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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
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第9話 公園で佇む少女

「よし、買い物はこんなもんかな?」


 進と別れ、秋葉原をあとにした白鐘とシャルエッテは、帰り道に通る城山商店街にて、夕飯用のステーキ肉などの買い物をしていた。城山市に到着する頃にはすっかり夕暮れ時になっており、空に浮かぶ夕日が商店街全体をノスタルジー色に染め上げていた。


「すみません、あまりお手伝いできなくて……」


 両手に買い物袋を抱える白鐘に、シャルエッテは申し訳なさげな視線を送る。


「いいのよ。ただでさえ今日はいっぱい買い物したんだし、これ以上の荷物は持たせられないでしょ?」


 白鐘は気にしないでというように、買い物袋を軽く持ち上げる。実際、買い足した材料はステーキ肉と細かい調味料、それに付け合せのサラダ用の野菜程度のもので、あとは自宅に買い置きしてある材料だけで十分だった。


「その……シロガネさん、今日は本当にありがとうございました!」


「うん? どうしたの、改まって?」


 シャルエッテはどこか気恥ずかしそうに、夕日のようにほんのり顔を赤くする。


「私……まだ人間界に来てから日は浅いですが、それでも毎日が新しい発見ばかりです。特に今日は、シロガネさんやススメさんにいろんな場所に連れて行ってもらって、また新しい世界をこの目で見て、経験することができました」


 自らの胸に手をあて、今日までの人間界での日々を彼女は反芻する。


「私は……魔法使いとしては落ちこぼれで、とても未熟です。だから魔法界にいた頃は、毎日魔法の特訓に明け暮れていて、何かを楽しむ余裕なんてありませんでした。でも……今は皆さんと過ごす毎日がとても楽しいです。こんな楽しい日々を送れるのも、シロガネさんやススメさん、そしてスガタさんと出会えたおかげです。だから改めて、お礼が言いたくなったのです!」


 まだ少し顔を赤くしながらも、満面の笑みで彼女は感謝の言葉を口にする。


「うん……そう言ってもらえるなら、あたしや進も、今日はエスコートした甲斐があったかな。でもあたしにとっては、今いる日常の方がちょっと退屈かも……。もし行けるとしたら、いつかシャルちゃんの住んでた魔法界って所に、あたしは行ってみたいかな?」


「本当ですか!? 驚くほど何もない場所ですが、シロガネさんなら大歓迎です!」


「驚くほど何もないって……もうちょっと期待させてよ……」


 呆れ気味の白鐘と、いつもの天真爛漫なシャルエッテ。二人は対照的な笑顔を浮かべ合いながら、夕暮れ時の帰り道をゆっくりと歩く。


 彼女たちが今歩いている桟橋の下には、かつて諏方が、溺れていたシャルエッテを助けた河川敷と繋がっている川が流れ、夕日の光を反射して淡いあかに染まっていた。この桟橋は、彼女たちが駅や商店街、学校へと向かう時に普段使っている道にあり、河川敷を通る道はむしろ遠回りになる。


 桟橋を渡り、しばらく歩くと見えるのは集合住宅地。ここからさらに少し歩いた先に、白鐘たちが住む家がある。集合住宅地はいくつもの区画があり、その一角に、近所の子供たちがよく使う小さな公園があった。


「――ん?」


 いつもは特に寄る事のないその公園の前で、白鐘はふいに立ち止まる。


「どうしたんですか、シロガネさん?」


 シャルエッテも立ち止まって、公園の方へと視線を向ける。


 小さな公園には二つしか遊具はなく、斜め奥には二組のブランコ、そして真ん中には小さめなドームがポツンと建っている。そのドームのてっぺんに、ピンク色の薄手のジャケットに赤いランドセルを背負った少女が、一人寂しそうに空を見上げていた。


「……お知り合いの方ですか?」


「うん、ちょっとね……ごめん、少し寄ってもいいかな?」


 シャルエッテが頷くと、白鐘は小走りで公園に入り、ドーム上の少女へと駆け寄る。


「……あっ! しろがねおねえちゃん!」


 駆け寄ってくる白鐘に気づいた少女は、寂しげな表情が明るい笑顔へと変わり、ドームから飛び降りた。


夕紀ゆきちゃん、久しぶり」


 夕紀と呼ばれた少女は、甘えるように白鐘へと抱きついた。


「お久しぶり、しろがねおねえちゃん! どこかお出かけしてたの?」


「うん、ちょっとお買い物にね。あっ、こっちのおねえちゃんは、最近ここに越してきたシャルエッテさんよ」


「初めまして! シャルエッテと申します」


 白鐘の横に立って自己紹介したシャルエッテに、夕紀はキラキラと輝いた眼差しを向ける。


「外国人さん!? どこの国の人なの!?」


「はい! 私、魔法界という所から来まして――」


「マホウカイ?」


 首を傾げる幼い少女に、シャルエッテは「あっ」と口を慌てて塞ぐ。つい先程にも、同じようなやり取りしたなーっと、白鐘は呆れのため息を吐いた。


「……夕紀ちゃんはここの住宅地に住んでる女の子よ。この子とはたまに、この公園で一緒に遊んであげてるの」


 白鐘は話を逸らしつつ、買い物袋を手首にぶら下げながら、夕紀の小さな頭を優しく撫でる。


「それより夕紀ちゃん、どうしてこんな所に一人で? いつも遊んでる香苗かなえちゃんとは一緒じゃないのかな?」


 そう尋ねた途端、夕紀の顔から笑みが消え、悲しそうな表情へと変わってしまう。


「……かなえちゃんね……魔女さんにさらわれちゃったのかもしれないの……」


 今にも泣き出してしまいそうな夕紀を、宥めるように頭を撫で続ける。


「……その魔女さんって、『路地裏の魔女』のことかな?」


 そう問う白鐘に、夕紀は小さく頷いた。


「……路地裏の魔女というのは?」


 尋ねるシャルエッテの表情は、なぜか不可解げなものだった。


「……最近城山市内で、小学生の女の子たちが次々と行方不明になってるみたいなの。小学生の子たちの間では、路地裏の魔女ってのが、女の子たちをさらっているって噂になってるみたい」


 白鐘はもう片方の手でスマホを取り出し、少女たちの行方不明事件が記載されているネットニュースをシャルエッテに見せる。見出しには『新たな都市伝説か!? 城山市に潜む路地裏の魔女の噂!』っと、デカデカと書かれていた。


「…………」


「……ここ数ヶ月の間に起きた事件で、もう五人もの子たちが行方不明になってるの。その中の何人かが路地裏に入っていくのを目撃されてて、こう呼ばれてるみたい。そっか……香苗ちゃんも、行方不明になってたのね……」


「……かなえちゃんがいなくなった日ね、ゆきと一緒にこの公園で遊んでたの。でもかなえちゃんは塾があるから、夕方にはバイバイしたの。夜にかなえちゃんのママから電話があってね、かなえちゃんがいなくなったって聞いたの。……ゆきのせいなの! ゆきが遅くまで一緒に遊んだから、かなえちゃんが魔女さんにさらわれちゃったの! ……だからゆきね、魔女さんはすっごく怖いけど、この公園で待ってれば、かなえちゃんが帰ってくるかもしれないから、ずっとここで待ってるの……」


 我慢しきれず、夕紀の瞳からは涙が流れ始めてしまった。


「っ……」


 何も言えず、白鐘はただ彼女の頭を撫でることしかできないでいた。その横にいたシャルエッテが、少女の前へと一歩出る。


「ユキちゃんさん、リリカル・ドイルはお好きですか!?」


 突然そう問われ、夕紀は涙が流れたまま呆然としてしまった。


「ちょっと、シャルちゃん。いきなり何を――」


「――りりかるどいるって何?」


 夕紀は身を乗り出して、シャルエッテの話に食いついた。


「可愛い女の子が魔法探偵に変身して、悪の犯人軍団と戦うアニメです! とっても面白いんですよ!」


「……アニメ! それって、プリズムキュアーみたいなアニメなの!?」


「あー……そうだよね。夕紀ちゃんの世代だと、朝の女の子向けのアニメってそっちのイメージよね」


「プリズムキュアー……そちらもとても気になりますが、リリカル・ドイルも可愛くて、カッコいい女の子が戦って、すごく面白いんです!」


「りりかるどいる……ゆきもみてみたい、それ!」


「はい! ユキちゃんさんもよろしければ、今度おねえちゃんたちと一緒に、リリカル・ドイルを観ましょう!」


 わずかな時間で二人はすっかり意気投合し、夕紀の表情に笑顔が戻った。


「……ふふ」


 白鐘はシャルエッテに感謝しつつ、しゃがみこんで夕紀と目線を合わせる。


「よく聞いてね、夕紀ちゃん。……香苗ちゃんがいなくなったのはね、決して夕紀ちゃんのせいじゃないんだよ。悪いのは魔女さんなの。……それに、遅くまで外にいて、夕紀ちゃんまで魔女さんにさらわれちゃったら、今度は夕紀ちゃんのママとパパが悲しんじゃうよ。それは、夕紀ちゃんも嫌でしょ?」


 優しい声で諭す白鐘に、夕紀はしばしジーっと彼女を見つめながらも、力強く「うん」っと頷いた。


「……それじゃ、おウチに帰ろっか? おねえちゃんたちが、おウチの前まで一緒に行ってあげるよ」


「はい! 任せてください!」


 二人のおねえちゃんたちに促されて、ようやく少女も元気を取り戻せた。


「うん! ありがとう、しろがねおねえちゃん! シャルエッテおねえちゃん!」


 ――その後、夕紀は白鐘とシャルエッテに両手を繋いでもらい、彼女の住むマンションの前まで送ってもらった。


「今日はありがとう! 一緒にりりかるどいる、みるの約束だからねー! バイバーイ!」


 夕紀は力いっぱいに手を振って、マンションの階段を駆け上がって行く。


「……それじゃ、あたしたちも行こっか――って、シャルちゃん?」


「……路地裏の……魔女…………」


 シャルエッテは滅多に見せない真剣な表情で、小さく何かを呟いていた。


「……シャルちゃん?」


「――っ、あっ、えっと、なんでもないんです……。それじゃあ、帰りましょうか!」


「っ……」


 すぐに明るい笑顔に戻ったシャルエッテに違和感を抱きつつも、一度マンションの方を心配げに見上げてから、白鐘は自宅への帰路へと戻る。


   ○


「アニメ……できたらかなえちゃんとも、一緒にみたいなー……」


 少女は寂しげにそう呟きながら、ポケットから家の鍵を取り出そうとする。


『――けて』


「えっ――!?」


 突然、どこからか誰かの声が聞こえた。


『――助けて』


 また聞こえる。女の子の声だった。そしてそれは――少女がよく知る声でもあった。


「かなえちゃん……?」


 行方不明になったはずの友人の声が、確かに夕紀には聞こえていた。


『ゆきちゃん――助けて』


 そしてはっきりと、その声が自分に助けを求めている声なのだと夕紀は気づく。


「かなえちゃん! どこにいるの、かなえちゃん!?」


 夕紀は鍵をポケットに入れ直し、マンションの階段を駆け下りる。すでに白鐘たちの姿はなく、声がしたはずの香苗の姿もなかった。


「かなえちゃん! どこなの!?」


 周りを見渡すも、やはり人影はなし。


『ゆきちゃん、助けて』


 声は変わらず、まるでアナウンス音のように鳴り響く。


「かなえちゃん……」


 耳を澄ますと何となくではあったが、声のする方角がわかるような気がした。


「……待っててね、かなえちゃん」


 夕紀は声の方角を頼りに、ランドセルを背負ったまま走り出した。


 ――どれぐらい走っただろうか。気づけば、駅前の商店街に彼女は到着していた。そして、ここが香苗の通う塾への通り道であることを、夕紀は思い出す。


「かなえちゃん……どこにいるの……?」


 道を行き交う人の中に、香苗らしき人影はやはりない。


『――こっちだよ、ゆきちゃん』


「かなえちゃん……!」


 先程よりも近く、友人の声が聞こえた。


「っ――!?」


 声のした方向に向くと、その先には真っ暗闇の路地があった。


「かなえちゃん……本当に、魔女さんにさらわれちゃったの……?」


 路地裏の魔女の噂を思い出し、途端に全身に身震いを感じる。


『――怖いよ……魔女さんに食べられちゃうよ……』


 また声がする。確かに、路地の先から声は聞こえた。


「っ…………」


 恐怖に身体が震えながらも、夕紀は拳を握り締めて、決心して路地裏へと足を踏み入れる。


 ――路地裏に入った瞬間、春の陽気な暖かさがなくなり、全身を寒気が通り抜ける。


 ――怖い。――声をあげて叫びたい。


 それらの感情を押し込め、夕紀はさらに路地裏の奥へと足を進める。


「かなえちゃーん! ゆきだよー! どこにいるのー!?」


 恐怖を打ち消そうとするように、大声で友人の名を呼びかける。


 カシャ――、


「ひっ――!!」


 奥へと進んでいた足が何かを踏みつけた。恐る恐る足元を見ると、そこにはレンズの割れた眼鏡が落ちていた。


「……これ、かなえちゃんのメガネ?」


 思わず眼鏡を拾い上げる。確証はなかったが、これが友人のメガネであると、夕紀は直感した。


「それじゃあやっぱり……かなえちゃんは魔女さんに……」


 眼鏡を握る手が震える。少女の精神は、すでに恐怖で崩壊寸前にあった。――それでも、友人を助けたいと想う心が、彼女の背中を支えていた。


「……待っててね、かなえちゃん。……今助けに行くから」


 眼鏡を握り締めたまま、夕紀はさらに一歩、暗闇の奥へと足を踏み出す。


 トン――、


 直後――まるで合わせるように、夕紀とは違うもう一つの足音が聞こえた。


「っ…………!」


 心臓の音が、聞こえそうなほどにバクバクと鳴り出す。汗が身体中を伝い、熱が抜けてより寒さが増した。


 このまま後ろから逃げ出したい思いだった。しかし――その足音は、少女の背後から聞こえたものだった。


 気づけば、友人の声は聞こえなくなっていた。無音だけが路地裏の闇を支配し、前にも後ろにも、進むことを恐怖させる。


「…………怖いよ」


 呟く。それに応えるものはいない。


 だが、ここに留まってはいけない――壊れかけた精神の中で、それだけが少女の身体を動かそうとしていた。


 後ろを振り返っても、きっと魔女さんに連れ去られてしまう――少女は意を決し、もう聞こえなくなった友人の声を頼りに、さらに前へと踏み出そうとし――、


「――――ングッ!?」


 ――何者かの手が、夕紀の目と口を塞いだのだった。


 咄嗟に振り解こうとするも、子供の力ではビクともしない。


「ンンンッッッ――――!!!」


 手から友人の眼鏡が滑り落ち、なお振り解こうと必死にもがく体を反転させられる。


 そして闇へと引きずり込まれるように、路地裏の奥へと夕紀の身体が引っ張られていった。


 ――助けて、しろがねおねえちゃんっ!――


 くぐもった叫びも虚しく、路地裏の闇へとまた一人、少女の姿が消えていってしまった。


 割れた眼鏡だけが残され、無人となった路地裏をわずかに照らしていた夕焼けは、徐々に夜の闇に呑まれていったのだった。

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