。……ベンドルにはどう伝わってるんだろうな? 案外、悪の魔術師夫妻とかなんとか言ってるかもしれないけれど。


「それに、お子様のことがなくともサファード様は、メルランディア様のお側にいたいでしょうし」


「はい。ですので我らは、ベンドル軍に対し全力以上の力を発揮し戦う所存にございます」


「構わぬ。我とマスターが、その後押しをしようぞ」


 決意の言葉を放つ副官さんに感心したのか、テムがそう言ってのける。ああ、俺たちの魔術と結界で、ブラッド公爵軍は全力以上の力を発揮できる、ってことかな。

 結界はテムが強力なものを展開できる。俺は大したことないけれど、でもこのくらいの部隊であれば全体に戦闘補助の魔術をかけることはできる。俺で足りないなら、後ろにいてくれるシノーペにも手伝ってもらおう。


「うにゃおん」


「うむ、エークリールも存分に力を発揮するが良い。期待しておるぞ?」


「にゃ!」


 テムの横に戻ってきていたエークも、元気よく声を張り上げた。戦闘に入るときに、虎姿に戻るらしい。猫の姿のほうが楽なのかな、こいつは。


「そろそろでございますよ。ランディス殿」


「あ、はい」


 副官さんに声をかけられて、意識を前方に戻した。丘を越え、ある程度ベンドル軍を視界に入れられるところまで出てきたようだ。

 ……ものすごーく薄い結界が、俺たちブラッド公爵軍を包んでいる。外からの視覚を妨害するもので、テム曰くしっかり見ないとそこに誰がいるのか分からない、というやつらしい。


「いや、完全に視覚を妨害してしもうたら、そこが真っ白なり真っ黒なりになってしまうらしいからの」


 ……だ、そうだ。そりゃめちゃくちゃ怪しいよな、うん。



 ぱあん、ぱん、ぱん!


 遠くで、何かが弾ける音がした。夜が明け始め、薄っすらと明るくなってきた空に派手派手しい光が広がる。

 魔術の花火、だ。旧王都の軍と、ベンドル軍がぶつかったという、合図。


「総員、突撃!」


『おおおおおおおおおお!』


 そしてそれは、俺たちブラッド公爵軍がベンドル軍を背後から攻撃する合図、でもある。

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