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妖精伝奇  作者: 酒のつまみにあたりまえ
魔法の奇跡
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2 魔女の祝詞 前

 王都に醜い魔女がいた。『魔女』。もちろん、彼女は生まれたときから魔女だったわけではない。

 しかし彼女はほんの少女時代、恋に破れた――初めて愛を交わした男は、少女の身体を弄ぶや汚いものでも捨てるように去っていったのだ――少女の目には涙があふれた。


 繰り返し思い出す悔しい夜……。「愛しているっていったじゃない、うそだったの?!」

 男は心底軽蔑した口調で嘲弄した。「誰がおまえみたいな女、相手にするか。せいぜい俺に抱かれたことを幸せに思うんだな」

「ひどい……」

「は、おまえみたいなのが将来売女になるんだよ。まさかまともな男と結婚できるとでも思っていたのか? つけあがりやがって」

「裏切り者、卑怯者!」少女が何度叫んでみても、その声は誰にも届かなかった。

  



 以来、彼女は魔女だった。彼女は初めからそう醜かったわけではない。しかしその形相は険に歪み、醜くなっていった。

 他人からあからさまに嫌われ、疎まれるようになり、孤独になっていった。孤独はさらなる孤独を呼ぶ。誰しも、誰からも相手にはされない人間とは付き合わないから。社会の皮肉な、愚かしい悪循環の中で少女は苦しみながら育った。

「わたしはなにも悪いことしていないのに……なんでよ、みんな!」つぶやいてみても、答えは得られない。彼女は世界を呪った。


 男への憎しみは、世界への恨みへと転じていた。自分を受け入れない世界への。

 この瞬間から、彼女は魔女なのだ。恨み、憎しみ、疎外感……ずっとこころに抱き続け。彼女はもはや一個人ではなく、盛大に王国そのものを呪っていた。憎々しげに吐き捨てる。

「こんな国、滅んでしまうがいい!」呪詛の言葉は、狂気の色合いを見せていた。日増しにつのる憤り。


 あるとき、魔女はふと悟った。自分にはその力があると。

 魔女は人々の心に、憎しみの火種を撒いた。

 貧富の格差、家柄、容姿、生い立ち……ひとびとの心の隙間はいくらでもある。なにも魔女だけではないのだ、どろどろとした劣情を胸に抱くのは。ひととは、みんなそうなのだ。だから。


 ただでさえ平民は貧窮し、役人は汚職をする腐敗した王国に、反乱を起こすのは容易いことだった。

 誰にしも心に抱く、軋轢、葛藤。そこに少しくさびを打ち込むだけでいい。後は自然に砕ける。

 魔女は巧みな話術の技で、不和を広めた。扇動を。反王国の動きが現れ、農村規模の小競り合いに次いで、王都を包み込む大規模な内乱が勃発するのにそう時は要さなかった。民衆は口々に叫び始めた。

「王国を救え! いまこそ正義の旗の下に集うときだ。そのためには国王の打倒だ。自由と権利を我らに!」

「民衆に力を! 民による国を。伝説の民主共和国復興を!」

 笑わせる。手の平で踊るだけの道化どもが。


 かくて戦端は開かれた。銃撃に砲撃の嵐。大惨事となった。


 王都は押し寄せた叛徒の群れにより乗っ取られた。

 幾万の人間が犠牲となったろう……。叛徒どもは、大義のためと信じ。王国軍どもは、国王陛下の恩顧に報いんと。まさか一人の女の生贄として戦い死んだなどとは気付くまい。

  



 しかし『復讐』を果たしたというのに、魔女の心は満たされなかった。それどころか、涙あふれ止まらない……なぜだろう。どのみちみんな、自分を嘲笑し軽蔑し、のけものにしてきてきた人間ではないか。

 魔女の孤独は深まるばかりだった。つぶやいてみる。「わたしには、なんにもないの。わたしの外には……」

 このとき、はっと気づく魔女だった。わたしは、『自分の内にも』なにもないのだと。得体の知れない哀しみに襲われる。罪の意識が、抑えきれず自分を取り巻く。胸にくぎを打ち込まれたような……


 このとき、魔女は真に『孤独』の意味を悟った。自分だけでなく、世界にそれをばらまいてしまったことを。孤独は孤独を呼ぶ、それはいちばん自分が良くしっていたはずなのに。

「わたし……なんということをしてしまったの?! 取り返しのつかないことをして……」魔女は泣きながら、滅んだ王都を去り、山へこもった。

 繰り返し思い返す――わたしは魔女だ。醜い魔女だ――。



 

 数年が過ぎた。たった一人での無人の山での暮らし。とはいえ、山は魔女のものではない。王国が滅び共和国になったとしても、無断な侵入は禁じられている。

 隠れ住んではいたが、ある真冬の夕刻、雪の降り積もる足跡をつけられたのだろう、とうとう。

 魔女は地主雇われの狩猟番に見つかってしまった。かつて魔女を弄んだような青年だ。侵入は厳罰だ。密猟と見なされる。

 しかし狩猟番は魔女を見かけるや、潤んだ声を掛けてきた。「なんと美しい娘だろう。お嬢さん、あなたはたったお一人で?」

 声に、魔女は逃げだした。狩猟番は猟銃を持っている。魔女は死を覚悟した。必死に走る……?

 狩猟番は、撃っても追ってもこなかった。


   ……


 魔女は疑問に思った。なぜ狩猟番はわたしを見逃したのだろう。それに、こんな醜いわたしを美しいなどと空々しい。

 過去の忌々しい記憶が、脳裏に蘇る。きっとあの男もわたしを玩具にするつもりなのだ。

 翌々日。予期していた通り、魔女の住む掘っ立て小屋に、先の狩猟番がやってきた。思いもかけないことに、冬咲きの花を手に皮革のコートで狩猟番なりに正装している。

 かれは魔女に一礼し、告白した。「ぼくはあなたを愛してしまったのです、一目見たときから」

 しかし魔女は言い放っていた。「愛だと? そんなものは信じない。どうせ身体目当てだろ」

 狩猟番は、慌てた素振りで反論していた。「ぼくは違います、決して。あなたに幸せでいて欲しいだけです」

「おまえらはのけものを作るだろ、いつも敵を作りたがっているだろ、わたしが敵になってやるよ。わたしは世界の敵なんだよ!」

 狩猟番の青年は、いかにも誠実に意外そうに語りかけた。「そんなはずはありません。ならばなぜ泣いていらっしゃるのです? あなたも犠牲者のはず。過去の王国と、戦乱の」

「わたしは……違う。泣いてなんかいない」

「ぼくの父は王国の狩猟番で、反乱軍、いえ解放軍に命を奪われました。以来、職を継いだもののぼくはひとりです。あなたもひとりで、ぼくと同じくとてもさみしそうだ。だから、どうかぼくと……」


 魔女の胸に鋭い痛みが走った。悲痛に叫ぶ。「あの同胞殺しの戦争を起こしたのはわたしなんだ! なぜって、わたしは魔女なんだから! わたしは何万人も殺した。わたしは……人殺しだ。わたしの手は罪悪の血に染まって汚れ、もう洗い落とすことなんかできるはずはないの!」

 不覚にも、魔女は涙していた。罪悪感に加え、羞恥心が胸を苛む。またも男に涙を見せるなどと、屈辱だ。


 狩猟番の青年は、戸惑った様子で答えた。「いきさつはわかりませんが、承知しました。あなたを捕らえたりは致しません。どうかご無事で、心身、安らかに。実はぼくは来月から、兵役で山を去ります。後任のものには、あなたの身辺を乱さないよう伝えますよ。あなたと出会えてよかった。任務が終わってから、またあなたと再会できることを祈ります」

 狩猟番は優しくそう言い残すや、礼儀正しくお辞儀し去って行った。

「え……?」愕然とする。真剣だったんだ……本気で、わたしなんかに。


 だが、追い掛ける勇気もなかった。またも孤独に陥る魔女だった。自分の愚かさ加減に虚しくなる。何度も同じことを繰り返して。それも、自分は知っていたはずなのに。

 雪上に置かれた想い込められた花束を拾い上げ、切なくなる。

 こんなにも途方もなく愚かな魔女がいるだろうか? わたしはこころまで醜い……

 しかしあの純真な狩猟番の言葉は、魔女にとって福音となった。

 それから魔女は愛を渇望するようになった。だが、孤独にいてなぜ愛など得られるだろう。それに自分には愛を求める資格が無いことも、魔女は知っていた。泣き暮らす日々……


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「愛してるって言わなきゃ殺す!」 私の大好きな、このフレーズを連想しました。
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