3-2
それからレタワノは、見たことのない世界をたくさん旅をして回った。
あらゆる情報が集まり、貯蔵されて行く本が詰め込まれている国。
様々な国から魔法敵性のある人が集い、それぞれが自分に合った魔法を習う塔。
おとぎ話にしかないと思っていた黒竜が治めている竜人たちの国。
それから、人間同士でいがみ合っている国。
たくさんの国を見て回ったけれど、レタワノはロフーサを見つけられずにいた。
レタワノは一人、ある人物の話を追ってこの国の王都に入った直後、城下町にほど近い森の中に入った彼女は、木の枝の上でバランスを取り、一夜を過ごしていた。
エルフである彼女にとって、下手な街の中で過ごすよりも、狼や魔物が身近にいる森の中の方が数倍は安全だとこの長い旅で学習せざるを得なかったからだ。
とある国では、宿を案内するふりをして奴隷商人の牢屋に突っこまれたり、宿の部屋で寝ていたら寝込みを襲われたりもした。
その度に精霊様に助けてもらい、窮地を脱していたのだが、すっかり人間の国で休息をとるのが怖くなってしまったのだ。
長の言葉が本当だったことに驚き、ついで自分の身よりも先に旅に出てしまったロフーサの事が心配になってしまった。
「ねえ、ロフーサ。君は、本当に……」
レタワノはそう言って、空を見上げた。
あの時、ロフーサが村を出て行ってしまった時から、気が付けないほどしか変わっていない夜空を。
長年が経ってしまった旅の間に、レタワノはとある結論に達しようとしていた。
それは彼女にとってはとても恐ろしい結論で、とても残酷な話になるかもしれない結論だった。
「ん、もう一度確認しなきゃね」
彼女はそうつぶやいて、荷物の中から地図を取り出した。
あの時、リザードマンの店主に印をつけてもらった地図のようで、そこに何か所か別の印がつけられていた。
新しくつけられている印は、旅先である情報を聞いて、それを彼女がまとめたものだった。
その噂は、エルフの村から旅に出た少年の旅路、とレタワノは道中に立ち寄った竜人たちの国の王に助言してもらったのだ。
必ずしも願いが叶うわけではないとも助言をされたが、藁にもすがる思いで、その噂を一つ一つ追っていき、聞いた話の順番通りに各地を巡っていった。
そのうちの、最後に少年が歩いたとされる場所。それが、彼女の回っていない最後の国の町が、今目の前にある町だったのだ。
自分の住んでいた村の、遥か南西にある、亜人を尊重をし始めたと聞く人間たちの国に。
「次で最後、か……」
印を確認しながら、彼女は暗い顔をしてそう言った。
ここまで、彼女はロフーサを見つけることはできなかった。
しかし、この足取りが確かならば、彼はここに居るはずだった。
それ以上の話を聞くことは無かったし、旅人が途中で息絶えたという話も聞かなかったからだ。
どのようなときも立ち止まらず、彼は生き延びて進み続けたと、どの国にも噂はあった。
だから、この町が終着点と言える場所だと、レタワノは確信していた。
「でも、これでようやくロフーサがどこに行ったのかわかるわ。明日が楽しみね、精霊様」
レタワノはそう言葉にして、木の上で無造作に宙に浮いている足を振った。
今からこの情報を確かめて、ロフーサに会うのが待ち遠しい、と言った様子だった。
「ねえ、ロフーサ。君は私に会ったらどんな顔をするかしら。驚いた顔? それとも恐怖で震える顔かしら」
想像をすると、居てもたってもいられなくなる。
そう思わせる彼女の言葉に、周りに居た精霊は静かに答えるように光を発した。
レタワノはその光を寂しそうに眺める。
「やっぱり、力の弱い私には何を言ってくださっても、聞こえない、か。村を出たツケかもね」
さて、と声に出してレタワノは木の枝の上で器用に横になり、空と木の葉を見つめた。
「最後こそ、ロフーサが見つかりますように」
彼女はそう呟いて、ひとり、木の上で眠りについた。
* * *
レタワノが町に入ってから半日。
彼女は街の中を、とある場所に向かって歩いていた。
その後ろ姿には力がなく、どこかとぼとぼという音が聞こえてきそうなほど落ち込んだ様子が見られた。
「収穫は無し、と」
荷物を肩にかけた彼女は疲れたように息をはきだした。
結局のところ、彼女が思っていたようにロフーサに会うことはできなかったのだ。
どの人間に聞いても、ロフーサと思われる人物の話をしては、すぐに王城近くにある霊廟に行くとよいと口をそろえて言葉にしていた。
同じ言葉を、耳にタコができるほど聞いてしまったレタワノは、長に長話をされしまった時と同じくらいうんざりして今っていた。
最後に彼女が立ち寄ったのは歴代の偉人と呼ばれる人間たちの像を飾った場所だった。
多くの人たちが口をそろえて言った霊廟と呼ばれる場所で、草原のような丘の上に石で作られた墓標と思わしき物や、偉い人と思わる銅像がいくつか並べられていた。
墓標のような物はどうやら、この町や銅像の人物にまつわる歴史が記されているもののようで、公用語で内容が刻まれていた。
町の人たちがそこを最後に回ってから行くとよい、と言っていたので、レタワノは何の気なしにこの場所に足を運んでいたのだ。
期待をしないで来ていたのだが、人間の暮らしぶりや歴史を知るのが少し楽しみになっていたレタワノはとても興味深い、と言った様子で石碑に書かれている文字に飛びついた。
中には本人にしか分からないような事柄が書かれていたり、何人と浮気をしたか、という恥ずかしい記録まで残っていた。
「へえ、面白い人がたくさんいたのね。今の人間の人たちはどうやってこれを知ったのかしら」
律儀にすべての記録を取っている人間たちに苦笑しながらも、彼らの文化に関心を示していたレタワノの足がピタリと、とある銅像の前で立ち止まった。
「この人は……」
レタワノはとある銅像の前で足を止めた。今まで関心を持ったことすらなかったけれど、レタワノはその銅像の前で足を止めざるを得なかったのだ。
そこにはまだ小さかった頃。レタワノに外に出ないかと誘ってくれた人物の像が建っていたからだ。
「なんで、こんなところにあの人の像が?」
どうしてか、その人の事が気になってしょうがない。といった様子で、何かに導かれるように彼の事が書かれている石碑に吸い寄せられていった。
彼女が石碑につづられている文字を指先で追い、読み上げていく。
「ええと、『ここに眠る……。王族の血筋』王族? あの人がそんなに偉い人だったの?」
レタワノが文字を追うなり、彼がこの国の王族、という言葉が書かれていて、驚いてしまった。彼がエルフの村に来たことにも驚いていたし、そんな人間の貴族が自分を外に連れ出そうとしていたことに二度驚いていた。
「『その時、戦乱時。幸運なこと……王族の血は絶えず。帰還した彼は公爵の地位へ』驚いた。相当すごいことを成し遂げた人だったみたいね。冒険の末にこの国に戻って来たって書いてあるもの」
ほんの少しだけ、そんな人に誘惑されたのかと思うと、相手が人間とはいえ誇らしい気持ちにはなってしまう。レタワノ自身、褒められたりするのは悪い気分はしない。
ふと、レタワノは自分の行った言葉が何かに引っかかった。
しかし、何がそこまで気になったのか分からずに、石碑の文字を追うことにした。
「『彼の者の名前は二つあり。片方は我が国に仕えし忠臣。もう片方は』……え?」
レタワノの口から、驚愕の吐息が漏れた。
信じられないという表情のレタワノが続きを読み進める。
「か、彼のもう一つの名前。ろ、ふー、さ。ろ、ふーさ……」
レタワノはようやくその名前が書かれていたことの意味を理解したのか、血の気が一気に引いてかのように青ざめていた。
「そんな、嘘……」
目の前に立つ、銅像を見つめて、レタワノは開いた口がふさがらないことに気が付いて、慌てて口元を手で覆う。
そして、見たものが信じられないという顔を見せ、ついで脱力をしたようにその場に崩れこんでしまった。
石碑の文字を読んでようやく、彼女は気が付いた。
彼は、耳なしなんかではなかったのだ。
ロフーサは一六歳になったあの日、なぜか長に言われて村を出て行ってしまった。
どうして、いくら探しても彼の手がかりが見つからなかったのか。
当然だ。レタワノは“あの森から出て行ったエルフ”を探していたのだ。あの森から帰って来た人間を探していたわけではない。
彼がこの国の王族で、長たちはそれを知っていて隠していたことに。
そして、彼の誘いを断ったのが自分自身だということを。
「ああ、ごめん。ごめんね、ロフーサ。あなたとの約束を破ったのは、私の方だった。ここまで追って、あなたのことを知って初めて気が付いたなんて、馬鹿みたい」
もう一度、レタワノは銅像を見上げた。
そこに彼が居ると夢想してしまい、手を伸ばそうとして、それが空をつかむことしかないと気が付いてすぐに戻した。
泣き出してしまいそうな目を無理やり閉じ、まるで子供がいやいやをするように首を振るとその目は、石碑の文字を追っていた。
彼女の眼もとには大粒の涙が溜まっていくのが見えた。
「ロフーサ。君は人間だったのね」
そう言葉にして、レタワノは涙を流した。
* * *
どれほどの時間、涙を流して時を過ごしたのだろうか。
レタワノが立ち上がって像を見れるようになるころには、日が山の向こうへと落ちて空が茜色に染まっていくさなかだった。
レタワノはただのエルフ。下手な亜人よりも強い魔法を扱えるとはいえ、人間の町で一晩を過ごすにはあまりに危険すぎる。なにより、レタワノ自身ここに立っているのは苦痛でしょうがなかった。
そっと、建っている像に手を触れて、ため込んでいた息をはいた。
「ごめんね、ロフーサ」
その言葉を最後に、その場を後にしようとした。
すると――、
「もし、あなたはエルフですか?」
誰かに、声を掛けられた。
慌ててレタワノが声のした方を振り向くと、そこには高級そうな糸で織られた服を身にまとった老人がいつの間にか近くまで歩いてきていたようだった。
レタワノが自分を見たのを確認した老人は、どこか優美にも見える所作でお辞儀をした。
「ん、そうよ。珍しい、って聞いてるわ」
「それはそうでしょう。ここは人間の国――失敬、亜人の方にそう言うのは無礼と教わりました――。ここは人の国です。そんな場所にエルフが居たら目立ってしまうというもの」
「知ってます……。嫌というほどに」
「これはこれは。心中、お察しいたします。同じ人間として、恥ずべきことです。それで、なんですが。わたくしも、一つ思うところがありまして。あなたの噂を聞いて、この老体。ここまで駆けつけて参った次第です」
「駆けつけた?」
老人の言葉に首をかしげて、レタワノは彼の背後に広がっている道を見る。すると、そこには大きな馬車が止められていて、護衛と思わしき人間の兵士も何人か経っているのが見えた。
服装も、所作の事も考えればそれなりに身分の高い男性なのではないかと、察しがついて、慌てて服に着いた土ぼこりを払って、身なりをただした。
「つかぬことをお聞きしますが、お時間はよろしいでしょうか」
「はい。もう、あとは帰るだけですから」
「お引止めしてしまって申し訳ない。ですが、これだけはどうしてもと思いまして……。その、あなたはもしや、レタワノ、というお名前ではありませんか?」
レタワノは自分の耳を疑った。否、疑わずにはいられなかったのだ。
確かに彼は見知らぬ人間だ。会ったことも無ければ、言葉を交わしたのすらも今が初めてで間違いはない。それがエルフの言葉で紡がれたエルフの名前を口にしたのだ。
それも、彼女の名前を。
レタワノは森を出てから一度も自分の名前を口にしてなどいない。つまり、その名前が他人に知れ渡るはずがないのだ。
どうしてかは分からない。分からないけれど、彼の言葉は聞かなければいけない。
彼女はそう思わずにはいられなかった。
「どういうこと、ですか?」
「実は、王家に伝わる書簡の中に、あなた宛ての手紙がありまして……」
「なにかの、間違いでは」
「そのために確認を、と参りました」
「どうやって?」
「書簡の前書きにはこうありました。あなたはこの国から遥か北の方にある間の国の方からいらしたのではないかと。それも、誰も立ち寄らない神域。亜人達が集う場所よりもはるか遠くから」
「……そう、ね。それは間違いないわ」
レタワノの胸がどきどきと高鳴った。
この高鳴りは緊張しているからだろうか。それとも、期待をしているからだろうか。
心臓が口から飛び出そうなほど、レタワノは緊張していた。
老人が言葉を続ける。
「この手紙を。もし、彼女がここに来てしまったらと、当時の王の友人から託されたそうです」
見知らぬ彼は、そう言ってレタワノに一つのこの国の捺印が押された書簡を差し出した。
羊皮紙に描かれたのであろうそれは、ひどく古いもので、書かれたのがずいぶん昔の物であろうということは誰の目にも明らかだった。
そこには、いったいどんな内容の手紙がつづられているのだろう。
レタワノは、受け取ろうとして躊躇してしまう。
もし、これが別離の手紙だったとしたら。
忘れてくれという手紙だったら。
私は、どうすればよいのだろう、と。
「爺の勝手なあれで気も滅入ると思いますが」
「は、い……」
「勝手ながら、この老体老い先も短い身。命も惜しくないと思い、この書簡の真意を確かめてしまったのですが。これは紛れもなくあなたにあてた手紙。受け取った方がよろしいと助言をしますぞ」
レタワノに宛てた手紙。
そう聞いて、彼女は不思議と村を出た時の、長の言葉を思い出していた。
「どんな事があっても。心をしまわないように」
「はて」
「長に、そう言われたわ。村を出るときに」
「ああ、理解いたしました。こうなることを予期していたとお見受けします」
「たぶん、そうなんだろうなって。だから、手紙を受け取ってもいい?」
「断る理由なぞ、ありますまい」
ゆっくりと、再び差し出された書簡に、レタワノは手を伸ばした。
そうして、私は手紙を受け取った。
※少しでも良い、面白いと感じて頂けたら、下の感想、評価、ブクマ等々をよろしくお願いします。今後のどういう作品を作るか、の指標になりますので、非常に助かります。
だいぶいそいそと投稿してしまったので、なにかしら誤字やら脱字があれば教えてください。たぶん何かしらやってます。




