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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
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第8話 家族の在り方

 誰もが目の前の光景に唖然とし、電子音ですら沈黙したのかと錯覚してしまうほどに、場の空気は静まり返る。


 そして――、


「おおおぉぉぉー! マジか!? ついにあの男の連勝を止めやがった!」


「最弱キャラの氷の女王(アイス・クイーン)で、最強キャラの炎の剣士(フレイム・ウォリアー)に勝ちやがったんだ!」


 祝福の歓声が、台の周りから弾け出したのかのように、一気に湧き上がったのだった。


「すごくカッコよかったです、シロガネさん!」


「うむうむ。アタシゃ最後まで、我が親友の勝利を信じていたよ!」


 シャルエッテと進の二人も、歓喜のままに白鐘の元に駆け寄った。


「ありがとう、二人とも。さすがに集中しすぎて、ちょっと精神磨り減っちゃったかな……」


 疲れ気味ではあったが、これ以上ない爽やかな勝利の笑みを、白鐘は二人に返す。


「――ふざけんな……ふざんけなゴラァ!」


 敗北を喫したタンクトップの男は、立ち上がって自身の座席を蹴り飛ばすと、対戦相手となった少女を掴みかからんばかりに前へと出る。


「オレの記念すべき一○○連勝目を止めやがって……ゼッテエに許さねえぞ、クソアマぁ……!」


 威嚇するように、男は自身の拳を鳴らす。ギャラリーたちはみな怯え、慌てて距離を取り、少女たちを助けようとする者はいなかった。


「……ちょっと! ゲームで負けた腹いせに女の子を襲おうとするなんて、いくらなんでも最低じゃない!?」


 進とシャルエッテが白鐘を庇うように睨み返すも、かえって男の怒りを逆なでするだけだった。


「クソアマどもがぁ……全員、ここで痛い目に遭わせて――」


「――お客様」


 背後から声をかけられ、タンクトップの男はイラつきのままに振り向くと、そこにはこのゲームセンターの制服を着込んだ屈強な男が、満面の笑み(えいぎょうスマイル)で立っていた。


「なっ……なんだてめえ……?」


 自身よりも背の高い、背後にいた男の体格にすっかり気圧され、先程まで強気だったタンクトップの威嚇の声も萎縮してしまう。


「わたくし、ここの店長でございます。お客様、先程ゲーム筐体を叩いたり、他のお客様を脅したりと見受けられましたが……よろしければ、事務所でお話をしたいと思っているのですが、構いませんね?」


「あっ……いえ……けっこうです……帰りま――」


 その場から慌てて去ろうとした男の襟を、ゲームセンターの店長は笑みを貼り付けたまま、強引に掴み上げる。


「まあまあそう言わずに。すでに警察の方にも連絡はしてあるので、それまでゆっくりお茶でも飲みましょう?」


「たっ……たっ、助けてくれぇえええ!?」


 タンクトップ男の断末魔は虚しく響き、そのまま店長に事務所へと連行されてしまった。


 白鐘はしばし呆然としつつも、ひとまずの脅威は去ったと、安堵のため息を吐く。


 直後――、


「あっ、あの! もしかしてプロのプレイヤーさんですか!?」

「今の試合凄かったです! あのタンクトップにムカついてたんで、スカッとしました!」

「自分、エレファイの好きなキャラが氷の女王なんですけど、どうやったらあんなふうに動かせられるんですか!?」


 ヒーローインタビューの如く、ギャラリーたちが白鐘の周りを取り囲み始める。


「ちょっ、押さないで! あたし、ただの通りすがりですから――」


「――おで……聞いたことがある」


 ふいに、ギャラリーたちの中から小太りの男が一人、白鐘を凝視しながら語りだし始める。


「かつて、エレファイの稼動直後に氷の女王の性能をいち早く見抜き、秋葉原のあらゆるゲーセンで常勝無敗を叩き出し、わずか一ヶ月足らずの緊急修正へのきっかけとなった、伝説の少女……」


「うっ……」


「……しかも、徹底的な下方修正が入ったにも関わらず、変わらずに氷の女王を使用し、やはり無敗伝説を更新し続け、ついには運営が氷の女王を最弱キャラにまで性能を落とさざるを得なくなったという。そして少女は無敗のまま、いつの間にか秋葉を去っていた。……銀色の長い髪をたなびかせ、優雅に、そして苛烈な手さばきで氷の女王を使いこなした少女はこう呼ばれた――秋葉原の氷の女王(アイス・クイーン)――っと」


 小太りの男が語り終わった瞬間、ギャラリーたちの目の色が変わった。


「あなたがその伝説の少女なのですか!?」

「ボクもその伝説、聞いた事があります! まさか、本当に実在していたとは……!」

「ファンになりました! いえ、生まれた頃からのファンです! サインください!」


 荒い息を垂れ流し、少しずつ迫ってくるギャラリー(ファン)たちに、白鐘は心底恐怖を抱いた。


「ちっ、違うから! あたしはただの一般人だから――」


「シロガネさんって、そんなすごい有名な方だったんですか!?」


「ちょっと!? シャルちゃんも何言ってるのよ!?」


「ちょっと待ったあああああああ!!」


 混乱に混乱が重なる場を、進がビシッと張った大声で制した。


「ここはアタシに任せて、白鐘」


「進……」


 いつになく、カッコよく庇ってくれた親友に、白鐘は感謝の瞳を向け――、


「はいはーい! インタビューはマネージャーであるアタシを通してくださーい。サインは一枚につき千円。握手は現在受け付けておりま――」


「すすめぇえ!!」


 ――直後に彼女の頭上にチョップを叩き込んだ。


「ほら! 逃げるよ、二人とも!」


 一刻も早くこの場を離れようと、白鐘は有無を言わさずに出口の方へと駆け出す。


「あっ! 待ってください、シロガネさーん!」


「冗談だってば!? 置いてかないでー!」


「「「待ってください、秋葉原の氷の女王様ぁ!!」」」


 白鐘たちは足早にゲーセンの出口から脱出すると、すぐ横の路地に入って身を隠した。もはや暴徒同然となったギャラリーたちが横を通り過ぎたのを確認すると、白鐘はようやく呼吸を落ち着けた。


「もう……だからヤダったのよ、秋葉のゲーセンに行くのは……」


「そんなに凄い事をしたのですか、シロガネさんは?」


「……別に大した事じゃ――」


「――いやはや、これが凄かったのよ。どこのゲーセン行っても、白鐘にかなう奴なんかいなくってさぁ」


「進……」


「はい、すみません……」


 白鐘は話に割り込んだ進をひと睨みして大人しくさせる。


「……あたしはただ単に、普通にゲームしてただけよ? ……そりゃまあ、ちょっと触っただけでこれはキャラバランス崩壊してるなぁ、なんて思いながら使ってたけどさぁ。いろんなゲーセンでやってたのも、一ヶ所に集中して顔を覚えられたくなかっただけだし……それでも、変なあだ名で呼ばれるようになったから、しばらく秋葉のゲーセンは避けてたのよ。というか、ちょっとトラウマになって、ゲーセン自体避けるようになっちゃたわね……」


「そうだったんですか……ごめんなさい、私がげーむせんたーに行ってみたいと言わなければ……」


「シャルちゃんは謝らなくていいの。元はといえば、進がゲーセンの話振ったのが原因なんだから」


 こう言って、また進が茶化し返してくるかと思いきや、彼女はなぜか照れ臭そうに顔を赤らめて、頬を指でかいていた。


「だってさ……久しぶりに、白鐘がカッコよくゲームをプレーするところが見たかったんだもん……」


「っ……」


 珍しく素直な気持ちを吐露する進に、白鐘は戸惑いを隠せない。


「わかります! 私、げーむには詳しくありませんし、見てても正直何が凄いのかはあまりわかっていなかったのですが、それでも、シロガネさんがカッコよかったのだけはすごくわかりました!」


「おっ、さすがシャルエッテちゃん! 白鐘って、どんな強豪プレイヤー相手でも、クールな表情を崩さずにスーパープレイで圧倒するのがカッコいいんだよね!」


 二人して盛り上がる友人たちを横に、呆れるようなため息を吐く白鐘の顔は、薄っすらとピンク色に染まっていた。


「まったく……ずるいわよ。そうやって褒められたら、文句も言えなくなっちゃうじゃない……」


 急に真面目なところでは褒めてくれる進と、純粋に慕ってくれるシャルエッテの二人には敵わないなと、白鐘は心の中で両手を上げて降参するのだった。


 トゥルルルル――。


 ふいに、進のカバンの中からスマホの着信音が鳴り出す。彼女はスマホを取り出し、かかってきた相手の名前を確認すると、げんなりとした表情を浮かべた。


「げっ、親父だ……こんな時間にかけてくるなんて珍しいじゃん……。ごめん、ちょっと電話に出るね」


 そう言って小走りで二人から少し離れ、進は父親からの電話に応える。


「ススメさん……一瞬でしたが、すごく嬉しそうな顔をしていましたね」


 意外なシャルエッテの観察眼に、白鐘は少し驚きを見せた。


「そういえば、ススメさんはお隣さんですし、お家の方にも白鐘さんと一緒によく遊びに行きますが、ご両親にはまだお会いした事がありませんね?」


「……進のお父さんは出張の多い仕事で、家にはあまりいないのよ。だから、小さい頃はよくウチに預けられてたの」


「そうだったんですか。その……ススメさんのお母様は、もしかして……」


 幼い頃はよく預けられていたという部分が引っかかり、シャルエッテも察しはしていた。


「……うん。進も、あたしと同じ父子家庭なの。といっても、あたしのお母さんみたいに死んじゃってるとかじゃなくて、まだ赤ん坊の時に離婚してたみたい。理由は、あたしも詳しくは聞いてないけどね……」


 理由はわからずとも、母親が赤ん坊を置いて離婚したというだけで、それが円満なものではなかったというのは想像にたやすい。


「……強いのですね、ススメさんは。お家に一人でいる時間が多いのは寂しいことなのに、それを微塵も感じさせないぐらい、いつも明るく振舞ってます……」


「そうね……あいつ、ああやって面倒くさそうに電話してるけど、あれでけっこうお父さんのことが好きだからね」


「っ……! それなら、シロガネさんと同じなのですね!」


「え? ……いや! あたしは別に、お父さんのことは好きでもなんでもないから!」


 白鐘の慌てた様子にシャルエッテはクスクスと笑うが、進の方に視線を戻すと、少しだけ寂しげな表情を浮かべた。


「でも……シロガネさんやススメさんがちょっとだけ羨ましいです。……私は、お父さんもお母さんも、二人とも小さい頃に死んじゃったので……」


「えっ……」


 そういえばと、白鐘はシャルエッテの家族の話を聞いた事がなかった。


「あっ! でもでも、お師匠様がお母さんがわりになってくれてたので、そんなに寂しくはなかったんですよ!」


 シャルエッテは慌てたように手を振り出す。


「……シャルちゃんのお師匠さんって、どんな人なの?」


「……そうですね。とても厳しくて、優しい人だと思います。熟練の魔法使いなどはよく弟子を取っていて、弟子の数をステータスとする魔法使いも多いのですが、お師匠様は元来の他人嫌いでして、基本的に弟子を取るということがなかったのです。……だから、お父さんとお母さんを亡くした時に、偶然お師匠様に拾っていただけたのはとても幸運な事でして……。私にとっては、師匠でもあり、第二の母でもあり、そして……かけがえのない恩人なのです」


 どこか誇らしげに語るシャルエッテにとって、彼女の師匠は本当に大切な存在なのだと、白鐘にも十分に伝わった。


「その……シャルちゃんは、今は家に帰れなくなって、寂しくないの?」


「っ……そうですね……寂しくないと言えば嘘にはなってしまいます……。ですが――」


 シャルエッテは一瞬、悲しげな表情になるも、すぐにいつもの明るい笑顔を見せながら、


「今は、スガタさんやシロガネさんと一緒にいれて、とても楽しいです!」


「っ……」


 シャルエッテとは、出会ってまだ一ヶ月しか経っていないが、彼女が裏表のない性格なのを、白鐘はよく知っていた。だからこそ、彼女のストレートな言葉に、いつだってK・O(ノックアウト)されてしまうのだ。


「……ま、まあ、シャルちゃんがお父さんを元に戻して、家に帰れるようになるまで……面倒は見てあげるわよ」


「っ……! そう言ってもらえると、とても嬉しいです……! えへへ」


 二人の雰囲気が和やかになったところで、進も父親との通話を終えて合流する。


「おっつー、お待たせ。それで申し訳ないんだけどさ……」


 いつもハキハキとしている進が、珍しく気まずげな様子を見せる。


「親父が出張を早めに切り上げられる事になってさ、今から東京に戻るらしくて、その……一緒にご飯食べないかって誘われちゃってさ……。いやでも! アタシだってすごく面倒だなぁって思ってるよ! この歳になって親父とも外食するなんて恥ずかしいし……でも……」


「……なるほどね」


 進が申し訳なさげにしているのも、今回の原宿や秋葉に遊びに行くのを提案したのは彼女であり、それだけに途中から抜けてしまう事に躊躇しているのだ。それでも、彼女が本心では父親と一緒に食事に行きたがっているのを、長年の親友である白鐘にはわかっていた。


「……行ってあげなさい。進のお父さん、あんたと一緒にご飯食べられるの、楽しみにしてるんでしょ?」


 そんな親友の言葉を受けて、進は安堵した表情を見せた。


「二人ともゴメン! この埋め合わせは必ずするから!」


「それじゃ、あたしとシャルちゃんにステーキ奢りね?」


「すてーき!? てれびで拝見したあのすてーきですか!?」


「うぇ……ぜっ、善処します……」


「冗談よ。ほら、早く行ってきなさい」


 進は二人に「ほんとゴメン!」っと両手を合わした後、大通りの方へと駆けて行く。


「それじゃ二人とも、また遊ぼうね!」


 彼女は元気よく手を振ると、そのまま人ごみの中へと紛れて、あっという間に姿が見えなくなった。


「……さてと、あたしたちはこれからどうしようか――」


 グルルル――。


 白鐘の問いに答えるように、シャルエッテのお腹が鳴り出した。


「えへへ……」


「……もう夕飯時だもんね。何か食べたいものはある?」


「そのぉ……すてーき食べたいなぁ……なんて思ってないですよ……?」


 しまったぁ……っと、白鐘は先程の軽口を後悔してしまう。


「……ま、今日は気分もいいし、たまにはいいわよ。といっても、お店で食べるには少しお高めだから、あたしが作るやつでいい?」


 彼女の提案に、シャルエッテはテンション高く身を乗り出した。


「むしろシロガネさんの作ったのが食べたいです! お店のご飯も美味しいですが、シロガネさんの作ってくれるご飯が一番美味しいですから!」


 尻尾があったら犬みたいにフリフリしてるんだろうなぁ……なんて考えつつ、ハイハイと、シャルエッテの頭をポンポンと叩く。


「わかったわかった。それじゃ、買い物してから帰りましょ?」


「はい!」


 こうして二人の少女は、談笑しながら帰路へとつく。


 ――時刻は間もなく夕暮れ時。終わりを迎える春の風が、人の絶え間ぬ秋葉原の街に、心地よく吹き抜けていくのであった。

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