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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
学園感染編
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プロローグ あの日の記憶は夢の中で

 ーーその日の出来事を、少女は鮮明に覚えていた。


 照明は小さな窓から差し込む日の光のみ。ホコリ臭く、薄汚れたダンボールが積まれていたその部屋はどこかの倉庫であろうか。


 部屋の真ん中には大きな柱とイス、そこに縄でくくり付けられて座らせられていた幼い少女が一人。少女は猿ぐつわをされて言葉を発することができない。少女の周りには、スーツを着てサングラスをかけた大男が数人。彼らの手にはそれぞれ、鈍く光る拳銃が握られていた。


「んっ……ん……」


 猿ぐつわ越しに少女の声が漏れ出る。スーツの男たちに睡眠薬か何かを投与されたのだろう。少女の意識はまどろみ、ただでさえ薄暗い部屋がさらにぼんやりとして、自分がどこにいるかすら把握できなかった。


「ーーっ! ボス、人質が目を覚ましやしたぜ?」


 意識は覚醒しきれずとも、周りにいた男たちの声は少女の耳には鮮明に届いていた。


「ふん、放っておけ。それより、あのジジイに連絡はまだつかないのか⁉︎ 仮にも、自分の娘を人質にされてるんだぞ⁉︎」


 ボスと呼ばれた小太りの男とその部下たちが何やら揉めていた。そのやりとりを横で聞きながら、少女は他の誰かに聞こえぬ程度の小さなため息を吐く。



 ーーどうせ、お父さんは助けに来ない。



 それは諦観ていかんからくる嘆息たんそく。少女は幼いながらに、父に親としての愛情など期待していなかった。


 ーーいや、他人から見れば、彼女も十分に愛されてはいたのであろう。


 だが、それを上回るほどに少女は父に対して『恐れ』を感じていた。無邪気に近づけば、そのまま喰い殺されてしまうーーそんな獣のような恐ろしさを、彼女は実の父親に感じていたのだ。


 母はすでに亡くなっている。そんな彼女にとって、家族であると心から思えるのは、同じ髪色の姉と、そしてーー、


おにいはん(お兄ちゃん)……」


 ーー少女は、心から強く助けを求めた。この世界で、間違いなく一番強いのだと自慢できる少女の兄にーー。


『ーーーーぐわあああ!!』

『ーーーーひぎゃああああ!!』


 突如、建物の外から悲鳴のような声が聞こえた。


「なっ⁉︎ なんだ今の声は……?」


「外の見張りがやられでもしたのか?」


「まさか、ジジイかジジイの息子が直接乗り込んできやがったのか⁉︎」


 慌てふためいている男たちをよそに、少女の暗くよどんでいた瞳が明るい色に変わる。


 ーーお兄ちゃんが助けに来てくれたんだ!


 薄暗い部屋の中で拳銃を持った男たちに囲まれてなお、少女は大好きな兄に助け出してもらえるのだと、希望に胸をおどらせた。


 直後ーー轟音とともに、倉庫の扉が勢いよく蹴り飛ばされる。立ち込める砂ぼこりの先には、一人の少年が少し大きめの上着をひるがえしながら立っていた。


「なっーー何もんだテメーーギャァァアアア!!」


「ひっ、ひいっ⁉︎ こっ、こっちに来るなああ⁉︎」


 スーツ姿の男たちの悲鳴が上がるなか、少女は逆光で見えづらくなった視界を目を細めて凝視ぎょうしする。


 目の前で男たちと戦っていた少年は、背丈からして少女の兄ではないと即座にわかった。二メートル近い兄の身長とは比べものにならないほどに、その少年はあまりにも小さかったのだ。せいぜい、小学校に入ったばかりの少女の頭が腰を超えるぐらいのその小さな影は、わずか数秒で次々に男たちをなぎ倒していく。


 驚くことに少年は素手で、拳銃を持っていた男たちを相手にしていたのだ。少女の知る限り、そんな化け物じみた強さを持つのは彼女の兄だけであった。


 ーーお兄ちゃんと同じぐらい強い人がいる。


 その事実への興奮は、先ほどまで男たちに捕らえられていた恐怖をも圧倒的に上回った。


「…………」


 一分も経たぬうちに、十人以上いたスーツ姿の男たちが全員地べたに倒れていた。


 少年はほとんど息を乱すことなく周辺を確認し、柱にくくられていた少女の姿を確認するとすぐに駆け寄った。


「大丈夫か⁉︎」


 少年が近づくにつれ、逆光で見えづらかった彼の輪郭がハッキリとしたものになっていく。



 ーー少女はしばし、言葉を失っていた。



 猿ぐつわをされていたからではない。そんなものはとうに、少年によってほどかれていた。



 ーー見惚れていたのだ。砂ぼこり舞う中においてなお、銀色の髪を美しくたなびかせた少年にーー。



 ◯


 ジリリリーー! ジリリリーー!


「…………っ」


 甲高く鳴る目覚ましの音とともに、女性は夢から目覚める。腕を伸ばして目覚まし時計を止め、上半身を起こしてしばし、夢で観た映像を頭の中で反芻はんすうする。


「……久しぶりに観たなぁ、あの時の夢」


 それはまだ、女性が幼かったころの記憶。


 たしかにあった、少女の初恋の物語。


 しかし、かつての少女が銀髪の少年と出会ってから、もうすでに数十年と経過していた。同じ夢を観る事はしばしばあったが、こうして鮮明な映像として夢に出てきたのはいつ以来であろうか。


「…………」


 ベッド横の棚に置かれた書類に目線を移す。そこには、一人の少年のプロフィールと顔写真が載っていた。


「……だって、別人だとわかってても……あまりにも似ているんだもの」


 ーーそこに刻まれた名は『黒澤四郎』のもの。


 女性はしばらく書類の顔写真を見つめていたが、目覚まし時計で時刻を確認すると慌ててベッドから飛び起きた。


「いけないいけない! 復帰初日から遅刻なんてしたら、あの子たちにも顔向けできなくなるわね」


 女性は書類を封筒にしまい終えた後、自身の海のような青い髪を手で軽くとかしながら、洗面所へと小走りで向かっていった。



 ーーこうして、城山高校の教師、東野ひがしの青葉あおばの一日は慌ただしく始まったのであった。

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