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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
学園感染編
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第10話 ゾンビの群れを駆け抜けろ!

「ーーガッ!」

「ーーウガッ!」

「ーーウヴォエッ!」


 階下へと飛び降りた後、俺は道中の暗示を受けた生徒(ゾンビ)たちを次々と気絶させながら、シャルエッテの案内に従って突き進んでいく。


「さらに階段を降りて、一階にまで向かいましょう!」


「オーケー!」


 シャルエッテは魔力を探ってくれているのか、時折瞳を閉じて何かに集中しながらも、その足を止めずに前へと進んでいく。


 そのかん、ゾンビたちは当然彼女にも襲いかかったのだが、シャルエッテが杖を彼らの眼前にかざすと、彼らの身体が一斉に弾け飛んでいったのだ。


「おおー、やるじゃねえか、シャルエッテ」


「軽い魔力で弾き飛ばしてるだけなので、少し身体にダメージはあるかもしれませんが、大きくケガはしていないはずです……!」


 そこらへんはシャルエッテの性格上、特に心配はしていなかったのだが、こうして言及してくれるあたり、シャルエッテの生真面目きまじめさがよく出ている。


「それにしても、スガタさんもすごいですね……ゾンビに襲われても、目にも止まらないぐらい早い攻撃で気絶させて、しかも見た感じ、ゾンビとなった皆さまもほとんどおケガをしていません」


 かなりスピーディーに動いていたつもりだったが、そんな俺の動きを把握できているシャルエッテの観察力に俺は素直に感心する。


「あー、俺の場合は頸椎けいついとかの首周りの急所に軽く手刀を当ててるんだ。屋上に入ってきたあの男子生徒もそうだったが、脳を破壊されたりするまで動き続ける映画のゾンビとは違って、こいつらが思いこみでゾンビのように動いているだけなら、普通の人間と同じように急所に軽い一撃を当てれば気を失わせることはできるだろ?」


 とまあ軽くは言ってみるが、急所は過度に損傷させると後遺症が残る可能性があるから一般人相手にやるのは危険だ。だから相手の動きや体格を見極め、力の加減を都度つど調節する必要があるので、一人一人を相手にけっこうな神経を使ってしまう。


 幸いなことに、ゾンビ状態となった相手の行動パターンは単調だったので、動きを合わせること自体はそう難しいことではなかった。ただ、これを何百人と続ければこっちの集中力も途切れてしまう可能性がある。


 一刻も早く、この惨状の首謀者を見つけなければ……。


「シャルエッテ、まだ相手の居場所まで距離はありそうか?」


「……正確な居場所はまだ特定できてはいませんが、おそらく一階にある部屋のどこかだとは思われます」


「そうか。今は三階だから、もう少し距離はあるな……」


 階下を降りる間にも、ゾンビと化した生徒や教師たちが俺たちを阻むように階段を埋めつくしていた。


「っ……」


 ーー彼らはなんの罪もない一般人だ。


 そんな彼らになるべくダメージが残らないように配慮はしつつも、手に残る感触は罪悪感となって胸を締めつける。そのたびに、黒幕への怒りも俺の中でさらに激しく燃え上がっていた。


「……わりぃな、お前ら。起きたら首周りが多少痛むだろうが、許してくれよっ……!」


 俺は階段を突っ切るようにさらにスピードを上げて、阻むゾンビたちに手刀を打っていった。


 ーー駆け抜ける。ーー振り返りはしない。


 彼らを救うためだと信じ、彼らの断末魔を背にして俺は階段を猛スピードで駆け降りていく。


 そしてーー、


「ーー着いたっ!」


 いつもより長く感じられた階段を降りきり、俺たちは一階へとようやくたどり着いた。


「ーーっ⁉︎」


 ーーその先に見えた景色はまさに地獄の光景だった。


 一階の廊下は、その面積のほとんどを埋めるがごとく、他の階と比べても明らかにゾンビの数が増していたのだ。


 もし、シャルエッテの言う通りに一階のどこかに黒幕が潜んでいるのだとしたら、侵入を阻むために他の階よりもゾンビたちが集中しているのにも納得がいく。


「……やはり、この階に魔力の糸の大元が繋がっているのは間違いなさそうです」


「……どこの部屋かはわかるか?」


「……残念ながら、正確な位置はまだ。ただ……この廊下の奥側の部屋のどこかだとは思われます」


 つまりは、黒幕にたどり着くまでどうしても廊下のゾンビたちを相手にしなきゃいけないらしい。


「ハァ……ハァ……」


 階段を降りきって少し落ち着いたことで気づけたが、シャルエッテの息がいつの間にかあがっていたのだ。


「大丈夫か、シャルエッテ?」


 心配で声をかけると、彼女は精一杯の笑みをこちらに向ける。


「長時間の魔力探知で、ちょっと魔力を消耗しているだけです。でもまだ余裕はありますので、お気遣いなく」


 そうは言うものの、彼女の笑みからは明確な疲労が見てとれた。これ以上……あまりシャルエッテに負担をかけるわけにはいかないな。


「少しそこで休んでろ。その間に、廊下のゾンビたちをあらかた片づけてくる」


 俺は彼女を少しでも休ませるために、廊下をひたひたと歩くゾンビたちを一手に引き受けることにする。


「すぅー……」


 瞳を閉じ、目の前にむらがるゾンビたちの気配に意識を集中させる。彼らの動きは単調ではあったが、それを踏まえても数が多すぎる。おそらく、校内にいる生徒や教師たちはほぼ、シャルエッテの言っていた魔力に感染したとみていいだろう。


 気絶させるためとはいえ、大きなダメージを彼らの身体に残すわけにはいかない。針の穴に糸を通すがごとく、繊細な動きでスピーディーに手刀を叩きこまねば……。


「ーーーーいくぜ」


 踏み出すーー。


 一発ーー二発ーー距離を詰め、彼らの腕が俺に届く前に、首筋に軽い一撃を。


 躊躇ためらってはいけないーー動きを鈍らせてはならないーー羽毛うもうに触れるように優しく、だが寸前のわすが一瞬に力をこめて、首筋に手刀を放っていく。


「アガッーー!」

「アアッッーー!」

「ガアッーー!」


 断末魔の声とともに、ゾンビたちが次々と倒れていく。


「すごい……」


 シャルエッテからは感嘆の声。


 だがーーシャルエッテの声もゾンビの声も、今の俺の耳には届いてはいない。


 意識を少しでもらせば、余計な力が腕に入りかねない。


 ただ、目の前にうごめく気配とおのれの全身だけに意識を集中させた。


 しかしーー、


「……チッ」


 廊下にいるゾンビたちを半分ほど気絶させたところで、俺は一旦後方へと飛び退く。


 ーー両手にじわりとした痛みが広がっていく。一撃一撃は軽いものとはいえ、反動は徐々に腕全体に蓄積していたのだ。


 このままでは、黒幕にたどり着く前に腕が使い物にならなくなってしまう。なんとか一時的にでも腕の痛みをやわらげるために、シャルエッテに回復魔法をかけてもらおうと後ろを振り返るとーー、


「スガタさん!」


 いつの間にか、シャルエッテがこちらにまで距離を詰めていた。心配で駆けつけたというよりも、何かに気づいたかのような焦りが彼女から見受けられた。


「なんだ? 黒幕のいる部屋でも見つかったのか?」


「いいえ。ですが……そこの部屋に、ゾンビたちと魔力が繋がっていない人間が隠れています……!」


 シャルエッテが指さす方向に視線を向ける。ちょうど俺たちの右真横、美術室などの特別教室が立ち並ぶ側とは対角線上に位置する部屋。……部屋というかそこはーー、


「女子トイレじゃねえか!!」


 俺は思わず大声をあげてしまった。


 いや、冷静に考えれば、トイレの中なら個室があるんだから隠れるには最適だろうし、ゾンビから逃げた誰かがこの中にいてもおかしくはないか……。


「中に入っているのが誰かは存じえませんが、きっと助けが来るまで隠れているのかもしれません。……なんとか助けに行けないでしょうか、スガタさん?」


 たしかに、このまま放っておいてもいずれ大量のゾンビたちに囲まれて、個室を突破されてしまうかもしれない。この階は屋上付近よりもゾンビたちの数が圧倒的に多い。放置するよりは、俺たちと同行してもらった方が安全かもしれない。


 ーーっと、そこまで考えて、俺はある事に気がついた。


 先ほどまで、この階にいたゾンビたちはさ迷い歩くように各部屋にも入退室を繰り返していたのだが、この女子トイレだけはなぜかゾンビたちが避けるように入らなかったのだ。


 ……そもそもを考えれば、他の階にゾンビ化を逃れた人間がいない様子だったのに対し、ゾンビたちの密度が一番高いこの階に限って、ゾンビたちから逃げられてる誰かがいるというのも少しおかしな話だった。


 シャルエッテの言う通り、ゾンビたちと魔力が繋がっていないのなら、女子トイレの中にいる誰かは黒幕ではないとは思うのだが……っと、そうこう考えてるうちに、残りのゾンビたちがこちらにまで近づいてきていた。


「……助けるかどうかはともかくとして、とりあえず疲労回復もかねて、女子トイレの中に一旦入るか……」


 男性である俺が女子トイレに入るのはやはりどこか後ろめたいものを感じられるのだが、緊急事態である以上はそうも言ってられなかった。


「……行くぜっ……!」


 俺とシャルエッテは互いに顔を見合わせてうなずき合うと、何者かが潜んでいるであろう女子トイレの中へと慎重に入っていったのだった。

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