第20話 バースト魔法
シャルエッテ、シルドヴェール――二人の魔法使いは、互いに言葉を発さずに睨み合う。
シャルエッテの持つ魔力札に宿る魔女の魔力の影響か、彼女の周囲を包むように風が吹き荒れていた。
「…………フフ」
永遠とも思える時間――実際には一分にも満たぬ時間の後、先に口を開いたのはシルドヴェールだった。
「……認めてあげるわ。現時点において借り物とはいえ、魔女の魔力を得たアナタはワタクシの魔力を上回っている」
その表情に焦りの色はなく、いつものように、相手を見下す笑みをたたえていた。
「……魔法使いのセオリーなら、あんたは戦闘を避けて、ここから逃げるべきじゃないのかしら?」
そう言い返したのはシャルエッテではなく、彼女の後ろに控えていた白鐘だった。緊張で早まる鼓動を手で抑えつつ、彼女もまた、シルドヴェールを睨み上げていた。
「あら? よく覚えていたわね、人間の仔猫ちゃん。……ええ、そうよ。魔力の高い相手に挑まないのは、魔法使いにとって基本中の基本。――でもね人間、魔法使いの力量を決める要素は、主に二つあるの」
そう言ってシルドヴェールは、目を細めて二本の指を上げる。
「一つは魔力量。魔法を一つでも多く使ったり、強力な魔法を使うには、それだけ大量の魔力を必要とする。つまり、魔力量が多い方が単純に使用できる魔法の種類も回数も多くなる。そして、もう一つが魔法技術」
「魔法……技術……?」
「魔法というのは、自身の内にある魔力と、空気中を流れる自然魔力を練り上げることで初めて発動ができる。もちろん、魔力は多いに越した事はないけれど、魔法を使用するための技術力が伴わなければ、無用の長物と化してしまう。魔力と同じく、使用できる魔法が多いのも、魔法使いにとっての立派な長所となるのよ。……シャルエッテ・ヴィラリーヌ、アナタ、さっきみたいな防御用の結界魔法は使えたとしても、火や水などの自然魔法は使えるかしら? 暗示魔法は? 土人形は生成できるのかしら?」
「…………」
嘲りを混じえた問いに、しかしシャルエッテは答えられないでいる。
「フフ、おわかりかしら? 結局、魔女の魔力を借り受けようとも、それを使いこなす魔法技術がなければ……恐れるほどの事ではないのよ!」
シルドヴェールが再び、人差し指を二人の少女に向けると、指先から先程と同じ光線が放たれる。
「っ――!? 結界魔法!!」
叫ぶと同時に、二人の周りを薄緑の膜が覆い、シルドヴェールの魔力砲を再び防いだ。しかし――間髪入れずに次々と、連続して魔力砲が二人に向けて放たれていく。
「ほらほら! 少しでも魔力を緩めたら、結界に風穴が空いちゃうわよ!!」
「ぐっ……クッ……!」
シャルエッテは杖を両手で握り締め、結界の強度をさらに上げていく。それでもなお、結界を壊さんと、魔力砲の雨は容赦なく二人に降り注ぐ。
「……あぐっ!」
ケリュケイオンを持つ腕に痛みが走る――。慣れない魔力を使用している負荷なのか、腕を流れる魔力が腕そのものを破裂させるような、そんな錯覚すらしてしまうほどの強烈な痛みだった。
「魔女の魔力を使うのは初めてでしょう? ワタクシですら、そんな膨大な魔力、扱いきれる自信なんてないですもの。少しでもコントロールを誤れば、魔力が弾けて内部から破裂してしまうでしょうねぇ!?」
相手を挑発しながらも、放たれる魔力砲は勢いを止めないでいる。
「…………舐めないで……ください……」
腕にかかっていた痛みは、やがて全身へと回っていく。――それでも、結界を維持するための集中は一切緩めなかった。
「……あなたに勝たなければ……シロガネさんも……子供たちも……みんなを守れませんからぁ!!」
雄叫びとともにシャルエッテは結界を維持したまま、ケリュケイオンの先端をシルドヴェールへと向け、彼女と同じように魔力砲を先端から撃ち放った。
「……チッ!」
シルドヴェールは魔力砲の射撃を止め、すかさず結界を張って彼女の反撃を防いだ。
「はぁ……はぁ……」「ハァ……ハァ……」
先程まで耳が痛くなるほどに鳴り続けた破裂音が止み、静まり返った空間内に二人の息遣いだけが流れていく。
「……単純な構成の結界魔法でこの強度……魔女の魔力を使われてるとはいえ、結界魔法のスペシャリストとして、これ以上の侮辱はないわね……」
シルドヴェールの瞳に苛立ちの色が見えていたが、表情は依然として余裕を崩さないでいる。
「……それでも、アナタの魔力砲じゃ、ワタクシの結界も壊せないようね? 結界魔法を専門分野とするワタクシには、数多の結界魔法を使って、アナタのどんな攻撃魔法だって防げてしまう。……まあそもそも、アナタの使える魔法の数なんてたかが知れているだろうし、いくら魔女の魔力を使おうが、アナタの攻撃はワタクシには届かないわ」
そう言って彼女は再度、指をシャルエッテたちへと向ける。
「ワタクシもまだまだ魔力は有り余っている。……どうせアナタが魔女の魔力を解き放った時点で、境界警察には廃工場を感知されているだろうし、もう魔力を抑える意味はないのだもの。今度は遠慮なく、威力を高めた魔力砲の雨を浴びせてあげるわ」
「…………ふぅ」
一言も返さなかったシャルエッテだったが、一度だけ小さく深呼吸した後、再びケリュケイオンの先端をシルドヴェールへと向ける。
「あら? また同じ魔力砲で応戦するつもり? ……何度も言うけど、アナタ程度の魔力コントロールで練り上げた魔力砲じゃ、魔女の魔力によるものであろうと、ワタクシには届かないわ」
「……たしかに、私の魔法技術では、使える魔法なんて他の魔法使いと比べたら多くはありません…………ですが――」
重なる敵の挑発にも動じず、シャルエッテはまっすぐな瞳でシルドヴェールを捉え――、
「――そんな私にだって、得意としている魔法はありますっ!」
そう言い放つと同時に、ケリュケイオンの先端に身体中に流れる魔力を一転集中する。やがて、ケリュケイオンに溜まった魔力は目に見える形で、白く輝く光の玉となった。
「――っ!? 魔力砲じゃない……これは!?」
「はぁぁぁぁああああ――――」
白い光弾は徐々にその形を大きくし、同時に廃工場含めた周囲一帯が地響きで揺れ始める。
「……まさかアナタ……バースト魔法を使う気なの!?」
「バースト……魔法……?」
疑問符を交えて呟いたのは、揺れで倒れそうになる身体を、鉄の柱に掴まって耐える白鐘だった。
「……自身に蓄積された魔力をほぼ全て注ぎ込み、強大な魔力砲として放つ、シンプルにして最強クラスの攻撃特化型魔法よ……だけど、アナタ正気!? アナタ一人の魔力ならともかく、一部とはいえ、魔女の魔力で練り上げたバースト魔法なんて撃ったら、この工場はもちろん、周囲数十キロは跡形もなく吹っ飛ぶわよ!? アナタの後ろにいる黒澤白鐘も、アナタたちが助けようとしている子供たちも……アタクシに勝つために全部を巻き込む気!?」
「これは賭けです! ……あなたに勝つための、大事な賭けなんです!!」
「……チッ!」
もはや聞く耳あらずと、シルドヴェールは指から魔力砲を数発放つ。しかし、先程と同じシャルエッテの結界によって、その全てが弾かれた。
「っ……!? このガキ、バースト魔法の魔力を集めながら、結界魔法も維持するだなんて……才能もないくせに、なんて器用なマネを……!?」
悪態をつくシルドヴェールの表情からは、完全に余裕の色が消えていた。
やがて、シャルエッテの魔力のほぼ全てが集まりきる頃には、光弾は彼女の体以上の大きさにまで巨大化していた。
「――覚悟してください。私の一番得意な魔法で、私たちは、あなたに勝ちますっ……!」
――そして、光弾は一瞬、ビー玉のような小ささにまで圧縮され――、
「バースト――魔法おおおおお――!!」
――小さき玉は、一本の特大なレーザーとなって、路地裏の魔女へと撃ち放たれた。
「……この……クソガキがぁ――――!!」
○
「――先程異常数値が観測された城山市の同地点にて、さらなる異常数値の魔力が、新たに観測されました!」
薄暗い部屋の中を照らし上げていたのは、いくつも設置されたモニターからの光であった。モニターには城山市を含む、日本のあらゆる地域が映像として映し出されている。その中には、シャルエッテたちが戦っている廃工場の映像も映っていた。
「魔力の発生地点である工場は、十数年前に放棄され、現在は所有者がいない状態です。また、魔力を集中観測した結果、以前から建物を覆っていたと推測される魔力痕も検出されました」
「発生した魔力数値と魔力紋をデータベースから照合確認。九八・五パーセントの確率で、魔女エヴェリア・ヴィラリーヌのものと一致しました」
モニターの前には、青いローブを身に付けた三人――男性二人と女性一人――がオペレーターとなって、映像内で発生した魔力データの解析を行っていた。その後ろから、同じく青色のローブを着込んだ水色の髪の女性が、モニターの方へと映像を確認しながら近づく。
「……ここ数十年、エヴェリア様が人間界を訪れた記録はないわね。おそらく、魔力札等で、エヴェリア様の魔力を誰かが使ったのじゃないかしら?」
「……そうすると、この異常な魔力数値の発生は、エヴェリア様の弟子であり、最近人間界への渡航が記録された、シャルエッテ・ヴィラリーヌによるものと考えられますね――ウィンディーナ副支部長」
難しげな表情を浮かべるウィンディーナに、女性オペレーターの方が振り返る。
「多分そうでしょうね……。でも、あの子が余程な限り、そんな無茶な事をするとは思えないし、何か緊急事態があったと見ていいかもしれないわね……魔力痕の解析は?」
「解析結果、出ました。A級魔法犯罪者登録されている、シルドヴェール・ノエイルによるものと見て、間違いありません」
「シルドヴェール……たしか、城山市ではここ最近、子供たちをさらう『路地裏の魔女』と呼ばれる都市伝説が噂されていたわね。……だとすれば、シャルエッテちゃんが戦っているのはやっぱり……ただちに、機動部隊を緊急招集して! 今すぐ、門魔法を使って、あの建物へと向かうわよ――」
「――待て」
制止の声をかけたのは男性のもの。声の主は、同じく青いローブ――他の者たちよりも、少し装飾が派手となったもの――を翻しながら、ゆっくりと物陰から姿を現した。
「っ――!? イフレイル総支部長……来られていたのですね?」
少し驚いた表情を見せながらも、ウィンディーナやその場にいたスタッフたちが立ち上がり、総支部長と呼ばれた男に向けて敬礼をする。
「……魔女クラスの魔力が感知されたとあれば、俺も顔を出さざるをえまい。……それよりも、今回は俺も現場に出よう」
長く刺々しい赤い髪を揺らし、顔立ちはまだ若いながらも、険しげな表情の男は低い声でそう告げた。
「そんな!? いくらA級魔法犯罪者相手とはいえ、総支部長自ら出るのは――」
「――シルドヴェール・ノエイルの逃走力は、先日捕らえたヴァルヴァッラよりも上だ。ここを逃せば、また数十年、足取りが掴めなくなるぞ?」
「……了解しました」
ウィンディーナは渋々ながらも、男性の命に従うことにした。彼女は自らの喉に魔法をかけると、建物内――境界警察・人間界日本支部――全域に響き渡るように、声を張り上げた。
「境界警察・機動部隊の緊急招集を告げます! イフレイル総支部長を部隊長とし、A級魔法犯罪者、シルドヴェール・ノエイルをターゲットとした捕縛作戦を実行します。ゲート魔法はわたくし、ウィンディーナが展開。――これより、境界警察・人間界日本支部機動部隊、出撃します!」




