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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
魔法探偵シャルエッテ編
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第3話 伝説のお飲み物

「ガァー! つかれたぁー……」


 休憩時間へと入った諏方は、休憩室のパイプ椅子にドカッと勢いよく座り、制服のネクタイを緩めると、溜まっていたものを吐き出すかのように大きく息をついた。


「おつかれ~、さっきはカッコよかったよ、四郎」


 進からペットボトルのお茶を投げ渡され、それで渇いていた喉を潤す。ちなみに彼女は休憩ではなく仕事上がりであり、頭のカチューシャを外して、それで首元を扇いでいた。


 ――クレーム騒動の後、クレーマーの中年男性はコーンスープ含めた代金を支払い、鬱憤を溜めてた従業員たちの晴れやかな視線を背に、消沈した状態で店を後にしたのだった。


「いやぁ、たまたま(・・・・)あのオッサンの財布が落ちてたから、食い逃げ騒動にならずに済んでよかったぜ」


「にはは~、それで誤魔化せてるつもりなのかにゃー?」


 口元に手を当てながら、進はニヤニヤと諏方を見つめる。


「あー……やっぱバレてた?」


「その手癖の悪さ、アタシじゃなきゃ見逃しちゃうね~」


 諏方が手に持っていたクレーマー男の財布は落ちたのを拾ったのではなく、男に払い除けられ際に、彼のズボンのポケットから瞬間的に抜き取っていたものだっだ。


 もちろん、諏方はスリの常習犯などではなく、このような行為は今回が初めてである。相手をケガさせずに逃がすまいとした咄嗟の機転によるもので、それが成し得たのも、クレーマー男の動きと、ズボンのポケットの膨らみに気づけた動体視力や反射神経のおかげだった。


「しかしまあ、わりと上手くやれたつもりだったんだけど、まさか見破られてたとはね。進ちゃんも、けっこう目がいいんだな?」


「まあね~。それにしても、四郎の知り合いに警察の鑑識の人がいただなんて、ちょっとビックリかも。白鐘も知ってる人なの?」


「ん? あれウソだぞ?」


「……はい?」


 諏方の言う通り、彼の知り合いに鑑識の仕事をしている人物はいない。あれはクレーマー男を脅すために、彼が咄嗟に放った虚言でまかせだった。


 あの髪の毛の持ち主が目の前の男のものだと瞬時に判断した諏方は、勢いのある謝罪と相手のクレームに乗ったフリをし、油断したところで相手の予想外の方向から彼の虚を突き、冷静さを失わせたところであのウソをついたのだった。たとえクレーマーの男が冷静さを保ち、諏方の言葉が虚言である可能性に気づいたとしても、万が一でもあの髪の毛の持ち主が自身であるとバレる可能性がある以上、あの場で追求することもできなかったはず。


 そこまで踏んだ上で、諏方はあの場で大胆な嘘で相手をあざむくことができたのだ。


「……いやはや、転校初日の世界史の先生ハゲへの対応といい、加賀宮くんとのバスケ対決といい、只者じゃないとは思ってたけどさ……人生何週したら、ここまで大胆な人間になれるのかねぇ」


「アハハ……」


 諏方にとっては、高校生はこれで二度目になるわけだが、もちろん進にそれを言えるわけもなく、視線を逸らしながら苦笑するのが精一杯だった。


「――まっ、おかげで警察沙汰って面倒にはならなかったし、あのオッサンの様子からして、二度とこの店には来れないだろうし。寛大な進ちゃんは、良き後輩の犯罪行為を見逃してあげましょう」


「ははぁ、恩に着りやす、進ちゃん先輩!」


「うむうむ、もっとうやまいたまえ」


 進があまり難しいことを考えない、さっぱりとしたその性格に、諏方は内心ホッとする。


 諏方は本来、進のハイテンションっぷりに困ることが多かったのだが、若返って同じ教室で過ごすようになってからは、彼女のテンションにもすっかりと慣れ、ある程度合わせられるようにはなってきたのだった。


 ――休憩室の空気が和やかになったところで、突然ドアが思いっきり開かれた。


「黒澤ちゃあん! お手柄だったわよぉん!」


 勢いよく入室してきたオカマ口調のマッチョ店長は、諏方の両手をバシッと力強く握り締めた。


「本当によくやってくれたわぁ! あのオジサンには、今まで手を焼かされてきたからねぇ。これで、このお店もしばらく平和になるわぁ。ありがとうね、黒澤ちゃん」


「どっ、どうも……」


 クレーマー男と対峙していた時には維持できていた営業スマイル(ポーカーフェイス)も、店長の圧の前には、あっさりと崩れてしまった。


「それにしても、一店長としてはあまり褒められる事じゃないんだけど、清々しいクレーマー対応だったわ。とても高校生とは思えないその胆力。それに、アルバイト始めたてにしては完璧なまでの接客態度。まるで、長い年数の経験を積んだ社会人が、経験値そのままに若返ってニューゲームしてるような感じさえするわぁ」


「ギクッ――!?」


「あら、どうしちゃったの? すごい汗かいてるわよ?」


「いっ――いえいえ、そんな事ないですよ! いつも一生懸命なだけですよ、あはは……」


 実際に諏方の普段の仕事ぶりは、サラリーマン時代の営業経験を活かしてのものだった。クレーマーへの対応も、あれほど攻撃的ではなかったにしろ、取引先に理不尽な要求を突きつけられた事が何度もあった彼だったからこそ、その頃の反撃の仕方をそのままやってみせただけのことだった。


 もちろん、これらの事情を目の前の二人には言えるわけがないので、やはり苦笑を浮かべることしかできなかった。


「あっ! そういや、そろそろ時間ヤバイんじゃねえのか、進ちゃん?」


 なんとか話を逸らそうとした諏方は、壁にかけられた時計を見て、進が白鐘たちと待ち合わせしていた事を思い出す。


「ん? ……やっば! 待ち合わせに遅れちゃう!」


 進も時計を確認し、時間が迫っていたのを気づく。急いで休憩室の隅にある更衣室へと駆け込んみ、一分と経たない内に、メイドチックなウェイトレス服から、私服へと着替えを終わらせた。


 黒のスキニーデニムに、薄手のグレーのスウェット、頭には黒のキャスケットを被ったその姿は、彼女のさっぱりとしたボーイッシュさの中に、少女っぽさをちゃんと残した可愛らしい服装だった。


「そんじゃ、四郎、店長、お先に失礼しやす!」


 元気よく退勤の挨拶を済ますと、彼女は猛スピードで裏口の方へと向かって行った。


「うふふ、元気な進ちゃんを見てると、こっちまで活力が湧いちゃうわね」


「ええ……いつも助かってます」


 天川進の元気ハツラツっぷりは、彼女が幼い頃から変わっていないのを、黒澤諏方はよく知っていた。


 母親がおらず、引っ込み思案だった小さい頃の白鐘に、お隣に住んでいた彼女はいつも遊んでくれていた。白鐘にとって、進はかけがえのない友人であるとともに、諏方にとっても、彼女の存在は娘を明るく元気にしてくれた、大切な恩人なのだ。


「――さっ、そろそろ休憩時間も終わりね。昼時ピークよりは人も少ないけど、はりっきって仕事するわよ?」


「はい、店長!」


 正体は知られずとも、今も変わらず同じように接触してくれているうえ、さらにバイト先まで紹介してくれた進に感謝しつつ、諏方はネクタイをピシッと締め、仕事モードに心を切り替えて、店長と共に休憩室をあとにした。


   ○


「ほおおおおおお……こ、こ、これが……これがあの噂の……」


 シャルエッテは、プラスチックのカップを震えた両手で持ちながら、中に入った薄茶色の液体と、その深部に沈んだ複数の黒い球体を真剣な瞳で見つめていた。


「これがあの噂の……てれびで何度かお見かけした伝説のお飲み物――たぴおかみるくてぃー……! 実在していたのですね……」


「田舎から上京してきた女子高生か!」


 原宿駅の竹下口から出てすぐのタピオカ専門店の前にて、白鐘とシャルエッテは後から合流予定の進を待っている間、前々からタピオカドリンクに興味を持っていたシャルエッテのためにタピオカミルクティーを購入していた。


 念願のブツを受け取ったシャルエッテは、すぐには口をつけず、ミルクティーの海で泳ぐタピオカたちを、ただひたすらジーっと眺めている。


「……ぬるくなったら味落ちちゃうし、早く飲みなよ?」


「はっ!? そうでした……では、いただきますっ……!」


 なぜか深呼吸して一拍置いてから、彼女はカップに刺さった太めのストローに口をつけた。


「っ……!」


 ミルクたっぷりの紅茶とともに、中に入っていたタピオカを数粒吸い込むと、彼女は驚いた顔で、咄嗟にストローから口を離してしまった。


「……もしかして、口に合わなかった?」


 恐る恐る白鐘が問うも、シャルエッテはわけがわからないといった表情をしながら、その瞳は新しいものを発見できたかのように、キラキラと輝いていた。


「美味しいです、シロガネさん! 美味しいですけど……不思議な食感がします! 飲み物なのに食感がします! 食べてます! これは魔法の一種か何かでしょうか!?」


 大声で素直な感想を述べるシャルエッテに対し、慌てて白鐘は口元に人差し指を立てる。


「うっ、嬉しいのはわかったから大声はやめて! ……さっきからジロジロ見られて恥ずかしいんだから……」


 白鐘の言う通り、周りで同じくタピオカドリンクを嗜んでいた若い女性やカップルたちが、物珍しそうに二人を見ていた。


 そんな周りの視線は気になりつつも、楽しげにタピオカミルクティーを味わうシャルエッテを見ていて、彼女の喜んでいる様子に白鐘も安堵する。


 タピオカが口に入り込むたびに、小動物のような反応を見せるシャルエッテに、白鐘や周りの若者たちも「かわいい……」っと感嘆のため息を漏らしていた。


「おーい!」


 しばらくタピオカミルクティーの甘さと食感を二人で堪能していると、駅の方向から進が彼女たちに向かって走ってきているのが見えた。


「おまたー! わるいねー、遅くなっちゃって」


 駅からここまでの距離はそれほど長くはないものの、おそらく全速力で走ってきた進は、しかしそれを感じさせないほどに息が整っていた。元同じ陸上部員であった白鐘も、十分にわかっていたつもりではあったが、それでも彼女の体力と肺活量の凄さには、改めて驚かされる。


「はい。あんたの分も買っといたわよ」


 そう言って、白鐘は余分に買っていたもう一杯のタピオカミルクティーを進に渡した。


「おっ、こりゃありがたいね――って、ぬるくなってませんです!?」


「しょうがないでしょ? この行列、並び直して買うのも面倒なんだから」


 チラッと店の方を見ると、昼時からそれなりの時間が経ったにも関わらず、店の前では長蛇の列ができていた。白鐘たちが着いた頃は、運よくあまり時間をかけずに買えたのだが、今から並べば購入までに三十分以上はかかるだろう。


 進はお店の列を見てげんなりしつつも、諦めたようにストローをカップに差し込んだ。


「……それで、おと――四郎の様子はどうなの?」


 ストローの先端を指で弄りつつ、小声で白鐘が尋ねた。


「おやおや~? そんなに四郎くんの仕事ぶりが気になるのかにゃー?」


「べっ、別に……あいつがヘマしてないか気になるだけよ」


 拗ねたように、白鐘はそっぽを向いてしまった。


「まあまあ、今日の彼は大活躍だったんだから。アタシが彼の武勇伝をカッコよく語ってしんぜましょう」


「今日のスガ――じゃなかった……シロウさん、そんなにカッコよかったんですか!?」


「おっ? シャルエッテちゃんも興味津々か。それじゃ、服屋さんに向かいがてら、暇つぶしに語っちゃいますかね!」


 元気いっぱいな進に、ワクワク顔のシャルエッテと、二人の高いテンションに苦笑気味な白鐘。三人の少女は互いに談笑に耽りつつ、若者のエネルギー溢れる原宿の竹下通りへと歩を進めて行ったのだった。

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