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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
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第15話 魔女の正体

 その女性は本当に何の前触れもなく、あたかも最初からそこにいたかのように、突如として二人の頭上に現れた。白鐘が手にかけた梯子はしごの先、そのすぐ横にある落下防止用の鉄柵に寄りかかり、不気味な笑みをたたえながら彼女は立っていたのだ。


「うそ……いつの間に戻ってきてたの?」


 唖然とする白鐘をあざ笑うように、女性の瞳が細められる。彼女から発せられる妖しくも異様な雰囲気は、気を抜けば飲み込まれてしまいそうなほどに妖艶ようえんなものだった。


「いえ……戻ってきたのではありません。……外からこの建物に入ってくる魔力も気配も、全く感知できませんでした。……彼女は最初からあの場所に立っていて、子供たちを見て戸惑う私たちをずっと見下ろしていたのですっ……!」


「……どういうことなの、シャルちゃん?」


 階上に立つ女性に警戒の視線を向けたまま、シャルエッテは説明を続ける。


「……おそらく、この建物(廃工場)に張られたのと同じ認識遮断の結界を、あの人自身の周囲に張っていたのでしょう。……同じ魔法使いである私ですら気づけないほど、より強力な結界が張られていたのだと思います」


「あら、賢い子ね? すぐにその解答にたどり着けるなんて。……ふふ、勘のいい女はモテるわよ?」


 手の内を明かされようとも、女性は余裕の態度を崩すことなく二人を眺め続けている。


「……あなたが、路地裏の魔女ですね?」


 その問いに、女性はようやくその笑みを崩し、呆れたような表情へと変わった。


「ええ、世間ではそういう風に呼ばれているみたいね。……まったく、よりによって魔女と呼ばれるだなんて、なんて恐れ多い。ワタクシたち魔法使いにとって、魔女という名前がどれほど重いものかもわかりもしないで、気楽なものよねぇ?」


 彼女が立つ二階の左端では地獄のような光景が広がっているというのに、さも世間話をするかのように平然と喋る女性の異質さに、二人の少女たちの額にゾッとした汗が流れていく。


「……思い出しました。建物や自身に張られた認識遮断の結界。数多く種類のある結界魔法の中でも、認識遮断は最上級に位置する高度な結界魔法です。この結界魔法を扱える魔法使いはそうはいません。……そして、黒羽根のローブに金色の髪……あらゆる結界魔法を使いこなし、結界魔法のスペシャリストと呼ばれ、バルバニラさんと同じA級魔法犯罪者として指名手配されている魔法使い……。その名を――ジングルベールさん!」


「シルドヴェール・ノエイルよ!」


 思わず感情的に声を上げ(ツッコミをし)てしまい、彼女は慌ててコホンっと咳払いする。


「まったく……人の名前を間違えるだなんて、そんな失礼な女はモテないわよ? そうは思わないかしら? ――シャルエッテ・ヴィラリーヌちゃん。そして――黒澤白鐘ちゃん?」


「「――――っ!?」」


 突如、今日初めて会ったはずの女性から名を呼ばれ、二人に動揺が広がる。


「どうして、私たちの名を……?」


「あら、知らなかったの? アナタたち二人、そして黒澤諏方があのヴァルヴァッラを倒したという情報ニュースはすでに、ワタクシを含めたこの人間界に隠れ潜む魔法使いたちに広まっているわ。当然よね? 脆弱なはずの人間に魔法使いが敗れるだなんて、それこそ天地がひっくり返るほどの出来事だもの。……これを聞いた魔法使いたちのほとんどは、みな魔法界へと帰還してしまったわ。まあ、その方が魔女の宝玉(レーヴァテイン)を探すライバルが減って、ワタクシとしては好都合だったけどね」


 シルドヴェールも他の魔法使いと同様、レーヴァテインを手に入れるのを目的としていた。だがそれ以上に、魔法使いに自分たちの名が知られている事実に二人は驚き、恐怖してしまう。


 ――魔法使いたちは果たして、どれほど自分たちの情報を把握しているのだろうか――。


「……あなたはなぜ、この町の子供たちを次々とさらっているのですか?」


 恐怖を無理やり振り払うかのように、毅然とした表情でシャルエッテは路地裏の魔女に問い質す。さらわれた子供たちには三人のやり取りも聞こえていないのか、変わらず小さなうめき声をあげ続けていた。


「……全ては、完全結界パーフェクトシールド魔法の完成のためよ」


 彼女の発した魔法の名前に、シャルエッテはさらなる驚きで目を見開いた。


「パーフェクトシールド魔法……一度発動すれば、魔法、物理、その他あらゆる法則の一切を遮断すると言われている、最強の結界魔法……! 理論上存在はしていても、ほぼ全ての魔法を修得したと言われる『原初の魔女』ですら完成に至らなかったとされる究極魔法の一つ……」


「その通り。結界魔法のスペシャリストと呼ばれたワタクシが唯一到達していない、究極の結界魔法。――その完成こそが、ワタクシの最大の目的よ」


「……パーフェクトシールド魔法の完成のために、レーヴァテインを必要としているのですか?」


「……確かに、レーヴァテインを手に入れれば、パーフェクトシールド魔法の完成には楽に至れるかもしれない。でも、そんな反則ちかみちは、結界魔法のスペシャリストであるワタクシのプライドが許さない……! パーフェクトシールド魔法の完成は、あくまでワタクシ自身の力で到達しなければならないのよ。……レーヴァテインは、パーフェクトシールド魔法を完成した後のご褒美にすぎないのよ」


 だんだんと語らいに熱が入る様子からして、シルドヴェールのパーフェクトシールド魔法への執着は確かなものなのであろう。それに関しては、同じ魔法使いであるシャルエッテにも共感しえることでもあった。


 ――しかし、それが子供たちを誘拐する理由とどう繋がるのか、シャルエッテは未だ釈然としていなかった。


「……でもね、パーフェクトシールド魔法の完成へと至るためには、大量の魔力を必要とするのよ」


「――っ!? まさか……」


 シルドヴェールのその言葉で、彼女の行動の真意にようやく気がつくとともに、たどり着いたその解答に、シャルエッテの背筋が凍りついた。


「まさか……子供たちから、魔力を吸い上げているのですかっ!?」


「えっ!?」


 二人の会話に付いていけず、呆然としていた白鐘にも、シャルエッテのその言葉には驚かざるをえなかった。


「…………ふふ」


 口には出さずとも、一段と不気味に歪むシルドヴェールの笑みは、シャルエッテの指摘に対する何よりの答えとなった。


「……ねえ、シャルちゃん! いったいどういうことなの!?」


「……言葉通りの意味です。彼女は子供たちから、わずかしかない魔力を吸い上げているのですよ。……魔力は生命力と精神力に直結しています。だからあんなふうに、みんな衰弱して倒れているのですっ……!」


「……っ!?」


 白鐘はもう一度、子供たちの方へと視線を向けた。夕紀ちゃんを含めた子供たちがみな、虚ろな瞳で動けずにいるのも、全ては白鐘たちを見下ろす金髪の魔法使いが、子供たちから魔力を奪い取っているせいであった。


 ならばと、上にいる女性を止めれば子供たちは助かるかもしれない。しかし、仮也ヴァルヴァッラと対峙した白鐘だからこそ、彼女が仮也並に危険な魔法使いであることもまた理解していた。


 ――無理に上の階に昇ろうとすれば、間違いなく彼女は自分を殺そうとするだろう――。


 そう思うと、白鐘はその場から前に出れず、悔しげに拳を震わせることしかできなかった。


「……そんなのおかしいです。あまりにも非効率的すぎます!」


 シャルエッテは、怒り――というより、理解不能だと言いたげな表情で声をあげた。


「人間、ましてやまだ幼い子供の体内に蓄積された魔力は、ほとんど微量程度のものしかありません! 何千人――いえ、それこそ何万人もの子供たちの魔力を吸い上げてようやく、平均的な魔法使い程度の魔力しか得られないはずです! ……人間に実害があれば、境界警察の捜査も入りやすくなってしまいます。リスクとリターンがあまりにも見合っていません! ……だからこそ、人間の魔力を奪い取ろうとする魔法使いなんてほとんどいないんです。ましてや、一気に奪い取るのではなく、あのようにジワジワと奪うようなやり方……時間がかかるばかりか、子供たちが無駄に苦しむだけで、何の意味もな――」


「――あら、だからいいんじゃない?」


「…………はっ?」


 本当に心底、なにを言っているのかわからないといった表情で呆然とするシャルエッテ。


「もちろん、これが非効率的な魔力の集め方だなんて十分に理解しているわ。だからこれは、あくまでワタクシの趣味を兼ねたものなの。――ワタクシはね、小さい女の子が好きなのよ」


「…………」「…………」


 この言葉に白鐘もシャルエッテも、一瞬脳が理解を拒否してしまうほどに唖然となってしまっていた。


「女の子たちが魔力を少しずつ奪われ、それでも生きようと意識だけはなんとか保とうとする。その意識も少しずつ磨耗していって、わずかに残った意識が家族や友人に助けを求めるために、うめき声を虚しくあげ続ける。……子供たちが奏でるうめき声(ハーモニー)はね、さながら人間が好むクラシック音楽のような甘美な音色のよう。聴いているだけで、胸がとても心地よくなるわぁ……」


 シルドヴェールのあまりにも悪趣味な告白に、ただ二人はより強い嫌悪感を抱くことしかできなかった。


「そ……それだけのために、あなたは子供たちをさらっていたのですか……?」


「そうよ? 確かに、一人から摂取できる魔力なんて大した量ではないけれど、この甘蜜かんみつの如き極上の魔力が、ワタクシのパーフェクトシールド魔法をより美しく仕上げていくの。……そのための時間も労力も、惜しむほどのことではないわ」


 ――あくまで趣味でしかない。


 それだけのために、今も子供たちが苦しんでいると思うと、白鐘の中の恐怖や嫌悪感は怒りへと塗り変わり、その感情のままに金髪の女性を睨み上げた。


「……ふふ、いい瞳ね。年齢的にワタクシの守備範囲外なのがとても残念だわ。アナタの父親も、同じように強い瞳をしているのでしょうね――だけど、今のあなたに何ができるのかしら、黒澤白鐘ちゃん?」


 シルドヴェールの眼が細められる。それだけで、怒りで前へと踏み出したいはずの足が止まってしまう。


「っ……たしかに、あたしにはあんたを止めることなんてできないかもしれない。……でも! あんたと同じ魔法使いのシャルちゃんなら――」


 ――同じ魔法使いのシャルちゃんなら、あの金髪の魔法使いを倒せるかもしれない――そうすがるように、彼女の方に振り向いた白鐘の瞳に映ったのは、怯えるように身体を震わせた、小さな少女の姿だった。


「シャル……ちゃん?」


「……無駄よ。あなたの隣にいる魔法使いは、ワタクシに対する戦意をとうに失っているわ。そも、魔法使い同士での争いは、基本的には起こらないものなのよ。なぜだかわかる?」


 シルドヴェールはシャルエッテに、あざけりの視線を向ける。


「どんなに才能のない魔法使いでも、相手の魔力量をはかるぐらいのことはできるわ。必然、魔力の低い魔法使いは、戦う前に相手に勝てないのがわかってしまう。アナタだって、見るからに筋肉質な相手に勝負を挑もうだなんて思わないでしょ? ……シャルエッテちゃんがワタクシに怒りを抱きながらも、ケリュケイオンを向けないのはそういうことよ」


 挑発混じりに語るシルドヴェール。それでも、シャルエッテは地に視線を向けたまま、彼女の言葉を否定はしなかった。


「でも幻滅がっかりしないであげてね? 勝てないとわかっている敵に挑まないのは、長生きのための賢い方法。蛮勇で前に出たがる女はモテないわよ?」


「……っ」


 それはシャルエッテにだけでなく、白鐘に対する警告でもあった。


「でも安心したわ、シャルエッテちゃん。――アナタが『魔女の弟子』であるとはいえ、変にプライドを持つことなく、勝てない相手にでしゃばらないぐらいのことはちゃんとわきまえてたみたいね」


「っ――!? それは――」


 シャルエッテの慌てように、シルドヴェールは首を傾げる。


「魔女の……弟子?」


「っ……」


 疑念のこもった視線から逃れるように、シャルエッテは白鐘から顔を逸らしてしまう。その様子に、シルドヴェールは最大限の愉悦の笑みを零した。


「あら、言ってなかったのね? ……まあ、言えるわけないわよねぇ? 偉大なる五人の魔女――しかもその中でも最高峰とされる『現存せし最古の魔女』の弟子が、アナタのような落ちこぼれだなんて、言えるわけがなかったわよねぇ、シャルエッテ・ヴィラリーヌちゃん?」


「…………っ」


 ――緊張が張り巡る廃工場の空気の中で、シルドヴェールの心底楽しげな笑いだけが、冷たく響き渡っていた。

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