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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
62/323

第10話 不穏を告げる音

『警部! また一人、女の子が行方不明になったとの報告が!』


『くっ……これで行方不明者は六人……このままでは、どんどん行方不明者が増えるばかり……俺たちはいったいどうすればいいんだ……』


『――私に任せて!』


『き、君は、魔法探偵リリカル・ドイル!?』


『これもきっと、犯罪組織ハンニーンの仕業よ。これ以上、行方不明者は増やさせない! 魔法探偵リリカル・ドイル、捜査・開始します!』


「はう~、やっぱりこの台詞、何度聴いても痺れますぅ~」


 白鐘とシャルエッテは帰宅後、買ってきたシャルエッテの服の整頓を終えた後、白鐘は夕飯の調理にかかっていた。その間、シャルエッテはリビングにて『魔法探偵リリカル・ドイル』のDVDを再生しつつ、夕飯のステーキを今かと楽しみに待っている。


「そういえば、スガタさんは何時頃にお帰りになられるのですか?」


 シャルエッテたちは諏方よりも後に出かけたのだが、彼女たちが帰宅しても、諏方はまだ家にはいなかった。


「今日はシフト長めに入ってるって言ってたからね。ああでも、さっきスマホのメッセージで、これから帰ってくるって書いてあったから、そろそろ着くんじゃないかな?」


 白鐘はキッチン向こうでシャルエッテに応対しながらも、料理中の手元は一切ブレずに調理を続けていく。幼い頃から母親を亡くし、父親も仕事に追われていた彼女にとって、料理は最初に身に付けた家事であり、その腕前もプロ級のもの。彼女の料理を長く食べ続けていた諏方はもちろん、シャルエッテもその味にすっかり魅了されていた。


「すまほですかー……」


 白鐘がチラッとリビングの方を覗くと、食卓に置かれた彼女のスマホを、シャルエッテが興味深げに見つめていた。


「スマホ、欲しいの?」


 そう問われ、彼女は慌てたように両手をブンブンと振る。


「そっ、そんな事ないですよ!? あっ、いや……興味がないかと言われればそうではないのですが……通信テレパシー魔法という便利な魔法もありますし、必要な物でもないとわかってはいるのですよねぇ…………あっ! すっごくいい匂いがしてきました!」


「話逸らした」


「はぅー……今日のシロガネさんはいじわるですぅー」


「ふふ、ステーキ食べさせてもらえるんだから、これぐらいのいじりは許容しなさい。そろそろお皿、並べてもらっていい?」


「はいです!」


 彼女は元気いっぱいに、棚に詰まれたお皿を食卓に並べていく。


 シャルエッテが料理できないと判明した日から、白鐘は彼女を決してキッチンには立たせまいとしてきたが、代わりに皿を並べたりなどの簡単な作業は任せられるようになってきた。機械などには最初は無知ではあったが、教わればそれなりには使いこなせられるようにはなり、掃除機や洗濯機を使った家事なども、時々やってもらう事が増えてきた。これだけでも、家事全般を仕切っていた白鐘にとっては大変ありがたい事なのであった。


「そのテレパシー魔法って、シャルちゃんが時々やる、頭に直接語りかけてくるようなやつ?」


「はいです。通話したい相手に魔力の経路パスを繋げることで、その相手と直接脳内でお話することができるのです。この魔法は、相手が魔力を持たなくてもパスを繋げることができるので、非常に便利なのですよ」


「……なんていうか今更だけど、シャルちゃんたちの魔法って、ちょくちょく超能力じみたものもあるよね。テレパシーなんて、それこそ魔法というよりは超能力だし」


「おお! それはとてもいい着眼点です、シロガネさん。そもそも、人間界における超能力と呼ばれるものや、奇跡とたぐいされる神秘は、そのほとんどが元を辿れば、わたしたちの魔法と同一のものなのです」


「え? でも人間は、魔法が使えないんじゃないの?」


「ごく稀に、魔法界に迷い込んだ才ある人間が、魔法を学んで人間界に帰るというケースがあります。百年以上前に、らすぷーちんさんという人間界の方が、魔法界で修行を積んで帰ったのが話題になっていたのをよく覚えています。あとは……ヤマタイコクのヒミコさんでしたっけ? 彼女は幼い頃に、偶然人間界に迷い込んでしまった魔法使いだったという説が書かれた文献も、魔法界にはありますね」


 白鐘もよく知る歴史上の人物が、魔法使いと関わっていたというのを知り、思わず唖然となってしまった。


「うわー……なんか知りたくなかった世界の裏側を知っちゃった気分。ていうか、何百年も前に話題になってた事を覚えてるって、シャルちゃんって何歳なのよ?」


「わたしですか? ……はっきり数えた事がないので正確な数字はわかりませんが、一応三百は超えてると思いますよ?」


「さっ、三百歳!?」


 会話中もずっと調理を続けていた手が止まり、白鐘は驚きで思わず振り向いてしまう。


「あっ、でも、魔法界と人間界では時間の流れが違うので、体感年齢的にはシロガネさんとあんまり変わらないので、そこは安心してください!」


「そ、それじゃあ……今まで通りの接し方でもいいの?」


 全力で首を縦に振るシャルエッテを見て、白鐘も安堵して調理に戻る。


「……その魔法界とか人間界に迷い込むのって、ちょくちょくあったりするの?」


「もちろん滅多にはありません。時折魔法界と人間界の境界で空間の乱れが生じて、それに巻き込まれると、もう片方の世界に流れ着いてしまうのです。現在はこの境界線を境界警察が管理しているので、そういう事故もなくなりはしたみたいですよ。だから、てれびに出ている超能力者と呼ばれる方のほとんどは、残念ながらニセモノですね」


「……なんかそう聞くと、夢も何もなくなっちゃうわね」


「……我々魔法使いと人間は、実は古くから密接に関わり合っていたのです。ですが、魔法使いの存在は人間にとって秘匿とするべきもの。なので、我々の存在は伝説や神話として語られることで、それらはあくまで実在していないもの、または実在していたかもしれないという神秘のものとして記録されます。こうして一部の人たちを除いて、我々魔法使いはその存在を長く人々から隠してきたのです」


 そう語るシャルエッテの表情は、どこか寂しげなものであった。


「……それじゃあ、あたしとお父さんは魔法使いの実在を知る、特別な人ってことだよね?」


 そんな彼女を元気付けるかのように、白鐘はウィンクを送る。


「……はいっ! わたしにとっても、お二人は特別な存在です!」


 シャルエッテに笑顔が戻る。やはり彼女はこうでなくちゃと、白鐘は安心した。


「それなら、ちょっぴり嬉しいかな――っと、そろそろステーキは焼き上がったわね。あとは、付け合せのコンソメスープを一煮立ちさせて――」


 トゥルルルル――。


 突如、今では古めかしさすら感じさせる、振動バイブを伴わない呼び出し音が、室内中に鳴り響いた。


「……固定電話の方からなんて、珍しい」


 等間隔に流れる音は、リビングに置かれた白色の固定電話からのものだった。白鐘も諏方も、基本的にはスマホで通話する事が多いため、固定電話の方が鳴るのは一年に数回あるかないか程度のものであった。


「学校からかなぁ……ごめん、シャルちゃん。スープの火、見ててくれる?」


「了解です!」


「……何かあったら呼ぶだけでいいから、絶対に触らないでね?」


「どんだけ料理に関して信用されてないんですか、わたし!?」


 涙目ながらもキッチンへと入るシャルエッテと入れ替わりに、白鐘はリビングの固定電話へと向かい、ゆっくりと受話器を持ち上げる。


「もしもし、黒澤です。はい……あっ、夕紀ちゃんのお母さん!?」


 電話の発信者は、先程白鐘たちが自宅まで付き添ってあげた少女、夕紀の母親であった。彼女たち一家とはご近所付き合いはしていたものの、こうして電話で会話するのは初めてであり、体に妙な緊張が走ってしまう。そして電話口の向こうから発せられる声の暗さから、この電話が決して好ましい話題のためのものではないと、白鐘も察知してしまう。


「はい……そうですね……夕紀ちゃんとはさっき公園で会いまして、その後確かにマンションの前まで送りましたが…………えっ? そんな……」


 白鐘の様子がおかしいのに気づいたシャルエッテがチラッと背後の方を振り向くと、両手で受話器を握る彼女の顔がみるみる青冷めていくのが見え、シャルエッテも不安に駆られてしまう。


「…………はい……わかりました……もし見かけたら、またこちらからご連絡させていただきます……」


 そして白鐘は青冷めた表情のまま、ゆっくりと受話器を下ろした。


「あの……どうかしたんですか、シロガネさん?」


 どうしても気になってしまい、シャルエッテは意気消沈としている白鐘に声をかける。彼女はシャルエッテにどう言うまいか悩むも、諦めて夕紀の母親から伝えられた内容をそのまま口にする。


「夕紀ちゃんが……まだ家に帰ってないみたいなの」


「……え?」


 それを聞いたシャルエッテも、しばし言葉を失ってしまった。


「そんな……あんなに笑顔で、おウチの前でバイバイしたのに……」


「……あたしが悪いんだわ。マンションの前だからって安心しきって……ちゃんと玄関の前まで送ってあげれば、もしかしたらこんな事には……」


「…………」


 楽しげな夕食へと向けて和やかだった家の空気はあっという間に重苦しいものへと変わり、テレビから流れ続けるアニメの音と、コンソメスープの沸騰し始めた音が虚しく交わりあっていく。


 ――そこから新しく響いた音は、玄関の鍵が開くガチャッという音だった。


「ただいまー」


 最近になってようやく聞き慣れてきた声が耳に届いた白鐘はそこでハッとなり、慌ててスープの火を止めにキッチンへと入った。


「かぁー、今日のバイトは一段と疲れたぜぃ……っと、こりゃあ肉の焼けたいい匂いじゃねえか。もしかして、ステーキでも焼いてんのか?」


 帰宅し、疲れた身体を思いっきり伸ばしながらリビングへと入った家の主は、香ばしい肉の匂いで空腹を刺激される。


「……おっ、おかえりなさいです、スガタさん!」


「おかえりー……今日はシャルちゃんのリクエストでステーキ焼いたよー」


 咄嗟に、先程までの重い空気を隠そうとするかのように、シャルエッテはぎこちない笑みを浮かべ、白鐘はそ知らぬ表情で、ステーキ肉と付け合わせのサラダが乗ったプレートを食卓に淡々と並べていく。


「……ん? 夕食が豪勢なわりには、なんかお通夜みたいな空気になっちまってるけど、大丈夫か?」


 しかし、それでも諏方には、この違和感に感づいてしまう。二人の少女は共に一瞬ビクッとするも、それでも作り笑顔を浮かべて乗りきろうとする。


「別に……ただ単にあたしもシャルちゃんも、いろんな所歩き回って疲れてるだけよ。それよりほら、食べる前に手洗って、着替えてきてよ」


 いつも通りの素っ気ない感じで、一旦ここから父を追い払おうとする娘を、諏方はジーと見つめる。


「なっ、なによ……?」


「っ……」


 諏方は娘を見つめたまま、エプロン姿の彼女の前にまで歩み近づく。


「……っ!?」


 真剣な表情で自身を見上げる父の姿に、白鐘は思わず顔を赤らめながらドキッとしてしまう。父の若返った見た目に慣れたつもりではいたが、それでも端正な顔立ちの、自分よりも背の低い少年がまっすぐな瞳で見上げる姿には、彼女も心が揺さぶられてしまうのであった。


「白鐘……お前、何か隠し事でもあるのか?」


「っ……!」


 そのストレートな問いかけに、白鐘は答えられずに黙ってしまう。父の目が訝しげなものへと変わり、思わず彼女は視線を逸らしてしまった。


「…………あるわよ、隠し事ぐらい。……それが何? あたしだって、もう高校生なんだよ? 親に秘密の一つや二つあって、何が悪い事でもある……!?」


 ――本当は、「隠し事なんてないよ」っと、軽く逸らすだけの言葉で返すつもりだった――。しかし、口から出たのは苛立ちを伴う、突き放すような台詞となってしまっていた。


「…………」


 口にしてしまった後、彼女は心の中で激しく後悔する。何故ここで、どうすればいいかと問いかけられなかったのか。


 もう引っ込みがつかなくなり、白鐘は睨むように背の低くなった父を見下ろす。シャルエッテも何も言えず、室内を再び重い空気が流れ始める。


「…………まっ、それもそうだな」


 そんな空気を意に介さぬかのように、諏方はさっさと追求を諦め、娘の前から離れた。


「っ……」


 意外にあっさりと引き下がられてしまい、彼女は呆気に取られてしまう。


「……気に……ならないの?」


「そりゃ気になるさ。でも、親子だからこそ言えないものもあるんだろ? ……俺だってずっと、お前に過去を隠してきたんだ。そんな俺が、嫌がるお前に無理やり聞き出すのはルール違反ってやつだろうさ。……でもよ」


 背中を向けたまま語った諏方は、そこで振り向き――、


「――相談したいって思い立ったら、いつでも相談してくれよ? ……こんな姿になったって、俺はお前の父親なんだから」


 ――そう言った彼の顔には、寂しげな笑みが浮かんでいた。


「……シャルエッテも、何かあったら遠慮せずに相談しに来いよ」


「あっ……はい!」


「……よーし、メシだ! ステーキだ! 今日は久々にガッツリ食うぜ!」


 少し無理やり声を張り上げて、諏方は手洗いのために洗面所へと入っていった。残された二人の少女たちの間には、気まずげな空気だけが残ってしまっている。


「……よかったんですか? スガタさんに今回の件、相談しないで?」


「……うん……ごめん、ちょっと頭の整理が追いつかないや。……とりあえずご飯にしましょ? せっかくのステーキが冷めちゃうよ。……その後どうするかは、また考えよ?」


「……わかりました」


 本来はいつもより少し特別な夕食になるはずが、一本の電話によって、それは憂鬱げなものへと変わってしまった。


 白鐘は悲しい現状から逃げ出すかのように、無言のまま、夕食の残りの仕上げに取り掛かったのであった。

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