44. 圧倒
「…命拾いしたな。股間を叩き潰そうと思っていたんだが」
俺はそう吐き捨てて、ボロボロになったジュルペに背を向ける。
そしてジュルペの杖を振り上げ、地面に叩きつけた。
木製の杖はあっさり折れ、無駄についた装飾が飛び散った。
俺は手で耳を塞ぎ、脳内魔法陣展開で口の前に拡声魔法を展開した。
これも大魔法理論を作りつつ編み出した魔法陣の一つだ。この世界で用いられているものと同じかどうかは知らないが。
「みんな、聞いてくれ!!!」
突然の大声に、会場がしんと静まり返る。
「俺は赤魔法使いの魔族として、このジュルペ・アリーカーという男を叩きのめした!契約に従い、奴はこのエルディラットから追い出され、二度とその土を踏むことはない!!!」
今までで一番大きな歓声が巻き起こった。
本当にこの男は嫌われていたらしい。
それを実感せざるを得なかった。
「この新入生対抗戦が、より健全で楽しいものになると期待している」
そんなものすごい上から目線の言葉を発して、俺はフィールドをあとにした。
数試合の間観客席をさまよい歩き、ようやく魔科研の面々を見つけた。
「戻りました。勝ちましたよ」
「おぉ、おかえり。いやーすごかったな、アレは痛快だった」
イルク先輩が笑いながら言った。
「最後…ヒロキ、潰そうとしてた」
「潰す?」
純真なリーサは首を傾げる。
「ああ、最後に杖を振り上げてたのはそういうことだったのか。潰してやりゃ良かったのに」
「あの…潰すって、何を?」
「何って…ナニを」
日本語特有の言い回しはうまく翻訳されなかったらしく、リーサがさらに不思議そうな顔をする。
できれば知らないままでいてほしい。
「タマだよ、男のな」
イルク先輩によって、俺の淡い願いは一瞬にして砕かれた。
「タマって…え、えぇっ!?」
リーサが顔を赤く染めた。
「潰して大丈夫なんですか!?」
「いや、大丈夫ではないが」
焦って変なことを言い出すリーサに対し、俺は冷静にツッコミを入れた。
「最初はもう一回腹にぶちかますつもりだったんだけど、こいつがリーサを性的な意味で狙ってたってことを思い出したらなんかムカついてな…さすがにやりすぎだった気もしないでもないけど」
「やりすぎではない。絶対」
横から口を挟んできたのはマーリィ先輩だった。
いつもの眠たげな表情が、なんだか怒っているように見えた。
「私の家、あいつが暴れたせいで半壊した。一時は借金した。そんな人、エルディラットには結構いると思う」
「マジですか。エルディラットめちゃくちゃ治安悪いじゃないですか」
「あいつが高校に入ってからは鳴りを潜めてたけど、それまでは1週間に1回くらい悪い噂が流れてたから…ヒロキが来たときは本当に丁度良かったと思う」
そんなのをエルディラットから追い出したところで、またどこかで悪さをするのではないか…とも思ったが、それを懸念したところで俺にはどうしようもないので、とりあえず思考から追い出すことにした。
「ま、とりあえずこれで一件落着か。ゆっくりできるといいけど」
「無理だと思う」
マーリィ先輩がにべもなく否定する。
イルク先輩が解説を始めた。
「ヒロキ君、最後の拡声魔法を使った演説で『赤魔法使いの魔族として』とか言ってただろう?あれでヒロキ君が赤魔法使いの魔族であることはエルディラット中に広まる。しかも、世にも珍しいまともな赤魔法使いの魔族だ」
「えーっと…つまり…」
「君はエルディラットの英雄として、しばらくは注目の的だ。のんびり学生生活は送れないだろうな」
無言で頭を抱える俺とは対照的に、イルク先輩はケラケラと笑っていた。
憧れた時期があった有名税も、実際に襲いかかってくるとなると厄介でしかなかった。
「ま、嫌になったら魔科研に逃げ込んでくりゃいいさ」
イルク先輩はそう付け加えて、観戦モードに戻った。




