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妖精伝奇  作者: 酒のつまみにあたりまえ
妖精はどこに
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12 妖精からの手紙

 王国海軍艦隊麾下の、とある偵察艦は単独での哨戒任務を終え、王国都市港への帰路にあった。

 艦長以下、運航要員五名、監視要員三名、甲板要員六名のちっぽけな偵察艦。軍艦といっても、直接戦闘の役には立たない。戦艦乗員からは、軽視されている。

 

 しかし王国海軍艦隊女提督……都市の領民からは『妖精の女王』との異名で知られる若くして的確明瞭な采配を振るうあの方からは、艦長は――艦隊すべての偵察艦は――信頼されている。

 艦長は提督に心服していた。彼女のためなら、どんな危険な任務でも引き受けることを内心誓っていた。いつ死んでもいいと。それは他の艦艇乗員もみな同じだろう。

 

 しかし艦長は誓いを果たせなかった。いつものように王国港湾都市から出港し、五日間航海し周辺の情報を調べて記録し、帰った時には、すべてが終わっていた。

 港に入ろうとしたとき、監視要員が恐ろしい警告を発した。港に停泊する軍艦は、われらの王国艦隊ではないと。

 これはどういうことだ?! とにかく対処する。

 手近な海岸のそばに碇を下ろし。甲板要員を忍ばせ都市の様子を窺わせる。さほど時間は掛からず、事実が明らかになる。

 王国艦隊は、反乱軍艦隊によって壊滅していた。

  

 穏やかな波の夜、虚しい静けさが覆っていた。部下の船員たちはほとんど無言で、火酒を酌み交わしていた。

 酩酊感の中ゆらぐ船内で副長の監視要員が、沈んだ口調で問う。

「これからどうしましょうかね、艦長」

「おれたちは最後の王国海軍だ。提督の名誉にかけて、恥ずべき行動はできまい」

「王国の再興……もはや夢ですかな」

 しんみりという副長に、艦長は決然といった。

「この艦は手放せない。王旗を下ろすことは誇りが許さん」

「王旗だけでも、変えてはいかがですかなあ。商船にはこの艦は小さいですが、部下たちが食べていけるくらいやりくりしますよ。旅行船の線もある。快速なこの艦にはちょうど良いですが」

 

 ズン……ズズン……  微かに、都市から砲撃音が聞こえた。この距離からでは、艦長の偵察艦を狙っているはずはない。だいたい、こんな夜の闇の中、この偵察艦が見つかっているはずもない。

「なにかな? 反乱軍のやつら、いつまで祝砲など撃っているつもりだ」

 艦長は皮肉げに、はっと嘲った。副長も同意した。

「まだ祝勝気分なのですな、いい気なものです」

 そのときだ。合図もなく、船室の扉が開け放たれた。それだけで、ただ事ではないことがわかる。船員が興奮した口調でいった。

「艦長どの、都市を見てください!」

 直ちに、甲板へ出都市の方を確認した。火が見える……都市が炎上している? なにがあったというのだ。

 望遠鏡を手にした監視要員が、声高に報告する。

「反乱軍艦隊が、なんと都市へ砲撃しています! 都市でなにか異変があったようです」

 これはまさか? 艦長は一縷の望みを託し、命じた。

「この機を逃してはならない。帆を張り碇を上げろ、直ちに都市の港内に入港せよ! 運航要員、配置につけ。甲板要員は白兵戦準備!」

 偵察艦は、全速で都市へと向かっていた。

 敵反乱軍の艦隊が砲撃しながら、都市から離れていくのがわかる。

「なにごとですかな、いったい」

 副長は訝しげだ。

 艦長は感嘆と吐息しながら答えてやった。

「妖精の提督さまが、追い払ってくれたのさ」

 

 偵察艦が入港したときには、朝になっていた。反乱軍艦隊は、もう港には一隻足りといなかった。まだ都市では黒煙を上げ燻ぶっている建物があるが、住民は善く対処したのか混乱はない様子だ。

 王国偵察艦の入港は阻まれなかった。それどころか、港湾施設で働く荒くれどもが、歓声を上げてくれていた。

 

 責任者と見える一人が進み出、恭しく礼をしてきた。

「われらの都市は反乱軍に帰順しないことにしたのです。反乱軍のやつらときたら、戦勝をいいことに横柄極まり、無料飲食宿泊するどころか、女を漁色する始末でしたからね」

「ではおれたち王国軍を、受け入れてくれると?」

「はい。あの女性提督閣下の寛大な統治に報い、住民はこぞって独立を望んでいます。捕虜とされていた、生き残りの王国軍兵士たちもみな解放しましたよ」

 事情が明らかになる。王国海軍は全滅してはいない。破損したものの修理すれば使える艦もあるし、同じく哨戒任務に出ていた偵察艦五隻も無事だ。海上は小型艇がたくさん周回し、海に投げ出され遭難したものの救助にいまも当たっているとのことだ。

 街はといえば、大変な白兵戦の残跡がうかがえる。反乱軍相手に反乱とは、王国軍が解放軍とは皮肉なものだ。

 

 この都市は、強いきずなで結ばれている。王国も叛徒も関係ない。公正に自由と権利、平和をもたらすものが正義の結束なのだ。

 だが、この都市だけで反乱軍。『自由自治権都市同盟』と称するやつらに、対抗できるだろうか?

 偵察艦艦長は事実を知り過ぎていた。今回と同規模の艦隊を繰り出されては、打つ手はない。艦隊戦は、勝敗はわかりきっている。市街地での陸戦ならば抵抗は可能だが、民間人に多大な犠牲を強いることになる。それは避けなければ。

 やつらがまた押し寄せてきたら……。

 

 この夜は敗残兵の将官と都市の高官が集まって、会議となっていた。話し合いの結果、王旗はしまうことにした。過去に囚われていてはいけない。一自治権貿易都市として、都市同盟の連中と共存の道を模索するのがこれかたの在り方だ。

 いまさら復讐、仇を討とうったって、無意味に憎しみを重ねていくだけだ。

 王国海軍の旗を掲げて戦い通したものたちには、いささか心苦しい妥協案ではあるが、形式にもはや拘泥するものはいなかった。

 王国は、終わった。新しい世界が始まるのだ。

 これで、収まるのだ。陸では王国が倒されてから二十年以上も続いた王国海軍の歴史が。流浪の海賊を続けてきた航海が。

 

 艦長は宿の一室で目を覚ました。赤い日が、夕日が差し込んでいた。会議は夜明けまで続いたのだった。まもなく夜になる。

 今夜は港湾関係者上げての祝賀会だ。王国都市としての役人と港の男たち、それに艦長と顔見知りの王国艦隊の生き残りが大勢、祝杯をあげている。みんな語り合いながら、火酒をすすっていた。

 

 ふと、艦長と同じく、三十代半ばの男が話しかけてきた。見たところ商人のようだが、引きしまった肉体は兵士にも劣らない。

「王国偵察艦とは、お久しぶりです、何年ぶりになるでしょうね、憶えておいででしたか」

「おれはおまえのことなど、憶えていない。おまえもおれのことなど知ってはおるまい?」

「だが、互いの船のことは憶えているはずです。煙草を密輸していた商船隊、その用心棒だったのが俺です」


 ! 思い出しはっとし、姿勢を正し最敬礼する。

「これは失礼した。あのときの商船か。徴収した積荷と資金には、おれたちはずいぶんと助けられた。女王の座にあった、提督も感謝しておられた。元締めの商人どのは? これは挨拶せねば」

「大商人は、昨年寿命で亡くなられましたよ。社会に貢献された、立派な方でした。かわりに俺は商船隊総督を務めさせて頂いております。旗艦勤務です」

「そうか、たいへんな任務だ。あれ以降、煙草は流通しずいぶんな収益となった。都市を支える資金源に。いや、かつての王国の法を破ったのは気が引けるが」

 年若い商船隊総督は、微妙な宥和な笑みを浮かべていた。

「俺だってもとは都市警備兵中隊長だったのですよ。汚職の濡れ衣を着せられ追放されていた俺を拾ってくれたのが商人さまです」


 艦長は共感した。なんと偉大な寛容な方だったろう。

「たしかに尊敬できる方だ、あの商人は。あんな男が百人も集まれば、人の世に怖いものはないのだがな」

「あなた方の女提督もそうですね。大商人なら、あなたを受け入れてくれたはずです。ですから、俺の商船隊に加わってはいかがです」

「え、おれを? だがおれは商売ごとなんてまるで知らないが」

「航路の安全を確保する哨戒や、連絡や郵便物を運ぶ通信役を務めて頂きたいのです、あなたの偵察艦で。偵察任務はお手の物のはず。それに手紙や書類の郵送任務は責任のある仕事です」

「おれなんかでよければ。喜んで拝命頂く」

「それは嬉しいですね。お礼申し上げます」

「公に胸を張って海を渡れるのなら、なにものにも代えられん」

「問題はこれからです。俺は誓ったのです。自分を偽らないと」総督は断言した。「戦乱は鎮まった、切り裂かれ失血死をする危険は無くなったのに、人の世は腐敗し朽ちていこうとしています」

 

 その通りだった。共和国の役人の堕落退廃ぶりには、あきれたものだ。根が腐敗すれば、樹はいかな華やかな大木であれ枯れていくしかない。

「ならば、おれたちにできることを始めよう、総督」

 総督の穏やかな顔が、ここで真剣な面持ちになった。艦長に丁重に言い渡す。

「そこでいきなり大変な任務ですが、お引き受け頂けるでしょうか。都市同盟首都への和平協定の書状、通達の任を」

 艦長は即答していた。再び姿勢を正しさっと敬礼する。

「了解、総督。たしかに送り届ける。このおれの……いやこの海と人間の名誉に掛けて果たす」

 敵共和国都市、それも首都の港へ乗り込むだなどと、下手をするとその場で捕縛され処刑される……だが、この要請は断れない。この世に平和の輪を結ぶ、女王からの……『妖精の手紙』は。



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