3 妖精に背を向けて 2
……結局準男爵は防衛軍司令官として、王都の守りを引き受けた。山を下り、数十年ぶりに見る王都へ入る。仰々しいだけの華麗な司令官の制服が、いささか窮屈だった。
とても贅をこらした……重税の象徴である大理石で主に組まれた王宮での着任と任官の儀式は、空々しいものだった。
謁見の間に国王はいなかった。準男爵は参列者の末席に座らされた。かつての政敵である子爵から降格された準男爵を、まるで腫れものでも扱うかのように高級文官は辞令書を手渡した。それだけだった。すぐに儀式は終わり退出させられる。
こうして前線司令に任じられた準男爵に任せられたのは、徴兵されたばかりの新兵二千名だった。技量もなく、士気が高いとは到底いえない。混戦になれば、たちまち瓦解してしまうこと明白だ。
が、準男爵を推挙した若手士官たちは、厳しい試験を通過し士官学校を卒業した平民上がりの青年だった。かれらは、同じ平民である反乱軍たちを殲滅することは望んでいない。仮に王国が瓦解し、無政府の混乱とした状態に陥ることを防ぎたいだけなのだ。
勝機は反乱軍どもを、追い払えるかどうかにかかる。
…………
…………
季節は移り夏となり、決戦の朝は来た。
準男爵は王都外壁の上から、叛徒どもの布陣を窺っていた。偵察兵からの連絡によらずとも、自ら遠眼鏡で確認しただけで軽く一万はいる。これほどの民衆が決起するとは、誰が予期したろう。
先の竜騎兵部隊――みな軽装で勝手ばらばらの自由な身なりに、唯一同じ深紅のスカーフをなびかせ、小銃を構えている――二百騎ほどを散らして最前線に配備し、たちまち突撃する構えだ。
後続にも千は騎兵がいる。竜騎兵が倒れたときに、その銃を拾って攻めるつもりか。
残りの歩兵も無視できない数だ。なんと一個小隊単位で陣を構えている。
戦の陣を知るか。反乱軍には一部退役兵がいる証拠だ。鎧兜などその経歴なくして平民が得られる財産ではない、それが下士官役を務めているのだろう。しかしそれは例外、貧民の衣服なんてまるでラグ(ボロ)を着込むものが圧倒的だ。
武具はまちまち、剣や槍はあまりいない。大鎌や鋤の農具も銛も混ざる混成部隊だ。弓矢は少ない様子だが、廉価に調達できるスリング(石投げ紐)での参戦は多い。
対して……
王国正規兵は、それに含まれない警備兵と貴族の私兵を除いても総数では三万強と叛徒を三倍も上回るとはいえ、士気も劣り、訓練を欠き統制がとれていない。
そいつらは防衛側という有利に甘えて、自分の出番はないと決めつけモグラのようにこもっている……準男爵は確信した。このままでは負ける!
これでは指揮する名声と人望ある将帥が率いずに、統一された意思を持つ反乱軍に、対抗できるはずがあるものか!
もどかしさを感じる。ほんらいなら王都は叛徒どもなど軽く蹴散らせる大軍を擁しながら、動かせるのは手勢二千名だけか。
それに反乱軍の手際好い布陣。どうやら、将帥と呼べるだけのものが現れたようだ。以前の冬の農民反乱のようには、簡単には崩れまい。
準男爵は視認を終えると、王都の外の防衛線に出向いた。自ら前線で指揮を執るのではなくては、こんな寄せ集め簡単に瓦解してしまう。
直接指揮下に入った戦力は、重装槍兵千七百名に、一門当たり十名で操る野戦砲三十門か。野戦砲は丸太を組んだ防弾壁に守られている。籠城している間は外壁の砲門群、二十門あまりも味方してくれるはずだが。
叛徒の群れは迫り、火砲射程内。砲撃開始の時が来た。
準男爵の提示した戦術案に、若手士官たちは騒然としていた。敵の陣の真ん中目掛けてではなく、敵竜騎兵隊の最前列に砲撃を集中させるとの策に。
反論する士官も多々いたが、やがて真意は伝わった。敵を殲滅するのではなく、隊伍を乱して足を止め戦意を奪うのが目的なのだ。
「全砲門、砲撃始め!」
準男爵の号令一下、轟音うならせ苛烈な砲撃が始まった。しかし。
至近の目前で砲弾を炸裂させ、致命的な金属破片の爆風を撒き散らしているというのに、反乱軍、竜騎兵隊の突撃は抑えられない。
後続の敵の大半は農機具で武装しただけのにわか歩兵部隊というのに前進が止まらない。これほど戦意が高いとは。
たちまちのうちに砲火をかいくぐり、敵竜騎兵隊はその小銃の射程に重装槍兵を収めた。散発的に、敵からの銃撃が始まる。
味方槍兵たちは成す術なく次々と銃弾に撃ち抜かれた。いかに重装な鎧とはいえ、銃の威力には……。準男爵は、陣を後退させた。長くは持つまい。砲撃で威嚇し近寄らせないことだけが頼りだ。
そのときだ。準男爵を推挙した士官が、声高に報告した。
「指揮官殿、敵の別動隊が王都外壁の側面へ回り込もうとしています! 竜騎兵十数騎。狙いは火砲の死角かと」
伏兵だと!? たかだか十騎とはいえ、一竜騎兵の戦力は練達の剣士十名を軽く凌駕する。まして伝説の連発式自動小銃相手では。突破されること疑いない。
準男爵は決断した。
「ここまでじゃな。外壁防衛隊に連絡、全砲門閉鎖。わしらの野戦砲は鹵獲されるまえにすべて自爆させよ。貴官に伝令をまかせる」
しかし士官が野戦砲にたどり着いたそのときだ。凄まじい爆音が、耳を劈いた。王都外壁が派手に吹き飛び大穴が空いてしまった!
弾薬庫そのものを吹き飛ばされたのである! なんという失態。完全にしてやられた。しかしなにが!?
準男爵は、爆発跡に戦力を集結させた。兵士たちの死屍累々の無残な爆発跡に、下手人としか考えられない士官も爆風で身体をずたずたにされて横たわっていた。
「貴様! どういうつもりだ、これは」
「伏兵とは、虚報です。申し訳ありません……、閣下」死の淵の士官は苦しげに喘ぎながら、告白した。「小官は解放軍の……味方なのです。これが……最善と……信じて」
士官はこと切れた。反乱軍竜騎兵隊は防衛線を突破し、後背の歩兵部隊と呼応しまさにいま王都に攻め入ろうとしている。
やむなく、命じる。
「全軍、後退し王都内部へこもれ。市街戦だ。街の中での発砲は許さん! 石畳に石壁に跳弾するぞ。総員、白兵戦用意、抜刀せよ! 弓兵隊も前線へ!」
言い捨てるや、準男爵は愛用の散弾の猟銃を手に、がれき横たわる外壁に向かって行った。銃撃飛び交う中、悠然と立ち尽くす。
部下が叫ぶ。
「閣下はどこへ? 無謀です!」
しかし老指揮官ひとりが立ちふさがる突破口の前に、ほどなく敵の銃撃は止んだ。竜騎兵隊から、一騎が近付いてくる。この前の女指揮官。
準男爵と女指揮官は、厳粛な敬礼を交わした。言葉は不要だった。
これが大地の、人の世の定めか。
準男爵は、散弾銃を反乱軍女指揮官に構えた。女指揮官の自動小銃が火を噴いたのと同時だった。
基本、この物語は戦記ではありません。
次回も視点変わります。