ニート、外に出る
「チッ……またハズレかよ」
薄暗い部屋のベッドに寝転びながら、ジルはボソボソと呟いた。
破り捨てたその紙は、どうやら武闘大会に賭けるためのチケットらしい。
「つまんね〜。でも楽でいいわ〜」
そんなことを言っては、ゴロゴロと寝返りを打つ。
ジルは引きこもりだ。以前、パーティに裏切られて以来、仕事は全て妹に任せて自分は家で寝転びながら、1人でボードゲームをして遊んだり偶に決闘の賭けを妹に頼んでさせたりして日々を過ごしていた。
その日常は何も変わることがなく、ただただ堕落していくだけ。ジル自身へ近付く崩壊への足音が、ただ聞こえるだけ。
その命はいつまで持つことだろうか。
「くっそ〜。こいつ毎回勝ってる癖に俺が賭けた途端負けやがって。あれか? 今度はアメリーに賭けてもらうか? いや〜妹を賭けに使うとか、我ながらクズよのう……」
そう言って、決闘の勝敗表をじっと見ているとノックが聞こえた。
「うっせーな……誰だよこんな時間に。ノックするならアメリーがいる時にしてくれよ」
仕方ないので起き上がり、玄関へ向かった。そして、ドアを開けると懐かしい人が目の前に立っていた。
「お前は確かギルドの……」
「ええ。受付の者です。今日は重要な話がありまして、この場に直接来た次第です」
「重要な話?」
「ええ。単刀直入に言います。あなたの妹様のアメリーさんが、クエストにて重症を負いました。命には別状はないので安心して欲しいのですが……問題が仕事の方で……」
その話に、ジルは寒気を感じた。
「怪我したのは、妹だけ……なのか?」
「ええ。他の方は怪我こそしましたが大した怪我はなく……って、ジルさん!?」
ジルは気付けば駆け出していた。
頭にふつふつと血が沸き上がり、脳裏に浮かぶのは1人の憎き男の顔。今すぐにでもぶん殴って倒して、足で顔面を踏み抜き土下座をさせたいところだ。
冒険者ギルドへ駆けつけて、ドアを蹴破った。
「ボルドォォォォォォォォォ!!」
「ん? なんだよてめぇかよ」
ギルドに居た人間の注目を一身に受けるが、それを気にする事はない。
ジルには、目の前にいる男しか見えていない。女2人を連れている、ムカつく男だ。
「おい、パーティメンバーが怪我してるだろ。なんでお前はこんなところで余裕ぶってんだ?」
そう言うと、目の前の男ボルドーは鼻で笑った。
「何の話だよ」
「俺の妹だ。俺は、ムカつくやつだがお前ならまだ信用出来なくないと思って妹を預けた。なのに、なんでアイツだけ大怪我して帰ってきたんだよ。お前は庇おうともしなかったのか?」
「いや、逆だよ。アメリーが私を置いて逃げろとか言うからさ、丁度いいから3人で逃げてきたんだ。それの何が悪い?」
「てめぇ……」
「それよりも、お前こそ早くお見舞いに行った方がいいんじゃないか? あいつ、お前と同じくらい弱っちいからな。いや、お前よりかはマシか」
ジルは歯を食いしばり、呪い殺しそうな目で睨んだ。しかし、その目を嘲笑うかのようにボルドーは見下してきた。
そして、時間は過ぎる。このまま殴り掛かりたいところだが、そんなことをしても返り討ちにされるのは目に見えている。
1対1でさえ勝ち目がないのに、ボルドーにはパーティメンバーが2人いる。3対1なんて、ただリンチされて終わりなのは目に見えている。
「くそが……っ」
捨て台詞を残したようにして、ジルはその場を去った。
背中に感じる視線と、神経を逆撫でする高笑いがいつまでも耳に残っていた。
◇◇◇◇
「アメリー……」
「あ、お兄ちゃん」
病室で寝込むアメリーは、あまりにも痛々しく今にも散ってしまいそうな姿をしていた。
点滴が腕に付いていて、足や腕は包帯でぐるぐる巻きにされて固定している。頭にも包帯が巻かれていて、顔には切り傷らしい後がある。
これでは、もう当分動けそうにないだろう。
「ごめんなさい。私が油断しちゃったから……」
「違う。悪いのはボルドー達だ。あのパーティーで1番年下のお前を置いて逃げるなんて、そんなの幾らなんでもおかしい。それなら……」
それなら、あいつが同じ目に遭うべきだったとは言えなかった。そんなことを言ったところで、アメリーを余計悲しませるだけだし、それにジルが1番何も言えない存在なのはジル自身分かっているからだ。
「ごめんなさい……。もう、お兄ちゃんのお金も稼げない。郵便のお仕事もこれじゃ当分できない。私じゃ……お金を稼ぐなんて出来ない」
「アメリー……」
「ごめんなさい! お兄ちゃん……! 私、私ぃ……」
そんなに泣いてしまっては体に響くだろう。でも、アメリーは泣き止むことは出来なかった。
嗚咽し、何度も何度もごめんと謝り続ける。その度に、ジルの心に突き刺さる。
今まで何も出来なかった。何もせずにいた。だから、全てをアメリーに押し付けて自分は家に閉じこもっていた。
時には使えるやつだと、アメリーのことを道具扱いしそうな時もあった。いや、現に今もしているのかもしれない。それくらい、家族のことも信じられなくなった。
全て、ボルドーのせいだと言っていれば楽だった。誰もが助けてくれた。
――だが、救われることは無かった。
人を頼る度使う度に、罪悪感が募る。悲劇のヒーロー振っていても、気付けば自業自得と人はいなくなりアメリーだけになる。
その世界は、ジルにとって地獄以外の何者でもなかった。
このまま何もせずにいれば、食料を得ることも出来ずにの野垂れ死にするだろう。ジルはそれでもいいと思った。
だが、それはジル1人だった場合はだ。
今ジルが何もせずに死ねば、ジルだけでなくアメリーまでもが助からず共に死ぬことになる。
それだけは、絶対にしてはいけなかった。
「アメリー。自分ばかり責めるのはやめてくれよ。俺がどうしようもないクズになるだろ」
「でも、私……」
「でもも何も無い。アメリーは何も悪くないんだ。こうなった原因は、何もしない俺にある。俺が勝手に冒険者をやめて、仕事をアメリーに押し付けて、パーティも見誤った。全部、全部俺が悪いんだよ」
そう、全てはジルの責任。だからこそ、責任を取るのもジルだ。
「だから、アメリーは怪我を直すのだけを考えてくれよ。後のことは、俺が全部どうにかする」
家事も全部ジルが受け持つ。仕事もする。お見舞いも行く。病院の費用も払う。
「でも、お兄ちゃん……うぅっ……ずっと家にいたのに……無理だよ」
「無理でもやるんだ。やらないと、俺もお前も揃って死ぬことになる。アメリーだけは、俺は守りたいんだ。だから……アメリーはゆっくり休んでいてくれ」
「お兄ちゃん……ありがとう。なんか、いつもよりすっごいかっこいいよ」
そう言って、アメリーはすやすやと寝息を立て始めた。
ジルはその姿を見届けると、掛け布団を掛けてあげた。
「アメリー。それじゃあ、行ってくるよ」
ずっとニート生活をしていたジルが、外の世界へ歩みだした。
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