16 妖精眠る夢 3
三人は一晩かけて身体を休めた。眠ろうにも、泥のような倦怠感に襲われ、満足に寝付けない。夜中は疲労のあまり、食事はろくにのどを通らなかった。それでも日の光が見え起きると、活力と希望を取り戻した思いだった。この先を案じそれぞれの願いを胸に、冷めていた焼き魚をなんとか胃の腑にしまいこんだ。
結局、防波堤の上に位置する、砲台の調査を始める三人だった。ひそかに近づくが、なんら反応はない。砲台は人間の半分くらいの高さと幅と、思いのほか小さかった。海岸沿いにぽつりぽつりと並んではいるが。中を確かめようにも、砲台は鎮座しているだけで、人の入れるところも操れるところもない。
やむなく、島を探索する。意見としては、なにか安置されているとして、平地にあるだろうとのことだった。木々生い茂る山岳地帯に、わざわざ宝を残すなど、偏執狂の仕事というものだから。
たしかに埋蔵金伝説は孤島の山奥というのが定番だが、それでは雲をつかむようなもの。掘り出された試しなどないではないか。
うやむやの内に、過去の街並みと思える廃墟にたどり着く。その残骸は、未知の素材で建造されており、どれもほぼ直線で構成され、外見は鋭角な感じがした。住宅街らしい二階建ての多い細々とした廃屋の群れは、もはや面影を残さないまでに荒れ果てている。
中を検分する。家具は残されていたが、ほこりに埋もれていた。街で売ればそこそこの値がつくであろう、陶磁器らしい食器類もあったが、大半は使い道もわからない、もはや動くこともないであろう機械類があるだけだった。
「ま、こんなものでも好事家には高値がつくかな」技師は投げやりにいった。「僕としても、この機械の仕組みはまったく不明だ」
「それにしても妙だな、家具をひっかきまわしても、ぜんぜんお金が見当たらない。銀貨や銅貨が少しくらい見つかると思ったが」
少年の疑問に、書記官は答えた。
「当時の人間はね、お金は硬貨ではなかったらしいの。全部数字で処理されていて、機械で集計されて機械を通して初めて商品の売買に用いられた」
「そうですか。どのみち民家なんかに、たいした財宝があるはずはない。他を当たろう」
街の奥に目を移す。共和国の庁舎など比べ物にならない、数十階建てという、天にそびえるような建物が林立していた。
といっても、いちばん立派な建造物の中を確かめ失望する。どうやら過去の行政宮なのだろう、机にも戸棚にもかすれ果てもろく砕けるばかりの書類の山があるばかりだ。
そこで、階段が地下に向け続いてあることに着目してみた。大切なものを保管するのであれば、いくら高い建物とはいえ、やはり地下にするはずだ。技師の作った即席の松明を手に降りていく。
地下室は何階にも伸びていた。しかもしつように何重にも金属製の扉戸で閉められていた。しかしそれらはもはや錆びつきもろく、容易に開け放つことができた。
その廃墟の最後の扉は、まさに開け放たれた。しかし。殺風景な大きな部屋が、虚しく広がっていただけだった。
技師は問う。
「からっぽの部屋? そんなはずはない、財宝はどこだ」
少年は奥の壁に、なにか文字が刻まれているのに気付いた。それまで紙や看板の文字は風化してすべて読めなかったというのに。
「宝の在り処か、これは。なにが書かれている? これだけ厳重に封印されていたんだ、よほど価値のあるものに違いない。解読してください、書記官さん」
書記官は壁に刻まれた文字を読み上げていった。
(ようこそ、こころから歓迎します。
ここにたどりついたのですね。あなたがここに来た、ということは。ひとびとは全滅してはいないのですね。
大切な人はそばにいますか。夢見ている理想は、あなたとともにいますか。あなたはなにを求めていますか。
愛の意味を正しく理解してください。勇気の意味を正しく理解してください。真理の意味を、理解するということを。真に戦うべきは人の世の欺瞞です。決して憎む相手ではありません。
不信と欲望による戦争によって、平和の無為による退廃によって。大地と天空と海原を傷つけて、病ませて滅んだ、私達のまねを二度と繰り返さないでください。
未来のあなたたちの生きる世界を破壊した、私達を許してくださいとはいいません。
許されない罪であることは承知しています。私はここで死にます。私達はここで終わります。
でも、あなたはここにいる。世界はあなたとともにあるでしょう。
生きること。ともに生きていくこと。手を伸ばしてください、きっと誰かのこころと触れ合うことでしょう。
あなたが傷付き、倒れても。もし差し伸べられる手があるのなら。立ち上がってください、いまを生きるために。私達の生きる世界を、守るために。)
「以上よ」当惑したように、書記官は二人に問いかけた。「古語で記されていたわ、過去の文明の遺物ね」
漁師の少年は失望して言い捨てた。
「神話の時代の遺跡だな。文明のおきみやげってわけだ、秘宝か、この碑銘が。いまとなっては無価値だ、一文の得にもならない」
「果たしてそうかな」技師は疑惑を挟んだ。「過去の文明は滅んだ、僕たちがその二の舞をすることもありうる。そうなっていいはずはない。そうか、これが財宝を持ち帰った例のない理由だ」
書記官も感嘆したようすで同意した。
「いまの世界を代償と考えると、この碑銘の教訓は世界そのものと等価値といえる」
「この『遺書』が世界と等価値?」不思議そうに少年はつぶやいた。「俺にはわからない」