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妖精伝奇  作者: 酒のつまみにあたりまえ
妖精はどこに
16/38

10 妖精降臨し 2

 それから、商船隊を王国艦隊まで誘導し。合流した後、積荷を補給艦へと引き上げる作業に移った。大変な戦利品だ。徴収した金も、金貨三万枚に及ぶ。艦隊の四年分の管理維持費を上回る。そこいらの小都市の住民の、半年分の生活費にも匹敵する。

 これらの金と物資を元手に、どこか王都からは離れた、田舎の貧しい港湾都市を制圧しようか。武力ではなく、資金・食糧援助で。王国再興の橋頭保を築くのだ。

 

 積み込み作業が終わると、約束通り商船隊を解放する。商船隊は、去って行った。没収しなかった煙草だが、三百樽分もあった。港で売りさばけば、金貨二万枚は優に超える量だ。末端価格となると、その数倍か。どこで仕入れたものだろう。

 

 ここで目をつけたのは、辺境に近い港湾都市だった。『盗賊都市』として悪名高い、治安風紀乱れた都市だ。領主も役人も腐りきっている。街の民といえば、力あるものはでかい面して国士を気取り、略奪、凌辱当たり前に行っている。しかし大半のものは圧政の下、小さくなっておびえて暮らしていた。

 万全な作戦を立てて霧の深い黎明、王国艦隊全艦は、『盗賊都市』の港に乗り込んだ。完全な奇襲の形となった。先手を打ち、砲撃を開始する。都市の戦艦は、反撃の間もなく撃沈させてやった。

 次いで揚陸艦部隊を、直ちに展開する。海兵隊は、艦隊からの十分な支援砲火の下、領主の居城を制圧した。領民は貧しく飢えているというのに、領主の私財はあきれるほど貯め込んであった。

 予備戦力の全員に補給艦から物資を持ち出し、住民を庇護するように命じる。食糧や衣類の無償提供だ。

 

 ここで王国の新生を女提督は宣言した。圧政と不正、暴力と犯罪の追放を。

 女提督は解放者として民衆の絶大な支持を集めた。面映ゆくも、公正で平等な『妖精の女王』それが呼称となった。皮肉なものだ、海賊をしていた王国海軍が。

 女提督は女王として、この都市の繁栄に尽力した。女王。名前だけは。いずれ正当な王位継承者を探し出せたら、王座を譲らねば。辺境の彼方へ追放された王族。生き残りがいるだろうか?

 

 船を下りての都市王宮での暮らしの、魅惑的な年月が過ぎていく。平和で愛情に包まれた、生まれて初めての満ち足りた日々。こんな季節が永遠に続いたら……

 しかし偵察艦が『情報』を持ってきたのはある初夏の夕刻だった。来るものがついに来たのだ。副長が強張った面持ちで報告する。

「反乱軍都市の艦隊が向かっています! 三日後にはわれらの都市に迫るでしょう。戦力、戦艦三隻、砲艦十二隻、突撃艦十六隻を擁する模様! われらは数で劣る上、風下に位置するという不利な体勢にあります」

 三倍差……王国艦隊はここまで、か。都市での信頼育んだ平穏な日々も。退くわけにはいかぬ。あの誠実な商人との約束。都市の民間人は守らねば。だから。

「全艦を持って出撃、迎え撃つ! 全艦長を集めろ、軍議を開く」

 

 二十六名の艦長が集まった。出席しない六名は、偵察艦だ。まだ哨戒任務から帰ってきていない。女提督は朗々と作戦を提示する。

「旗艦を先頭に縦列陣を取れ。砲艦、続け。突撃艦は砲撃が始まるまで待機。命令次第、全速で戦域に突入せよ。揚陸艦は最後尾だ。機会があり次第敵旗艦に接弦、白兵戦を持って旗艦を制圧せよ」

「最後尾とは。ありがたくて涙が出そうです」揚陸艦艦長はいくぶんの諧謔をこめていった。「もっとも重大な任務ですね、おまかせください」

「中央突破ですな」旗艦艦長が思わしげに発言する。「縦列陣を敷くのは、左右双方の砲門を有効に利用する狙いですな、失敗すれば包囲されてしまうでしょうが。突破あるのみ。作戦、賛同致します」

 砲艦・突撃艦艦長も同意した。問題は残りの……。

「偵察艦部隊は」女提督は息を呑んだ。愛着のある部隊に、苦汁の司令を与える。「分離行動を取り、速度の利を生かし敵の後背に回り込め! 積めるだけ火薬を積んで敵艦に体当たりせよ」

「了解しました」偵察艦部隊、先任艦長が明言する。「そんな目をしないでください、閣下。われらは逃げ足が速いのが売りです。体当たり寸前には、脱出しますよ」

「そうか、采配は任せる。最後に、補給艦は物資をすべて都市へ降ろせ、次いで海水を積み込んで出港し戦域を離脱せよ。おとりを務めてもらう、敵からは物資を持って逃げているように見えるだろう。追ってくるやつらを引きずりまわしてやれ」

「わかりました」補給艦艦長は宣言した。「逃げられなければ自沈をもって、王国艦隊の矜持を示す所存です」

「無理はするな。なにか質問はないか?」ぐるりと艦長たちの顔を見回す。もはや異論を放つような男たちではない。女提督は感謝した。「では以上だ。出撃準備を整えたら、一日は休憩とする。悔いのないよう過ごせ! 解散」

  

 運命の朝は来た。風向きに感謝する。完全な向かい風ではない、やや斜め横風だ。これなら機動力をさほど失うわけではない。

 全艦で出撃する。作戦通り縦列陣を敷く。敵は水平線の彼方に見えていた。徐々に迫る。互いに接近する。

 始まりだな。晴天の碧い空と海をあおぐ。甲板に直立し、指揮杖を振りかざし指揮を執る。冷静に、しかし朗々と命じる。

「全艦、総力戦用意」

 命令は部下の連絡兵の手旗信号と反射鏡で各艦に伝わる。

 速度に優れる偵察艦隊が、分散して敵艦隊へ向かっていく。愚かにも、偵察艦を追尾しようとする敵艦が何隻か出た。偵察艦隊は敵を翻弄するおとり役まで勤めてくれている。

「全砲門開け」

 数にものをいわせ広く横に展開した敵艦隊の中央を、王国艦隊は一列に前進しながら突破する構えだ。慎重に間合いを測る。

「斉射用意、狙え」

 なぜ戦わないといけないのだろう。死に行くとわかりつつ。王国騎士の名誉……それがなんだというのだ? 妖精の女王、か。妖精は人の子の幸せのために生きると、小さい頃聞いたことがある。

 いまになってわかる。海は誰のものでもない。この地もこの空も。

 だが――だから――、護るのだ。果てしなき海を!

 腕を振り払い、思い切って命じる。

「撃て!」

 轟音とともに、味方の砲撃の炎で眼前が真っ赤に染まった。たちまち反撃が来る。苛烈な砲火の応酬が始まった。

 敵艦味方艦とも、周囲に激しく水柱が上がる。着弾した海だ。それを目安に、照準の調整を行う。砲術は弾数より正確さだ。再度斉射する。

 敵砲艦が直撃を受け、爆発炎上した。弾薬庫に引火誘爆したのだろう、木端微塵だ。部下たちに歓声が上がる。

 しかし味方の損害も黙視できない。旗艦も二発被弾しており、爆発こそしないものの砲門が早くも七門は使用不能になっていた。戦死者は敵味方もう、百名を超えたろうか?

 生き残れるのか、勝つのか負けるのか? おそらく死ぬ時は、一瞬だ。死に気付きもしないだろう。

 敵の照準は、次第に正確になってきていた。敵砲艦から斉射された至近弾の雨が次々と海面に着弾し、吹きあがった海水が滝のように降り注いだ。


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