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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第7話 父と娘、夫と妻、弟と姉

 姉貴はシルクハットをシャルエッテに返し、床に座り込んだままの白鐘の手を取って立ち上がらせる。


「白鐘ちゃん。シャルエッテちゃんの言葉と瞳には、強い信念を感じる。私は彼女が嘘をついてるようには見えないんだ。そろそろ、彼女を――そしてお父さんを信じてあげてもいいんじゃないかい?」


 姉貴に優しく諭されながらも、白鐘は未だ納得のいかない表情を浮かべている。


「……なんで叔母さまは、そんなにも二人の肩を持つんですか?」


 たしかに、若い頃を知っている俺はともかくとして、姉貴とシャルエッテは今回が初対面のはずだ。他人にはドライな性格の姉貴が、親族以外でこうも親身になるという事はなかなかに珍しい光景だった。


「ふむ……本音を言うとね、私にとって魔法の存在の有無はどうだっていいんだ。ただ――」


 姉貴は俺の方に近づき、そっと頭を優しく撫で始めた。


「なっ、何すんだ、姉貴!?」


 突然の事に俺は顔を赤らめてしまうが、姉貴の優しげな表情を見て無理やり引き剥がすのも悪く感じてしまう。




「目の前にいるのが私の大切な弟で……その弟の言葉を、私も信じてあげたいんだ」




「姉貴……」


 姉貴の笑顔からは、昔の俺を懐かしんでいるのが感じ取れる。


 たとえ俺の若い頃を知ってるとはいえ、突然昔の姿に戻ってしまったと言われても、普通なら信じるはずがない。それでも姉貴は俺の言葉に耳を傾け、信じたいと言ってくれた。


 この歳になって、姉の存在の偉大さに気づかされるとは正直思ってなかった……。


「…………」


 白鐘は何も言えず、黙って下を向いている。


 姉貴は俺の頭から手を離し、白鐘の前まで戻ると、一度こちらに振り向いた。


「諏方、すまないが、シャルエッテちゃんを連れて奥の部屋で待っててくれないか?」


「はい?」

「ふえ?」


 二人して思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! さすがに姉貴一人に任せるわけには……」


「おやぁ? いくら父親といえど、ガールズトークに割り込もうとするのは、少しデリカシーが足りないのではないかね?」


 自分でガールズって……。しかし、言葉では茶化していたが、姉貴の目は真剣そのものだった。


「……わかったよ。任せたぞ、姉貴?」


 娘の事は姉に任せてひとまずリビングを出て、廊下途中にある部屋に、シャルエッテと共に引っ込んだ。


 部屋に入って電気を点けると緊張が解けたのか、安堵の表情でシャルエッテは一息つく。


「あの子がスガタさんの娘さんなのですよね? ……スガタさんと同じで、すごくキレイな銀色の髪でした」


「まあな。俺のお袋がロシア人でな、俺の銀髪はお袋からの遺伝なんだ。んで同じように、それが娘にも遺伝したってわけだ。ま、髪色に関しては俺より白鐘の方が似合ってはいるんだろうがな。……自慢の娘だよ、あいつは」


 この姿で娘自慢するのも、なんとも説得力がないが……。


「だけどあいつ、けっこう気難しい性格でなぁ……。予想できてたとはいえ、ここまではっきり拒絶されちまうと、父親としてはつらいものがあるなぁ……」


「いえ、そんな事ないと思いますよ?」


 そう言って、俺の目の前に身を乗り出すシャルエッテ――この子は自分の意見を主張する時、ずいっと前に出る癖があるようだ。


「本当に拒絶しているのだとしたら、そもそも家にも入れてもらえないと思うんです。魔法使いにとっても家とは、他者を拒むための大切な領域(テリトリー)となります。そこに入れてもらえたという事は、きっとシロガネさんも、心のどこかではスガタさんのことを信じているんだと思いますよ」


「っ……」


 彼女の慰めの言葉に、少しだけ心が軽くなったような気がした。


「そういえば、奥様はまだ帰っていらっしゃらないのでしょうか? できれば奥様にも、ご挨拶と謝罪の方を――」


 言いかけた途中で、シャルエッテが部屋の奥にあるものを見つけて、口を閉ざす。


 ――ここは仏間であり、奥には妻の遺影と仏壇が置かれていた。




「紹介するよ。俺の最愛の妻――黒澤碧だ」




 俺は仏壇の前まで歩き、今朝と同じように線香を焚く。線香の穏やかな香りが鼻を突き抜け、心を平静にさせてくれる。


「申し訳ありません……! その、亡くなってたとは知らず……」


「気にすんな。……妻は身体が弱くてな、娘を生んだその直後に亡くなったんだ……身体は弱いくせに、誰よりも意思こころが強い女だった。ヤンチャだったあの頃の俺と、常に真正面から向かい合ってくれてたんだ……」


 あの頃――いろんな意味で人として荒れていた俺に、対等な立場で語りかけてくれた一人の女がいた。


 彼女の存在を拒絶した事も何度もある。それでも彼女は俺から離れず、常にそばにいてくれた。


 だから俺も、彼女と結ばれる事を選んだ。碧とならどこまでだって行ける、共に一生を歩んでいける――本気でそう思っていたから。


「……寂しくはないのですか?」


 その問いに、俺は首を横に振る。


「全く寂しくない――なんて言ったらさすがに嘘になるけど……今の俺には白鐘がいる。人に優しくできるところも、決して自分を曲げない強さも、あいつは母親から全部を受け継いでくれた……たまに寂しくなる事はあっても、あいつがそばにいてくれる限りは、俺はあいつの父親として――黒澤諏方としてあり続けられるんだ」


「……いい奥様と娘さんなのですね」


「ああ……俺にとって、誰よりもかけがえのない二人だ」


 俺は誇らしげにそう返答すると、ダイニングの方から姉貴の呼び声がかかった。俺たちは互いに顔を見合わせ、うなずき、仏間をあとにする。


 ダイニングに戻り、俺は恐る恐る二人の様子をうかがう。それに気づいた姉貴はこちらに向かってニッとした笑顔を浮かべて、


「白鐘ちゃん――なんとか納得はしてくれたよ」


 白鐘は気まずそうに俺から目をそらすが、姉気の言葉を否定はしなかった。


「……本当か? どんな魔法使ったんだよ?」


「魔法を使わなくても、家族同士なら気持ちで通じ合える――そうだろ?」


 同意を求めるように、姉貴は娘の方にもう一度振り向く。白鐘は未だ俺から視線を背けているが、なぜか顔がほんのりと赤みがかっていた。


「ほら、白鐘ちゃん、自分から言うって決めたんでしょ?」


 白鐘はチラッとだけこちらを見て、なぜか緊張でもしているのか、落ち着くために一度深く息を吐き出す。


 その後、ようやく顔をこちらに向けて――目は合わせてはくれないが――ムスッとした表情のまま、小さくつぶやく。






「…………お帰りなさい……お父さん」






 ボソッと小さなその言葉を聞いた瞬間、俺の中で燻っていた闇が払われたような、不思議な感覚に心が満たされた。今まで当たり前のように聞いていた『お父さん』という呼び名が、今は何よりも嬉しく感じられたのだ。


「っ……! ただいま……白鐘……!」


 彼女はやはり、瞳はこちらに向けてはくれなかったが、それでも小さくうなずいてはくれた。


「っ……ごめんなさい。まだいろいろと頭が追いついてないの。……疲れちゃったし、今日はもう寝るね。あとは全部叔母さまに任せます」


 そう言って娘は、二階の自室に向かうために食卓を出ようとする。


「白鐘!」


 その後ろ姿を呼び止め、娘は振り向かないが、立ち止まってくれた。


「その…………おやすみ」


「…………おやすみ」


 小さく返事を残して、白鐘は自身の部屋へと戻っていった。


「――んで、白鐘になんて言ったんだよ?」


「あらあら、女の子同士の話の内容を訊こうとするだなんて、これだから父親って生き物は娘に避けられやすいんだ」


「余計なお世話だ! だいたい、白鐘はともかく姉貴が女の子って――」


「――なんか言った?」

「なんでもありません」


 怖い。笑顔なのに目が笑ってない。


「……そう難しいことは言ってないよ。ただ一つ――彼ら二人を信じられないなら、彼らを信じる私を信じてほしい――そう言ったのさ」


「……それって、結局俺は信用されてないって事では?」


「贅沢を言いなさんな? 今の白鐘ちゃんにとって、この場で一番に信用できるのは私なんだ。なら、こういう言い方をした方が白鐘ちゃんも多少なりと納得するだろ?」


 その言葉にぐうの()も出ず、反論できなかった。


「……白鐘ちゃんも、お前が本来の姿でなくなった事に動揺しているんだ。ましてや、彼女はまだ高校生の女の子。多感な時期にこのような非現実を見せられて、すぐに信じろって言われてもそれは無茶な話さ。それでも一旦は納得してくれたんだ。あとは、これからのお前次第だ。違うかい?」


「っ……」


 微笑を浮かべながらそう語る姉貴に、俺は頭が上がらなかった。


「……サンキューな、姉貴」


 正直ここに来れる事すらあまり期待できなかった姉ではだったが、彼女のおかげで一旦は場が収束してくれた事にこれ以上なく感謝した。


「言ったろ? 可愛い弟の頼みだ。これぐらいは当然さ」


 俺自身、姉貴と会うのは数年ぶりになったのだが、彼女は変わらず俺の頼れる姉であってくれた。その事に、俺は心から嬉しく思うのであった。

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