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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
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第5話 新しい世界

「わあ……ここがアキハバラですか……」


 秋葉原駅電気街口を降りて駅のホームを出た後、最初に少女が漏らしたのは感嘆のため息だった。


 並び立つビル群の看板には、様々なアニメのキャラクターが色鮮やかに彩っており、若者中心であった原宿と比べると行き交う人々の年齢層はバラバラではあったものの、それらが街を交差する様はとてもエネルギッシュに満ち溢れていた。


「すごいです! 本当に……まるであにめの世界に飛び込んだような感覚です!」


 シャルエッテは今日一番と言えるほどに、キラキラと輝いた瞳で街を見回していた。


「おおー、さっきまでとは明らかにテンションが変わったねぇ」


「シャルちゃんはリリカル・ドイルに限らず、アニメ自体にけっこうハマッてるみたいだからね」


 白鐘と進の二人は、子供のようにはしゃぐ少女の背中を、保護者のような目線で微笑ましく見守っていた。


「だって、あにめって凄いんですもの! 絵がそのまま動いているように見える映像なんて、まるで魔法みたいな奇跡じゃないですか! 人が魔法を使えない代わりに得た技術や文化は、本当にすごいものだと思います!」


 そう言いながらシャルエッテは、近くにあったゲームセンターのUFOキャッチャーを見つけ、その中に入っていた景品を眺める。


「リリカル・ドイルのぬいぐるみさんですぅ……」


 中に積まれていたのは、リリカル・ドイルの主人公をデフォルメした可愛らしいぬいぐるみだった。


「おっ、そいつが欲しいのかい?」


「ススメさん……欲しいのは山々ですが、私には取れそうにありませんね」


 少し残念そうに笑う少女の肩を、進が励ますように叩いた。


「なーに、この進様に任せんしゃい!」


 そう言って、珍しく真剣な表情に変わった進は、台の中身を見て少しの間ブツブツ呟いた後、流れるような動作で百円を投入。中のアームを慎重に動かし、目当てのぬいぐるみの傍にまで位置を調整すると、アームで掴むのではなく、開いたアームの先端でぬいぐるみを弾き、見事に一発で穴に落としたのだった。


「っ――!? 凄いです、ススメさん!」


「へへーん、どんなもんだい!」


 穴に落ちたぬいぐるみを拾い上げると、それをシャルエッテに渡そうとする。


「いっ、いいんですか……? 服を買ってもらったのに、ぬいぐるみまでなんて……」


「遠慮しない遠慮しない。百円一発で取れたし、アタシもリリカル・ドイルが好きだからね。友人が同じものを好きになってくれるのはね、凄く嬉しい事なのさ。だから、これはその記念ってことで受け取ってほしいなぁ」


 そう言われて、シャルエッテはぬいぐるみを受け取ると、本当に嬉しそうに抱き締め上げた。


「ありがとうございます、ススメさん……!」


「……にゃはは、美少女にストレートにお礼言われると、気恥ずかしいにゃー」


 照れ臭そうに頬をかく進。そんな二人のやり取りを横で見ていて、白鐘は心の底で安堵していた。


 転校当初は楽しそうにしながらも、どこか不安げな様子だったシャルエッテに、最初に声をかけたのは進だった。彼女の誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力のおかげで、シャルエッテもすぐにクラスに馴染むことができたのだ。


 進とは幼少の頃から長い時間を共に過ごしてきたが、彼女が友人で本当によかったと、決して口にはしないが、白鐘は改めてそう思えた。


「白鐘、ついでにこのままゲーセン行っちゃう? ――って、そんな睨まなくても……」


 せっかく褒めたのに、すぐこれだ――っと言いたげな視線を送りながら、白鐘はため息をつく。


「嫌よ……っていうか、そろそろイベントの時間じゃないの?」


「おっと、そうだった。本当はいろいろとショップ巡りとかしたいところだけど、時間もないし、そろそろイベント会場に向かっちゃおっか?」


「はいっ!」


   ○


『リリカル・ドイルのファンのみんなー、お待たせしましたー! 今日は非公式のファンイベントだけど、リリカル・ドイルの続編製作を祈って、みんなでー……お仕置きだよ!』


「「「おおー!!」」」


 変身衣装に身を包んだ女性のマイク越しの挨拶と共に、リリカル・ドイルのファンイベントが始まった。ビルの一室を借りた小規模のイベントではありながらも、かなりの人数の参加者が会場一帯を埋めていた。


 参加者それぞれは、作品の良さや好きなところを語り合ったり、貴重なグッズやフィギュアなどを持ち寄って展示していたりしていた。会場奥にある壇上では、コスプレ衣装を着ての撮影会や、作品のファンであるインディーズバンドによるミニライブなども催されていた。


「っ…………!」


 参加しているファンたちの熱量に圧倒され、シャルエッテはしばし言葉を失っていた。


「見て見て、シャルエッテちゃん。これ、リリカル・ドイルの変身ステッキだよ。しかも生産数の少ない初回限定カラーのやつ!」


「はうぅ……まるで本物みたいです……」


「これだけでウン十万はくだらないやつだね」


「ウン十万!? えっと、ゼロが一個、二個三個――」


 両手の指で数えながらも、シャルエッテは思考がまとまらずに混乱するばかり。


「こっちは放送十周年を記念した、リリカル・ドイルの限定フィギュアだ! ほとんど出回らなかった希少性の高いフィギュアだから、多分これ一体で百万以上するかも」


「ひゃっ、百万!? もう私にはわからない世界ですぅ……」


 煙すら出てきそうなほどに、少女の頭が完全にショートしてしまう。


「ねえ、アレじゃない? コスプレ体験コーナーってやつ」


 白鐘が指差した先の一角には、リリカル・ドイルのコスチュームが数着立て掛けられており、それらを貸出かしだし、もしくは自前で用意したコスプレイヤーたちが壇上で撮影会を行っていた。


「すごいです……本当にアニメそのままの衣装みたいで可愛いです……!」


 ガラスケースに入った展示用のサンプル衣装を眺めながら、シャルエッテは恍惚のため息を吐く。


「よかったら、シャルエッテちゃんも着てみたら?」


「え!? でっ、でも……私なんかには似合わないと思います……」


「似合う似合わないは、実際着てみなきゃわかんないって――ってことで、二人とも行くよー」


「ふえ!? ススメさん!?」


「えっ? あたしも?」


 進に引っ張られて、コスプレ着替え用の更衣室へと三人で入ってゆく。


 そして数分後――。


「ディテクティブ・メイクアップ! 魔法探偵リリカル・ドイル!」


「めっ、名探偵だったおばあちゃんの名にかけて……」


「お仕置きですぅ!」


 更衣室から出たシャルエッテたち三人は、それぞれ同じリリカル・ドイルのコスチュームに着替えた後、撮影用のステージに上がって、変身時のポーズと台詞を見事にキメた。


「なんであたしまで……」


 ただ一人、進に無理やり着せられた形となった白鐘は、決めポーズはしっかり決めながらも、恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。


「……やっぱりこの衣装……可愛いですぅ、シロガネさん!」


 白鐘ほどではないが、シャルエッテも恥ずかしさで顔を赤くしながらも、大好きなアニメのキャラと同じ服を着れて、心底嬉しそうにしていた。


「っ……」


 その笑顔を見るだけで、彼女と共にこの場に来れてよかったと、白鐘も彼女に安堵の笑みを返す。


「そこの茶髪の、可愛いね。よかったら、もっかい変身時のポーズ、もらえる?」


「えっ? えっと、こうでしょうか?」


 いつの間にか、シャルエッテたちの周りに数人のカメラマンによる人だかりができあがっていた。


「短髪のお嬢ちゃん、もし知ってたら、第三話の変身ポーズできるかな?」


「オッちゃん、あの回限定の特殊ポーズとは、通だねえ」


「ちょっと……進にシャルちゃん、そろそろ着替えようよ?」


 あまり写真を撮られたくなかった白鐘は、ノリノリになってしまっている二人に声をかける。


「あっ、あのう、銀髪のお姉さん……十三話の特殊ポーズ、リクいいすか……?」


「……あん?」


 苛立ちが募っていた銀髪のお姉さんは、彼女を撮影しようとしたカメラマン数人を思わず、冷たい視線で睨んでしまった。


「あっ……えっと、ごめんなさ――」


「いい!!」


「……はっ?」


 すぐさま謝ろうとした白鐘だが、なぜかカメラマンたちは彼女の視線で、逆に興奮し始めてしまっていた。


「今の、もう一回オナシャス!」

「ハァハァ……美少女のマジ睨み……逆にご褒美です……」

「ごっ、ご主人様って呼んでもいいっすか!?」


「…………キモ」


 カメラマンたちの気色悪い発言に、彼女は心底ドン引いてしまった。


「……進、今日の夕飯、オゴリだからね?」


「なんでえっ――!?」


   ○


「……ひどい目に遭った」


 イベントを途中で抜け出し、白鐘は心の底から疲れたといった表情で、中央通りをゆっくりと歩いていた。


「大丈夫ですか、シロガネさん?」


 その隣で、シャルエッテが心配げな顔で彼女の様子を窺う。


「ごめんなさい……私がイベントに行きたいって言わなきゃ、シロガネさんも嫌な思いをせずに済みましたよね……」


「んん……いやまあ、なんだかんだで楽しかったよ? それに、シャルちゃんが楽しめてくれたのなら、それが一番いいの」


 これ以上心配をかけまいと、白鐘も顔を上げて笑顔を見せる。


「はい……シロガネさんとススメさんのおかげで、すっごく楽しめました……!」


 シャルエッテのその言葉に、白鐘もわずかに元気を取り戻せた。


「そうそう! みんな楽しんだんだし、オゴリの件はチャラに……」


「あん?」


「いや、あの、アタシ睨まれて興奮するタイプじゃないんで勘弁してください」


 土下座しかねない勢いで頭を下げる幼馴染に、呆れのため息で返す。


「とはいえ、この後どうしようか? 夕飯までまだ時間はあるし……」


 辺りを見回すと、多くのアニメショップや電化製品店が立ち並んでいる。時間を潰すにはもってこいな店は多いが、逆に選択肢が多い分、どこに行くかが悩みどころではある。


「白鐘さん、白鐘さん、あそこのゲーセンとかいかがじゃろうか?」


 進が指差す先のビルの入り口には、ゲームセンターへと続くエスカレーターが見えていた。同じ通りにある他のゲームセンターと比べると、少し小さめの古いビルであった。


「……絶対に嫌」


 ビルを一瞥後、白鐘はまた嫌そうな表情を浮かべる。


「ゲームセンターって、確かいろんなゲームが置かれている施設なのですよね? シロガネさんはゲーム好きなのに、ゲームセンターはお嫌いなのですか?」


 白鐘が多くのゲームをやりこなしているのを知っていたシャルエッテにとって、彼女がむしろ好きそうであろうその場所に行きたがらないのは純粋な疑問であった。


「うーん……嫌いってわけじゃないんだけどねぇ……」


 困ったように苦笑を浮かべる白鐘。


「そうですか……ゲームに熱中してるシロガネさんがカッコよくて好きなんですが、無茶は言えませんよね」


「っ……」


 白鐘はゲームをプレイしてる時に、シャルエッテが彼女の部屋によく来ていた事を思い出す。

部屋に来ても一緒にプレイするのはたまに程度で、ほとんどは彼女の隣にてゲームを眺めているだけのことが多かった。


 白鐘はそれを、シャルエッテが単純にゲームに興味を持っているだけのことだと思っていたのだが、それだけではなくて、彼女がゲームに夢中になっている姿を楽しんでいたのだと、初めて気づいた。


「……白鐘が嫌がる気持ちもわかるけどさ、もうあの出来事(・・・・・)からだいぶ経ってるし、きっと白鐘のことも忘れてるって。それに、シャルエッテちゃんの国にゲーセンがあったかはわからないけど、他の国から来てくれた子に、新しい世界を見せるって、けっこう大事なことだと思うよ?」


 横から口添えする進は、いつもの飄々とした笑顔ではなく、真剣味を帯びた笑みを浮かべていた。


「……ちょっとだけだからね?」


 秋葉原に来た時点で、半ばこうなると予想をしていたのもあり、諦めのため息を吐きつつ、一緒にゲーセンに行くことを白鐘は承諾する。


「でも……シロガネさんが嫌がるのは――」


「はいストップ。せっかく覚悟決めたんだから、ここでブレさせない。それに何度も言うけど、シャルちゃんとあたしはお友達になったんだから、変に気を使わなくていいの。……行きたいんでしょ、シャルちゃん?」


「っ……はい、行きたいですっ!」


 満面の笑みで頷くシャルエッテ。この笑顔には勝てないなぁ――っと、白鐘は心の中で白旗を振ったのだった。


「よしっ、それじゃあさっそく行きますか! 白鐘の往年のスーパープレイが見れるぞー!」


「言っとくけど、見るだけだからね。あたしはやらないから」


「えー、いけずぅ」


「あのバカはほっといて、行くよ、シャルちゃん?」


「はい、シロガネさん!」


「ちょっ、冗談だってば!? 待ってよー!」


 こうして、かつてとある伝説(・・・・・)を打ちたて、それが原因で二度と来るまいと決めたこの古びたビル内のゲームセンターに、白鐘は意を決して足を踏み入れた。

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