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妖精伝奇  作者: 酒のつまみにあたりまえ
妖精はどこに
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2 妖精なんて、いないから 1

 ――それはいつかの時代、どこかの国。誰かが触れた妖精の物語……夢を忘れた大人たちのためのおとぎ話。彼方から彼方へ連綿と続く時の揺りかごの中でひとは絆を紡ぎ、妖精はひとに祝福する――


 人間の歴史は時を刻んで長いが、社会の外の広大な空の彼方の世界に比べたら、時の揺りかごに眠るひと時の夢……

 その、ある晴れた冬の日のことだった。


 一人の青年が、雪の薄く積もる林まばらな山道を徒歩で抜け、大きな街にたどりついた。この王国の首都である堅牢な城塞都市へ。

 もうすぐ日は暮れる。赤い日に照らされる街門が、閉ざされる前についたのは幸運だった。さもないと一晩、この凍てつく夜に外壁から閉めだされてしまう。


 青年は旅商人だった。雨露をしのぐ頑丈な皮革の上着に、大きな背負い袋、そして旅の助けの長杖の装備で国中を歩き回ってきた。

 価値も知られずに半ば捨て置かれている掘り出し物を探しては仕入れ、珍重されそうな街で売って……

 


 一旅を終えたと安堵し、商人は街に入ろうとしたが、その門のところで一人近づいてきた。法衣をまとった神官で、歌劇を演じるかのように言う。

「ようこそ、旅人よ。空からの声、心からの音色に耳を傾けられよ。天にましますわれらの主は、すべての罪を許されます。金貨一枚をお布施されよ。それであなたの魂は救われることでしょう」

 

 神官は免罪符を売りつけようとしているのだ。商人はしぶっていた。金貨一枚とは法外な値段だ。それだけあれば、ふつうの町民家庭が一ヶ月は生活できる。金貨一枚は、二百四十枚の銅貨に両替できる。銅貨一枚は、パンが一斤もしくはビールが一杯買える額だ。


 商人は淡々と話した。

「ぼくの母は。一昨年、胸の病気に掛かって亡くなりました。そのときに、ぼくは病気が治るようにと、金貨五十枚も教会にお布施しましたよ。でも、母は助からなかった」

 神官の顔つきが変わった。声色は穏やかだが、焦りの色が見える。

「お金の問題ではないのです。あなたの母君は、信仰が足りなかったのやもしれません。あなたがそうでないことを祈りますが」

 歳若い商人は、この神官の言葉にやり場のない憤懣を感じた。


 そのときだ。脇から、別の声がした。

「人には人の手では抗えぬ、運命があるものです」

 その声の主に、神官は恭しく礼をした。

「これは、司教さま」

 豪奢な絹に金糸入りの立派な法衣をまとった司教は、身振りで神官を下がらせた。


 司教は商人にうなずくと、優しく声を掛けた。

「あなたの母君は、いまは安らかに憩っていますよ。あなたの信仰は、十分に証明された。遠くからようこそ。小さい妹さん連れでは、大変だったでしょう。どうぞ、お通りください」


 妹? なんのことだろう。商人は疑問に思った。

 商人が後ろを振り返ると、見知らぬ少女がそばに立っていた。長髪で、簡素な布の服を着ている。

 

 少女はにっこり笑うと、商人の手を取って歩き始めた。

 街中に入ると、手をほどき。商人は少女にお礼をいった。

「誰だか知らないけど、助かったよ。ありがとう、お嬢さん」

 少女は微笑みながら、子供特有の高い声で答えた。

「神官も商人も似たようなものね。お金儲けばかり考えて」

「え? ぼくは役に立たないものを、売ったりはしないさ」

「役に立たない?」

「神の許しが金で買えるなんて考えるから、この世に犯罪はなくならないのさ」

「免罪符に効果が無いというのね。じゃあ、なんでそのロザリオ、首にかけているの?」

「ロザリオは母から貰ったものだ。別に信仰心なんてないが、持っていないと邪教徒とみなされて火あぶりにされるからな」


「あなた、神様信じないの?」クスクスと、からかい半分の声。「ひょっとして悪魔を崇拝しているとか?」

「まさか。ぼくは、天国にも地獄にも縁がないな。信じられるのは、金だけさ」

「それってわたしと同じ」

「きみも守銭奴かい」

「ぶ~っ。わたしはお金には興味ないわ。あなたと同じなのは、天国にも地獄にも縁がないってこと」


「じゃあ、これはどうかな?」

 商人は冗談混じりに、少女にロザリオを突きつけた。

「やめてやめて!」少女はあわてて後ろに下がった。「苦手なのよ、神様って」

「きみは悪魔なのかい」

 商人は悪戯っぽく尋ねた。

 その問いに、少女はさらりと答えた。

「いえ、妖精よ。あなたの守護精霊。天国と地獄の狭間、つまりこの地上に住まうもの」


 商人は可笑しく思ったが、子供の無邪気な戯言を馬鹿にするような人間ではなかった。ほほえましい、可愛らしい少女だ。

「小さいころ、母から聞いたことがあるよ。妖精は人の子の誕生と、ともに生まれる。現実に姿は見えなくても、ずっと子供の身を守ってくれる。でも、子供が妖精の存在を否定すると死んでしまうとか」

「そのとおりよ」

「じゃあ、ぼくはこう言う。妖精なんているわけがない」

 商人は、少女に指を突きつけた。少女はぱっと、その指を払いのけた。


 商人は、皮肉っぽく言う。

「ほら、消えない。きみは妖精じゃない」

「あなた、本気で言っていないでしょ」少女はぷうとふくれた。「二度と言わないでね。約束して」

「ごめん、約束するよ。さっきはほんとうにぼくのこと助けてくれたもんね、妖精さん」

 商人は少女の頭をなでると、腰のベルトにいくつもぶら下げてある小袋を一つ取った。少女に手渡す。

「お礼にあげるよ。キャンディだ。じゃあ、もう暗くなってきたから、はやく帰りな」

「ありがとう。おじさんはどうするの?」


「ぼくは、王宮に呼ばれているんだ。これから城へ入るよ」

「お城へ? おじさんが?」

 少女は意外そうな目で商人を見つめていた。民間人は王城には立ち入り禁止なのだ。国王への謁見も認められず、直訴は死の厳罰とされている。

「元締めの大商人に、紹介状を貰っているんだ。貴重な商品をたくさん持っているからね。特別に教えてあげるよ。画期的高速帆船の設計図、詳細な辺境地図、秘密の交易路に特産品の種類、異国豪華絢爛料理のレシピ、失われていた聖なる経典、古代帝国の兵法書……」

「紙とか本ばっかり」

「おかげで、盗難にも遭いにくいんだ。泥棒にしたってこんな書類を手に入れたところで、金にするのに困るからね。現金とか宝石とかは、あまり持たないことにしている」


 商人は懐中時計を取り出して時刻を確かめた。

「もう時間だ。ぼくは行かなきゃ。じゃあね、はやく寝るんだよ」

 商人はそういうと、時計から目をそらした。前をみると、さっきまでいた少女はもうどこにもいなかった。

  

 …………

   …………


読んでくださりありがとうございます。


この第2話は、4部完結の短編です。

オムニバスですが、商人と司教と妖精は、

あとあと絡みます。


やや長いですが、全22話で10万字程度です。

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