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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第37話 罪を償うということ

「スガタさーん! どこに行ったんですかー!? スガタさ――って、あっ!?」


 慌て顔でケリュケイオンに乗っていたシャルエッテは、銀髪の少女の姿を捉えて、彼女の元へと飛行する。


「あっ、シャルエッテさん」


 銀髪の少女もまた、杖で飛行する少女に気づいて振り返る。一見すれば、少女が杖で空を飛んでいるというのもおかしな光景なのだが、それをおかしいと懐疑するには、ここ数日の白鐘には、あまりにもいろいろな出来事を経験しすぎてしまっていた。


「シロガネさん! おケガはありませんでしたか!?」


 シャルエッテは白鐘の目の前で杖から降りると、心配げな様子で彼女の顔を覗きこむ。


「あはは、大丈夫、大丈夫。……ていうか、心配してくれてたんだね?」


「当たり前じゃないですか! 先程までシロガネさんを危ない目に遭わせた人と二人っきりになるなんて……。スガタさんを治療してる間も、気が気じゃなかったんですからね!」


 少し怒るような口調でまくし立てるシャルエッテを、白鐘は呆然とした表情で見つめていた。


「……っ? どうかしましたか? やはり、どこかおケガされたんですか?」


「あっ! いや、なんていうか……そういえばあたし達って、出会ってからまともに話したことなかったなぁって思ってさ」


 シャルエッテが、若返った諏方と共に黒澤家に来て以来、白鐘が彼女と二人っきりで話したことなど片手で数える程度しかなく、それも二、三言で済ませられるような簡単な会話しかしてこなかったのだ。


「それは、その、えっと……」


「……あたしに気が引けてたんでしょ? お父さんをあの姿にしたことで、あたしがあなたのことを嫌っているんじゃないかって」


「……っ」


 気まずげな顔を見せながらも、その言葉をシャルエッテは否定できなかった。


「……まあ、その事に関して怒ってないかって言われたら、百パーセントそうじゃないとは言えないし、その事であなたを避けていた部分はあったかもしれないわね。そんなあたしから言うのも変かな? って思うんだけどさ……もしよかったら、あたし達、これからは仲良くできたりしないかな?」


「……えっ?」


 白鐘の突然の提案に、今度はシャルエッテが、呆けたような表情になる。


「あっ、いや、ほら、一応一緒に住んでるんだしさ、お互い気まずいままなのもやりにくいし……もちろん、シャルエッテさんがよければの話なんだけど――」


「――それって、お友達になろう! ってことでいいんでしょうか!?」


 食い気味にシャルエッテが身を乗り出し、白鐘の両手を掴む。ストレートに見せる喜びとその言葉に、恥ずかしさで白鐘は、顔を赤く染めながらも、


「うっ…………うん……」


 か細い声で、そう返答する。それを聞いて、シャルエッテはなぜか涙を流していた。


「えっ!? ちょっと、何でいきなり泣くのよ!?」


「うぅ……私、人間界ここに来てずっと、信頼できるのがスガタさんしかいなかったから、お友達と呼んでくれる人がいるのが嬉しくて……ぐすっ」


 白鐘も、シャルエッテのおおよその事情は父から聞いてはいた。傍目には、能天気そうに過ごしているように見えた彼女だが、こことは違う世界から来て、知らない土地で、出会ったばかりの人間に囲まれて過ごすことになってしまったその心労は、計り知れないもののはずだ。


 そう思うと、彼女のオーバーなリアクションも、仕方のないことなのかもしれないのだと思えた。


「……それじゃあ、そのぉ……一つ、お願いを聞いてもらってもいいですか?」


 涙を拭いながらおずおずと、シャルエッテは恥ずかしげにチラチラと目線を送る。


「……よろしければ、私のことは気軽に『シャル』って呼んでいただけると、嬉しいなぁ……なんて」


 小声で零された言葉は、少しばかりの沈黙を呼び寄せた。


「あっ! いえいえ! 自分でも差し出がましいことだというのはわかっているんです! やっぱり、聞かなかったことにしてくださ――」


「可愛い……」


「……はえ?」


 白いフードの下で、顔を真っ赤にしていた少女を、白鐘は突然抱きしめた。


「しっ、シロガネさん!?」


「くぅ~、こんな可愛い逸材がずっと家の中にいただなんて、あたしとしたことが、なんて不覚!」


「はっ、はぅぅぅ……可愛いだなんて、そんなぁ……」


 さらに恥ずかしくなってしまったのか、白鐘の腕の中で抱きしめられる少女の顔は、より真っ赤になってしまう。


 少しして、シャルエッテを腕の中から解放した後、


「うん、わかった。改めてよろしくね、シャル?」


 他の人にはあまり見せない屈託のない笑みを、新しく友達になった少女に向けた。


「はっ! はぅぅぅ……」


「うん? どうしたの?」


 未だ赤くなっている顔を、シャルエッテはフードで隠しながら、


「……シャルって呼んでもらえて……その…………嬉しいです」


 っと、か細い声で、そう答えた。


「そっ、それじゃあ、あたしにもさん付けをやめてもらって――」


「あっ! それは、できれば今まで通りがいいです!」


 突然と、シャルエッテはフードを外して、必死そうに顔を上げた。


「その……遠慮しているとかそういうのではなくて、私は誰に対しても基本、敬語とさん付けで呼んでいるのです。だから……今の方が私としては自然体なのです」


 言葉ではそう言いながらも、何か失礼なことを言ったのではないかと、シャルエッテは遠慮がちに白鐘を見つめる。


「……まっ、そういうことなら、あたしもとやかくは言わないよ」


 その返事を受けてホッと胸を撫で下ろし、両手の指先を合わせて、それで口元を隠しながら、


「では、その……本当に、お友達になってもいいですか?」


 白鐘はシャルエッテに対し、第一印象では明るい女の子とばかり思っていたが、恥ずかしがりやな一面が新鮮に感じられ、それがたまらないほど可愛く思えたのだった。


「もちろんよ。ていうか、仲良くなりたいって言ったのは、あたしからじゃない?」


 そう言って笑顔を彼女に向けると、シャルエッテもまた、朗らかな笑みを友人しろがねに返した。


「ところで……」


 シャルエッテはそろりそろりと、防波堤側にいる二人の少年の背中に視線を移した。


「あの二人は、放っておいて大丈夫なんですか?」


 白鐘もまた、呆れ顔で少年達を見やる。


「ああ、うん……多分、あたしが入ると、余計に話がこじれそうだから……」


 気まずげな表情になる白鐘に、よくわからないという風にシャルエッテは首をかしげたのだった。


   ○


 銀髪の少年の感情に呼応するように、海がわずかばかりに波を荒立たせていた。


 黒澤諏方は、般若の如き面相で海を見つめながら仁王立ちし、その横で、加賀宮祐一が背を丸めて座りながら、遠くを見るような目で、同じく海を見つめていた。その顔は諏方に殴られてか、右頬がプクリと膨れ上がっていた。


 ――この状態のまま、無言の時間が数分と過ぎていく。


「…………ふふ」


 ふいに沈黙を破ったのは、加賀宮の掠れるような笑い声だった。


「ああ? なに笑ってやがる?」


 目線だけ加賀宮の方へ向けられる。視線だけで、相手を射殺しかねないほどに鋭い目つきだった。


「ああ、いえ、すみません……貴方に殴られたということは、貴方にとって、僕は殴ってもいい価値ができたのだと、ふと、そう思いましてね」


「……はっ?」


 諏方には、彼の言葉の真意がわからないでいた。


「仮也と戦う前に貴方が言ったじゃないですか? 『今のテメェなんざ――殴る価値もねえ』って。その時、けっこうショックだったんですよ? この人にとって、僕は『敵』ですらないんだって。だから、こうして殴られたのが、実はちょっと嬉しかったりするんです」


「ほう……じゃあもう一発殴るか?」


 諏方は鬼の表情のまま、拳を強く握り締める。


「それは勘弁してください……多分、死にます」


「たくっ……言っとくが、これでテメエを許したなんて、一ミリでも思うんじゃねえぞ?」


 拳を引っ込め、再び海を見つめながら語る諏方。


「一応、テメエの家の事情とかは聞いたが、それでもテメエが俺の大事な娘をさらった事実には変わりはねえ。だから、テメエには同情なんてしねえし、どんな罪滅ぼしをしても、絶対に許すつもりはねえ」


 口調は冷静ではあったが、その声には、静かな怒りが確かに篭っていた。


「……わかっています。僕は、貴方に許されないほどの罪を犯してしまった。それでも……僕は白鐘さんのためにも、貴方のためにも、やらなければならないことがある。それが、あなた達親子にとっての罪滅ぼしになるかはわからない……それでも! 何年かかってもいい。必ず、この罪を清算して、いつか許してもらう時が来ることを――ガハッ!?」


 熱く語る少年の言葉を遮るように、諏方は手を組んだまま、少年の顔面を軽く蹴り飛ばした。


「っ――!? お父さ――」


 横で止めに来ようとした娘を、片手を向けて『俺に任せろ』と意思表示する。


「わりぃ、イラっとしたから蹴った。ていうか言っただろ? テメエがどんな罪滅ぼしをしても、テメエを許すつもりはねえって。たとえ、娘がお前を許す時が来たとしても、それが俺に来ることは絶対にねえ」


 蹴り飛ばされた加賀宮は、上半身を起こして、流れ出る鼻血を手で押さえつける。


「……それでも、僕は――」


「だけど――テメエが罪を償うのは、俺達に許されるためだけになのか?」


「……えっ?」


 その言葉に、加賀宮は呆然と、自身を蹴り飛ばした少年おとこを見上げた。


「確かに、罪を償うっつーのは、誰かに許されるためにするものだ。だけどよ、ムショにブチ込まれようが、死刑になろうが、それで世間には許されたとしても、誰かにとっては許されねえ罪ってもんはある。だがな、だからといって罪を償わなくてもいい、なんてこともねえ。……テメエは、ずっと背負しょい込んでたんだろ? テメエ自身の罪と……テメエの親の罪を」


「っ……」


「何度も言うが、俺は絶対にテメエを許すことはねえ。だがテメエ自身の罪と、テメエの親が背負った罪は、家族全員で償っておけ。俺や白鐘に許されるためだけにじゃなく、テメエら家族同士で、罪を許し合うためにもな。それが……子の為に罪を犯したテメエの親と、それを知って止めることのできなかったテメエの罪の購い方(やるべきこと)だ」


 ――風が吹く。諏方の銀髪が、風にさらわれてゆらゆらと揺らめき、加賀宮の表情は、垂れ下がった前髪で見えなくなる。


「……どうして僕に、そんな言葉をかけてくれるんですか? 本当に僕が許せないほど憎いなら、気を失うほど殴って捨て去ることもできるでしょ……?」


「はっ? バカかテメエは? 確かに俺は元不良だが、これ以上テメエを殴って気持ちが晴れるほど、単純ガキでもねえよ。それに、テメエのために言葉を投げたわけでもねえ……」


 諏方は言葉の途中で、海の方に視線を戻す。


「……俺も人の親だ。だから、テメエの両親が犯罪を犯してまで、テメエを育てようとした気持ちはわからんでもない。それに、俺が許すかどうかは別として、そうやって自分を省みることができるっつーんなら、テメエ自身に更生の余地はあるってこったろ? まっ、それもテメエが途中で投げ出したりしなけりゃって話で――って、何いきなり泣いてんだテメエ!?」


 すすり泣く声と共に、加賀宮の頬を伝って、とめどなく涙が流れてゆく。


「ごめんなさい……でも、ずっと両親とお互いに避け続けてきたから、こうやって誰かに怒られることがなかったから……嬉しくて……うぅぅ……謝らなきゃいけないのに……ごめんなさい……ありがとう、ございます……」


 今、彼の心を占めるのは罪悪感であると共に、自分の話を聞いてくれた思い人と、そんな自分を真剣に怒ってくれた、彼女の父への感謝なのであろう。


 その姿を見て、諏方は深くため息をついた。


「ちっ、他にもいろいろ言いてえことがあったのに、言いにくくなっちまったじゃねえか……たくっ、男がメソメソ泣いてんじゃねえよ」


 口ではそう言いながらも、加賀宮の流す涙を見て少しばかり、諏方の中での彼に対する怒りは引いていったのだった。



「……そろそろ、お話は着いたかな?」



 離れて様子を見ていた二人の少女が、諏方の元へと歩み寄る。


「げっ、シャルエッテ……」


 気まずそうな表情を、諏方はローブの少女に投げかける。


「もう! 治療中に急に外に飛び出して! シロガネさんが心配なのはわかっていますが、本当なら死んでたっておかしくない火傷なんですからね! ……あまり、無茶をしないでくださいっ」


 珍しく見せた怒りから、泣きそうな表情かおへと変わるシャルエッテに、諏方はただ「わりぃ、わりぃ」っと謝ることしかできなかった。


 その隣に視線を移すと、彼の愛娘はなぜか、ムスッとした表情で手を組んでいる。


「あのぅ……白鐘さん?」


「…………」


 声をかけるも、しばしの無言。


 少女は何を言うべきか、自身の中で整理をしつつ、静かに口を開く。


「…………とりあえず、助けてくれたことにはお礼を言います。ありがとう。…………さて!」


 切り替えるように、手をパン! と一度、思いっきり叩き、諏方へと向けて指をさす。


「そのダサい服装とか、あのバカみたいな強さとか……改めて、あなたがいったい何者なのか、今度こそ語ってもらうわよ!」


 張り上げられたその声に、その場の全員が呆然としてしまった。


「なっ!? さっきから当然のようにお父さん、お父さんって呼んでくれてたのに、まだ疑ってたのか!? ていうか、俺の神聖な特攻服をダッセエって言うな!」


「ダサいからダサいって言ってるの! 時代遅れ! それに、あたしの中のお父さんはいつも頼りないし、仕事仕事って言ってあたしに構ってなんかくれないし、休みの日は疲れてるって言ってお酒呑んでばっかりだし、ハゲかけてるし……」


「待て待て待て待て、ただの愚痴になってきてるぞ、おい」


「なのに……本当は……お父さんはこんなに強くて、カッコよかったんじゃん……。ねえ、なんでお父さんは、本当は強かったことを隠してたの? 元不良だから? そんなことで、あたしがお父さんを軽蔑するとでも思ってたの?」


 気づけば、白鐘の瞳にも涙が溜まっていた。


「……わりぃ、そういうことじゃねえんだ……」


「じゃあ、何!? お父さんにはまだ、あたしに言えないことがあるの!? お願いだよ……あたし、これ以上隠し事されるの嫌だよ……あたし達、父娘おやこでしょ……?」


 諏方に走り寄り、彼の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。先程まで仕舞い込んでいた不安と恐怖、そして、自身を助けてくれた少年ちちへの感謝と疑念がない交ぜとなって、感情が爆発してしまったのだろう。


 そんな愛娘の頭を、父は優しく撫でた。


「ごめんな、白鐘……俺は――」


 言葉がそこで途切れる。そして、娘の頭を撫でていたその腕がだらりと下がった。


「……お父さん? おとうさんっ!?」


 娘の叫び声が掠れるように聞こえ、諏方の意識は再び、暗闇へと深く沈み込んでしまった。

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