第49話 決意は守るべき者へのために
「魔女の宝玉――最も偉大な魔法使いと呼ばれた原初の魔女が、死する直前に、自らの魔力を封じ込めたとされる宝玉……。人間界に訪れる魔法使いの多くが、このレーヴァテインを手に入れる事を目的としている。そして……この町の大気に自然魔力が多く含まれているのは、レーヴァテインによる影響の可能性が高い――っと、境界警察はそう推測しているようだ」
俺と姉貴、二人っきりのリビング内は、重苦しい空気で満たされていく。
姉貴の語り口から嫌な予感はしていたが、当たってほしくなかった予想が当たってしまう事ほど、嬉しくない事はない。
「……だから、魔法使いどもはレーヴァテインを見つけるために、この町に潜んでいるかもしれねえってことか……」
俺は怒りでテーブルを叩いてしまう。ここにきて、姉貴の言いたかった事を理解する。
この町に、仮也以外にも魔法使いがいるという事は、白鐘にも危害が及ぶ可能性がありえるということだ――。
もちろん、魔法使い全員がシャルエッテのように友好的ならば、それに越した事はないのだが、姉貴の組織や境界警察とやらが捜査を強化するという事は、ほとんどが仮也のような、凶悪な魔法使いである可能性の方が高い。
「……最悪な情報をもう一つ追加するが、魔法使いのほとんどは徒党を組んでいないものの、情報の伝達速度はかなり速いみたいだ。おそらく、お前が仮也を倒したという情報もすでに、この町の魔法使いたちに行き渡っているかもしれない。……彼らがそれを聞いて、恐れて遠ざかる連中ばかりなら助かるが……もし好戦的な魔法使いがいたならば、お前はもちろん、娘である白鐘ちゃんにも、手を伸ばしてくる可能性は高い……」
「っ……」
しばらくの沈黙――。
仮也との戦いは、かなり苦しいものだった……それを聞きつけてなお、こちらに喧嘩を売る魔法使いならば、恐らく仮也以上の実力を持つ可能性も高い。
今後、仮也との戦い以上に苦戦する敵も出てくるかもしれない。
だが――、
「……関係ねえさ」
「っ――」
俺は髪をかき上げ、まっすぐに姉貴を見つめた。
「誰がかかってこようと関係ねえ……白鐘を危ない目に遭わせる奴は、どんなことをしてでも叩き潰してやるっ……!」
拳を強く握り締め、己の中の決意を固くする。
「親父もお袋も亡くなった……惣龍寺や園宮も、俺と碧を守るために死んじまった……そして碧も、命と引き換えに白鐘を産んでくれた……。もうこれ以上、大事な誰かが、俺より先に死んじまうのは許さねえ……! 俺は――俺の家族を守るために、どんな敵だろうが、全力でブッ飛ばしてみせる!」
俺の決意を聞いて、姉貴は一瞬驚く様子を見せた後、すぐに安堵の笑みを浮かべた。
「そうだな……今のお前なら、安心して白鐘ちゃんを任せられる」
そう言いながら、姉貴は煙草の火を灰皿で擦り消した。
「私もあまり傍にはいられなくなるが、出来うる限りのサポートはしていく。シャルエッテちゃんも、白鐘ちゃんと仲良くしてくれてるみたいだし、彼女の助力も借りる事ができよう」
「あっ、そういや、シャルエッテのやつはどこに――」
その疑問に返事をするかのように、シャルエッテに貸していた部屋から爆発音が鳴った。
「あああああっ――!? また失敗しましたですぅぅぅぅう!」
少女の嘆きの声が、部屋越しに空しく響いている。
「……ホントに頼りになるのか?」
「……まあ、魔法使い相手ならば彼女の方が詳しいだろうし……大丈夫だろ?」
俺の姿を元に戻すために、シャルエッテは日夜、魔法の実験をしているとの事だが、この爆発音もすっかり、この家の様式美となってしまっていた。
「……さて、名残惜しいが、そろそろお暇させてもらおう。組織に戻るのは明日になるが、その前に一日ぐらいは、旦那と娘に顔を見せないとね」
姉貴は、すでに整えていたスーツケースの取っ手を握りながら立ち上がる。
――姉貴にも家族はいる。その家族の元にも戻らず、姉貴は俺と白鐘のために、しばらくこの家に滞在してくれていた。……本当に頭が上がらねえ。
「わりぃな……ずいぶん世話になっちまった」
「……なぁに、久しぶりに頼られて、姉としては嬉しい限りだったさ」
本心からの言葉であろうそれに、俺は少し恥ずかしくてそっぽを向いてしまった。
玄関の方に向かう。なんだかんだで、けっこう長いこと一緒に過ごしたためか、俺もやはり、名残惜しい気分にはなってしまう。
「……んじゃ、そっちの家族にも、よろしく言っといてくれ」
「もちろんだ。…………諏方」
「っ?」
姉貴には珍しく、逡巡とした表情を見せる。
「……やはり私がした事は……お前にとっては余計だったろうか……?」
少し弱々しげなその声に、俺はため息を吐きながらも、
「まあ……正直白鐘と同じ学校に通う事になって、最初はいろいろとてんやわんやだったけどさ……でも」
「っ……」
「楽しいよ――娘と同じ学校に通うのも、悪くねえもんだ」
その返答を聞いて、姉貴の顔に笑みが戻った。
「ならよかった……あっ、そうだ」
何かを思い出したかのように、俺に向かって指をさす。
「明日にはちゃんと学校に復帰しろよ? とっておきのビッグサプライズを用意したからな!」
「…………は?」
「それではまたな、諏方!」
謎の言葉を残しながら、姉貴は手を振って玄関を出る。
「……嫌な予感しかしねぇ」
俺も手を振り返すものの、明日起こるであろう姉貴のサプライズへの恐怖に、見送る顔は引きつった笑顔になってしまっていた。
○
「――っで? これが叔母さまの言ってたビッグサプライズってやつなの?」
姉貴が俺の家をあとにした翌日の教室にて、俺と白鐘は共に机に肘をつきながら、目の前の光景に呆れて目を薄めてしまう。
「――シャルエッテ・ヴィラリーヌって言います! 人間界――じゃなかった、日本の学校は初めてですので、わからないことだらけではありますが、どうかよろしくお願いします!」
いつもの白いローブではなく、白鐘たちと同じ制服を着込んだシャルエッテが、満面の笑みで、黒板の前にておじぎをしていた。
「今彼女が言った通り、シャルエッテさんは外国からの留学生だ。四郎くんに続いて連続での転校生になるが、日本に来てまだそれほど経っていないとの事なので、みんなでいろいろ教えてやってほしい」
俺と白鐘を除いたクラスの生徒たちから、歓声が湧き上がる。特に男子たちの、野太い雄叫びの音量が強めだった。
本来ならば、この短期間での同クラスの転校生の多さに違和感を抱いてほしいものだが、今度の転校生が俺と違って女の子である事と、外国人であるという珍しさによって、クラスの興奮度はより上がっていた。
普段、元気の塊のようなシャルエッテも、クラスの熱気に押されて戸惑い気味になっていたが、こちらの存在を確認すると安心したかのように、満面の笑みで手を大きく振った。
「スガ――シロウさーん! シロガネさーん! 私、学校に来ちゃいましたー!」
あまりにも邪気のない少女の笑顔に、俺は呆れ顔のまま、小さく手を振り返すことしかできない。
背後からは、男子たちの疑問と怒りが交わったような視線が、振り向かなくても感じ取れるほどに突き刺さってくる。
「ちなみにシャルエッテさんも、四郎くんと同じ黒澤さんの親戚で、今は同じ家でお世話になっているとのことだ。外国人の親戚がいたなんて、先生驚いたぞ?」
トドメとばかりの、担任からの余計な情報提供。
さっきまでは、久しぶりの登校を心配して声をかけてくれていたクラスのみんなが、今は親の仇を見るかのような目線を送り続けてくる。
「あたしの平和な学園生活がぁ……」
すぐ後ろから聞こえるは、愛娘の嘆きの声。ある意味俺も、彼女の学園生活を乱してる要因の一人なので、心の中で謝っておく。
まあ、とはいえ――、
「これが……学校……」――なんて呟きながら、キラキラした瞳で教室を見渡すシャルエッテの無邪気な笑顔を見たら、こっちも何も言えなくなってしまう。
「こりゃあ……しばらくは退屈せずに済みそうだな……」
ため息混じりで呟きながらも、これから娘たちと過ごす事になる新しい非日常に、俺は心の底でほんの少しだけ、期待に胸を躍らせるのであった。




