115.えさ
……王帝陛下のお顔を拝見に来た俺たちの前で、リコリス様が大変ご満悦な表情をしておられた。
「王帝陛下もメーちゃんも、かーわーいーいーですー!」
「きゅ、きゅい」
「う、うむ」
リコリス様の膝の上でクッションに乗ったメティーオが、ただでさえ大きな目を更に丸くして。
リコリス様のすぐ横に座っておられる王帝陛下は、一体何があったのだと言わんばかりにぽかんとしたお顔で。なお純白の髪は綺麗に編まれて金のリボンで飾られていた。多分これ、後ろで平然と控えているジェンダさんの仕業だな。
「……あー。王帝陛下、さすがにびっくりされてますよね」
「さ、さすがにな。あれほどの手際の良さは、妾が見た中でも並ぶものがおらぬ」
「お粗末さまでございます」
何の手際だろうね。少なくとも、ファンランの受け持ちとは違うだろうけれど……メティーオがおとなしいから、そのあたりかね。
それに、リコリス様の手際がすごく良いのは……やっぱり、環境じゃないかな?
「ドヴェン家の者は、皆こうなのか?」
「さあ……リコリス様以外の方とは面識がなくて」
「私もリコリス様しか存じ上げませんし」
ああ、ドヴェンってちゃんと名乗ったんだ、リコリス様。それで王帝陛下が平気な顔してるってことは、知識がないか吹っ切ってるかどちらかだな。お互いに先祖の敵の家柄、なんだけどまあ、穏便にお願いしたい。
で、俺と一緒に来たセオドラ様が首をひねっていると、当のリコリス様があっさり断言した。
「わたくし、ドヴェン家の中では一番獣を愛していると自負しております」
『あー』
「きゅー」
メティーオ込みで、皆の声が見事にハモった。
胸張っての宣言に、すごく納得しちゃいましたよリコリス様。ほら、俺の肩で猫テムが「そうであろうなあ」と深く頷いてるし。
しかし、現実は非情である。
「……その、リコリス様。お仕事です」
「えっ」
セオドラ様がそう伝えると、リコリス様はがーんといった感じで一時停止した。いや、リコリス様、ドヴェン辺境伯領とブラッド公爵領の連絡係だよね? お仕事ってそういうことだからね?
「わ、わたくし、メーちゃんと別れなくてはなりませんの?」
「お父上に報告書を持っていっていただきたいだけですよ。お返事をいただけたら、またお持ちくださると助かります」
そう言って、セオドラ様が革の袋に入った報告書を見せる。距離があるので、丈夫な革の袋に入れて運ぶらしい。防水防火対策もばっちりとか何とか。……ところでこの革、割と新しいやつだけどもしかしてファンランがしばき倒したノースグリズリーか?
と、王帝陛下が口を挟んでこられた。
「リコリスよ、任務なのであろう? 無事に役目を果たし戻ってきたならば、ここでメティーオをもふってよいぞ」
「きゅーあ」
「わかりました頑張って報告書持っていきます」
即答かよ。いや、今の大きな目くるくるのメティーオ、結構可愛いけど。
「リコリス。無事に戻ってきたら、我ももふってくれるかな?」
「はい、もちろんです!」
猫テム追加、でリコリス様はものすごくやる気になられたようだ。
膝の上からそっとメティーオを降ろし、セオドラ様から報告書を受け取って、しゃきーんと立ち上がる。
「では、急ぎ準備をしなければなりませんわね。ジェンダ、行きますわよ!」
「はい!」
いそいそと出ていきかけて、リコリス様がふとこちらを振り返った。と、スカートを手で摘んで、きれいなお辞儀を見せてくれる。
「神獣様、王帝陛下、皆様、行ってまいります」
「うむ、家族の者によろしくな」
ご挨拶の言葉に、テムが代表して答える。そりゃまあ、この中で一番立場が上……まあ、王帝陛下も文句言わないみたいだし、それでいいか。
……で、さっきからすごく気になっていることがあったので尋ねてみる。メティーオの呼び方に関して、シノーペと同じように呼んでいる方がおられたからさ。
「どうして、リコリス様までメティーオのことメーちゃんって呼んでるんですかね」
「いや、ここに来た瞬間にメティーオだからメーちゃんね、と押し切られてしもうた」
「……はあ」
押し切ったのか。王帝陛下、そういう相手もあんまり経験なかっただろうし、何か微妙に困惑してるのがわかる。とは言え、当のメティーオが平気そうだからいいけどさ。
でもリコリス様、こういうところはシノーペと一緒かよ。今後はどんどん、メーちゃん呼びが増えてきそうだなあ、とは思う。
ほら、そこでそわそわしてるセオドラ様とか、と思ってたら。
「あ、あの私もメティーオのことをメーちゃん、と呼んでよろしいですか」
「あ? ……あーまあ好きにせい」
「ありがとうございます、王帝陛下、メーちゃん!」
増えた。セオドラ様、便乗するし。
……いやまあ、王帝陛下もメティーオもなんだか楽しそうだし、これはこれでいいのかもしれないな。