03.クビでも腹は空くもので
王都のメインストリートから一本入ったところにある、『サンディ・ドラム亭』。略してサンドラ亭とも呼ばれる食堂が、俺の行きつけだ。ま、ぶっちゃけると名物のサンドラ定食がそこそこ安くてそこそこ美味いからなんだけど。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませー!」
いつものように扉を開けて中に入ると、接客係たちの威勢のいい挨拶が返ってくる。これもいつものことで……うん、お昼ちょっと前だからお客さんの数はそんなに多くないな。こんな時間に来るなんてめったにないから、ちょっと新鮮だ。
最初で最後、だろうけど。
「あれ、キャスじゃねえか?」
「あ」
野太い声で名前、愛称のキャスと呼ばれてそちらに視線をやる。聞き慣れた声の主は近衛騎士団団長、マイガス・シーヤさん。テーブルにどっかりと居座って、この時間から肉料理にエール……今日、非番っぽいな。
マイガスさんは近衛騎士だけあってがっつり肉体派で、宰相と同じ黒髪黒目なんだけどこっちは短髪でちと垂れ目。そこに気づくまでが近寄りがたい雰囲気なんだけど、意外と人懐こいひとである。
「おう、こっち座れや。日中に街中にいるのは珍しいな」
「はあ、まあ」
ちょいちょいと手招きを受ける。呼ばれて拒否する理由もないので、お隣の空席に腰を下ろした。
マイガスさんの前には既に空いた皿が三枚ほどあって、本人はエールをあおりつつ四皿目の肉炒めに手を出している様子。これ、昼飯なのか。いや、晩飯ならわからなくもないんだけど。
「昼は食ったか?」
「あ、いえまだです」
「そっか。おーい、こっちにサンドラ定食!」
「はーい、ちょっとお待ちをー!」
うん、まだ昼食ってないし、ここに来たからには食べる気だったけどさ。マイガスさん、当たり前のように注文してくれた。ちゃんと、お代払わないとなあ。
定食を待つ間に、マイガスさんはエールを飲み干した。どうせ、これも三杯目とか言うんだろうなあ……ま、それはともかくとしてそのまま俺に視線を固定する。そのくらいじゃこの人は酔わないって知ってるからアレだけど、でも目が据わってるのは怖いです。
「ところで。お前、どうした? この時間なら、システムの確認だろ」
「あ、はあ……」
ああうん、この人は俺の仕事も知ってる。ついさっきクビになってきたところだけど……でもなんというか、クビになりましたって真面目に言うのも恥ずかしいかな。俺、マイガスさんや他にも色々お世話になってきたのにさ。
だから。
「無職になりました」
ひとまず、そう言ってみた。途端、マイガスさんの表情が真面目に変わる。だから、怖いって。
「は?」
ただでさえ低い声が、床を這うレベルに低くなってる。いやだからマジで怖いんですってば、近衛騎士団長。
「いや。お前さん、特務魔術師だろ? 重要な任務だっつーのに、何で辞めた」
「え、あ」
ズバリと本質を突かれて、一瞬うろたえる。つか、全身固まった。
特務魔術師、王都を守る結界を展開するというとてつもなく重要な任務。それを、放棄したと思われたなら……まあ、そりゃこうなるか。田舎に帰る前に、魂が天に帰りそうだ。
「……自分で辞めたんじゃねえな?」
ややあって、マイガスさんは一つため息をつくとそう問うてきた。え、あ、これはどう反応すりゃいいんだろう、と頭の中がぐるぐる回る間に何か、彼の方では結論が出てたらしい。
「宰相閣下あたりか。王太子殿下も噛んでるな?」
「っ」
あ、しまった。ちょっとした反応でも、この人は見逃さない。さっきの俺の態度で、どうやら見抜いてしまったらしい。
……まいったなあ。ここは素直に頷くか。
「マジか。何考えてやがんだ、二人とも……」
で、つい頷いてしまったらマイガスさんが頭を抱えた。あーそうだよなあ、俺が結界張らなくなったら忙しくなるのは王都守護魔術師団と、そして近衛騎士団、だもんなあ。
「あ、あの、これは人にバラすなって」
「おう、お前はバラしてねーから安心しろ」
思わず、声を落として話しかけるとにっかり笑って頷いてくれた。確かに、俺は何も言ってないもんなあ。マイガスさんが、俺の反応を見て察してくれただけだから。
「サンドラ定食、お待たせしました! 八百ランドになります!」
「おう、俺の預けてる分から差し引いといてくれ」
……あれ、何かお昼奢られてしまった。うわあ、今後どうしよう。俺、王都出ていくつもりなのに。