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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第39話 境界警察

 椿が諏方の家へと戻る数時間前――。


 ヴァルヴァッラとの戦いを終えた後、彼の拘束に成功した椿とその部下たちは、彼の移送準備と現場の速やかな始末に奔走していた。そんな彼女たちに、ゆっくりと近づいてくる複数の影。


「――っ!?」


 わずかな気配を察知し、椿はすぐさま拳銃を構える。


「少佐相当官?」


 突然の上司の行動に、部下たちは戸惑いを隠せない。銃口の先へと視線を向ける。そこにはいつの間にか、青いローブを着込んだ集団が立っていた。


 数は約十数人。顔はフードで覆われて表情は見えず。ただその異様な存在感から、通りすがりの一般人にはとても思えなかった。ましてや、現在は椿の部下たちによって、関係者以外はこの場所に近づかないように道を規制している最中だ。椿たち以外に、この場所に誰かが入ってくることはありえないはずだった。


「……何者だ、貴様ら?」


 最大の警戒心を込めて、椿が問う。


「……七次、椿さんですね?」


「っ――!?」


 集団の先頭に立っていた人物が、椿の名を口にする。その声から、女性であることはわかった。


「……なぜ、私の名を? ……貴様ら、魔法使いか?」


 椿の部下たちから小さなどよめき。彼女は警戒を緩めず、さらにきつく。


 鋭い視線を受けながらも、青いローブの女性は、フードの下の口元に笑みを浮かばせていた。


「やはり、魔法使いの存在を認知していたのですね……ご明察の通り、我々は魔法使いであります」


 先頭の女性がフードを下ろす。その下にあったのは、癖っ毛気味ながらも透き通るような水色の髪に、柔らげながらもキリっとした笑みをたたえた、美貌の女性だった。


「申し遅れました。わたくし、名をウィンディーナ・フェルメッテと言います。我々は、『境界警察きょうかいけいさつ』と呼ばれる組織に属する者です」


「……境界警察?」


 怪訝な表情を浮かべる椿。


「人間界と魔法界――二つの世界を、悪の魔法使いたちから守るための治安維持組織であります。わたくしは現在、人間界支部・副支部長を務めている者です」


「……悪いが、そういう名の組織は、耳にしたことがないな」


「当然でありましょう。我々を含め、魔法使いの存在を人間界で知る者は、国連政府とそれに属する組織の、ほんの一部しかいませんので」


 口調は穏やかながらも、纏う空気に時折、喉元を切り裂くような鋭利な冷たさが込められているのを、椿は彼女から感じ取っていた。


「そこにいる彼――ヴァルヴァッラ・グレイフルは、魔法界、人間界双方に、数々の詐欺事件で被害をもたらしたA級犯罪者であり、我々が長年追いかけてきた人物です。七次椿、我々は、彼の身柄の速やかな引き渡しを要求します」


 椿の部下たちに、またも動揺が走る。銃口を向けられているにも関わらず、水色の髪の女性は、彼らの上司に強気の交渉を持ちかけたのだ。


「……貴様らが、彼の仲間ではないという保証は?」


「……彼の反応を見ていただければ、一目瞭然かと」


 椿は、目の前の集団への警戒は解かず一瞬だけ、横で拘束されていたヴァルヴァッラに視線を移した。彼の表情は青ざめており、猿轡さるぐつわをされた口からは、必死そうな唸り声を上げていた。


「……この男は詐欺師なのだろ? ならば、これが演技だという可能性もありえる」


「……さすがは、政府特務機関所属にして、少佐同等権限を持った一級特殊工作員。そう簡単には、我々への警戒心は解いてくれませんか」


「なっ――」


 青ローブの女性が口にした言葉に、普段冷静な椿ですら、目を見開くほどに驚愕した。


「貴様らっ……どこまで私の情報を?」


 椿の警戒心がより強まる。彼女の部下たちも、一層に緊張を引き締めた。だが、そんな椿たちの様子を見てなお、ウィンディーナは余裕の表情を崩さなかった。


「ご安心を。貴方の疑問に回答してくださる方が……そろそろといったところでしょうか?」


 ウィンディーナの言葉ののち、わずかばかりの沈黙が流れる。それを切り裂いたのは、低く響く振動の音だった。耳を澄まさねば聞こえないほどの小さな音と振動は、まるで心臓そのものを揺らしているかのような錯覚に陥る。


「……こんな時にっ」


 振動音の正体は、ジャケットの腰ポケットに仕舞われていた椿のスマホだった。銃を握ったまま、もう片方の手で取り出したスマホの画面に映し出された文字に、彼女は言葉を失う。


「……少佐相当官、いったい、誰から――」


 部下の問いに、椿はすぐに答えられなかった。


 映し出された文字そのものは、アルファベットをただ乱雑に打ち込んだだけのようなものに見える。しかし、その文字列を目にした彼女は自身の中で、この電話先の人物と、それが今彼女に連絡が来たことで、この状況にある程度の合点がいった。そして、これから電話先の人物と会話しなければならない事実に、嘆きのため息が吐き出される。


 視線はウィンディーナたちへと向けたまま、諦めたようにスマホの通話ボタンを押す。


「…………七次椿です。なんのご用でしょうか? ……神月かみづき司令官」


 その名を聞き、椿の部下たちの表情が青ざめる。


『……ふむ、元気そうで何よりだ。僻地での任務完了から報告もそこそこに、日本にまっすぐ飛んで行ったと聞いてね。労いの言葉ぐらいは、送らせてくれたまえ』


 電話口の向こうから、貫禄を感じさせる渋い男性の声が低く響く。


 神月司令官と呼ばれた男は、七次椿が所属する組織の、実質的トップに立つ人物であり、彼女にとって直属の上司に当たる。その姿を見た者は、椿を含めた組織の幹部クラス、及び組織と繋がりのある一部政府関係者のみである。椿自身、こうした連絡はおろか、彼の声を聞くことすら数年ぶりであった。


「……建前はよしてください。わざわざ、特殊回線を使っての司令官直々の連絡。よほどの緊急案件と見受けられますが?」


『……ふむ、では本題に入ろう。七次椿少佐相当官、君が捕らえた魔法使い――ヴァルヴァッラ・グレイフルの身柄を、直ちに境界警察に引き渡したまえ』


「……っ」


 椿の予感が的中した。


 ウィンディーナは変わらず穏やかな笑みで、対照的に顔をしかめている椿を見つめていた。


『察しのいい君なら、もうわかっているだろうが……我々機関は、境界警察と協力関係にある。彼女らの立場は、私が保証しよう』


「……しかしっ――」


『――これは命令である、七次椿少佐相当官。今回の事件にて、君は私情の元、許可なく我が組織の人員ちからヘリ(どうぐ)を使った。本来ならば、君には厳罰がくだされるべき所業だ。君と共に行動した部下達にもね。だが、人間界で身を潜めていた魔法使いを捕らえたのは、間違いなく君の功績だ。……その魔法使いを、彼女達に素直に引き渡すというのなら、今回の事は特例として、目を瞑ってやってもい』


「…………」


 逡巡する――。彼を捕らえたところで、彼女自身がどうこうできるとはもちろん思っていない。しかし――家族を傷つけたこの男を、先程まで知りもしなかった組織にすんなりと渡すという行為に、素直に納得できるものでもなかった。


 視線を、協力してくれた部下たちに移す。彼らは無言で、ただ心配げに憧れの上司を見守っていた。


 彼らはもちろん、椿と共に厳罰を受ける覚悟の元で動いてくれていただろう。それでも、自身はともかく、彼らもお咎めなしになるというのなら、もはや椿に選択肢はなかった。


「…………了解しました」


 電話を切り、まっすぐにウィンディーナを睨みつける。


「……持っていけ」


 諦めたようにそう口にし、縄で縛られたままのヴァルヴァッラから距離を空ける。


「っ――!? ……いいんですか、少佐相当官?」


 悲痛な面持ちで、そう問いかける部下たちを見て、なおさらこれ以上は彼らに迷惑をかけるまいと決意する。


「……いいんだ。元々、魔法使いなんて過ぎた存在は、我々の管轄外なんだ。ならば、それを適切な組織に委ねるのは当然のことだ」


 その決断に、彼らもこれ以上の言葉は無用と、口を閉ざした。


 椿たちのやり取りを見届けたのち、ウィンディーナは一歩、前に出る。


「ご助力、感謝いたします。では――」


 ヴァルヴァッラへと向けて、彼女は手をかざす。すると、彼の周辺のアスファルトから湧き出るように、大量の水が発生した。


「ッッッッッッ――――!!!」


 猿轡された口で唸る中、ヴァルヴァッラの体は、箱型に形成された水に閉じ込めたれた。ウィンディーナはそのまま手を振り上げると、彼は水の箱ごと、彼女たちの頭上にまで運ばれる。


 その光景に、椿の部下たちはただ唖然となっていた。ターゲットであるヴァルヴァッラが、炎の魔法を使うことは椿からあらかじめ聞いていたため、彼の魔法を目にしてもそれほど驚きはしなかったが、今目の前で起きたことに改めて、自分たちが相手してきたのが常識外の存在であったことを再認識してしまう。


「水の牢獄魔法です。わたしは水魔法を得意としていますので。あっ、もちろん中で息できるようにはなっていますので、ご安心ください」


 屈託なくそう言いのけるウィンディーナに、椿もわずかばかりに、彼女たちに恐れを抱いてしまった。


「それでは、わたしたちもそろそろおいとまさせていただきます。改めて、七次椿さん、今回彼を捕らえたことに、多大なる感謝を」


「……貴様たちのためにやったわけではない」


「それでも助かりました。貴方とはいずれ、一緒に行動する時もあるかもしれませんね。――それでは、ヴァルヴァッラ・グレイフル」


 椿たちへと向けていた朗らかな雰囲気から一転、鋭い刃の如き視線が、水の牢獄に閉じ込められた男へと向けられた。


「アナタには数十年、手を焼かされてきました。……これから起こることへの、覚悟はよろしいですね?」


 男が戦慄の表情を浮かべたのを見届け、椿たちに一礼すると同時に、彼女たちの背後の空間が穴を開いた。その穴に、青いローブの集団たちが次々に入ってゆく。


「あっ、そうそう。一つだけ、椿さんにお願いがあるのですが……」


 ウィンディーナは、ある言葉を椿に残した後、最後にヴァルヴァッラと共に穴へと入っていった。


 全員の姿が見えなくなると同時に、穴が閉じる。あとには、人が誰もいないことを除けば、いつも通りの繁華街の景色が広がっていた。


「……あれがおそらく、シャルエッテちゃんから聞いたゲート魔法というやつか」


 ここ短時間で起きた様々な出来事に、さすがの椿も頭を痛くせざるを得なかった。


 冷静になるため、胸ポケットの煙草を一本取り出して火をつける。


「……すまないが、家族が心配だ。後処理は任せてもいいか?」


「もちろんです! 少佐相当官!」


「……ありがとう」


 同様に疲労困憊であろう彼らが、文句一つ言わず従ってくれることに、椿は感謝の言葉を口にする。


 空を見上げる。まだ薄暗い空に、鳥たちが早朝を告げるように飛び回っていた。


「なんというか……厄日ってやつだな」


 煙草の煙を空へと吐き出しながら、誰に言うでもなく、彼女は一人呟いた。

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