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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
学園感染編
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第7話 悪夢の始まり

 気を狂わせた生徒たちが屋上にて諏方たちを襲撃するよりも約一時間前、まだ授業中であるにも関わらず、ウェーブのかかった金髪の女子生徒が一人、つまらなさげな表情でスマホを操作しながら廊下を歩いていた。


「ちぇー。彼ピッピも他のみんなも、体育だからってマジメに授業受けちゃって……あたピ一人でつまんなーい」


 彼女は馬金を脅していた不良五人組の内の一人、リーダー格の男の恋人であるギャルだった。どうやら一人で授業を抜け出したようで、かといって特にどこかに行くようなあてもなく、ふらふらと校内を適当に歩いていたみたいだ。



「おやおや、授業中なのにこうして堂々とサボるとは、感心しませんねぇ」



 正面から声をかけられ、彼女はスマホの画面から顔を上げる。そこにいたのは、顔中に湿布しっぷを貼り付けた馬金だった。ボサボサの髪とヨレヨレの白衣はいつも通りであったが、その左手には普段見ない黒い革製のバッグをぶらさげていた。


「なんだ、うまがねっちかよ。ていうか、先生こそサボってていいわけ?」


「この時間帯は化学の授業はないのですよ。それよりもちょうどよかった。実は、あなたに折り入って頼みがあるのですよ」


 普段はどもり気味なはずの口調はまるで何か自信をつけたかのように、流暢りゅうちょうな敬語を馬金は口にしていた。その声の調子からして、彼が上機嫌な様子がうかがえる。


 昨日、彼女の仲間にあれだけボコボコにされたというのに、直接暴力は振るっていないにしろ、当事者の一人である彼女を前にしてこの上機嫌さはあまりにも不自然であり、その不気味さに彼女は思わず彼から一歩引いてしまう。


「うわっ、キモ。……ていうか、あたピに頼みとか自分の立場わかってんの? まさか、昨日彼ピに言われた百万円持ってきてないとか言わないわよね?」


 拒絶と警戒をこめた視線を向けられるも、馬金はその不気味な笑みを崩さなかった。


「安心してください。ちゃんと約束の百万は持ってきていますとも」


 彼はそういってバッグのチャックを半分ほど開き、中からはみ出す程度に一万円札の束を取り出して彼女に見せる。彼女の恋人が軽口で脅した金額とはいえ、本物の大金を目の前に見せられ、彼女の喉がゴクリと唾を飲みこんだ。


「……で? 話だけなら聞いてあげられるけど?」


 今すぐ手を伸ばしたい衝動に耐えながら、ギャルは彼の頼みをうかがう。


「この通り、ちゃんとお金は持ってきたのですが……やはりあの映像を持っていられたままだと、彼が意図せずとも思わぬ事故であの映像が他人に見られるかもしれない。自分としてはやはり、それだけは何があっても避けたいのですよ。ですので……アナタから彼らに映像を消去するよう、お願いしてほしいのです」


 彼女の視線が、心底相手を見下すような高圧的なものに変わる。


「は? バカ言わないでよ。たかが二十万もらったぐらいで、なんでアンタみたいなブッサイクなオッサンの頼みを聞かなきゃいけないのよ?」


 そう回答されるのは見越していたのか、彼は再度バッグの中をまさぐる。


「ええ、わかってますとも。そこでアナタには彼らには内緒で、もう百万を渡そうと思っているのですよ」


 彼は先ほどの百万とは別にもう百万の束、合計二百万円の札束をバッグから覗かせた。


「え⁉︎ ……マジで言ってる?」


「ええ、大マジですとも。自分のお願いを聞いてくださるというのなら、元々渡す予定だった二十万と合わせて、合計百二十万がアナタの手元に入ります。……悪い話ではないでしょ?」


 普通に考えればなんとも怪しい取引ではあったのだが、二百万を目の前にして彼女はすでに冷静さを失っていたのだった。


「……オッケー。金さえ渡してくれれば、彼ピにお願いしてあげてもいいよ」


 彼女はそう答え、札束に手を伸ばそうとするも、馬金は掴んでいた二百万をバッグの中にしまってしまう。


「焦らないでください。さすがにこのような場所で渡して、万が一他の人に見られてしまうのはお互いにマズいでしょう? このまま、化学実験室の方まで来ていただいても大丈夫ですかな?」


 今すぐ大金を手に取れないもどかしさにギャルは若干じゃっかんイラついてしまうも、彼の意見ももっともだと思い、しゃくではあったが彼の指示に従うことにした。


 一、二分して化学実験室の前に到着すると、馬金は扉を引き、彼女をエスコートするように入室をうながした。


 その行動に特に疑問を持たず、彼女はスタスタと化学実験室の中へと入っていった。


「もう百万渡してくれるのはありがたいけどさ、あたピができるのはあくまで彼ピにお願いするところまでだからね。彼ピが素直に従ってくれるかは保証しないからーーッ⁉︎」


 言い終えぬうちに背中から全身に電流が走り、彼女はその場で倒れてしまう。


「なっ……何を……?」


 突然の衝撃に何があったのかと困惑するも、意識は次第に薄まっていく。ぼやけた視界で見上げた先には、右手にスタンガンを持った馬金がニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて、彼女を見下ろしていたのであった。



   〇



「…………んっ? ……ここは?」


 全身に走るヒリヒリとした痛みをともないながら、ギャルはまどろみの中から目を覚ます。周りを見渡すと薄暗いながらも、目に入るのは試験管や化学の授業に使う小道具の数々。入った事はなかったが、ここが化学実験室の隣にある化学実験準備室なのであろうと、薄ぼんやりとした思考の中で彼女は認知する。


「……っ? って、何よこれ⁉︎」


 身体が痺れで麻痺して気づくのに遅れたが、彼女は部屋の中央でイスに座らされて、身体をイスごと縄で縛られ動けなくなっていた。


「はあ? 意味わかんないんだけど⁉︎ ちょっと、うまがねっち! どこにいるのよ⁉︎」


 状況を把握できていない戸惑いと馬金に対する怒りが混ざったような怒鳴り声で元凶であろう教師の名を呼ぶと、それに応えるかのようにギャルの横にある扉が開かれた。


「ふふ、お目覚めになりましたか。それにしても、女の子とは思えない野蛮な口調……これだから、不良とギャルという底辺に位置する生き物は嫌いなのですよ」


 馬金の見下すようなその視線に、身体を縛られているのも忘れて彼女の怒りはさらに激しくなる。


「テメェ、おいクソ教師! 何を企んでるのか知らねえけどよ、あたピをこんな目に遭わせといて、彼ピが黙ってると思うなよ⁉︎」


「あーあー、脳にキンキンと響くうるさい声だ。でも……これでアナタも大人しくなるのですけどね」


 そういって馬金は、ポケットから一本の注射器を取り出した。注射器の中には、ピンク色に光る怪しい液体が泡を吹かしていた。


「なっ……なんなのよそれは……? あたピに何をするつもりなのよ……?」


 ここで初めて、ギャルは彼に対して恐怖を抱いた。


 その声と震える彼女の視線に、馬金は恍惚こうこつを抱く。いつも見下されてきた野蛮な若者たちの恐怖で震えるさまは、彼にとって何にも得がたい快感を感じさせたのだ。


 そしてーーこの先に待つであろうさらなる喜びへ向けて、彼はゆっくりと縛られたギャルに近づいていく。


「いや⁉︎ そんなもの近づけないでよ⁉︎ あ、わ、私が悪かったよ! 謝るから! 彼氏に言って動画も消させるから! だから! お願いだから許してよ⁉︎」


 悲痛なギャル(少女)の叫び。だが、それすらも馬金にとってはさらなる快感をもたらすスパイスにしかならなかった。


「抵抗は無駄ですよ? 大丈夫、痛いのは一瞬だけです。……この液体がアナタの体内に入れば、アナタは新しい存在へと生まれ変わるーーいや、死に変わるのです! ……喜びなさい。アナタは進化した人類に死に変わる、最初の一人になるのですよ……!」


 馬金は少女をイスごと押し倒し、彼女の身体を押さえつけながら腕に注射針を刺しこんだ。


「イヤァァアアアアーーア……ア……」


 注射針を通して、ピンク色の液体が彼女の腕の中に注入されていく。液体は数秒で腕から身体全体へと浸透しんとうし、彼女の肉体に徐々に熱がこもっていく。



『ーーつけーーみつけーーやせ……』



 誰かの声が、脳を揺らすように頭の中で響く。



『みつけーー噛みつけーー仲間を増やせーー食べろーー食べろ食べろたべろーーーー』



 謎の声に脳が徐々に侵食されていく。それに比するように、彼女の意識もだんだんと消えかかっていった。


「……いやだ……私が……わたしでなくな……るーーーー」


 最後に絞り出した声とともに、彼女の意識もプツリと途切れてしまったーー。

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