第6話 静かな怒り
エスカレーターを昇りきり、すぐそばの自動ドアが開くと、中からムワッとした熱気と同時に、鼓膜を痛いほどに震わす電子音が三人の少女たちを迎え入れる。店内はわずかに青白い証明が照らすのみでとても薄暗く、数多く並べられたゲーム筐体が実質的な明かり代わりとなっていた。
店内には、古いグラフィックのレトロ感のある格闘ゲームやシューティングゲーム、UFOキャッチャー、ゾンビなどを撃ち殺すガンアクションゲーム、独特な筐体デザインをした音楽ゲーム、カードを操作したりする大型の筐体など、家などではなかなか見られないようなゲームが、所狭しと並べられていた。
それらを、男性を中心とした多くの客たちがプレイ、あるいはその様子を後ろで眺めながら、一喜一憂にと盛り上がっていた。
「おぉー……本当にいろんなげーむがあるのですね……」
ゲームセンター内の独特の空気に呑まれそうになりつつ、アパレルショップやアニメのイベント会場とはまた違った新しい世界を、シャルエッテは目に焼き付けていた。
「この空気を吸うのも久しぶりね……」
隣を歩く白鐘は、懐かしみながら店内のゲームを見回している。
「アタシは商店街の小っちゃいゲーセンには今もよく顔出してるけど、白鐘はだいたい一年ぶりぐらい?」
「あの時以来だからそれぐらいね。……アレのせいで嫌になったってのはあるけど、今は家でやれるゲームも充実してるしね」
「……あのぉ、差し支えなければお聞きしたいのですが、先程からおっしゃってる『あの出来事』とは、なんなのでしょうか?」
「あー……うん。ちょっとねえ……」
おずおずと尋ねるシャルエッテに、白鐘は難しげな表情でうーんっと唸ってしまう。
「おっ、あったあった。白鐘の得意なゲーム発見!」
その横で進は一人テンション高めに、あるゲーム筐体を指差した。
それは『エレメントファイター』略して『エレファイ』という格闘ゲームであった。レトロな格ゲーから何段も進化した美麗なグラフィック。ファンタジー色の強い背景を背に、武器を持った様々なキャラクターたちが戦いあうゲームである。
向かい合う二つの台の前にはそれぞれ一人ずつプレイヤーが座っており、プレイヤー同士での熱い対戦の真っ最中。それらを多くのギャラリーが観戦し、盛り上がりを見せていた。
「ねえねえ、白鐘? アタシ、白鐘のエレファイのプレー、久々に見たいなぁ……」
恐る恐る覗き込む親友の顔を、白鐘は一睨みして返す。
「にゃはは、冗談だってば、冗談……」
「あのげーむがお得意なのですか、シロガネさん?」
特に悪意なく、純粋な気持ちで問うシャルエッテに、白鐘は再び難しい顔になってしまう。
「いやまあ、得意っちゃ得意だけどさあ……うん?」
ふと、エレファイの対戦を見ていたギャラリーたちがざわざわし始めている事に気づく。
白鐘は嫌な予感がしつつも、気になって画面を覗こうと、ギャラリーたちの横を掻き分けて入る。
「っ……!」
画面を見ると、炎を纏った大剣を握った大型の男性キャラが、弓矢を持った緑色の服の少女キャラクターを画面の端で攻撃している。緑色の服の少女は、畳み掛けられる連続攻撃に反撃する間も与えられず、延々と蹂躙されるがままとなっていた。
体力を示すゲージはあっという間に赤く染まり、相手の炎の剣士に一切のダメージを与えられぬまま、弓矢の少女は敗北してしまう。
「よーし! これで九九連勝達成だ! 次勝てば、いよいよ一○○連勝目だな!」
相手プレイヤー側の体力ゲージの上に表示された九九という数字は、そのプレイヤーの連勝数を表したものだ。
騒がしいゲーセン内においてなお響く雄叫びを上げるのは、白鐘から見て奥側の筐体に座るプレイヤー。黒のタンクトップに、左の目下と唇にそれぞれピアスを付けた、いかにも健全とは程遠そうな金髪の若い男性。彼は得意げな表情で、周りに立つギャラリーたちを見回す。
「このゲーセンには、強いエレファイプレイヤーが多いって聞いてたけどよぉ、どいつもこいつもザコばっかじゃねえか!? おら! オレ様の一〇〇連勝目を飾らせてくれるのは誰だ? さっさとかかってこいよ!」
「くそー……だれかアイツを止めてくれぇ……!」
手前側に座っていたプレイヤーが、悔しげな顔で退席する。だが、その席に続けて誰かが座ろうとする気配はなかった。
「……ここらへんで見かけるタイプの常連さんってわけでもなさそうだし、今時珍しいゲーセン荒らしってやつかねぇ――って、白鐘?」
誰もが傍観する空気の中、白鐘は一人、顎に手を当てながらブツブツと何かを呟いている。
「あの画面端の動き……バグ技だ。判断できる動きが一瞬で、しかも通常コンボの合間に入力しているから気づきにくい。これじゃあ、並みのプレイヤーで勝てるわけがないわ……」
「あのぉ……白鐘さん?」
白鐘はしばらくゲーム画面と周りのギャラリーたちを見回した後、やはり誰も座ろうとしない様子を再確認すると、ため息を一つついてから、一歩前に踏み出す。
「シ、シロガネさん!? お相手の方、ものすごく強そうですけど、大丈夫なんですか……?」
心配げに声をかけるシャルエッテに、彼女は銀髪をたなびかせながら、力強い笑顔で振り向く。
「……もうエレファイはだいぶやってないから、腕は多少なまってるかもしれないけど、試合を見た感じはやれると思う。それに――」
白鐘は再び筐体の方に顔を向ける。その表情には、わずかに怒りがにじみ出ている。
「バグ技を故意に使って勝とうとするプレイヤーを、あたしは許さない……!」
そう言って白鐘は、空いた台の席に静かに腰を下ろし、流れるような動作で筐体に百円玉を投入する。
誰もが避けていた、相手の九九連勝がかかった席に一人の少女が座ったことで、周りのギャラリーたちも再びざわつき始める。タンクトップの男も、乱入者となった少女の姿を確認すると、明らかにげんなりとした表情を見せた。
「なんだよ。よりによって一○○連勝目の最後の生贄が、格ゲーもやったことなさそうな女かよ。たくっ、一見さんのパンピー相手じゃ、自慢にもなりゃしねえ」
相手側の罵倒を聞き流しつつ、白鐘は操作するキャラクターを決める選択画面にて、とあるキャラクターを選んだことにより、さらなるざわめきが周りで鳴り響いた。
「おいおい、現環境最弱の氷の女王を選ぶとか、本当にド素人じゃねえか」
白鐘が選んだのは、氷の結晶を象った杖に、白いドレスを纏った、氷の女王という名の女性キャラクター。エレファイ最弱と呼ばれ、一定層の綺麗なキャラデザを好むファンには使われているものの、このゲームをやりこんでいるプレイヤーには全くと言っていいほど、使用される事のないキャラだった。
「まったく、これじゃあ本当に勝っても自慢にならねえ。……そうだ! おい、女」
「っ……?」
白鐘に声をかけたタンクトップ男は、わかりやすいほどの下衆な笑みを浮かべた。
「この試合に俺が勝ったら、この後オレとデートでもしようや? 格ゲーで磨いたオレのテクを、テメエの身体に刻み込んでやるよ」
明らかに相手を不快にする言葉を発する男を、白鐘はキツい眼差しで睨む。
「おっと、いい目してんじゃねえか、銀髪の女ぁ。いいねえ……調教のしがいがありそうだ」
「…………不愉快ね」
「あん?」
白鐘は静かに、言葉に怒りを込めた。それは相手の下衆な発言からではなく、彼があまりにも標準的な、一般的な人が想像しうる不良そのものだったからだ。
――黒澤白鐘にとって、不良とはただただ、見下してきただけの存在であった。真っ当な社会や勉学から逃げ出し、暴力を持って相手を傷つけることしか能のない、忌み嫌うべき存在であった。
だが――父の過去を知り、不良という存在を改めて考えることができた。
相手を傷つけるだけではない。その力で、守るべき者を守るために戦う不良もいる。
もちろん、そんなものは少数派であることは白鐘も理解していた。だが――それでも、目の前の男が、父と同じ不良にカテゴライズされることが、同じ存在として見られてしまうことが、彼女にとってはあまりにも許されないことだった。
「……汚い息を吐くな、下衆野郎」
「……あ?」
「あたしから喧嘩を売ったんだ。その条件は飲むよ。……そのかわり、あたしが勝ったら、不良から足を洗いなさい」
凛とした瞳で睨む銀髪の少女に一瞬気圧されるも、男はそれを舌打ちで返し、レバーに手をつける。
「上等だ、女。テメエの条件はよくわからねえが、オレに喧嘩を売った事を後悔させてやるぜ……!」
画面内では試合のステージが決まるところ。
白鐘は一度深呼吸をした後、周りの景色を意識から排除し、視線の先の画面にのみ注力する。
その背中を、シャルエッテは依然、心配げな瞳で見つめていた。
「……本当に大丈夫でしょうか、シロガネさん……」
「……シャルエッテちゃんは、いつも白鐘のゲームしてるところ、見てるんでしょ?」
「え? ……はい」
「なら、あいつの腕前はわかってるっしょ? ……大丈夫。白鐘ならきっと、やれるはずだよ」
「……はいっ」
シャルエッテは未だ不安を拭えてはいなかったが、彼女以上に白鐘を見てきた進の力強い言葉を信じ、拳を握り締めながら、銀髪の少女を見守るのだった。




