第13話 暗闇のその先へ
――まだ日中にも関わらず、城山市商店街の一角にあるこの路地裏だけは、木々生い茂る山中に迷いこんだと錯覚してしまうほどに、不気味な薄暗さが支配する空間と化していた。
奥を進めば進むほどに闇は深まり、肌に感じる寒さも徐々に冷たくなってゆく。入り口からわずかに射し込まれた日の光で、なんとか足をつけられる道は見えるものの、気を抜けば、そのまま闇に飲み込まれてしまいそうなほどに、濃い黒はさらに広がっていく。
「……まだ、何か感じ取れない?」
「いえ……魔力の痕跡などはまだ感じられませんね」
白鐘とシャルエッテの二人は慎重に、この場所に何かないかと感覚を研ぎ澄ませながら、ゆっくりとした歩調で路地裏の奥へと進んでゆく。足音の一つ一つが空間中へと響き、その度に心臓がドクンと跳ね上がりそうになるのを、強めに息を吐き出すことでなんとか抑えていた。
人の気配はない――だが、今にも暗闇から何かが現れ、自分たちを闇に引きずり込もうとするのではないかと、そんな想像が頭を巡り、今にも恐怖で壊れてしまいそうになる。
パキ――、
「――うひゃっ!?」
突然何かを踏みつけ、シャルエッテは思わず叫び声を上げてしまう。
「ちょっ、ちょっと!? 脅かさないでよ!?」
「ごっ、ごめんなさい! 何か踏んづけちゃったみたいで……これは……メガネ?」
「――っ!? ちょっと、それ見せて!」
白鐘はすぐさまスマホのLEDライトを点けると、シャルエッテが拾い上げた眼鏡らしきものを照らし出した。
「これ…………夕紀ちゃんの友達の、香苗ちゃんの眼鏡だ……!?」
白鐘は香苗ちゃんとまだ数度しか会った事はなかったが、彼女が黒縁の眼鏡をかけていた事はよく覚えていた。シャルエッテが拾い上げた眼鏡は、レンズにひびこそ入っていたものの、そのデザインは記憶していたものと一致している。
「……そのユキちゃんさんのご友人さんは、同じく路地裏の魔女にさらわれた子なんですよね?」
「そうよ……。この眼鏡があの子の物とは言い切れないけど、こんな路地裏で見つかるなんて、偶然じゃないと思う……」
白鐘は再び路地の奥を見つめる。視線の先の闇はさらに深く、その闇に子供たちは飲み込まれてしまったのではないかと、嫌な考えが頭を過ぎってしまう。
シャルエッテは拾い上げた眼鏡をしばらく注意深く観察し、ある違和感に気づいた。
「魔力が感じられません……!?」
彼女のその言葉に、白鐘は要領を得ないでいた。
「それって、犯人が魔法使いじゃなくて、人間だったってこと?」
「いいえ、その逆です。……このメガネからは、残留しているはずの持ち主の魔力が一切感じられません。以前にもお話しましたが、人間にも微量ですが魔力はあります。なので、人が触れている物には必ず、その人の魔力が残滓として残るのです。もちろん、触れた時間が短ければ魔力もすぐになくなりますが、持ち主が常に身に付けている物となれば一旦手放しても、数ヶ月は残るはずなのです。……路地裏の魔女の噂は、流れ始めてからそれほど時間は経っていません。つまり――」
「――犯人が、香苗ちゃんの魔力を消したってことね……」
シャルエッテは頷き、もう一度手元の眼鏡を観察する。
「魔力の痕跡――つまり魔力痕は、自身の魔力によるものであろうと、簡単に消すことはできません。他人の魔力痕であればなおさらです。しかし……自身の魔力痕を消せるほどに魔力コントロールに長けた魔法使いであれば、人間程度の魔力痕なら消すことも可能でしょう。……これで十中八九、路地裏の魔女が、魔法使いである事は確定しました……」
ここにきて、路地裏の魔女への手がかりがようやく見つかった。だがそれでも、シャルエッテの表情は優れないでいる。
「……なんとか、香苗ちゃんや犯人の魔力は辿れないの?」
「……正直厳しいです。魔力痕は、どれほどその残滓を取り払おうと、完全に消えるには時間がかかります。ですが……これほどまでに魔力痕が薄まってしまっているとなると、よほど熟練した魔力感知ができる魔法使いでもなければ――」
――ふと、特になんの気もなく、シャルエッテは白鐘の方に視線を向けた。その表情は暗闇で見えづらくはあったが、諦められないという強い眼差しだけは、ハッキリと見えた気がした。
――その瞳はまるで、彼女の父親とよく似ていて――。
そしてシャルエッテは、そんな彼女の父親と出会ったあの河川敷の光景を――あの時、自ら発した言葉を思い出した。
「やらずに諦めてたら、何もできなくなる――私自身が言った言葉なのに、何で忘れてたんだろう……」
「……シャルちゃん?」
シャルエッテは一度深呼吸をし、握っていた眼鏡を一旦地面に置くと、手から杖を出現させ、それを高くを掲げる。すると、光と共に彼女の服装が白いローブへと変わった。
「……自信はあまりありませんが、やれるだけのことはやってみようと思いますっ……!」
そう言うとシャルエッテは、ケリュケイオンの先端を自身と眼鏡の間の地面に付け、小声で何かを口ずさみ始める。
「集中……集中…………」
目を瞑りながらも、路地裏内の空間全域に神経を張り巡らせるように集中する。
やがて彼女の周りを、緑色の光が淡く光りだした。
「…………きれい」
白鐘はすでに、シャルエッテの魔法を何度か見ていたものの、改めて彼女は自身と異なる存在なのだと再認識する。同時に、彼女の放つ緑色の光があまりにも綺麗で、白鐘は先程までの恐怖も忘れ、しばらくその光景に見蕩れてしまっていた。
「…………っ!?」
光が消えたと同時に、シャルエッテの身体がその場で倒れそうになる。
「シャルちゃん!?」
白鐘は咄嗟に、シャルエッテの身体を抱き止める。彼女の顔には明らかな疲労が見られながらも、やりきったという笑みが浮かんでいた。
「……見つけました。魔法使いの方の魔力痕が……!」
「ホントに……!?」
「はい! ……子供たちの魔力ではないのが残念ですが、これを辿れば、ユキちゃんさんたちがいる場所にもたどり着けるかもしれません……!」
「よかった……でも、その身体じゃあ……」
白鐘はシャルエッテの報告に嬉しくなる反面、彼女の身体が明らかに弱っているのが気になってしまう。
「……私のことは気にしないでください。魔力を感知するのに少し集中して、魔力を多めに使っただけですので……それよりも、今は子供たちがどこに行ったのかを捜すのが先決です……!」
「……わかった」
シャルエッテの体調は心配ではあったが、彼女が自分の魔力を使ってなんとか掴みだした手がかりを手放すのは、それこそ彼女の頑張りを無駄にする行為になってしまう。何より、彼女が言う通り一刻も早く、夕紀ちゃんたちの行方を捜さなければならなかった。
「……っ! シロガネさん!?」
白鐘はシャルエッテの腕を持ち上げると、その腕を自分の肩に回した。
「ほら、肩貸してあげるから、その魔力の痕跡を案内して」
折れそうになる心を拭い捨てるかのように浮かべた力強い笑みを向けられ、
「……任せてください、シロガネさん!」
シャルエッテもまた、それに応えるように力強く頷いた。
――二人の少女は、共に路地裏の先を見つめる。路地裏の奥底はやはり闇が続いていたが、心なしか、二人にはその先の出口が見えたような気がした。
この先に、どれほどの危険が待ち受けているかはわからない。それでも――隣に友がいるという心強さが、二人の小さな背中を支えていた。
「それでは行きますよ、シロガネさん!」
「オッケー。必ず子供たちを助けよう、シャルちゃん!」
二人は頷き合い、ゆっくりと――しかし力強く、暗闇のその先へと進んで行った。




