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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
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第17話 笑顔になれる魔法

 白鐘とシャルエッテが、路地裏の魔女(シルドヴェール)と廃工場にて相対してから数時間。帰宅した二人は一言も喋らないまま、ただ無為に時間を過ごしていた。


 シャルエッテは帰宅してそのまま、ソファで膝を抱えながらうずくまり、白鐘はキッチンにて夕食の準備を始めようとするも、こんがらがった頭ではまともにメニューも決められず、手を動かすこともままならなかった。


「…………」「…………」


 どちらからも口が開かれることはなく、時計の針の音だけが、重苦しい空気に満ちた家の中で、機械的なリズムを刻んでいく。



「うぃー、ただいまー」



 時計の針の音をかき消すように割って入ったのは、玄関が開く音と家の主の帰宅の声だった。


 少しして二人の少女がいるリビングに、疲れ気味の顔をした銀髪の少年が、小さな手さげ袋を揺らしながら入ってきた。


「んあぁぁ……今日のバイトも疲れたぜぇ。体力には自信あるつもりなんだが、そこに接客を加味すると、サラリーマン時代とはまた違う意味で精神が磨り減るなぁ――って、昨日よりも一段と空気がどんよりしてるな、おい?」


 呆れ気味にため息をつく諏方。そこでようやく、俯いていたシャルエッテが慌てて頭を上げた。


「おっ、お帰りなさい! ……スガタさん」


 焦りながらもぎこちない笑みを顔に貼り付けるシャルエッテに、諏方は目を細めて彼女を見つめる。


「……いっつも呆れるぐらい元気の塊みてえなお前が、ずいぶんと元気なさそうじゃねえか?」


「……そ、そんなことないですよ!? ほらほら、いつも通り、元気モリモリです! ……魔法探偵、リリカル・シャルエッテ! 名探偵だったおばあちゃんの名にかけてー、お仕置きですぅ!」


「…………」


 シャルエッテはリリカル・ドイルのポーズを華麗にキメてみせるも、諏方の訝しげな視線は変わらず。


「……あー、おかえり、お父さん。……いま夕飯の準備してるから、もうちょっと待っててもらっていい?」


 二人に割って入るように、キッチンの方から声をかける白鐘。しかしその声は無機質で、二人には背を向けたまま、顔を見せないでいる。


「……まあ、別にまだ待てるけどよぉ……」


 笑顔ながらも目を合わせようとしないシャルエッテに、背を向けたまま同じく目を合わせない白鐘。明らかに二人が何かを隠しているのを諏方も感づいてはいたが、昨日さくじつ無理に話さなくていいと言った手前、深く聞き出すようなこともできなかった。


「……たくっ、しょうがねえな。……効くかはわかんねえが、俺が笑顔になる魔法でもかけてやるか。ほれ、シャルエッテ」


 そう言うと、諏方は手に持っていた小さな袋をシャルエッテに差し出した。


「……えっと、これはなんなんでしょうか、スガタさん?」


「いいから、中身見てみろよ?」


 戸惑い気味に手さげ袋を受け取ったシャルエッテは、恐るおそる中身を取り出した。入っていたのは固めの小さな長方形の箱。さらに箱の上蓋うわぶたを取り外すと、そこに入っていたのは小さな白い板状の薄い機械であった。


「これって……もしかして、すまほですか!?」


「おっ、やっとらしい表情になったな……って、落とすなよ?」


 シャルエッテは震えだした手を止めるために、一度深呼吸をして落ち着く。


「えっと……これってもしかして、私にですか……?」


「おう。お前がスマホに興味示してたのは前々から知ってたからな。……ほんとはもっと早めに買ってやってもよかったんだけどよ、今後の生活費を考えると、簡単に貯金に手ぇ出すわけにはいかねえし、かといって姉貴に頼りすぎるのもわりぃしな」


「そ……それじゃあ、ここしばらくお仕事をしていたのは……」


「それだけのためってわけでもねえけど、まあそういうこった――って、嬉しくねえか?」


 スマホを呆然とした表情で見つめるシャルエッテに、諏方は少しだけ不安になってしまう。


「……いいえ、その……すっごく嬉しいんです。ただ……私がこれをホントにいただいてしまってもいいのだろうかと思ってしまいまして……」


 ――本当は嬉しい、今にもこのすまほを掲げて走り回りたいほどに嬉しいはずなのに――、


「私は……スガタさんに命を助けていただいたにも関わらず、その恩をあだで返すようなことをしてしまい、未だにソレも治せずじまいです……。それなのに……スガタさんやシロガネさんにはいつも優しくしていただいてばかりで……私なんてまだ、お二人に何もお返しできていないのに……こんな素晴らしい物をいただける資格なんて――あだっ!?」


 懺悔のような言葉の途中で彼女の頭に、諏方のチョップが叩き込まれたのだった。


「なっ、なにするんですかー!?」


「たくっ、いつもはこっちが頭痛くなるぐらい明るいくせによ、変なところでネガティブ思考になってんじゃねえよ! いいか? お前の魔法で俺が若返ったのは不慮の事故であって、俺はお前を一切恨んじゃいねえ。……そりゃあ、早く元に戻れたらなぁ、ぐらいには思ってるけどよ……前にも言ったが、若返ったからこそ、俺は仮也との戦いで白鐘を守ることができたんだ。それに関しては、ほんとに感謝してんだぜ?」


 諏方の表情が怒りからニカっとした笑みに変わると、痛む彼女の頭をさするように優しく撫でた。


「ふぇ!? スガタさん……?」


「それによ……ちょっと言いにくいけど、お前が来るまでは、この家の雰囲気もちょっとばかし暗かった。だけどお前が来てくれてから、家の空気も明るくなった気がするし……白鐘もここ最近は、笑ってる顔を昔よりよく見せてくれるようになった。……お前はいつもおてんばで、時々破天荒なこともしたりするけど、そんなお前が来てくれたからこそ、この家もまた明るくなれたんだ。……だからここ最近、また家の空気が重く感じるのは、ちょっと寂しいぜ……」


「っ……」


 もちろん、シャルエッテ自身にこの家を明るくしようだなんて考えた事などなかった。紆余曲折うよきょくせつあれ、師匠によって飛ばされたこの世界で、本来ならば孤独に生きるしかなかった彼女を、諏方と白鐘は救ってくれたのだ。


 ――本来ならば、自分こそ二人に感謝するべきなのだ――。


 ――なのに、私はまだ二人に何も返せていない――。


 ――それなのに、目の前の彼は――、


「……まだたった一ヶ月かもしれねえけどよ、もう俺にとっては、お前は『家族』も同然なんだ。一緒に住み始めた一ヶ月記念に、家族にプレゼントをしたいと思うのは、何も不自然な事じゃねえだろ?」


 ――目の前の彼はそれでも、不甲斐ない自分を『家族』と呼んでくれたのだ――。


 気づけば――少女の瞳から、路地裏の時とは違う、暖かい涙が頬を伝った。


「うっ……ぐすっ……ふえええええええええん!!」


「なっ!? 待て待て、なんでそこで泣く!?」


「――それ、嬉し涙だよ。泣かせてあげて」


 いつの間に聞いていたのか、白鐘がキッチンの入り口側の壁に背を寄りかかりながら、腕を組んで二人を眺めていた。その表情は弱々しくあるも、どこか安堵したかのような笑みを浮かべていた。


「お父さんがかけた魔法は、笑顔になれる魔法じゃなくて、嬉し涙を流させる魔法だったみたいだね」


「おっ、おう……まあ、嬉しいんならそれに越した事もねえけどよ……そうだ! 白鐘にもお土産買ってあるんだ!」


「あたしにも?」


 諏方は手提げ袋とは別に持っていたカバンを開けると、中から一枚のケースを取り出した。


「じゃーん! たまたま面白そうなやつ見つけたから買ってきたぜ」


 それはディスク式のゲームソフトのケースだった。


「……オールドアーケードコレクション?」


 ケースのパッケージには、昔のゲームセンターによく置かれていた古い格闘ゲームや、ベルトスクロールアクションなどのゲーム画面が複数並んでいたものだった。


「……恥ずかしい話、体は若返っても中身はオッサンのまんまだからな。まだ最近のゲームにはなかなかついていけてねえけど、不良時代はよくゲーセンにも行っててよ。こういう古いゲームなら、俺でもやれると思うんだぜ」


「それ、あたしへのお土産じゃなくて、お父さんがやりたいだけでしょ?」


「そうとも言う」


 キラキラと顔を輝かせながら力説する父親の姿に、娘は呆れ気味ながらも笑ってしまう。


 ――実際、白鐘もシャルエッテも、先程まで本当に心が折れかけていた。子供たちを助け出すために乗り込んだ敵のアジトで、子供と自分たちの命を盾にされ、逃げ帰ることしかできなかった自分たちを、心の中でずっと責め続けていたのだ。


 そんな影が射した二人の心を、諏方の魔法が照らしてくれたのだ。


 シャルエッテは耐えられずに声をあげて泣き、白鐘もこみ上げる涙を見せぬようにと、必死に取り繕った。


 ――言葉にはせずとも、二人は諏方に深く感謝したのだ。


「でも大丈夫なの? 明日も朝からバイトなんでしょ?」


「そうなんだよなぁ……やれて二時間ってところかな?」


 そんな二人のやり取りが聞こえ、シャルエッテは大量の涙をティッシュで拭きながら、ある疑問点が頭に浮かび上がる。


「あれ? 明日からまた学校じゃありませんでしたっけ?」


 本日は日曜。本来ならば、明日の月曜からまた学校が始まるのだから、夕方以降ならともかく、朝からバイトに行く時間などないはずだった。


「あー、シャルエッテはまだ知らなかったのか。しばらくはゴールデンウィークで、学校が休みなんだぜ」


 諏方が指さしたカレンダーの日付には、今日の日曜を含めてしばらく赤い数字が続いていた。


「ごーるでんうぃーく?」


「この一週間はしばらく休みだってことさ。……本当はお前たち連れてどっか旅行にでも行きたかったんだがなぁ。こんな姿になった以上、高校生だけで遠出ってのはなかなか難しいし、保護者役頼めそうな姉貴はいろいろと忙しいみたいだしな。ってなわけで、今回はソレ(スマホ)でどうか勘弁してくれ」


「っ……」


 シャルエッテは改めて、手元の板状の機械を見つめる。


 ――確かに、決して興味がないなんてことはなかった。魔力さえあれば、あらゆる奇跡を起こせる魔法使いにとって、魔法を使えぬ人間の苦心によってたどり着いた発明どうぐなど、必要とする理由などないはずだ。


 だから、それはあくまで『面白そうな物だな』程度の興味でしかないはずだった。


 ――それでも嬉しかった。家族と呼んでくれた人からもらったプレゼントが、嬉しくないなんてはずがないのだ。


 ――だからこそ、もう二人には迷惑をかけられない――。


「…………明日も、お休みなんですね……」


 シャルエッテはスマホを大事そうに握り締める。


「ん? 何か言ったか、シャルエッテ?」


「……いいえ。……スガタさん、もしよろしければ、このすまほの使い方を教えていただけますか?」


「っ…………」


 諏方はしばらく、シャルエッテの眼をまっすぐに見つめる。


「……確かに、あの分厚ぶあつい説明書を読めって言われても面倒だよな。たくっ、しゃーねえなぁ。この諏方さんが、一からスマホの操作を叩き込んでやりますか」


「……はい! ぜひお願いします!」


 ようやくシャルエッテが笑顔を見せてくれた事に、諏方は安堵する。


「……それじゃあその間、あたしも夕食作りの方を進めちゃうね」


 白鐘の心にも、まだ夕紀ちゃんたちに対する負い目はくすぶっていたが、それでも、この場ではなんとかいつも通りである事を通そうと、自身に気合いを入れる。


 黒澤諏方(家の主)が帰ってきた事で、暗く沈んだこの家の空気は、ほんの少しだけ平穏な日常の空気へと、元に戻ったのであった。


   ○


 ――それからの出来事は、シャルエッテにとって、とても幸せな時間となった。


 諏方にスマホの設定や簡単な操作を教えてもらい、白鐘の美味しい夕食を噛み締め、リビングで二人がゲームを楽しむ姿を後ろから眺める。


 彼女がこの家に来てからはなんて事のない、いつも通りの三人の日常。それでも、何気ない三人でのこの時間が、今のシャルエッテには何にも代えがたいほどに、とても大切な時間であった。


「それではスガタさん、シロガネさん、二人ともおやすみなさいです!」


「おう、おやすみ」「うん、おやすみなさい」


 ゲームを片づけ終えた後、三人は就寝までの時間を過ごすために、それぞれの部屋へと戻った。


「……ふぅ」


 シャルエッテは自室に入った後、一旦深呼吸をし、部屋の中央を見つめる。


 元物置だった彼女の部屋には、床の中央に魔法陣、その上に横長の机があり、実験用のビーカーなどの器具が並べられている。


 時計を見上げると、時刻は零時を少し過ぎたところ。


「……スガタさんがお仕事にお出かけになる時間が朝の七時過ぎ。あと七時間ほど……。厳しいかもしれませんが、やらずに諦めてたら、何もできなくなりますものね……」


 そう言って、彼女は中央の机へと近づく。


 その途中で、ローブのポケットからカサッという音が聞こえた。


「…………」


 シャルエッテはポケットからソレを取り出す。


 しわくちゃのおふだだった。白いお札に、真ん中に難解な文字が書かれたもの。


 シャルエッテはしばらくソレを見つめ、さらにしわくちゃになりそうなほどに、強く握り締める。


「……力を貸してください、お師匠様」


 彼女はお札を再びポケットにしまうと、もう一度机の方へと視線を戻す。


 その瞳には、決意を込めた炎が、確かに強く揺らめいていたのだった。

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