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妖精伝奇  作者: 酒のつまみにあたりまえ
妖精はどこに
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2 妖精なんて、いないから 3

 翌朝。都市の広場は、大勢の市民たちが大きな掲示板を前にして騒然としていた。捕縛した三十名あまりの反乱首謀者たちの、公開処刑を行うという触れ書きがあったのだ。それも、裁きは神の名において教会の手で。

 

 商人は先日の商売の件もあったから、まだ王宮に立ち入ることができた。商人は、司教と面会することさえできた。


 商人は訴えた。

「司教さま、これはどういうことです? 降伏したものをみな処刑するなんて」

「王国の秩序を守るための処置です。さもなければ魑魅魍魎、悪魔妖怪妖魔の群れが、わたしたちを呑み込みにくるのですよ」

「ただ生き延びたかっただけの人々を、王国に刃向かっただけで焼き殺す、それが神の御心だとでも?」

「われらが主は外敵には容赦を持ち合わせません。この罪人たちには、魔が宿ったのです。火刑は行います。聖なる炎でその魂を浄化するのです」


「処刑を止めろ! これはどういう選択なんです? 黙って飢え死にするか、刃向かって殺されるかどちらかなんて」

「そなたは神の意志に疑問を抱くというのか? そなたは異端なのか」司教の目が狭まった。大きく声をあげる。「神官戦士隊、この男を捕らえろ! 魔女裁判にかける」

 

 商人は連行され、地下の牢獄へ送られた。拷問が、待っていた。商人ははだかにされ、くさりの枷で吊るされた。革の鞭で幾度となく打ち据えられた。

 長い時間が立った。商人は何度も気絶しかけ、ぐったりとなっていた。夜になった頃だろうか。もう拷問は終わり、灯りもなく真っ暗な凍える地下牢に商人はひとり取り残された。

 打つ手は無い。ぼんやりと時を待つ。芯から冷え切った身体中に、鋭く熱く刺すような痛みが走る。どれだけの時間が過ぎたろう。

 

 ささやく声がした。あの少女の声。

「無茶しちゃって。いま、かせを外してあげる。こっちよ、ついてきて」

「きみに入れ知恵されたおかげだ。無駄に怪我をしてしまった」

 商人は苦々しげにささやき返した。

 少女は黙々と、くさりの枷の鍵を外した。それから商人の衣服を手渡す。よく入ってこられたものだ。

 それに、少しばかりの荷物も無事だ。所持金も宝石もロザリオも背負い袋にそっくり残っていた。獄吏が囚人の所持品を盗むことは死の厳罰だからか。

 

 着替え終わると、直ちに脱出した。少女は真っ暗闇でも道がわかるらしく、あっさりと裏口から王宮の外へ出ることができた。

 商人は尋ねた。

「農夫たちは?」

「残念だけど」少女の口調がこわばった。「見ないほうがいいわ。いまはゆっくり休んで」

 


 商人と少女は、警備兵を避け抜け口を通って王都を出た。それからまもなく朝を迎えた。

 街門付近では、一昨夜殺された農夫たちの遺体が、まだ転がっていた。遺体の一つに、商人はふと気付いた。何年も会っていなかったが、すぐに誰かわかった。

 故郷の地主の息子で、商人と同い年だった。身分は違ったが、幼い頃から兄弟のように育った。ともに遊んだだけでなく特別な計らいで、商人に学ぶ機会すら与えてくれていた。

 郷士として、村を守ることを誓っていた勇敢な友だった。逃げずに、正面から戦ったのだろう。かれは王都に向かって倒れていた。最近、結婚したとのうわさを聞いたばかりだった……

 

 ふらふらと、街道を歩いていく。林に入ったところで泉を見つけ、商人は薄氷を割って両手を使い、水を飲んだ。血の味がした。

 商人はロザリオを手に握りしめ、心に問うていた。


 ……神よ。あなたがもし、ほんとうに存在するのならば。なぜこのような無体をお許しになるのか。

 商人の心の中でさまざまなものが、がらがらと崩れ落ちていた。


 王様は気高く偉い。従わなければいけない。

 神官は誠実で慈悲深い。敬わねばいけない。

 善なる神。恐ろしい悪魔。無邪気な妖精。

 ただ教えられるままに信じていた、純真な少年時代。

 それらの全てが、もはや空虚なものだった。


 商人はロザリオを泉に投げ捨てた。

 神なんて、いないのだな。商人はいまさらのようにつぶやいた。

 商人の目に、涙があふれた。

 息を思い切り吐き、次いで吸いこんだ。

 叫ぶ。慟哭。絶叫する。無人の野に虚ろな灰色の空に……


「神なんて、いない。

 悪魔のみ人の心に巣食う。

 妖精だっているわけがない!」


 ふと、どこからか女の子の甲高い泣き声がしたような気がした。

「きみ?」

 商人は、はっとして辺りを確かめた。

 少女の姿はなかった。

  

 …………

   …………

 


 それから、彼女の姿は二度と見なかった。命を助けてもらったのに、と商人は後悔していた。二度と言わないという約束も破ってしまった。

 考えて見れば、少女は自分の後から、街へ入った。おまけにこの街に知り合いはいないらしい。あんな小さい少女が一人、出歩いていられるはずもないのだ。

 商人は疑問に思ったが、それに構っているひまはなかった。


 王国は不穏な空気に包まれていた。

 農民の反乱は、庶民の王国に対する反感へと繋がっていた。兵士の多くにしたって、平民の出。家族も友人もいる農村の住民と戦うのは、抵抗があった。

 重税を取り立てる役人、神の許しを金で売る教会への不信感が募っていた。農村をまとめる地方の騎士も、国王への忠誠は薄らいでいた。そうして、王国は寂れていった。

  

 …………


 いくつかの季節が、過ぎた。

 内乱が起き、王国は滅んだ。国王は処刑され、王族は追放された。教会の長である司教は、自殺した。教会は取り壊された。

 王国は民衆主権……はるか過去の伝説に聞く共和国へとなった。内乱は後に解放戦争と呼ばれるようになった。

 それは容易ではなかった。王都が陥落しても各地で抵抗や分裂が続き、卑劣な火事場泥棒まがいがのさばり。


 この血なまぐさい時代に、青年は商人として尽力した。国中を駆け回り被害の現状と最適な交易路を探し見つけて、内乱で疲弊し傷ついた人々に、できるかぎりの食料や衣類、医薬品を調達し、助けた。

 その商売でもうけたお金で荷馬を買い、さらに効率的に安く早く多くの商品を調達できるようにした。その馬を売ってくれたのは、医師志望の献身的な少年だった。


 仲間も募った。一緒に行商し、商品や資金を任せられる部下。護衛の用心棒。商売を続けるに連れ、次第に荷馬車の数も増えていった。

 街の空き家を買い取って、商店まで出した。さらには海原を赴く商船すら……店の数も船の数も増えていった。

 商人は、利益を自分のためだけには使わなかった。街道整備や橋建設などの工事に出資し、名声も手に入れた。

 商人は成功し。事業を伸ばしていった。

  

…………

  …………

    …………


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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ序盤ですが、まとまりのいい展開だと思いました。 [気になる点] 司教がどんなキャラクターなのか、もっと知りたいです。 [一言] 神がいないことに対する絶望がテーマの話って、食傷気味なん…
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