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妖精伝奇  作者: 酒のつまみにあたりまえ
妖精はどこに
15/38

10 妖精降臨し 1

 

 王国艦隊旗艦の甲板上で、王国騎士兵士総出で一人の少女相手に騎士の叙勲とともに、艦隊の指揮杖を授与される儀式が厳かに行われた。

 

 まったく予期しなかった、との面もちで、まだあどけなさすら残る少女は王国海軍艦隊提督の地位を引き受けていた。

 王国騎士師団長が亡き父であれば、専制の王国においては世襲とは――たとえ女だとしても、ちょうど成人した弱冠十八歳ばかりとしても――自然な人事なのだが。

 

 女提督が生まれる前に、王国は賤民どもの反乱にあった。もろくも一週間で、陸の戦いは決したという。父は王国を守るため、それからも艦隊を率い戦い続け、途上卑劣な裏切りによって暗殺された。

 しかし王国は滅んではいない。たとえ陸が二十年以上叛徒どもに乗っ取られていたとしても、王都が陥落していても海は違う。

 提督として王国騎士の誇りにかけて、戦い抜く。誰にも邪魔はさせない。

 

 女提督の率いる現在の王国艦隊は、計三十二隻だ。旗艦は大砲八十門を誇る堂々たる二百名乗りの戦艦だ。

 他に主力としては砲門数三十二門の中型砲艦が四隻、大砲は無く、敵船の腹に衝角突撃を敢行するガレー(手漕ぎ式)突撃艦八隻、水兵四百名を抱えられる強襲揚陸艦一隻、水夫千名の一カ月分の食糧を積める補給艦が二隻ある。が。

 

 女提督が一番お気に入りなのは、小型快速の偵察艦だった。偵察艦は十六隻あるが、どれも優秀だ。大砲は無いか、あっても一、二門。水夫もほんの十五名程度。戦闘には役に立たないと、かれらは軽視されていた。

 しかし、女提督は事前に海域の情報を教えてくれるかれらを、重宝していた。いくら艦隊が強かったって、敵の居場所が分からなければ動きようもないし、仮に敵が圧倒的多数で迫り不利とわかれば戦端を開く前に逃げることもできる。

 こんな当たり前の理屈を、男どもは理解しないのだからあきれ返る。まあやむないか。父が亡くなって以降女提督が地位に就くまでまる九年も、みじめな逃亡生活を送っていたのだ。言葉を言い繕ってもしかたない、『海賊』として生き延びていたのだから。

 

 艦隊は衰退していた。在りし日の全盛期の三十分の一以下だ。しかし兵士の士気は高かった。母港を失い流浪の王国海軍残兵隊なのに。それでも、王国が瓦解したというのに艦隊に残るのは、国に仕える根っからの兵士ということだ。誇りを捨ててはいまい。だから。

 誓う……私が指揮する限り、決して無様な真似はせぬ!

  

 着任早々、偵察艦からの急報が伝わった。

(民間商船隊、都市から出港。船隊は中型帆船四隻、護衛艦隊無し。積み荷は食料や衣類、医薬品等の生活消耗品と思われる)

 カモだな。女提督は副長に直ちに命じた。

「動かせる偵察艦、全艦をもって制する。他の艦は待機。海兵隊最精鋭を二十名ほど、分配して乗艦させよ。私も同乗するぞ」

「提督、それでは旗艦は、他の艦はどうするのですか?」

「吉報を待て」

「しかし閣下」

「小回りの利かぬ足の鈍い戦艦で出迎えられるものか! ましてや砲撃で目標を沈めてしまっては、なんの利益も上らんのだぞ」

「もっともです、了解しました。現在出撃できる偵察艦は七隻です。海兵隊員は三人ずつ乗り込ませましょう」

  

 偵察艦隊は、出撃後情報を頼りに、商船隊の航路を予測しその途上で待ち伏せることにした。一夜挟んでの航海である。夜間に攻撃をかけることは無理だから。

 予測通り、日が昇って二刻後商船隊がやってくるのが監視要員から報告された。接近を命じた。たちまち商船隊を取り囲む。

 手旗信号を送るように命じる。

「停船せよ! しからざれば攻撃する」「降伏せよ! されば命は保証する」と。

 副長が報告した。

「返信です。(なんの所以あって無辜の商船を襲うか)、とあります」

「なにを言わせる。王国海軍の当然の権利に掛けてだ。汝らは王国領海内を航海している。諸税を納められたしと通告せよ」

 返信はすぐに来た。副長が読み上げる。「(王国騎士の名誉に掛けて条件を呑んで頂ければ、従順します。しかしさもなければ、自沈します)とのことです。条件とは、(船と水夫の衣食は見逃してください。その他の荷物は全部引き渡します。代償に約束してほしい、この資金と物資は戦いではなく民間人のために用いることを)、です」

「大した覚悟だな、約束すると伝えよ。全艦、商船隊に接弦せよ、乗り込め。が、礼は失するな、無抵抗な者の虐待は許さん」

 

 渡り板を打ち込み、商船に乗り込む。女提督が入った旗艦商船の船室は、混乱していた。若い青年の声が響く。

「……海賊に降伏するだなんてそんな! 見たところ敵は戦える兵士はものの四、五人です。剣か斧を下さい、この程度のごろつき、俺一人でだってねじふせて見せます」

「元警備兵。ここは馬鹿言わず寝込んでいな」中年らしい男の低い声。「わしだって解放戦争時は、『鉄腕』の異名で知れていた漢だぜ」

「ならばなおさら! 親方、いいんですか?」

「大事の前の小事よ、大人しくしていな」

 ふん、王国艦隊を前にそんな大口を叩けるかな。女提督は朗々と誰何した。

「この商船隊の頭は誰だ?」

 

 とたんに船室は静かになった。簡素だがこざっぱりした衣服の中年の男が進み出、提督に厳粛にお辞儀した。

「元締めはぼくです。王国海軍提督閣下」

「揶揄はよせ、慇懃無礼だ。ずいぶんと羽振りが良いものだな、何を扱っている? 食料品とは言わせぬぞ、隠しても無駄だ」

「はい。違法ですが、煙草を売っているのです」

「煙草?! あの禁じられた麻薬を?」

「むかしは法で認められていましたよ」

「食べれば即死する劇物ではないか!」

「確かに、食べれば。ですが酒だって麻薬には変わりません」

「だからといって!」

「かつて酒が禁じられていた国があったそうですね。ですが暴力的な密売商人がのさばり、風紀に治安は乱れていく一方だった。法の権威すら失墜した。禁酒法は失敗した悪法とされています」

「ふむ。貴様は信念を持つ男と見える」

「貧しい女の弱みにつけこんで、春を売ることで儲けている卑劣なやからもいる。そんなものを無くすためにも必要悪というものがあるのです」

「よかろう、煙草は没収しない。所持金も半額は残してやる。貴様の帆船隊は王国艦隊本隊まで曳航するが、積荷を貰ってからすべて解放してやろう。約束する。積荷は民間人のために使うと」

「寛大な処遇、感謝いたします」


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― 新着の感想 ―
 意外と善良。てっきり略奪免除の代わりに傘下へと収めるとばかり思ってました。
[一言] 軍艦が沢山出てきて、楽しみな回でした。有難うございます (`・ω・´)ゞ~♪
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