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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
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第27話 完全結界魔法

 再び空へ向けて舞い上がる炎の柱。爆発の規模そのものは先程よりも小さかったためか、燃え上がる炎の勢いもそれほど強いものではない。だが、肌に纏う炎熱は火傷しかねないほどの高温で、炎の中心にいれば全身火傷は免れないと容易に想像ができた。


 爆炎魔法を放ったイフレイルの背後に立つ境界警察のメンバーは、勝利への確信の歓喜、あるいは戸惑いの表情をそれぞれに浮かべていた。


「……あ、あのー……いくらなんでも、爆炎魔法の威力が高いのではないでしょうか?」


 戸惑い側である部下の一人の男性が、上司の背中に向けて恐るおそるうかがう。


「その……いくら相手が魔法犯罪者でも、S級でなければ殺すのはご法度はっと。あの威力では、いくらA級とはいえど――」


「フン、相手を舐めすぎだ、たわけが。結界魔法のスペシャリストと呼ばれた魔法使いだぞ? 先ほどは奴の結界に魔力を通し、結界魔法そのものを爆弾に変えたが、あの女ならばすぐさま別の結界魔法を内側に展開することもできよう」


 爆炎魔法を使用した後もイフレイルの声色こわいろは変わらず、腕を組みながらまっすぐに、燃え上がる炎を見つめ続けている。


「……だが、いくら結界魔法のスペシャリストとはいえど、完全に防げる威力ではない。ある程度のダメージは結界で抑えられたとしても、身動きが取れなくなる程度の火傷は免れん」


 口ではそう言ったものの、彼の表情には懸念の色がわずかに浮かんでいた。弱まるはずの魔力が、少しずつではあるが膨れ上がっているのだ。同じ魔法使いといえど、その微小な魔力の膨張に気づけたのはイフレイルとウィンディーナの二人だけ。


 ――イフレイルとウィンディーナ、そして不穏気ふおんげな空気の流れを感じ取った黒澤諏方の三人は、険しい表情のまま炎を鋭く見つめていた。


 そして――、


「「「っ――!?」」」


 突如、炎の内側から金色の光がまばゆく輝きだした。


 その場にいた全員がそのまぶしさに瞳を閉じたり、腕などで目を覆ったりしている間に、光はさらに輝きを強めると同時に、炎が弾け飛んで霧散むさんした。


「…………金色の……結界……?」


 薄目を開けつつ、光の先に見えた物体にウィンディーナは驚愕する。


 光が徐々に弱まり、弾けとんだ炎の中から姿を現したのは金色の球体。


 その中心に立っていたのは、息を上がらせながらも不敵な笑みを浮かべていたシルドヴェールであった。黒い羽根の付いたローブや、金髪の毛先の所々が焼け焦げてはいたが、彼女の身体自体には特段大きな火傷などは見られなかった。


「……フフ、さすがに今のはちょっと危なかったわね。ワタクシにこの『魔法』まで使わせるなんて……さすがは境界警察の総支部長と言ったところかしら?」


 挑発されてもなお、イフレイルの顔色は変わらずであったが、その隣に立っていたウィンディーナは絶望的な表情を浮かべていた。


「まさか……その金色の結界は……?」


 青ざめる彼女の表情を見て気分を良くしたシルドヴェールは、黄金の球体の中に入ったまま、ミュージカルの演者のように腕を広げ、高らかに言葉を紡ぐ。


「そうよ、よく見ておきなさい! これこそが、かの高名な原初の魔女ですら至れなかった究極魔法の一つ――『完全結界パーフェクトシールド魔法』よ!」


 その魔法名を聞き、境界警察のメンバーたちが一様に動揺を見せる。


「……魔法はもちろん、あらゆる物理や概念すらも遮断できると言われた究極魔法、パーフェクトシールド魔法か。……なるほど。やはり、理論そのものはすでに完成していたのだな?」


 依然として冷静に振舞うイフレイルであったが、わずかに寄せた眉根からは、彼の苛立ちが伺えた。


「……で、ですが、彼女はまだ魔力収集をしていた最中のはず。しかも、シャルエッテちゃんや黒澤諏方さんとの連戦で少なからず魔力を消耗している。たとえ魔法理論が構築済みであったとしても、それを展開できるほどの魔力が残っているはずがありません……!?」


 いぶかしむように睨むウィンディーナの視線も、シルドヴェールは何でもない事のように受け流す。


「フフ、さすがに鋭いわね。……ええそうよ。このパーフェクトシールド魔法は所謂いわゆる簡易的かんいてきなもの。本来ならば、一度発動すれば半永久的に持続するのがこの魔法最大の長所なのだけれども、コレはせいぜい一日しかもたない。……こんなにも美しく黄金色こがねいろに輝く結界も、明日になれば割れたシャボン玉のようにはかなく消えてしまうわ」


 彼女はいとおしむように、内側から結界を撫で上げている。


「……でも、明日までは確かにこの結界はパーフェクトシールド魔法としての効力が働く。つまり、明日までアナタたちはワタクシに手出しをすることができないのよ。この魔法が解けるまで、せいぜいアナタたちに見つからない場所にまで、悠々自適(ゆうゆうじてき)に逃げさせてもらうわよ」


 シルドヴェールは自身を追う大勢の敵を前にしてなお、大胆不敵に逃走することを宣言する。しかし彼女の言う通り、パーフェクトシールド魔法が展開されている限り、誰も彼女に傷一つつけることはできないのだ。


「っ……舐めないでください…! たとえ我々があなたに直接手を出せずとも、逃走するあなたを一日中追跡することは難しくありません。あなたを追い続け、パーフェクトシールド魔法が解除された瞬間、あなたの身柄を即座に取り押さえます!」


 先ほどまでの優しげな口調からは一変し、強圧的な声で一歩前に出るウィンディーナ。彼女の背後に立つ数名の境界警察のメンバーもまた、少しでも相手に合わせて動き出せるようにと体勢を整える。


「フム……確かに魔力はもちろん、体力もほとんどをワタクシは失っている。このままただいたずらに逃げても、アナタたちの追跡を巻くことはできないでしょうね……」


 自信のなさげな言葉を吐くも、その表情には依然余裕が見えていた。


「……ええ、このまま追跡してもらってもよくてよ? その代わり……アナタたちが追ってくる間は人間たちの集まる繁華街へと逃げさせてもらうわ?」


「っ――!?」


 その脅迫ことばに、ウィンディーナたちは思わずたじろいでしまう。


「フフ……ええ、ええ、そういう反応になるわよねぇ……。アナタたち境界警察にとって、『人間への魔法の秘匿』は何よりもの優先事項だもの」


 シルドヴェールの言う通り、境界警察にとって何よりもの優先事項は人間に魔法、及び魔法使いの存在を秘匿すること。彼らが凶悪な魔法犯罪者を捕まえるのは、犯罪者たちの行動によって魔法の存在が知られるのを防ぐためのものであって、彼らの凶行が人間に及ぶのを防ぐのはあくまで副次的な目的にすぎない。


 つまり、今何よりも防がなければならないのは彼女の逃走ではなく、彼女が人の多い繁華街にその身を降ろす事なのだ。


「……もちろん、ワタクシとしても今後の活動に支障をきたさないためにも、人間に魔法使いの存在を知られるのは望むものではないわ。でも……どうせアナタたちに捕まるのなら、人間に知られたって関係ないでしょ? 『路地裏の魔女』の噂は有名になってるみたいだし、ワタクシの正体に人間たちはさぞ勢いよく食いつくでしょうねぇ……」


「くっ……卑怯者っ……!」


 ウィンディーナが屈辱を交えた瞳で彼女を睨むも、それ以上のことはできなかった。



「……貴様を追わなければ、人目のつく場所には逃げないと約束できるな?」



 淡々とした声で、ウィンディーナの横にいた赤髪の男が路地裏の魔女に問う。


「総支部長……?」


 信じられないようなものを見る目で部下に振り返られるも、イフレイルはそれに一切動じない。


「……ええ。さっきも言ったように、人間に存在を知られるのはワタクシにとってもデメリットになりますもの? アナタたちがワタクシを見逃すというのなら、アナタたちが最も優先するべき事項に反するような真似はしないわ」


 それを聞いて、イフレイルはしばしの沈黙。


 そして――、


「……引き上げるぞ。ゲート魔法の準備をしろ」


 特に迷うような様子も見せず、イフレイルはあっさりと捕らえるべき敵に背を向けてしまった。


「総支部長!? 長年追い続けた敵を前にして、このまま見逃すと命令するのですか!?」


 返ってくる答えがわかっていても、あっさりと撤退を命令した上司の背中に彼女は懇願こんがんを込めて問いかける。


「……あの女が言うように、境界警察われわれにとっての最優先事項は『人間への魔法の秘匿』だ。我々がここで退けば、シルドヴェールも人間に見つかるメリットがない以上、約束は守られるだろう。ならば、この場はこれ以上あの女にこだわる理由もない」


 それだけを言い放って歩き出した上司に悔しさで腕を震わすも、ウィンディーナはそれ以上何も言わなかった。


「あのぉ……副支部長……」


 恐るおそると部下に声をかけられ、ウィンディーナは大きく息を吐いた後、悔しさを自分の心の底へと押し込めた。


「……総支部長の命令どおり、ここは撤退しましょう」


 そう声をかけられ、他の部下たちも戸惑いは残しつつ、撤退の準備に入った。


 ギリギリの一手によって、シルドヴェールは自身を追いつめた境界警察に逆転したのだった。悔しげに撤退を始めたおのが敵の姿に、彼女はほくそ笑む。


「それじゃあ、遠慮なく逃げさせてもらうけれど、その前に…………黒澤白鐘ちゃん、そして、シャルエッテ・ヴィラリーヌちゃん?」


 シルドヴェールは次に、この事態へと追い込んだそもそもの原因にへと視線を移した。すでに体力的にも精神的にも憔悴しょうすいしきっていた二人は、まさか自分たちが呼ばれるとは思わず、驚きながら顔を上げた。


「そんなに怖がらないで? もうアナタたちをどうこうしようとは思ってないわ。むしろ、アナタたちには称賛を送りたいのよ」


 先ほどまで相対した彼女が何を言いたいのか真意をつかめず、白鐘とシャルエッテはただ警戒の視線を彼女に向ける。


「……悔しいけれども、アナタたちの活躍によって、ここに捕らわれていた少女たちは間違いなく救われたわ。ワタクシが言うのもおかしいかもしれないけど、アナタたちが動かなければ、あの子たちはここでワタクシに魔力を吸い尽くされて死んでいたでしょう。彼女たちにとって、あなたたちはまぎれもなく正義のヒーローよ。誇りなさい」


「…………」「…………」


 ――気持ち悪い――というのが白鐘とシャルエッテの率直な気持ちだった。彼女の言葉に嘘をついているような感じはしない。だからこそ、余計に彼女の素直な賛美さんびがあまりにも不気味だったのだ。


 ――その予感が的中したかのように、彼女の笑みに邪悪が宿った。


「でも――アナタたちのその誰かを救いたいという願いが、さらに(・・・)多くの(・・・)犠牲者を(・・・・)生み出す事実(・・・・・・)には気づいていて?」


「「っ……!?」」


 ――これから先に発する彼女の言葉を聞きたくない――それでも、二人は耳を塞ぐという自己防衛に思考を回すことができなかった。


「今回の戦いで、ワタクシは蓄積していた魔力のほとんどを使ってしまった。パーフェクトシールド魔法を完全なる形で展開するために必要な魔力を集めるのに、また数十年要する事になるでしょう。そのかん、ワタクシはこれまでと同じように、少女たちをさらって魔力を奪い続ける。あとわずかに必要だった少女たちの魔力を、ワタクシはさらに多く奪わなければならなくなったのよ?」


「「っ――――!?」」


 ここでようやく、彼女の言葉の真意に気づき、直後に言いようのない吐き気が喉をせり上がる。


「そう。アナタたちが余計なことをしなければ、あと数人程度で済んだ犠牲者が結果的に増える事になったのよ? アナタたちが少数の命を助けたことによって、必要のなかった数百――いいえ、数千人の少女たちの命が犠牲になるという事なのよ!」


「嫌ぁっ!! もうやめてぇ!」「私たちは……そんなつもりで子供たちを助けたんじゃ……」


 叫ぶ白鐘。呆然とするシャルエッテ。


 もちろん、シルドヴェールの言葉にはたっぷりの悪意を含んでいる。だが結果的に、彼女の口にする事実そのものはいっさい間違っていないのだ。


「それが、目の前にいた幼い命を助けたいという身の程を過ぎた願いを抱いて、中途半端にワタクシを追いつめた、未熟なアナタたちへの代償。わずかに救った数人の少女たちの感謝の言葉を誇り、そしてこれから犠牲となる数千人の少女たちの怨嗟の声を背負って生きていきなさい! フフフ……アハハハハ――――!!」


 少女たちの純粋な想いを踏みにじり、路地裏の魔女は高らかに醜悪な笑い声を上げた。


 精神が折れかかった少女たちに手を差し伸べるものはいなかった。彼女たちに優しく接していたウィンディーナさえも、ここでどんな慰めの言葉を投げかけても何の意味もないと、ただ悲しげな視線を送ることしかできなかった。


 ――廃工場も爆破され、雑草生い茂る大地だけが広がる空き地は、シルドヴェールただ一人だけがわら独壇場(独り舞台)と化してしまった。耳に届く音は、時折吹く風音かざおとと、美しくも下卑げひた笑い声の二つ。



 ドンッ―――ー!!



 その中に、強く鈍い異音が一つ混じった。


 その異音の先――そこに広がる光景に、誰もが唖然とした表情で固まってしまった。


「…………なっ……何をしているの……アナタ……?」


 その先に立っていた人物は二人。


 未だ金色に輝き続ける結界の中心で、先ほどまで笑っていたシルドヴェール・ノエイル。


 そして――、


「うるせぇんだよ……いつまで俺の家族を笑い続けてんだ――糞女クソアマ?」


 ――その金色の結界に向かって拳を放った、銀色の髪をなびかす一人の少年()であった。

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