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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
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第18話 帰らぬ覚悟と帰るための覚悟

『シャルエッテのやつは、まだ寝てるのか?』


『そうみたいね。まっ、今日はゴールデンウィークで学校も休みなんだし、寝かしておいていいんじゃない?』


『……それもそうだな。今日も出かける予定はないんだろ?』


『……うん、そのつもり』


『そっか……。そんじゃ、留守番よろしくな』



「…………」



 少女はドア越しに聞き耳をたてながら、そっと息を潜めていた。玄関が開く音が聞こえ、そのすぐ後に階段を昇る音も聞き届けた後、少女は大きく息を吐き出す。


 時刻は朝の八時を過ぎたところ。少女はドアから離れ、長机に置かれた一本の試験管を手にする。中には緑色の、ほんのり淡く光る液体が入っていた。


「……一睡もできませんでしたが、なんとか間に合わせられました。……あとはシロガネさんに気づかれぬよう、こっそりと家を出るだけですね」


 試験管をローブの懐に忍ばし、少女は家を出る準備をする。


「……ステルス魔法」


 彼女の体を光が包み込み、光が消えると同時に彼女の姿が透明になる。音を立てぬよう、ゆっくりと部屋の扉を開き、廊下の左右を確認してから玄関へと向かう。


 玄関にたどり着き、靴を履こうとして一度とどまり、後ろを振り返る。


 ――まだたったの一ヶ月だった。


 たった一ヶ月、この家に住まわせてもらっていただけなのに、それでもシャルエッテにとってこの一ヶ月はあまりにも濃密で、あまりにも楽しいひと時だった。


 迷惑しかかけなかったのに、本来ならば罵詈雑言かけられ、奴隷のように扱われる立場でもおかしくはなかったのに――それでもこの家の住人は彼女を暖かく迎え、『家族』と呼んでくれた。


 ――結局私は、二人に何の恩返しもできなかったなぁ――。


「……ごめんなさい、スガタさん。結局治せないまま、ここを出る事になってしまって。……ごめんなさい、シロガネさん。黙って私一人で出ていく事を……」


 彼女はこの家に戻れぬ事を覚悟していた。


 路地裏の魔女を倒し、子供たちを助け出す。これらが容易でないことは、昨日さくじつシルドヴェールと対面し、彼女との魔力の差を思い知らされたシャルエッテには十分に承知していた。


 ――彼女と戦えば、私は命を落とすかもしれない――。


 それでも、今も命を削られ続けられながらも、助けを求めていた少女たちを放っておくことはシャルエッテにはできなかった。


 シルドヴェールを倒すための準備は整えた。それでも、勝てる保証などないし、子供たちも助けられないかもしれない。


 ――それでももし、子供たちを助け出し、自分もこの家に帰られたなら、その時は――、


「っ…………」


 ローブのポケットから、諏方にもらったスマホを取り出す。待ち受け画面には、昨日三人でリビングで撮った写真が映っていた。結局、シャルエッテは諏方の説明を受けても、スマホの操作はあまりわからなかったが、それでも『家族』からもらった大切なプレゼントを、彼女は優しく握り締める。


 ――その時は、私の命を懸けて、スガタさんを元に戻そう――。


 決意と共に、スマホを再びポケットにしまい、靴を履いて玄関の取っ手に手をかけて――、



「――一人でどこに行くつもり?」



「ひゃあ!?」


 突如背後から声をかけられ、シャルエッテは驚いて尻餅をついてしまい、ステルス魔法も解除されて姿が見えるようになってしまった。振り返ると、銀髪の少女が腕を組みながら、怒りと呆れが混じったような表情で彼女を見下ろしていた。


「シ、シロガネさん!? ステルス魔法をかけていたのに、どうして……?」


「そりゃあ姿が見えなくても、律儀に履こうとして靴がひとりでに動いてたら気づくわよ」


「はっ! はう~……」


 シャルエッテは靴にもステルス魔法をかけるのをうっかり忘れてしまっていた。こんなところでなんてアホみたいなミスをしてしまったのだろうと、彼女は一人嘆いてしまう。


「で、でも、先程後ろを振り返った時には誰もいなかったのに……」


「……シャルちゃんがこっそり家出るんだろうなあって思って、階段の影から玄関を見張ってたのよ。……夕紀ちゃんたちを助けに行くんでしょ?」


「そっ……それは……」


 シャルエッテはすぐには返答できず、彼女から目を逸らしてしまう。


「……昨日、シャルちゃんがお父さんからスマホをもらった時の、覚悟したような眼を見たら、なんとなくこうするんだろうなぁって思ったのよ」


「っ…………」


 すっかり行動を見抜かれていたことに驚きながらも、シャルエッテは毅然とした表情でケリュケイオンを握り締める。


「……止めないでください。今回の事件は、魔法使いによって起こされた誘拐事件。ならば、同じ魔法使いである私が止めるべきなのです……!」


「……勝算はあるの? あいつの方が、シャルちゃんよりも魔力が上なんでしょ?」


 厳しい表情のまま、白鐘が問う。


「……勝てる保証はありませんが、秘策はあります。それに……最悪私が死ぬ事になったとしても、子供たちだけは助け出してみせます……!」


 そう言ってシャルエッテは懐から、先程しまった緑色の液体が入った試験管を取り出した。


「これは魔力を回復するためのお薬です。わずかな量しか回復はできませんが、人間にも効くように作ってはあります。一滴飲めば、ある程度動ける程には回復できるでしょう。……私とジングルベールさんの戦闘で、境界警察の方々にも魔力感知で居場所に気づいてもらえれば、子供たちを保護していただけるはずです……」


「……そう簡単に、あいつが子供たちにお薬を飲ませてもらえると思ってる?」


「それは……」


 先程シャルエッテが言ったように、シルドヴェールと戦うための秘策を彼女は用意している。だが必ず勝てるという保証などはなく、失敗すれば彼女はもちろん、子供たちも殺されてしまうであろう。


 表情が不安げに曇るシャルエッテを見て、白鐘は大きくため息を吐いた。


「……止めはしないわよ。そのかわり……あたしも連れて行って」


「っ――!?」


 白鐘の口から出た言葉に、シャルエッテは驚きで目を見開いてしまう。


「なっ、何を言っているのですか!? これは魔法使い同士の問題です! これ以上、シロガネさんを巻き込む理由がありません!」


「夕紀ちゃんや香苗ちゃんがさらわれた以上、あたしも無関係だなんて言えないはずだよ。……それに、あんな現場を目撃したんだもの。放っておけないのは、あたしだって同じだよ」


 ――わかってはいた。まだ幼い子供たちがあのような惨状に、ましてや見知った少女があの中にいたのを知ってしまったのを放っておけるほど、目の前の少女が冷徹な人間ではないと――たった一ヶ月一緒に過ごしただけのシャルエッテでも、それはよくわかってはいた。


 それでも――、


「……お言葉ですが、シロガネさんは魔法を使えない、ただの人間です。……一緒に来ていただいても、足手まといにしかなりえません……」


 厳しめの言葉を口にするたびに、シャルエッテの心臓が破裂するように痛んだ。それでも、本来ならば目の前の少女は、魔法とは縁のない世界の住人であるはずだった。そんな彼女をこれ以上、魔法使い同士の争いなどに巻き込んでしまってはいけないと、痛む心を抑えて白鐘を突き放そうとする。


「…………」


 その胸中は察しているのであろう、白鐘はしばらく無言でいたが、彼女も自身の思いを語るために、口をゆっくりと開いた。


「なにも、考えなしに連れて行ってなんて言ってるわけじゃないよ。……あたしにも、子供たちを助けるための作戦があるの」


「さく……せん……?」


 怪訝になりながらも、シャルエッテは白鐘の言う『作戦』の内容に耳を傾ける。それを聞き終えた後、シャルエッテは再び驚愕の表情を見せた。


「そっ……そんな危険な作戦、シロガネさんには任せられません!!」


 抗議の声をあげられるのは予想していたのか、白鐘は冷静な表情を崩さずに続ける。


「もちろん、危険なことは承知よ。失敗すれば、あたしも殺されるかもしれない。でも……シャルちゃんが一人で行くより、子供たちを助けられる確率はグッと上がるはずだよ」


「そ……それはそうですが……」


 白鐘の言う通り、彼女の話した作戦が成功すれば、子供たちを助けられるかもしれない。


 それでも、シャルエッテは首を縦に振ることができなかった。


「……シャルちゃん、この戦いで大事なのは、あの女を倒すことじゃなくて、子供たちを助けることだと思うの。シャルちゃんの用意した秘策に、あたしの作戦が上手く噛み合えば、きっと子供たちを助けられるはずだよ」


 今回の目的はシルドヴェールを倒すのではなく、あくまで子供たちを助け出すこと。それを考えれば、白鐘の作戦は危険を伴うが、合理的ではあった。


 シャルエッテは思い悩む。自分一人だけなら命を懸ける覚悟はできていたが、失敗すれば白鐘の命も危うい事になる。そうなれば――、


「シロガネさんが死んでしまったら、スガタさんが悲しむ事になりますよ……」


 昨日と同じ言葉を、もう一度白鐘に投げかける。


 問われる覚悟はしていたのだろう。彼女は、少しだけ表情を崩し――、


「――それはシャルちゃんも同じだよ。シャルちゃんも死んじゃったら、お父さんは絶対に悲しむ」


「っ……!?」


 予想できていなかった反撃はんろんの言葉。――そして昨日、家族と呼んでくれた少年の笑顔を思い出す。


「っ…………」


 彼女の言う通り、たとえ死ぬのがシャルエッテだとしても、彼は同じように悲しんでしまうのだろう。


 もうシャルエッテには、彼女に対しての反論の言葉が見つからなくなってしまった。


「……一つだけ約束してください。もし、本当にどうしようもなくなったら、全力で逃げてください。私は一番に、シロガネさんの命を優先しますので……!」


 自分以外に、彼女の命も背負う覚悟を決めたシャルエッテは、まっすぐに白鐘の顔を見つめた。


「……わかった。そのかわり、逃げる時はシャルちゃんも絶対に一緒だよ」


「……わかりました。絶対に子供たちを助け出して、みんなで一緒に帰りましょう!」


 ――口には出さなかったが、本心では白鐘が一緒に来てくれると言った時、シャルエッテは心の底で安堵したのもまた事実だった。命懸けで子供たちを助ける覚悟は決めていたものの、それでも拭いきれない不安と恐怖は、彼女の心の中でずっと燻っていたのだ。


 ――でも、一緒に戦ってくれる友がいる。支えてくれる人が隣にいる。


 これ以上は巻き込むべきではないのは承知だった。


 ――それでも、今のシャルエッテにとっては何よりも、黒澤白鐘の存在がとても心強かったのだ。


「……そうと決まれば善は急げって、てれびで聞きました。というわけで、お手を出してもらってもよろしいでしょうか?」


「ん? こう?」


 白鐘が右手を差し出すと、シャルエッテはその手を握り締め、瞳を閉じる。――すると、白鐘の身体に暖かい空気のような何かが流れ込んできた。


「これは……?」


 少しして手を離されると、流れ込んできた暖かい何かが、身体を包むように広がってゆく。


『ステルス魔法をシロガネさんにもかけました。これで、一般の方々からは見えなくなっているはずです。あ、通信テレパシー魔法の経路パスも繋いでおいたので、頭の中で言葉にしていただければ、そのまま会話ができますよ』


 そう頭の中で直接語りかけると、シャルエッテはそのまま玄関から外へと出てゆき、白鐘も慌てて後を追う。


『それでは、こちらのケリュケイオンに乗ってください』


 そう言ってシャルエッテは杖を放り投げると、杖は地面に着かずに、空中でフワフワと浮遊しだした。


『へー……なんか本当に、魔法使いのホウキみたい』


 恐る恐るながらも、白鐘は杖へとまたがり、その前の方にシャルエッテも同じようにまたがった。


『最高速度で廃工場に向かいますので、私の肩にお手をかけて、離さぬように気をつけてください』


『大丈夫大丈夫。……こんな状況で言うのもなんだけど、こういうので空を飛べるのはちょっとワクワクして――キャッ!?」


 突如、杖が黒澤家の天井よりも高く上昇すると、そこから車よりも速いスピードで滑空を始めた。下を見下ろすと、城山市の町並みが一望できはしたが、あまりの猛スピードで眺める余裕などはなかった。


「速い速い!? シャルちゃん速いよ!?」


『口で喋っちゃうと、舌噛んじゃいますよ!』


 白鐘はパニックになりかけながらも、必死でシャルエッテの肩にしがみついた。



 ゴールデンウィーク期で閑散かんさんとした道を行く人々に気づかれぬまま、二人の少女は敵の本拠地へと向けて、城山の空を駆け抜けて行くのであった。

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