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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
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第26話 爆炎魔法

 空へと昇る煙と、爛々(らんらん)と輝く火柱は、かつて多くの作業員が行き交ってきたであろう建物と、中にあった多くの重機を記憶ごと燃やさんがごとく勢いは強まり、熱を伴って周囲を赤々と照らし上げていた。


 立ち上る火柱を瞳に映しながら、白鐘は絶望の表情で弱々と膝を地につけてしまっていた。


「パパ……なんで……どうして…………?」


 か細い声で、ただそれだけをつぶやく。その隣で、この火災の原因となった男は表情一つ変えず、舞い上がる炎を鋭く見つめていた。


「認識遮断の結界はすでに張っているのだろうな?」


「もちろんです。ですが……そういう確認は魔法を使う前に行ってください、総支部長」


 総支部長と呼ばれた男の問いに、彼の部下である水色の髪の女性は呆れ気味に答える。


 目の前で起きた事態に対して、とくになんでもない事のようにやりとりをする二人を見て、白鐘は思わず立ち上がって男の方に勢いよく詰め寄った。


「どうして!? まだ中にパパがいたのに! どうして建物を燃やしたのよ……」


 涙を流し、うな垂れる少女をイフレイルは無言のまま見下ろす。


「…………大丈夫です、シロガネさん。……スガタさんは生きています」


「……えっ?」


 諭すようにそう呟いたのは、ケリュケイオンを握り締めて静かに炎を見つめるシャルエッテであった。


 白鐘は戸惑いながらも、燃え盛る建物に視線を戻したその時――一陣の強い風が吹いた。


 すると、あれほどまでに強く燃え上がっていた炎の柱は、風にさらわれるようにあっさりと吹き飛んで消えてしまったのだ。


「えっ……?」


 何が起きたのかわからず、さらに困惑する銀髪の少女。炎が払われた先に、彼女の目に映ったのはそのほとんどがちりとなった工場の残骸。そして、瓦礫ガレキの中央に立った二人の男女の姿だった。


「パパッ!?」


 特攻服の所々がススで汚れ、咳き込みながらも無事な様子を見せた父の姿に、娘はたまらず歓喜の声をあげた。


「ゲホッ! ゲホッ! 何なんだ、ちくしょう。いきなり火事になったと思ったら、すぐに鎮火しやがった――って、なんで白鐘が泣いてんだ? それに……」


 諏方は次々に起こる事態に困惑しながらも、自身を見つめる一人の男の鋭い視線に、思わず睨み返してしまう。


「テメェらが……境界警察ってやつか?」


 姉である七次椿から聞かされた青いローブの集団。先ほどまで戦闘していた、今は同じく背後で咳き込んでいる金髪の魔法使いの言葉を合わせれば、彼らがここに来たのは彼女を捕らえるためであろうことは、諏方もすぐにピンと来た。同時に、集団のリーダー格であろう赤髪の男が、自身に対して友好的ではなさそうであろうことも、彼の視線から感じ取る。


「…………ハァ」


 静かに睨みあう二人をよそに、白鐘は父の無事を確認して力が抜け落ち、安堵のため息を吐いていた。


「……でも、あんなに強い炎だったのに、どうしてお父さんが無事に……?」


「ごめんね、白鐘さん。ウチの上司の説明不足で誤解させちゃって」


 混乱する白鐘をなだめるように、彼女の肩をウィンディーナが優しくポンと叩いた。


「イフレイル総支部長の得意とする爆炎魔法は、対象となるものに魔力を通し、圧縮ののちに爆破させる、範囲指定型の炎魔法よ。見た目的には、建物の中身ごと爆破したように見えるけれど、総支部長が爆破したのはあくまで建物のガワだけ。爆発そのものは派手でも、中にまで火が広がらないように範囲と威力は調整されていたのよ。燃やす対象物を選べるって意味では、以前に貴女のお父さんが戦った、ヴァルヴァッラの狩炎しゅえん魔法と似たようなものね」


「ふん、あんな燃やすことしかできない、魔法においては三流の詐欺師と一緒にするな」


「もう……そうやって誰に対しても高圧的で説明もしないから、いつも誤解されるんですよ?」


 部下の呆れの言葉を意に介さず、イフレイルは諏方の背後――本来の目的の人物へと視線を移した。


「無様だな、シルドヴェール・ノエイル。仮にも結界魔法のスペシャリストと呼ばれ、何十年も我々の追跡から逃れてきた貴様が、人間如きにこれほどまでに追いつめられるとはな」


「ゴホッ、ゴホッ……あら? その人間如きに追いつめられたワタクシを、何年も逃し続けてきたのはアナタたちの落ち度ではなくて、境界警察さん?」


 咳き込みながらも、シルドヴェールはかろうじてイフレイルに嫌味を言い返す。


「それにしても……まさか総支部長直々(じきじき)に来ていただけるなんて、それほどワタクシを捕まえるのに躍起やっきになっていたのかしら?」


「……ふん。認めたくはないが、貴様の逃走能力はA級魔法犯罪者の中でも随一だからな。……貴様は人間界に不法入界し、数年にわたり、多くの子供の魔力を吸い荒らしてきたようだが……それもここまでだ。おとなしく――拘束させてもらうぞ?」


 静かに――だが聞く者を萎縮させる圧がこもった声。しかし、それを向けられてなお、シルドヴェールは余裕を持った笑みを崩さなかった。


「フフ、確かにここまで追いつめられたのは初めてだけれど、それでもここから逃走するに足る魔力は残してある。……今まで通り、アナタたちはワタクシを逃してしまうという失態をおかしていただくわよ……!」


 そう言って、シルドヴェールは右手を魔力で輝かせた。光は鈍く淡いものであるも、シャルエッテや諏方との戦闘を経てなお、彼女がまだ余力を残していたことをみなに示したのだ。


「……ふん。あらゆる事態に備える貴様の用心深さなど想定済みだ。――狙撃班っ!」


 先ほどまで威圧的ながらも、声調せいちょうは静かだったイフレイルが突然大声をあげた。同時に、彼の背後に立っていた数人の青いローブの魔法使いたちが一斉に隊列を組み、手の平をシルドヴェールへと向ける。


「黒澤諏方――死にたいのならそこを動くなよ?」


「なっ――」


 諏方が返事をする前に、魔法使いたちの手の平が輝きだした。


 そして――、


「――撃て」


 イフレイルの短い指示の言葉とともに、狙撃班による魔力砲が一斉に発射された。


馬鹿野郎バカヤロウッ――!!」


 諏方は地面を大きく蹴り上げ、一瞬でシルドヴェールから距離を離した。


 一方のシルドヴェールは――、


「……クソどもがっ――!」


 彼女に蓄積された疲労と身体能力では、一斉に降り注がれた魔力砲を避ける手段はなかった。


 数十発放たれた魔力砲が次々にシルドヴェール目掛けて着弾し、地鳴りとともに砂煙を高く舞い上げた。一発一発が小型戦車ほどの砲弾に相当する威力を持った魔力砲。全発まともに浴びれば、肉塊にくかいすらまともに残らぬであろう。


 だが――、


「――――フフフ……まさか、この程度の魔力砲でもいっぱい撃てば、ワタクシを倒せるとでも思ったのかしら?」


 風が吹き、舞い上がる砂煙が少しずつ払われていく。大量の魔力砲を浴びせられたはずのシルドヴェールは、先ほどとなんら変わらない姿でその場に立っていた。そんな彼女の周囲を、球体状となった光の膜が覆っていたのだった。


「……残念だけれど、今の魔力砲でワタクシは一切のダメージを負っていないわ。そも、ワタクシが結界魔法のスペシャリストと呼ばれている事を忘れたのかしら? この程度の威力であれば、いくら撃ってもワタクシの結界魔法を突破することはできな――」


「――なに、この攻撃が防がれるのも想定済みだとも。貴様の身動きさえ封じれれば、それで十分……」


 煙が払われ、シルドヴェールの視線の先には、変わらずすました表情のイフレイルが、自身へと向けて腕を突き出す姿があった。


「――こちらが本命だ」


 瞬間――シルドヴェールの球体状の結界が、一瞬だけ赤く光った。


「しまっ――」


「――爆炎魔法っ……!」


 突き出した拳を握ると同時に、シルドヴェールの結界を覆ったイフレイルの魔力が圧縮され、彼女の結界そのものが爆弾となって、内側へと爆破されたのであった。


 工場を爆破した時よりも規模は抑え目ではあったが、工場のあった空き地には再度、炎の柱が宙へと高く舞い上がったのであった。

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