表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
59/322

第7話 氷の女王

『Round1 Fight!』


 エレメントファイターの画面内にて、対戦のラウンドコールが鳴り響く。


 背景は燃え盛る森。画面左側には白鐘が操作する氷の女王(アイス・クイーン)、右側にはタンクトップ男の炎の剣士(フレイム・ウォリアー)がそれぞれ立っている。


「氷の女王……最弱キャラとはいえ、最近は滅多に相手にしねえから対処法はとくに考えてねえが……まあ、適当にやってりゃあ勝てるだろ」


 つまらなさげに男は炎の剣士を操作する。剣士は空中で剣を振りかざすと、氷の女王に向けて刃を振り下ろす。


「っ――!?」


 炎の剣が当たる直前、女王の氷の杖が剣士目がけて突き出され、剣士の攻撃が弾かれた。


「空中攻撃を対空技でしっかり処理しやがった。……ド素人かと思ったが、基本的な動作はできるみてえだな……」


 タンクトップの男は、対面に座る銀髪の少女相手に一旦油断を捨てることにする。


 氷の女王が飛び道具である氷の結晶を投げ飛ばしたのを確認すると、炎の剣士は大きく剣を振りかぶり、氷の女王目掛けて突進のような動きを見せた。氷の結晶のダメージを受けながらも剣士は仰け反る動作をすることなく、氷の女王に刃を振り下ろす。


「はっ! 炎の剣士に飛び道具は悪手だぜ!」


 炎の剣士は、このエレファイ中で最強とされるキャラの一人だった。その最大の所以ゆえんたるものが、この剣の振り下ろし攻撃だった。所謂いわゆるスーパーアーマーと呼ばれるもので、この動作中は相手の飛び道具を含めた攻撃によって仰け反ることなく、そのまま相手に攻撃ができるのだ。しかもそのダメージ量はかなり高く、適切な対処法を知らない初心者などは一方的に蹂躙されてしまう事も多い。故に、初心者キラーとあだ名されているキャラでもあった。


「このまま画面端で、何もできないままなぶり殺してやるよ!」


 画面の端へと追いつめられた氷の女王に、炎の剣士は一方的にコンボを叩き入れる。


「っ……やっぱり氷の女王じゃ、あの男の炎の剣士に勝てるわけねえんだ」

「いや……ここにいる誰もがどのキャラを使っても、あの男に勝てる奴はいねえ……」

「ああ……このままあっさり情けなく、一○○連勝目を取られちまうんだな……」


 ギャラリーたちは画面内で繰り広げられる容赦なき虐殺ショーに、ただ諦めのため息を吐くことしかできなかった。


 ただ一人――画面内の自身の使用キャラを一方的に殴り続けられつつも、白鐘は冷静さを失ってはいなかった。


「…………」


 この展開は彼女の中ではすでに想定済みの事だった。そのうえで、彼女は反撃のタイミングを逃さないように集中を切らすことなく画面を注視続ける。


 ――時間にして数秒。この時間が、格闘ゲームにおいてはあまりにも長く感じられるものだった。


 そして――、


「ここだ――」


 一秒にも満たないわずかな隙を突いて、氷の女王は炎の剣士の懐に入り、彼を掴むと位置を入れ替えるように投げ、今度は炎の剣士が画面端に移動させられた。


「なにっ――!?」


 予想だにしなかった動きを見せられ、タンクトップの男は一瞬ボタン操作を放棄してしまう。その隙を逃さず、逆に画面端へと追いつめた炎の剣士に氷の女王はコンボを叩きこむ。


「うっ、嘘だろ……? あの動きは、氷の女王全盛期の『入れ替え画面端ハメ』じゃないか!?」


 その光景を眺めていたギャラリーたちはみな驚き、どよめきが鳴り始める。


 エレファイはすでに長く稼動しているゲームであり、何度もバージョンを重ねている。その最初期では、氷の女王は一強と呼ばれるほどに猛威を振るっていたバージョンがあった。


 彼女はキャラ性能においてほとんどのキャラを上回っていたのだが、中でも特筆すべきは相手のほとんどの技をカウンターで受け止め、位置を入れ替える事ができる投げ技であった。投げられた際のダメージは発生しないかわりに、投げられた相手は倒れず、数瞬の硬直時間スキが生まれる。そのわずかな隙に画面端へと追いつめて、連続技を叩きこむのが彼女の主戦法だ。


 さらに投げはもちろん、彼女の各種攻撃にもほとんど隙はなく、一旦画面端に追いやられるとキャラによってはまず脱出不可能になると言われるほどに、その強さは理不尽極まりないものであったのだ。


「でもよ……たしか投げの判定も各技の硬直時間も下方修正入って、昔のような画面端のハメはできなくなったんだよな?」


 当然、そのあまりの強さはほどなくして修正が入り、気づけば一強は最弱と呼ばれるほどに彼女の性能は大きく下がってしまったのだ。


「……だけど今たしかに、氷の女王は全盛期同然の動きを見せてやがる……」

「これはひょっとしたら……あの男の連勝を止められるんじゃないか?」


 ギャラリーたちは画面内で繰り広げられる想像外の戦いに戸惑い、先程とは別の意味でざわつき始めた。それ以上に、ギャラリーたちとはまた別の理由でタンクトップの男は動揺している。


「この女……バグ技を使ってやがるっ……!? しかも、オレの炎の剣士のバグ技よりも遥かに難しい一フレーム(1/60秒)入力を何度も差しこむ、超高難易度のバグ技だ。こんなの、プロ級の腕でもできる奴はそうはいねえ……!」


 冷静に分析をするも、それが余計にタンクトップの男を混乱させていた。


 そうしてる間にも、炎の剣士の体力ゲージはみるみると減っている。倒れた後にカウンターを仕掛けようとするも、氷の女王の強みである技の豊富さによって選択肢をいくつも突きつけられ、それを外してはまた画面端にてハメられの繰り返し。


『K・O!』


 そしてあっという間に、一ラウンド目を氷の女王が制してしまった。


「ちくしょう……卑怯な真似しやがってっ……!」


「卑怯……?」


 タンクトップの男が零した悪態に、白鐘は静かに、しかし憤怒に満ちた声で、


「バグ技を使う卑怯者にはバグ技で返す――ただそれだけよ」


「くっ……!」


 男は悔しさで歯噛みするも、画面はすぐさま第二ラウンドへと移行される。このゲームも他の格ゲーと同様、ゲームセンターの店舗ごとの設定によるが基本的には二ラウンド先取、つまり先に二勝した方が試合での勝者となる。


「クソアマがぁっ! 一ラウンド取れたからって、いい気になるんじゃねえぞ⁉︎」


 二ラウンド目の開始と同時に、炎の剣士は相手を突き刺すような突進攻撃を行う。


「動きが単調ね。おかげで、読みやすい!」


 氷の女王は剣士の突き刺し攻撃を受け止めると、先程と同じ投げ技で位置を入れ替え、再び連続攻撃を叩きこむ。


「たしかに、あなたのバグ技を織り交ぜたその技量は一級品よ。でも、キャラ性能とバグ技に頼りきりになって、基本的な動きがおろそかになってる。格ゲーにおいて、動きの読み合いはなによりも重要。あなたのその単調なプレイングじゃあ、もうあたしに攻撃は当てられない……!」


「バカな……いつからオレの試合を見てやがったんだ!?」


「あたしとの一ラウンド目と、一個前の人との試合一ラウンド分――それだけあれば、あなたの行動パターンを読み取るには十分……!」


「なっ……何者なんだ、テメエは……?」


 タンクトップ男の顔色がみるみると青ざめていく。そうしてる間にも、炎の剣士の体力ゲージは一ラウンド目と同じく徐々に減っていくばかりだった。


「くそっ……調子に乗ってんじゃねえぞ、女ぁッ!」


 突如、タンクトップの男は自身の台に拳を思いっきり叩きつけた。


「っ――!?」


 台の振動による衝撃音と相手プレイヤーの予想外の行動に白鐘は一瞬(ひる)み、ボタンを押していた手を止めてしまう。


「隙ありぃいっ!!」


 攻撃が止まった一瞬で炎の剣士は氷の女王の胸ぐらを掴み、画面端から反対側へとかなりの飛距離で投げ飛ばされてしまう。


「おい! 今のはさすがに汚いんじゃねえのか!?」


 ギャラリーの一部から、男に対して非難の声が上がる。


「うるせえっ! オレにボコボコにされた負け犬どもの分際で口出ししてんじゃねえよ!」


 言い分は無茶苦茶ではあったが、恫喝にも近い大声にギャラリーたちは怯えて、それ以上何も言い返せなくなってしまった。


「なっ……いくらなんでも、今のは――」


「前に行っちゃダメだよ、シャルエッテちゃん」


 あまりにも理不尽な男の行動を抗議しようとしたシャルエッテを、進が冷静な声で引き止める。


「ススメさん……私はげーむの事はよくわかりませんが、今のはやってはいけないことぐらいはわかります……。あんなの、見過ごしていいんですか!?」


「……アタシだってムカついてるけど、多分、一番怒ってるのは白鐘だよ。アタシたちが前に出たら、白鐘の邪魔になっちゃう」


 そう口にする進の表情は、今までの彼女からは想像できないほどに怒りに染まっている。それでも、ここで余計なことをしない方が親友のためになると、彼女は冷静に怒りを押し留めていた。


「白鐘を信じよ? ――それに、あの男はゲーセン内でやっちゃいけない事をやったんだ。大丈夫、ちゃんと天罰は下るはずだよ……」


 進の言葉にシャルエッテも冷静さをなんとか取り戻し、引き続き友人の背中を信じて見守ることにする。


「オラァ! 間合いさえ作っちまえばこっちのもんだ!」


 倒れた氷の女王に近づかず、炎の剣士は離れた距離から、大剣から繰り出される炎の衝撃波とびどうぐを連続で投げ放ってくる。


「出たっ! 炎の剣士の『待ちフレイム戦法』!」


 炎の剣士を最強たらしめるもう一つの理由――それがこの待ちフレイム戦法だった。


 互いに距離を取った状態で炎の衝撃波で相手を牽制。不用意に飛び込めば、今度は炎の剣の空中斬撃の餌食となってしまう。


 キャラによっては容易に突破されるため、決して万能とまでは言い切れなかったが、相手に一気に距離を詰める攻撃方法を持たない氷の女王には致命的に刺さってしまう戦い方だった。


「オラオラ、どうした女!? 近づけるもんなら近づいてみな?」


 相手を挑発しつつ、攻撃の手は緩めない。


 氷の女王にも飛び道具はあるが、相手の衝撃波と比べて発生と硬直(わざのせいのう)にあまりにも差があるため、何の考えもなしに撃てば逆に相手の衝撃波をくらいかねない隙を生み出してしまう。


 ーーやはり氷の女王(さいじゃく)では、炎の剣士(さいきょう)には勝てないーー。


 ギャラリーたちの間に、再び諦観ていかんの空気が流れ始めてしまう。


 しかし――、


「台パンで相手を直接脅すなんて、格ゲープレイヤーの風上にも置けないわね……」


 白鐘の声からは先ほどまで篭っていた怒りは見られず、逆に寒気がするほどの冷たさすら感じられた。


「……なんだ、テメエも文句あんのか、女? テメエだってバグ技使ってんじゃねえか? 要は、どんな手を使ってでも勝ちゃいいんだよ勝ちゃ」


「……あたしはバグ技が使える技量はあっても、それを通常の対戦で使って勝とうと思うほど、程度レベルの低いプレイヤーになったつもりはないわ。それに――」


 白鐘の顔が上がる。その表情に、まだ諦めの色は見えなかった。


「台パンと待ちフレイム戦法に集中しすぎて、今のあなたは視野を狭めている。まだ気づかないの? あなたの炎の剣士の体力ゲージと、あたしの氷の女王のエレメントゲージの量を」


「っーー⁉︎」


 エレファイにはエレメント技と呼ばれる、相手に大ダメージを与える技を使うためのゲージが各プレイヤーの画面下側にそれぞれ表示されている。氷の女王のエレメントゲージはすでに満タンになっており、そして炎の剣士の体力ゲージは残り四分の一。氷の女王のエレメント技で倒しきるには十分なゲージ残量だった。


「しまっ――」


 気づいた時にはすでに、炎の剣士は衝撃波を撃った後だった。


砕氷晶弾ダイヤモンド・ダスト!』


 技名とともに放たれた巨大な氷の結晶が、高速で炎の剣士へと向かってゆく。


 衝撃波の硬直時間ではガードは間に合わず、氷の結晶が当たると同時に画面内に氷の嵐が吹き荒れた。


「冷静に立ち回れば、決して勝てない試合ではなかったのに……画面外に意識を向けすぎた、あなたの負けよ」


『K・O!』


 派手な画面演出の中で炎の剣士の体力ゲージが一気に消し飛び、白鐘は鮮やかに二度目の勝利を飾ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ