160.内側からくるもの
干し野菜の最後の一口を飲み込んだところで、魔力の圧が強くなるのを感じた。
俺たちを護ってくれているテムの結界が、強化されたみたいだな。
「ん」
「結界が強まったでござるね」
ファンランもそのくらいは分かるのか、手早く片付けをして立ち上がる。テムが結界を強くしたのなら、理由はまあ大体想像がつく。
「多分、シオンなり神魔獣なりが出てくる気配があったんだろ。いくぞ」
「承知でござる」
それぞれに得物を抱えて最前線にまで走っていく。その場にいたテムは……ひと仕事終えた、とばかりにのんびり毛づくろい中だった。あーまー、何しろ神獣だしなあ。大概の魔術は無詠唱でやってのける、神様の使いだものな。
「テム!」
「テム殿!」
「ん」
俺たちの声に気づいて、獅子テムはうーんとひとつ伸びをする。ぱたりと背の翼を羽ばたかせて、くいと顎で帝都を指し示した。
「来たか。あれを見よ」
テムの言うあれ、はひと目で分かった。こちら側に近い城壁の一部が、内側から何かを爆発させたように破壊されている。あ、またひとつ、穴が空いた。
「帝都の城壁が……」
「中で何かが暴れている、ってところか」
「うむ。まあ、シオンが何とか神魔獣を引っ張り出したら暴走した、あたりではないかと我は考える」
だよなあ。シオンなり神魔獣なりがこちらに攻撃仕掛けてくるつもりなら、あの空いた穴から喜び勇んで飛び出してくるはずだもの。
そうでない、ということは単純に中で暴れまわっていて、それで城壁が破壊されていってるんだろう。
がしん、がらんと音がしてもうひとつ、ふたつ穴が開く。ふたつめの穴の向こうにちらりと、太い尾のようなものが見えた。
「ファンラン、今の見えた?」
「見えたでござる。……どのような風体でござろうな?」
「我が戦ったときは、メティーオの巨大版であったがな」
うん? と全員で首をひねる。いやだって、今のしっぽどう見てもトカゲのでかいのとか蛇とか、そういう感じだったぞ。
メティーオのしっぽは鳥の羽っぽいやつ、だったよな?
なんてことを考えると、ドタバタ走ってくる音がした。サファード様とシノーペにエーク、それから王帝陛下がメティーオ連れてきてる。
「神獣様! あ、キャスバートくん、来てくれましたか」
「はい、結界が強化されたので、向こうが動いたと思って」
「そのようですね。避難民は後方に移動させ、動ける部隊を展開配置しました」
なるほど。サファード様はまず後方の手配をしてからこちらに来たわけか。シノーペはそのお手伝いだな、エークもいるし。
……地面が小刻みに揺れ始めた。また、城壁の一部が崩れる。
「うむ、それでよい。クジョーリカよ、民はどうだ?」
「皆、落ち着いて移動してくれた。間諜の者共は愚かだが……致し方あるまい。後々、裁きを受けてもらうことになるな」
「民に恐怖を与え、不信感を募らせた者共、であるからな。まあ、それは後のことぞ」
王帝陛下とテム、上から口調同士なんだけど何というか仲が良くてよかった。王帝陛下がなんだかんだでいい人だから、というのはあるよね。……元王太子殿下と逆だったら、どうなってたんだろうな? ゴルドーリアとベンドル。
……何か怖い考えになりそうだったから、やめておこう。ともかく、全ては敵をぶっ飛ばしてからだ。帝都の中で、王宮の屋根が吹き飛ぶのが見える。
「どうせ、やることと言えば力と力の勝負だ。覚悟を決めよ」
「はっ」
「がう」
といっても、やることは本当にテムの言う通りだろうしなあ。互いに全力をぶつけ合って、少しでも上回ったほうが勝つ。
前はテムとゴルドーリア軍が勝ったわけだけれど、今度もそうなるとは限らない。その場合、こちらの力が足りなかったということになる。
でも、シノーペやエークもいてくれるし。おっと、一回だけ地面が大きく揺れた。
「メティーオ。戦うぞ」
「くおう」
王帝陛下と、メティーオも。
……王帝陛下、ぎりっと唇を噛んでる。いろいろ、思うところがあるんだろう。ついさっきまで閉じ込められていて、国を滅ぼす勢いで悪巧みをやらかしていたのが信頼していた相手で、だし。
「本隊がここまで来られるかはわかりませんから、我々でなんとかするしかありませんね」
「みーあー」
サファード様と……いたのかビクトール。お前、後ろでおとなしくしてていいんだぞ。シノーペの肩の上で踏ん張ってるのは可愛いけど……というか、元の姿に戻る気ないだろお前。
しかし、分断された本隊の方は大丈夫なんだろうか。国王陛下……はアシュディさんやマイガスさん、それに彼らの部下たちが護ってくれるとは思うんだけど。
いや、人の心配してる場合じゃないな。目の前に、ラスボスが登場する直前なんだから。
「出てくるでござるよ」
ぴん、と張り詰めたようなファンランの一言が、俺たちの意識を一点に集中させた。
さっき避難民たちと一緒に脱出してきたこちらがわ向きの門、そこが内側からどかんと吹き飛ばされた。もうもうと立ち込める砂煙雪煙のなかに、うっすらと姿が見える。
角が生えた、猛禽の頭部。
獅子の如き身体には、おそらく毛が変化した棘が無数に生えていて。
鳥の翼ではなく、ぼろぼろだけど巨大なコウモリの羽。
そして、先ほどちらりと見えたトカゲか、蛇のような尾はもしかしたら、胴体の数倍はあるかも知れない。
「……ここまで禍々しく変じたか。神魔獣よ」
テムの独り言が、ぽとりと地面に落ちた。