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24.王都の人の今後はどうする

「ともかく。王都と違い、ほとんどの貴族領は街の周囲に防壁を築いている。我が領地もそうである故、王都より防御において問題はなかろう」


 お茶のお代わりを注いでもらいながら、メルランディア様はあっさりそう言ってのけた。

 ああうん、テムに結界を張ってもらえなかった街や村は自分たちで守るしかないから、大きな壁を築いているんだよね。中には結界を張ることのできる魔術師を動員してるところもあるって聞いたけれど、それでも壁を作った上での話だ。

 そうしなかったのは、神獣システムと『ランディスブランド』の特務魔術師による強力な結界で守られていた王都だけだ。衛兵や近衛騎士、軍部隊などで警備を行っているのは当たり前の話なんだけどね。


「各地の領主も、特務魔術師の解雇と神獣が王都から離れたという情報は既に手にしているはずだ。彼らがどうするかは、私は知らん」


「大した情報ではない、と黙殺する者もいるでしょうね。王都の防御のほぼ全てをそれらが担っていた、ということを知る者は少なくなってきていますし」


 公爵夫妻の言葉に、一瞬背筋がゾッとする。

 そりゃあ、王都の結界を展開していたのがテムだってことはさほど知られた話じゃない。だけど、あの塀の低さを見て結界がなくなったら問題じゃないか、と思えない人たちがいる、ってことだよね?


「つまりは、王都に結界は当然存在するものである、という認識でござるね。それが消えることなどありえない、と考えているものが多いのでござる、と」


「騎士シキノの言うとおりだ。数十世代もの間当然のように存在していたものだからな、消えたことが分かっても何故消えたのかがわからない、そういう者もいるだろうよ」


 他の土地で、人家を守るための大きな壁が存在しているのと同じように。

 王都には、王都を守るための結界が存在している、とゴルドーリア王国の国民は知っている。周辺国の人たちもそうだ。

 その大事なものがなくなるなんて、考えたこともないだろう。ましてや、その理由なんて。

 ……ま、国王陛下や宰相閣下や王太子殿下はご存知だし、何とかするとは思うけどさ。


「取り急ぎ、私は私の領地をベンドルの愚か者どもから守りたい。護りの弱い王都から脱出してくるであろう、民と共にな」


「脱出、ですか」


 で、王都よりも自分の領地が大事なのはどこの貴族も大体同じである。領地さえ何とか守れば、自分の食い扶持は確保できるし。

 そしてメルランディア様もそう考え、これからの手段を考えておられるようだ。てか、王都から逃げてくる人いるのか。


「王都に居住しているのは貴族とその使用人、大中小さまざまな商人、そして王族と彼らに仕える兵士が主だ。そのうち商人たちはどこから情報を得たのやら知らんが、つてを頼って脱出を始めていると聞く」


 なるほど、商人ならわからなくもない。

 商人は兵士とかと違って、自分の生命が一番なところがある。

 いや、それ言ったらだいたいの人はそうなんだろうけどさ、商人さんって生き延びて商売してなんぼって感じじゃないかな。俺の個人的な感想だけど。

 まだ戦争とかで儲けられる、ってことなら頑張るかもしれないけれど……今の王都は敵に攻め込まれたらなあ、多分アウトだよなあ。そりゃ逃げるわ。守りの固い周辺の貴族領に逃げ込んだほうがマシだ。


「一体、誰が漏らしたんでしょうねー」


 ……ところで、シノーペがひどく白々しいこと言ってるけれどその情報源、シノーペとマイガスさんとアシュディさんじゃないんだろうか。

 シノーペは俺と一緒に王都を出てきたけれど、その前にアシュディさんのところにご注進に行っていたわけで。マイガスさんとアシュディさんはサンドラ亭の顔見知りとか、あと自分のところの部下にそれとなく漏らしてたりしそうだし。


「この公爵領にも、いくつかの商人から打診があるんですよ。……サンディ・ドラムという料理人から問い合わせがあったんですが、皆さんご存知ですか?」


 なんてことを考えていたら、サファード様が出した名前に吹き出しかけた。マジかー、サンドラ亭こっちに移転考えてるってことか!


「おお。サンドラ亭のご主人でござるね」


「王都で評判の、安くて美味しい居酒屋を経営している方です。王城に勤務している人たちはかなりお世話になっていますよ」


「ほう」


 途端にファンランが目を輝かせ、シノーペが即座に説明してくれる。そりゃ二人とも、こちらでサンドラ亭の食事がとれるならこんなに嬉しいことはないよなあ。あと、メルランディア様が反応された。美味しいご飯っていうのはやはりポイントなんだろうか。

 あ、そうだ。


「サンプルと言っては何ですが、王都を出るときにお弁当を作ってくれたので良かったらご試食ください。収納魔術でしまってるんですが」


「構わん。出して良いぞ」


 メルランディア様の許可を得て、収納魔術の空間の蓋を開ける。そこから二つほどお弁当を取り出して、歩み寄ってきたコーズさんに渡した。

 収納魔術ってのは、中に変なもの……爆発物とか毒とか、そういうものもしまい込むことができる。なので、貴族の屋敷の中では許可なく中身を取り出すことはできない。入れることはできるんだけどね。

 コーズさんが取りに来てくれたのも、屋敷の主であるメルランディア様に危害を加えられないように。さり気なくサファード様がメルランディア様をかばうように身を乗り出していたんだけど、それも同じ理由だ。


「コーズ、まずは一口試してみよ」


「は。では失礼いたします」


 そうして食べ物なので、毒味の意味でコーズさんがまず口にする。もちろん俺たちもサンドラ亭の人も毒とか入れないけどさ、ブラッド公爵家の人たちにとっては初めてのものだし。

 少し離れたところにあるテーブルで弁当を開けて、中身を確かめる。肉を一切れフォークで刺し、口に運ぶ。

 野菜、パン、肉。いくつか食べ終えて蓋を閉じ、コーズさんは満足気に頷いた。


「少々濃い味ではございますが、これは持ち運ぶ故の保存を考えてのこともありましょう。肉や野菜の火の通り方、献立のバランスなど特に問題はございませんし、店で食してみたく思います」


「ありがとう。濃いめの味つけということは、兵士や近衛騎士が贔屓にしているのではないか? 肉体労働者であれば、味付けは濃いほうが好みだろう」


 コーズさんの感想から、メルランディア様はこの推測を引き出した。

 確かに、近衛騎士団はだいたいいつもあの店で食事してたし、マイガスさんはあの日は非番で昼間からお酒飲んでたし。アシュディさんや俺も常連だったから、魔術師の舌にも合う味ではあったんだよね。


「我も時折、マスターが持ってきたものを共に食しておったぞ。あまり量は食えなんだが」


「濃厚な味なら、神獣様の舌には少々厳しいのではないかな? だが、悪い印象がないのであれば受け入れは問題ないな」


 テムのちょっとした感想を加味してくれて、どうやらブラッド公爵領ではサンドラ亭を受け入れてくれることになったようだ。やった。

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