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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
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第19話 偽りの魔女VS魔女の弟子

 白鐘とシャルエッテが黒澤家からケリュケイオンで飛び立ってから数分。城山市商店街、そして子供たちがさらわれた不気味な路地裏の上空を通り過ぎ、子供たちが囚われている廃工場が見えたところでケリュケイオンが減速。そのまま廃工場のシャッターが壊れた出入り口のそばまで近づき、ゆっくりと下降する。


「っ……」


 ケリュケイオンから降りると、二人は無言で廃墟となった建物を見上げる。


 覚悟をしてきてはいても、いざ目的の建物を目の前にすると、緊張で鼓動が破裂してしまいそうになる。胸に手を置き、深呼吸をすることで、高鳴る心臓を無理やりに抑え込む。


 シルドヴェールが留守にしていれば――っと、一瞬頭をよぎるが、そんな都合のいい展開を望めるほど甘くない相手だというのもわかっている。見逃してくれたとはいえ、身を隠している本拠地を知られてしまったのだ。少なくとも、今日一日は再訪の可能性を考えて、この場所から動かない事は推測できる。


 かといって、彼女がここを留守にしているであろうタイミングを計るのも難しいうえ、衰弱している子供たちを考えれば、それを待てるほどの時間の猶予もなかった。


「……ここまで来ておいてなんですが、心の準備は大丈夫ですね、シロガネさん?」


「大丈夫――って言いたいところだけど、やっぱしここまで来ると、いろいろ考えちゃうよね。……でも――」


 白鐘は入り口の奥を見つめる。曇り空で日差しが入らない工場内は薄暗く、入り口からはとてもじゃないが、中の様子が見えづらくなっている。それでもこの奥に、囚われた子供たちが今も助けを求めていると知ってしまったのなら――、


「――少なくとも、もう引き返そうとは思ってないよ」


 その瞳の強さに、シャルエッテもまた、心の中でくすぶる不安を取り払ったのだった。


「行きましょう……!」


 意を決し、二人の少女は廃工場の中へと足を踏み入れた――。


 ――建物の中に入った瞬間、纏わりつく空気が冷たいものへと変わる。廃墟が本来持つ寂寥感せきりょうかんに、魔法使いの結界による影響か、人を拒絶するような圧迫感が合わさって、この中にいるだけで息苦しさを感じさせる。


 魔法使いの姿は見えない。がっ、昨日さくじつのように、認識遮断の結界で姿を隠している可能性は高いため、常に警戒を緩めないようにする。


 少し進み、左上を見上げる。そこには昨日と同じく、数名の少女たちが虚ろげな瞳で鉄の床に横たわっている。手足はピクリともせず、その様相はまるで死体置き場も同然だった。


「……安心してください。ほんの少しですが、まだ彼女たちから魔力を感じられます」


「夕紀ちゃん……香苗ちゃん……」


 たしかに、少女たちにはまだ息があるのは遠目からでも確認はできた。それでも、彼女たちは今も魔力を吸われ続け、苦しんだままなのだ。


「……早く、子供たちを助けに行かなきゃ――」



「――まったく……せっかく、もう二度と顔を合わせないようにと祈ってあげたのに、一日で破ってきちゃうなんて……お姉さんはとても悲しくなるわ」



 白鐘たちが立つその先、二階に昇るためにかけられた梯子はしごの上に、先程まで姿のなかった金髪の女性が、呆れたような表情で二人を見下ろしていた。


「ジングルベールさん……!」


「……シルドヴェール・ノエイルよ。まったく、人の名前を何度も間違えるなんて、本当に失礼な子ね」


 彼女はため息をつき、面倒くさげに鉄柵に寄りかかって肘をつける。


「それで? せっかく見逃してあげたというのに、また何の用かしら? ……まさかとは思うけど、子供たちを助けに来た、とでも言うわけじゃないわよねぇ?」


 シルドヴェールの瞳が鋭く二人を睨みつける。――答え次第で、この場で容赦なく殺す――そんな殺意が込められた瞳に睨まれただけで、まるで喉を締め付けられたように息苦しさが増した。


 ――それでも、シャルエッテはその瞳を強く睨み返し、一歩彼女の方へと前へ出る。


「貴方に……勝ちに来ました……!」


 ケリュケイオンを握り締め、自身を鼓舞こぶするように大きな声で、対峙することを宣誓せんせいするシャルエッテ。


「……呆れた。才能がないとはいえ、仮にも魔女の弟子。魔法使いの基本である――魔力の高い者との闘争は避けるべし――がわかっていないだなんて……基本をおろそかにする女はモテないわよ? ……で? アナタ一人ならともかく、後ろの仔猫ちゃんは何しに来たのかしら?」


 魔法使い(シルドヴェール)の視線が、人間しろがねの方へと向けられる。心底、人間を見下すようなその視線にひるみそうになるも、彼女もシャルエッテとまた同じく、拳を握り締めて魔法使いを睨み返した。


「あたしは……あなたたち二人の戦いを見届けに来たのよ……!」


 その言葉に、つまらなさげな表情だったシルドヴェールが思わず吹き出してしまった。


「戦い? ……フフ、人間にしては面白い冗談が言えるのね? 戦いとは、対等な実力を持つ者同士がぶつかり合って、初めて成立するものなのよ。……アタクシとこの子の魔力差では、戦いにすらなりえない」


「――っ!?」


 空気が震えるような感覚が流れる――。まるで、自分の方が圧倒的に魔力が上だと誇示こじするかのように、シルドヴェールの魔力が大気を揺らしたのだ。


 だがそれも、少ししてすぐに収まった。


「……まあでも、アナタたち如きに貴重な魔力を消費するのはしゃくだし、寛大なワタクシは、もう一度アナタたちにチャンスをあげるわ。……子供たちを諦め、ここを立ち去って、今度こそ顔を見せないと約束できるのなら……もう一度だけアナタたちを見逃してあげる」


 口調は優しげだが、その声には強い圧が込められていた。――それは提案ではなく、明確な脅し。たがえれば、今度こそ殺す―ーという意思表示。


 ――それでも、シャルエッテは彼女から目を背けず、まっすぐにかのじょを見上げる。


「いいえ……もう逃げません! 私たち(・・)は貴方に勝ち、今度こそ子供たちを助けるのです……!!」


 勇ましいほどに、シャルエッテは戦う意思を彼女に示して――、



「――そう……じゃあ死になさい」



 シルドヴェールは無表情で肘をついた姿勢のまま、二人に右手の人差し指を向けた。


 瞬間――指からビームのようなものが放たれ、二人の少女たちに着弾すると同時に、その周囲に爆発が起こった。それほど規模の大きいものではなかったが、放置された錆びた器具なども巻き込み、一階全体を爆煙ばくえんが覆う。


「この建物から、魔力が漏れ出ない程度に威力を絞った魔力砲まりょくほうよ。それでも、二匹の仔猫を爆殺するには十分な殺傷力はあるわ」


 説明をするも、それを聞く者はもういない――。


「まったく……これでも子供五人分に相当する貴重な魔力なのよ。これで、さらわなきゃいけない子供の数がまた増えてしまった。……アナタたちが余計なことをしなければ、結果的に被害も少なく済んだでしょうに。ほんと、余計な面倒をかけさせて――」


 面倒事はひとまず終えたと、安心しきったシルドヴェールの言葉が途切れる。


「うそ……魔力が消えていない……それどころか、どんどん膨れ上がっている!?」


 階下の煙が風に払われたその中央に、魔力砲が直撃したはずの二人の少女が立っていた。その周囲に、薄い緑色の膜のようなものが彼女たちを包んでいる。


「おケガはありませんか、シロガネさん?」


「……大丈夫、ケガ一つなくてビックリしてるぐらい。ありがとう、シャルちゃん」


 互いの無事を確認し、微笑みを向け合う少女たち。対照的に、階上の魔法使いは信じられないものを見るかのような表情で唖然としている。


「バカな……アナタ程度の魔力で、ワタクシの魔力砲を防ぐ結界なんて作れるはずがない……そもそも、この膨れ上がっている魔力が、アナタのものであるはずがないわ……!?」


 シャルエッテは再び、強い瞳でシルドヴェールを見上げる。


「油断しましたね、ジングルベールさん。いくら才能のない私でも、貴方との魔力差は十分にわかっています。……だからこそ、なんの対策もなしに、ここに来るわけないじゃないですか」


 そう言うと、シャルエッテは懐から一枚のお札を取り出した。それを見て、シルドヴェールの目が見開く。


「それは魔力札まりょくふだ……!? 札そのものに魔力を込めて、本人他者関係なく、いつでも引き出すことができるようになる魔道具。しかも……感じるだけで圧倒されてしまいそうになるほどの膨大なこの魔力……まさか、その札に込められた魔力は――」


「――そうです! この魔力札には、我が師、『現存せし最古の魔女』エヴェリア様の魔力の一部が込められています!」


 札が緑色に光る。すると、シャルエッテを纏う魔力がさらに膨れ上がった。


「……このお札は、私が人間界に飛ばされる際に、お師匠様に一枚だけ頂いたものです! ……もちろん、使えるのはこの一度きりだけになります」


 彼女の周囲を流れる魔力は、現時点でシルドヴェールの魔力量を圧倒していた。その事実に青冷めながらも、シルドヴェールは魔女の弟子に問い質す。


「魔女の魔力が込められた魔力札……アナタ、それがどれほど貴重な物かわかっているの!? 魔女の宝玉(レーヴァテイン)ほどでないにしろ、全ての魔法使いが喉から手が出るほどに欲しい代物しろものよ……! そんな貴重な魔力札を、こんなところで使おうとするなんて、頭がイカれてるのじゃないかしら!?」


 先程まで、余裕を一切崩すことのなかったシルドヴェールが、ここにきて明確な焦りを隠せないでいた。


「……たしかに、昨日私は、このお札を使うことを迷いました。……ですが、これを渡された際に、お師匠様が言ったのです。『このお札を使う時はあなたが決めなさい。一枚しかないこのお札を、使っても後悔しないと決断できたその時に、正しい事のためだと思えたその時に――このお札を使いなさい』っと」


 思い出す――いつも穏やかながらも厳しげだったお師匠様が、その時はとても優しく、しかし力強い声で、そう言ってくださった事を――。


「……私は、昨日このお札を使わなかった事を、とても後悔しました……だから! もう後悔しないために、たった一枚のこのお札を、貴方相手に使わせていただきます!!」


 シャルエッテはケリュケイオンの先端を路地裏の魔女(シルドヴェール)に向け、昨日とはまるで別人のように、迷いを拭い去った瞳でまっすぐに敵の姿を捉えた。



「覚悟してください――! 貴方が対峙するのは魔法使いシャルエッテ・ヴィラリーヌではなく、魔女エヴェリア・ヴィラリーヌそのものです!」

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