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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
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エピローグ 魔法使いたちの噂

 波荒れる崖の上。そのふちには包丁を持った和服の女性。そして、その女性と対面するピンク色の探偵服の少女。


『おかみさん、こっちに戻ってきて! 自殺なんて、バカなマネはしないで……』


『うるさいっ! ……魔法探偵なんかに、夫を殺された私の恨みはわかりゃしないわよ!』


『……たしかに、わたしにはあなたの気持ちはわかりません……でも、あなたが死んだら、残された息子さんはどうなるんですか!?』


『うっ! うぅ……わたしは……わたしは…………』


『帰りましょ、おかみさん? 息子さんが待っていますよ……』


 包丁を落とし、膝をついて泣き出すおかみに、魔法探偵は静かに寄り添う。


 画面が引くとともに、およそ女児向けアニメとは思えないほどの渋いBGMとともにエンドロールが流れ始めた。


「いや、魔法探偵にならなくても推理はできるだろ?」


「アニメに無粋ぶすいなツッコミはしないの、お父さん」


 朝日差しこむ黒澤家の食卓。再放送で流れた『魔法探偵リリカル・ドイル、火曜二時間スペシャル! チキチキ軽井沢殺人レース、魔法探偵は夜しか眠れない』を諏方は頬杖を突きながら眺めていた。


 路地裏の魔女(シルドヴェール)との戦いから数日経ったゴールデンウィーク最終日。明日からは久々の学校ということもあるためか、今日は三人ともに出かける予定はなく、いつもより遅めの朝食を娘の白鐘はのんびりと調理していた。


「それにしても起きるの遅いわね、シャルちゃん。再放送とはいっても、せっかく生でリリカル・ドイル観れるってハリきってたのに……」


「……まあここ数日、暇あれば部屋で研究してたみたいだし、寝れる時に寝といた方がいいだろ。録画もしておいてあるしな…………あんまり無理をするなとは言っといたんだがな」


 最後の部分は、白鐘に聞こえないようにと小声でつぶやいた。


 先日の彼の部屋で起きた一連の出来事は、白鐘には話さないでおこうと二人で決めていた。シャルエッテのやろうとした事を知れば、娘はおそらく父以上に彼女に怒り、その後泣いてしまうであろうと事は容易よういに想像できたためである。


 シャルエッテは翌日には何事もなかったかのようにケロッとしていたが、学校が休みの間はしばらく諏方を元に戻す方法を探すために時間を使いたいと、一日の半分近くは部屋にこもるようになってしまったのだ。


「……無茶して倒れたりするような事がなけりゃいいんだがなーーっと?」


 シャルエッテに対して少しばかり杞憂きゆうしたところで、それを吹き飛ばすかのような勢いで廊下から走ってくる音が聞こえた。



「ディテクティブゥーメイクアップ!!」



 ピンク色のフリフリの探偵服に身を包み、リリカル・ドイルが持っているのと同じ形状のステッキを高らかにかざしたキメポーズでシャルエッテが入室してきた。その表情はすがすがしいまでのドヤ顔であった。


「スガタさんには、まだこのお姿をお見せしていませんでしたね! どうですか!? リリカル・ドイルちゃんの魔法探偵の衣装を可能な限り魔法で再現してみたのですが?」


「オー、カワイイカワイイ」


「すっごく棒読みですぅ!?」


 諏方の反応が気に入らなかったのか、シャルエッテは何か抗議したそうな眼で彼を見つめる。


「るせえ。こちとら最近のお前の様子を心配してたっつうのに、能天気にコスプレ姿なんか見させられて、まともに感想なんか返せるか!」


「はぅう! ……グスッ、シロガネさーん! スガタさんがイジワル言いますぅ!」


「おーよしよし、見た目同い年のオジちゃんにイジワルされてつらかったねぇ。お父さん、シャルちゃんをイジメないの」


「うわっ、二対一とか卑怯だぞ? ていうかウソ泣きだろ、シャルエッテ?」


 明らかシャルエッテが泣いているふりをしているのだと諏方はわかっていたが、彼女が白鐘の胸に顔をうずめたままではらちがあかないと、諦めのため息を吐く。


「……可愛いよ、シャルエッテ」


「ホントですか!?」


 案の定、白鐘に抱きついたまま顔を上げたシャルエッテは眩しいくらいに笑顔を輝かせていた。


 本当に心配して損したーーそうは思いつつも、普段と変わらなかったシャルエッテの様子に、諏方の表情にも安堵の笑みが浮かんでいたのだった。


「そのステッキも、魔法で作ったやつなのか?」


 シャルエッテの着ている衣装は、シルクで作られたような光沢と細かい装飾が散りばめられた、アニメをよく再現できた探偵服ではあったが、それに比例してステッキの方はどこかオモチャ感が拭えない出来に諏方には見えたのだ。


「いえ、これはススメさんからいただいたDX(デラックス)・ディテクティブ変身ステッキです!」


 心の底から嬉しそうに、彼女はステッキを左右に振っている。


「たまたま、進が新品同様のをネットオークションで安く見つけたらしいよ? 臨時収入も入ったみたいで、せっかくだからシャルちゃんにプレゼントしてあげたんだって」


 白鐘が挟んでくれた説明に、諏方は気まずげな表情を浮かべる。


「臨時収入か……」


 先日、諏方は白鐘たちを助けるために、バイトで最も忙しい時間帯を抜け出した事で、進にこっぴどく叱られたのだ。理由を問いつめられもしたが、当然白鐘たちを救いに魔法使いと戦ってましたなんて言えるわけもなく、より激怒した彼女に許してもらうまでに数時間を要したのだった。


 ちなみに、昨日づけで諏方はファミレスのバイトを退職していた。元々、シャルエッテにスマホをプレゼントするための短期バイトではあったのだが、そんな彼のためにわざわざお別れ会を開いてくれた店長やバイトのメンバーの心暖かさに、彼はサラリーマン時代の職場でもなかなか感じ得ない充足感を味わえたーー即戦力であった彼の退職に、店長が大泣きしていたのが少しばかり心苦しくはあったのだが。


 物思いにふけっていたところで、キッチンからピーと甲高い音が鳴り出した。


「あっ、ご飯が炊けたわね。シャルちゃん、お皿並べるの手伝ってもらえる?」


「もちろんです!」


「……その前に、その格好で朝ごはん食べられても気が散るから、普段着に着替えてきなさい」


「ふええ!? うぅ……わかりました」


 至極残念そうにしながら、シャルエッテは身体を一回転させてあっという間にラフな服装へと着替えた。白鐘のお下がりである白地のTシャツは、はち切れんばかりに胸部きょうぶを盛り上がらせていた。


「…………」


「お父さん、ジロジロ見るの禁止」


「べっ、別に見てねえぞ!?」


 あわててそっぽを向いた父親に呆れながらも、白鐘は朝食の仕上げを終えるためにキッチンへと戻っていく。


「ーーシャルエッテ!」


 お手伝いのため、白鐘とともキッチンへ入っていこうとするシャルエッテの背中に諏方は声をかけた。


「はい?」


 キョトンとした表情で振り返るシャルエッテに、



「……ここは楽しいか、シャルエッテ?」



 彼女はもうすでにいつも通りの調子に戻ってるとはいえ、つい先日自らの悲痛な思いを吐露とろしたばかりだ。そんな彼女に対し、未だ拭いきれぬ不安に思わず諏方は問うてしまう。


 シャルエッテは一度彼の方へと向き直り、そしてーー、



「はい! すっごく楽しいです!」



 そう口にした彼女の顔は、見るだけで人を幸せにできるような、そんな最高の笑顔だった。


 ーーもうそこに、二人に罪悪感を抱いていた少女はいなかった。


「……そいつは上等だ」


 彼女の返答に満足し、はにかんだ笑みを返す諏方。


 ーー元不良のサラリーマンと、魔法使いの少女が出会ってから一ヶ月。


 黒澤諏方はようやく、シャルエッテと本当の意味で家族としての絆が結ばれたような、そんな気がしたのだったーー。



 ◯



 薄暗く、狭い部屋の中央には机一つとイス二つ。それ以外には何も置かれていない殺風景な部屋の中で女性二人が向かい合うように座り、もう一人長身の男性が扉付近の壁に背中を預けて立っている。


 女性二人のうち、片方は水色の長髪を綺麗にたなびかせ、その向かい側に座る金髪の女性は対照的に髪がやや乱れ気味なっており、彼女の整っていたであろう顔には、それがわからなくなるほどに包帯がぐるぐるに巻きつけられていた。


「……意識が回復してまだ二日と経っていないのに、こんな取り調べ室(ホコリくさい場所)に呼び出して病気にでもするつもりかしら?」


 包帯の下からでも、金髪の女性が不満げな表情を浮かべているのは明らかであった。


「本格的な取り調べは後日に。今日は、簡単な質問に答えてくれればそれで大丈夫です。わかっているとは思いますが、魔法錠まほうじょうにかけられている間は魔力を封じられ、魔法が使えなくなっているので、下手な行動には出ない方が身のためですよ」


 水色の髪の女性ーーウィンディーナは淡々とした口調で説明していく。


 金髪の女性ーーシルドヴェールは両手首にかけられた光の輪っかを見つめ、「フンッ」と嫌そうに鼻を鳴らした。


「で、その簡単な質問ってのは何かしら? もう夜も遅いのだし、さっさと済ませてちょうだい。夜更よふかしは美容の大敵よ?」


 嫌味めいた彼女の言葉にも乗らず、ウィンディーナはやはり淡々とした態度のまま話を進めていく。


「では単刀直入に。あなた以外の他に、人間界に隠れ潜んでいる他の魔法使いたちの情報をあなたの知る限り教えていただきたいです」


 思っていた以上にシンプルであった質問内容に、シルドヴェールは拍子抜けしたような表情を包帯越しに見せた。


「あら? てっきり、今までワタクシがさらった子供たちの詳細や行方を聞き出すのかとばかり思っていたわ?」


「……それはまとめて後日、時間たっぷりに話を聞かせてもらいます。我々境界警察は一秒でも早く、一人でも多くの魔法犯罪者を検挙しなければなりません。ですので、今は少しでも他の魔法使いたちの情報が欲しいのです」


「なるほど……でも、仮に何か知っていたとしても、それをアナタたちに教えるメリットがワタクシにあるのかしら?」


 挑発混じりの言葉に、ウィンディーナの背後に立つ男性の眉根がわずかによった。


「……メリットならありますよ。この人間界に来たあなたたち魔法使いは、ともに魔女の宝玉(レーヴァテイン)をめぐるライバル同士。そのライバルを、我々の手で一人でも多く減らせるのなら、長期的に見れば十分なメリットになるとは思いませんか?」


「…………」


 ウィンディーナとシルドヴェールが静かに互いを睨み合う。しばらく無言の時間が続くが、先に口を開いたのはシルドヴェールの方だった。


「……フッ、ずいぶんと口が上手いのね。アナタのような口が達者な女はモテるわよ? アナタがもっと幼ければ、可愛くでてあげたかったのが残念ね」


「……褒め言葉として受け取っておきましょう。それで、何か情報はありますでしょうか? どんな些細なものでも構いません」


 ことごとく話に乗ってくれない対面の女性に、シルドヴェールはつまらなさげなため息を吐く。


「ま、ワタクシとしても情報提供にやぶさかではないのだけれども……ワタクシたち魔法使いは基本的に群れるようなことはしない。家族や師弟同士なら別としても、アナタの言う通り、この人間界に来ている魔法使いたちは互いがライバル同士。ゆえに、互いに干渉するような事は滅多になく、当然お互いの情報なんて基本は持ち合わせていないわ」


 これは境界警察への嫌がらせではなく、彼女の本心からの言葉であった。


 魔法使いは基本的に、自身の存在を秘匿ひとくするもの。得意とする魔法などを相手に知られれば、そこを突かれて他の魔法使いや境界警察に襲撃される可能性が高いからだ。


 シルドヴェールやヴァルヴァッラのように、ある程度名が知れ渡っている魔法使いはそれらを跳ね除ける実力があればこそであり、そんな魔法使いはむしろまれで、彼らでも名を知れない魔法使いの方が圧倒的に多いのだ。


「っ……」


 シルドヴェールのこの返答は予想通りではあったが、やはりウィンディーナは落胆の様子を隠せなかった。


「……フンッ、やはり大した情報は持っていなかったか。時間を無駄にしたな」


 ウィンディーナの背後に立っていた赤髪の男性ーーイフレイルはいつもの厳しげな表情のまま、取り調べ室を出て行こうとする。



「……あっ、でも一つ、面白い噂があるわ」



 ウィンディーナがハッとした表情で顔を上げ、ドアノブに手をかけたイフレイルの動きが止まった。


「そんな物欲しそうな眼で見ないでくれるかしら? あくまで、ワタクシたち魔法使いの間で流れてた噂よ。確固たるものにするにはあまりにも不確定な情報であり、アナタたちもすでに周知しているであろう程度の噂話でしかないわよ」


 明らかに上機嫌になるシルドヴェール。イフレイルは再び背中を壁に預け、


「構わん、話せ」


 強めの語気で被疑者を問いつめる。逆にその様子を見て満足げなシルドヴェールは、ゆっくりと魔法使いたちの噂を口にする。



いわく、『五人の魔女』ーー」



「「っーー!」」


 彼女が口にした言葉に、境界警察二名がともに眼を見開いた。二人の反応を心底楽しみながら、路地裏(偽り)の魔女はニヤリとした笑みを隠さないままさらに続けた。



「そのうちの一人『日傘の魔女』が、城山市に来ているーーっと」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


今回で『魔法探偵シャルエッテ編』は完結となります。

二人の少女の小さな冒険の物語。

楽しんでいただけたなら幸いです。


途中、PCトラブルで期間が空いてしまい、まことに申し訳ありませんでした。

これからはなるべく間を空けないよう心掛けていきます。


次回からは新章『学園感染編』がスタート。

新ヒロイン、そして今後の物語の鍵を握る重要人物が登場します。

お楽しみに!

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