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特務魔術師をクビになったので故郷に帰ります~王都を守る伝説の血統の実力に気づいてももう遅い~  作者: 山吹弓美


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49.一方その頃、王帝は進軍を命ずる

 その城は、厚い石壁と魔術師による結界の中に広がっていた。

 寒冷な気候と荒れ狂う風故に高い建物を構築することができず、代わりに程々に広大な敷地を得て造られた城。かつて栄華を誇り、その横暴さと傲慢さ故に北の地に追われたベンドル王帝国、その帝都はまるごと城という形を取っている。

 ベンドル王帝城と自らが呼ぶその最奥部に、緊張が走っていた。


「ゴルドーリア『偽王国』より、情報が入りました。現在の都を捨て、遷都するそうです」


「何?」


 獣の革を使った鎧をまとう男の報告に、古い玉座に腰を下ろした女性がわずかに反応した。

 純白のつややかな長い髪を背に流し、黒と赤に染め上げた革と布のドレスを身にまとう彼女は、今自身が聞いた言葉の意味を噛み砕くと赤い唇を笑みの形に動かす。


「さすがは偽の王。偽りの栄光に溺れ、『神なる水』を捨てる気になったか。愚かなことよ」


「『偽王国』では神の威光により、都を離れる時が来たなどと言っているようですな」


「よく言う」


 男が手に持った書類をめくりながら読み上げる内容を、女性は鼻で笑う。この者たちにとってゴルドーリア王国は、自身たちが呼ばわった通り『偽の王国』なのだ。

 あくまでも彼ら(ゴルドーリア王国)は、真の王であり世界の長である自分たちを陰謀により果ての地へ追いやった愚者である。

 いずれは自分たち(ベンドル王帝国)が復活し、世界の王の地位に戻る。そう、彼らは信じている。


「愚かな『偽王国』に代わり、『神なる水』と緑の地我が手に取り戻すときが来たということだな」


「おっしゃるとおりにございます。王帝陛下」


 故に『神なる水』が湧き出しているはずの王都を離れることを決断したゴルドーリア王ワノガオスの決断は、この者たちにとってこの上ない好機だと思われた。

 飾った文章の裏に隠れた事情を、ベンドルの間諜は掴むことができなかった。否、掴んだ者もいたのだがそれらは母国への帰還も、報告すらも適わなかった。その程度にはゴルドーリアは優秀であった、といって良いだろう。

 その事実を、ベンドル王帝国の者たちは知らずにいる。


「……それとは別の間諜より、こちらは神獣出現の報告です」


「神獣とな」


「はい。『偽王国』領内ブラッド公爵領に、神獣が出現したとのことでございます。どうも、魔獣シークリッドの分体を圧倒したようで」


「ほう」


 男からの報告は簡易なものであり、詳細はその手にある報告書に記されている。

 キャスバート・ランディス及びブラッド公爵配偶者サファードと、ゴルドーリア王国元王太子ゼロドラス及び元宰相ジェイク・ガンドル軍との戦について、そこには良く書かれていた。もっとも、背後関係などは調査しきれていないようだが。


「ブラッド公爵領といえば、我が王帝国が都へ凱旋するための途上にある地で間違いないな?」


「御意にございます」


 『偽王国』の中で何があったのか、神獣が何処から出現したのか。

 そういった詳細を把握しないまま、女性は楽しそうに笑う。寒い雪の国、王城の中で生まれ育った彼女にとってその報告は、暖かな南の地に進みゆくきっかけでしかない。

 それは彼女の先祖たちの、長い長い年月にわたる念願でもある。ついにその時が来たのだと、彼女が思い込んでしまっても仕方のないことであろう。


「なるほど、それで理解した。神獣め、(わらわ)を出迎えに来ておるということか」


「おそらくは、そういうことでございましょう」


「……そういうことならば、もう少し喜べ」


 女性の言葉に頭を下げた男、彼も同じ考えであるかどうかは分からない。少なくとも年かさのその顔に表情は見られず、そもそも何を考えているのかを汲み取ることは女性にもできないようだ。


「まあ、神獣にここまで来るような手間を取らせるまでもない。急ぎ、南下の準備を整えよ」


「お任せくださいませ。我ら、世界の長であるベンドル王帝国が再び、本来の地に返り咲くときが来たのですから」


「食料、武装、問題はないな?」


「ございません。食料に関しましては、偽りの国境を超えた土地を取り戻すまでの分は確保できております」


「よろしい。我が民のために、『偽王国』の民どもから食料をたっぷりと納めさせねばならぬな」


 この世界において、民の頂点に立つのは自分たちベンドル王帝国である。

 自らこそが真の王であり、それ以外は偽の王である。

 現在の国民たちは真の王に付き従った真の民であり、それ以外は愚かな偽の王に従った愚民である。


 この国においてはそれこそが真実であり、それ以外の考えを持つ者は少なくとも表に出すことを許されない。それを知られた時点でその者は『正式な教育』を受け、真のベンドルの民となる。

 少なくとも二色のドレスをまとう女性、ベンドル王帝国の長たる王帝クジョーリカは生まれたときより、自分こそが世界の王、世界の帝であると教育されてきた。


「我が父よ、先祖よ、ベンドルの民よ。ついに世界が、本来の姿に戻るときが来たぞ」


 彼女にとっては、それ以外の考え方は存在していない。思いつくことすらできない。

 その彼女の号令によりこの日より五日後、ベンドル王帝国全軍は南の地への進軍準備を全て整えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 狂信国家だ
[気になる点] 第14回に >君主は他国を従える王にして帝という意味で王帝と称する国である。 と記述がありましたが、ゴルドーリア王国も従えている対象であるならば何を以て「偽王国」と称しているのでしょ…
[一言] ある意味この人も被害者か
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