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妖精伝奇  作者: 酒のつまみにあたりまえ
妖精はどこに
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3 妖精に背を向けて 1

 話は解放戦争のやや前にさかのぼる。


 王都からやや離れたところにある、丘陵地帯の森林を守るのは、老年の狩猟番だった。責任は重大だ……広大な山林をたった一人で守る任務。密猟は死の厳罰だ。

 生活に困った流れものが、ときおり山には入ってくる。そうしたものを追い払う――かなわねば殺す――のが狩猟番の仕事だ。

 たとえ国民が飢えていようが、任務は厳格だ。歳老いた狩猟番はこの点に構わなかった。山には食せる動植物がたくさんあるとしても。

 

 猟銃の散弾をばらし磨き詰め直しながら、これらを狩猟番は皮肉に思っていた。

 先の冬、凶作により困窮した農奴どもが、数千名も一斉蜂起し王都を襲ったらしい。反乱そのものは容易く鎮圧されたが、となると叛徒の残党は矛先を変え、この山をつけ狙うやもしれない。

  


 狩猟番の懸念は、最悪の形となって現れた。とある晴れた、まだ雪深く積る名ばかりの早春の夜だった。山間に炎が見える……炊事と暖を取る焚き火の灯がいくつも。

 規模からして、百名くらいはいるだろう。狩猟番は一刻かけ猟銃を丹念に手入れすると、翌朝その侵入者の群れにひっそり近寄った。

 何十年となく山林を知り尽くしている狩猟番にとって、ものの百名ほどの素人に気付かれぬよう肉薄するのはお手の物だった。


 首謀者と思しき男に猟銃を突きつけ、朗々と叫ぶ。

「国王陛下の山に侵入するとは、このわしが許さん」

 侵入者たちは驚いて動揺したかに思えた。しかし、予想もしないことにすぐさまいっせいに嘲笑の声に変わった。

 狩猟番は、侵入者どもが小銃をみな手にしていることに気付いた。しかも、コートの下に重厚な鎖帷子に兜、金属のすね当てなど武具を身につけている。

 この連中は、単なる密猟者などではない!

 

「このじじい正気か? 一人でおれたちあいてに」

 猟銃を付き付けられた男は、軽く言ってのけた。侵入者どもはたじろぎもせず、狩猟番に向けていっせいに、小銃を向けてくる。

 驚いたことに若い女性がそれを制した。

「かまうな、われらの目的はあくまで王国打倒。こんな老人殺したとてなんの手柄にもならんぞ」

 王国打倒?! この叛徒どもは、そこまで企てているのか! 狩猟番は、銃口を下ろした。侵入者どもも、銃を肩にかつぎ直した。


「おまえさん方こそ正気か? そんな寡兵で王国を相手にするなど」

「学者くずれがいるのでな。複雑な暗号計算を解いて、王国辺境に位置する封印されていた砦の武器庫に侵入し鍵を破った。中にはこの小銃が二百六十挺もあった。弾丸も何十万発も。過去の文明の遺産、逸品の連発式自動小銃が」

「銃、か」狩猟番は深く息を吐いた。「負の遺産じゃよ」

「来る日には、王国そのものこそが負の遺産となろうぞ」

「おまえさん、女だてらに戦士とは。なぜかね?」

「私の夫はあの謀反を推し進めた農村の郷士だった。先の冬の農民決起で殺された……王都に向かって倒れていたさ。私は夫の遺志を継ぐ」

 

 狩猟番は首謀格の女の瞳に、決然とした意志と哀しみを覗いた。

 それにより、さとった。対するに堕落した王侯貴族のたるんだ風貌ときたら軽薄だ。それに媚びへつらう役人どもも。かれらの平民を見下す、澱んだ視線に傲慢な口調ときたらまるでつけあがっている。

 こうして高まる平民の憤り。いま間隙を突かれては、いくら王国が強大とて。

 ……王国、滅びるか。静かに言い放つ。


「撃て。来る日にこの老骨は必要あるまい」

「年寄りを殺すなど、勝利の朝には目覚めが悪かろうからな」

「朝? すると王都に夜襲をかけるというのか」

「暗闇にまぎれ王都に潜入、完全な不意を突いて市街地での乱戦にもちこめば勝利は確実だ」

「は、銃で夜襲だと? 愚か者が」


 言い捨てた狩猟番に反乱者どもは、いろめきだった。

「なんだと!?」

「闇中銃を撃ってみよ、爆音と閃光で耳目は利かなくなる。敵も味方もわからなくなろうよ。それに街中で乱戦となれば、市民にも被害が及ぶ。さぞかしおまえさんがたは、民の『好感』を買うじゃろうよ」

「ならば……白昼堂々、王国の防衛線を突破するしかないのか。何層もの厳重な重装槍兵陣に、火砲の迫撃の中を」

 女指揮官はうなった。

 

 十五歳にもならないほどの背ばかりひょろひょろした学生風の少年が、反論した。

「不可能です。臨戦態勢を整えられ防衛線を張られては、どう考えてもわれらの戦力では王都まで届きません。いかに自動小銃が強力とはいえ、王都外壁に辿り着く前に、より射程の長い榴弾砲撃で吹き飛ばされるのがおちです」

 狩猟番は、いくぶんの諧謔を込めてもらした。

「伝説に聞く、竜騎兵ならば、可能やもしれんの」

「そうか! 竜騎兵、軍馬に騎乗しての突撃なら! 機動性を生かして一点突破できる。被害は甚大でしょうが、それでも」

 

 少年の声に、女指揮官は嬉しげに賛同した。

「よし、軍馬に武具を完全装備し密集陣形で突撃だ」

「え? いや、それはだめです」少年は歳に見合わない見識を見せ反論していた。「重厚な武具など進軍の速度の邪魔になります。それに密集しては砲撃のいい的です」

「ならば鎧を纏わぬというのか?」

「はい、機動性を削ぐだけです。どのみち火器相手には、鎧など無意味。加えて、騎兵はある程度、散らして突撃するべきです。被弾する確率が格段に減ります、伝説の戦記に聞く、散兵戦術です」

「自動小銃のみを頼りに、軍馬で突撃か」

 百名あまりの、反乱軍たちは騒然となった。口々に意見、疑問の声が交わされる。女指揮官は、作戦を積み立てていった。

 叛徒どもの意見は一致した様子だ。狩猟番は複雑な思いで、かれらの決意を聞いた。

 

「もはや」女戦士は毅然とした笑みを浮かべた。「生きて帰れるとは誰も思っておらぬ。一騎でも敵陣を突破できれば、われらの勝利だ」

 

 女戦士に率いられる百名あまりの反乱軍は、山を去って行った。作戦を口外したというのに、狩猟番には一切構わなかった。情報が王国に漏れても構わない、正面から戦うということだ。

 狩猟番は王国にこの件を報告しようとはしなかった。自分の小屋に戻り、あくまで普段通りの生活に戻った。巡察と狩りを繰り返す孤独だが平穏ないつもと変わらない日々……いつまで続くものか。

  

…………

  …………

 

 数週間が過ぎていた。突然のことだ。巡察から帰ると、王国高級士官の礼服に着飾った若者が一人、狩猟番の小屋の前で待っていた。

 かれは恭しくお辞儀すると、丁寧に語った。

「準男爵どの、お待ちしておりました」


 全身に寂寥とした痛みを感じる。『準男爵』、その称号で呼ばれるのは久しかった。狩猟番、いや準男爵は平静を装い、尋ねた。

「三十年も前の政権抗争に破れた老いぼれに、いまさらなにかね」

「民間出の若手士官一致で合意に達したのです。来るべき民衆暴動の際に、王都防衛戦の前線指揮をお任せできるのは、閣下以外にはいないと」

 予期はしていた。しかし、いまさらの狩猟番にそんな大役が掛かるとは。

「わしは王都を追放された身だ。他の貴族の将官どもは、かかしかね?」

 

 士官は悲しげにかぶりを振った。

「かかしなら盾の代わりくらいには使えましょう。それ以下です。自ら前線へ出ず、正規兵を動かすどころか、民衆から徴兵した若者を防衛の任に当てようとしています。これでは民兵たちはいつ叛徒どもに寝返ることか。このままではどう転んでも、民間人に多大な犠牲を強いること明らかです」

「正規兵が動かんとな。警備兵どもはどうじゃ?」

「警備兵は、腐敗しています。貧しい平民をいじめ、金持ちには媚び、賄賂次第で犯罪を見逃す始末。徴税官、悪徳商人どもとの癒着も甚だしく。もし王都内部まで戦禍が及べば、真っ先に平民が槍玉に揚げるのはやつらでしょう」

 

「王国もそこまでいくと、砂上の楼閣か」

「ですから、勇猛で冷静な見識を有する閣下なら」

「誰に聞いたね? 貴官はそのころ生まれてもいないはず」

「閣下は無双の豪傑であったと伝えられます。王家に忠誠を誓っていれば、重臣になられたはず。それを辞退する潔さが度量を示します」

 

 脳裏に痛痒とした過去の日々がよぎる。重税や借金などに苦しみ飢えて逃げ、山に入った難民を何人散弾銃で手懸けたことか。

 だが密猟者など横行しては、たちまち山は荒れ果ててしまう。食用となる草食の獣や魚はいなくなり、獲物を失った狼や熊が人里に下りて村を襲うだろう。

 冷酷なようだが、守らなければならないのが大地の掟……。

 この勤めをしていたからこそ、言う。断れないのを承知の上で……

「わしはいやじゃ。生活に貧窮し、ただ生き延びたいだけの無辜の民衆を相手の戦など。騎士の名誉に反する」

「勝つにせよ」士官は渇いた声で述べた。「負けるとしても。できるだけ戦禍を小さく抑えるのが武人の務めかと」


この三話は、次回で終わりです。

読んでくださりありがとうございます。(^^)/

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