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妖精伝奇  作者: 酒のつまみにあたりまえ
妖精はどこに
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16 妖精眠る夢 1

 少年は十五歳という年齢の割に、がっしりした体躯をしていた。当然だ、もう三年も漁師として海の仕事をしていれば。全身日に焼け、衣服にも身体にも潮の匂いが染みついている。

 漁師の仕事はきついが、少年はそれを苦にはしなかった。給与は安くとも、暮らし向きはそう悪いものではない。平民にとっては高値の花の魚が、毎日好きなだけ食べられるとあっては。

 が、少年はいつまでも漁師を続ける気はなかった。成長し、一人前の水夫となれば。決まった航路での漁業とは違い、商船や連絡船に乗りたかった。いずれ船長とし冒険し、この大海の彼方になにがあるのだろうと、思いを馳せるのだ。

 

 その日は、いつものように海へ繰り出し、漁を終えた春の夕刻だった。波間に揺れる大きな船を見かけた。少年の乗る八人乗りのちっぽけな漁船からすると、比較にならない立派な船だが、様子がおかしい。帆を畳んだまま波に漂流している。

 船乗りのうわさに聞く、幽霊船というやつか。

 近くにより、確かめる。船底が破損している。これは岩礁に船が乗り上げ、難破したのだろう。満ち潮によって浮かび上がり、流されたらしい。接弦して乗り込み確認するが、乗員は避難したのか、船はからっぽだった。


「こりゃとんだ拾いものだな」漁船の船長はからからと笑った。「漁には大きすぎるが、冒険、交易、海戦とも向く良い船だ。傷付いているが、技師を呼べば直せるか。売り払えば大金になるぞ」

「船長」少年は疑問げに聞いた。「この船、王国海軍の軍旗が掲げてありますよ」

「この前の海戦とやらの残骸だな。なおのこと好都合だ。これなら、持ち主が返せといってくることもない」

「でも連れ帰るにも、水夫はどうします?」

「考えろよ、乗り込んで、おれたちの漁船を逆に曳航する。時間がかかるな。今日の働きの魚は、海に戻してやろう」

 

 これだけの船を八人で動かすのは難儀だった。とにかくまともに進んでくれないのだ。しかも悪いことに風は逆風。操舵や帆を操れる航海士がいなければ船は動かない。帆船は帆を上手く扱えば、風上にだって進めるのだが、慣れている小型の漁船とは違い大型帆船を御するのは大変だった。

 結局、ひと晩かかった。少年は夜、船に積んであった塩漬け肉を食べた。獣の肉というのは、初めての体験だった。

 翌日の昼、なんとか拿捕した船を、港に運び込んだ。一昼夜働き通した少年は疲れ切り、宿舎の寝台に横になった。大金持ちになれる。金貨何千枚になるだろう。少年にとって、金貨一枚すら考えられない一財産だった。日給は食費宿舎費込みで銅貨六枚に過ぎない。銀貨ですらろくに触ったことはなかった。

  

 目覚めてみると、日は沈んでいた。夜中というのに、漁港は船のはなしでもちきりだった。日が明けると大変な鹵獲品と、うわさは街中に広まった。今日の漁は中止された。

 しかし、売却の件となると思うようにはいかなかった。損傷船として買い叩かれるし、利潤は大半が税として持っていかれてしまう。おまけに残りは漁村の全員での分配となる。

 結果、船の所有権を持つ漁港の元締めが売り上げを独占し、漁師一人頭の取り分はせいぜい銀貨十枚にしかならないとか。金貨の山の夢は遠のいた。馬鹿にされたものだ。


 その夜、海の荒くれの集う酒場でささやかな宴会が開かれた。

「これじゃ、五日分の稼ぎにしかならない」船長は自棄になって、ラム酒を飲みながらぼやいた。「なめられたもんだな、ええ?」

「共和国は平等が建て前でしょう」少年はいちおう反論した。「漁港のみんなは、喜んでいますよ」

 

「船長」割り込む声があった。見れば、風采の上がらない中年だった。海の男としてはひょろひょろした優男だ。「あの船で意外なものを見つけました。王国海軍の航海日誌です」

「それがどうしたい? 技師どの」

 船長は老年、はるかに年配なのに敬称で呼んだ。

 技師と呼ばれた男は、小さくささやいた。

「拿捕した船は補給艦でした。王国都市、かれらの財宝が、積まれてあったはずなのです。それなのに船はからっぽ、なにかおかしいです」

「王国の財宝だと?」

「声を押さえてください、これは秘密にしなくては。都市の警備兵に知れたら、あなたに横領の嫌疑がかかります」

「横領だって?! おれはなんにも知らねえよ」

「お静かに。それは僕も知っています。あなたは普段と変わらない振る舞いをしていますし、仮に財宝が積まれていたなら、港へ持って帰る道理がない。しかし道理のわからない無能で貪欲な役人の耳に入れば、大事です」

「おれが無実の罪で裁かれるってことかい? 冗談じゃねえ」

「そこでです」技師は意外なことをいった。「航海日誌の調査は、知人の書記官に任せています。あなたから一人、信頼できる水夫をお貸し願えませんか。実際に現場の海域を調べたいのです」

「なら」船長は、少年を指した。「こいつを連れていけ。年端はいかないが、一人前の漁師だ。熱心だし操舵も帆張りも手慣れている。あと数年も鍛えれば、立派な航海士になれるやつだぜ」

 少年は驚いていた。俺に?

 技師は船長に一礼した。

「ではかれを預かります。くれぐれもことは内密に」

  


 それから少年は暇をもらい、技師の仕切る造船所に入っていた。

 待っていたのは、建造されたばかりのまだ水に浸かっていない冒険船だった。船体の木材からして、上質で頑丈だ。しかも補強するために、銅張りしてある。小型なのによく配慮されてあり、船室配置も積載容量もぎりぎりまで大きい。

 

「どうだい、気に入ってもらえたかな?」技師は得意げに、少年に語りかけた。「僕の一番の自信作だよ。進水式には、極上の葡萄酒を掛けてあげたいね」

「こんな見事な作りの船、見たことありません。小さいですけど、どこも無駄なくていねいに仕上げられています」

「そうさ。遠距離航海に適した、外海の荒波に耐え、何カ月も単独航行できる船だ。なにより船足が速く、どんな船に出会っても追ってはこられないだろう。操船系統が機械化され簡素化されていて、必要乗員は少ない。きみを含め、四名」

「運航要員がたったの四名?」

「操舵手と張帆役、それに監視と船長さ。帆を試してごらん」

 少年は巻き上げ機の手動輪を回しロープを引っ張り、操帆作業してみて驚いた。なんて軽い。

 技師は説明した。

「巻き上げに滑車を工夫していて、四半分の力で引ける。操舵輪も歯車を使用してある、軽いし微調整が可能だ。海にでれば、もっと楽になるぞ。風の力に潮の流れを利用して負荷を減らすから」

 少年はこの技師の力量に感心した。風や潮を受ければ、それだけ重く負担になるのが普通なのに、自然の力を逆に利用するとは。

「それで、航海する目的はなんです?」

「王国の財宝を求め、さ。書記官は航海日誌に、それらしき文面を発見したと言っている」

 

 なんてことだろう。少年は果てしない冒険を夢見ていた。まさにいまそれが現実になろうとしている。


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― 新着の感想 ―
 なんだかヤバい流れですね。  やっぱり冤罪事件になるのでしょうか…。
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