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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第36話 告白は潮風に乗せて

 倉庫街は海に面した場所にあり、潮風が二人の少年少女の髪を撫で上げるように吹いている。空には日が昇り始めて深い青に変わり、わずかな太陽光が静かに波打つ海を照らしていた。


 廃倉庫からわずかに離れた堤防にて、二人は言葉を発さぬまま、ただ波の音を背景に海を見つめている。


「……それで、そろそろ話してもらってもいいかしら?」


 沈黙を先に破ったのは黒澤白鐘。彼女の瞳が加賀宮をまっすぐに捉え、彼もまたその瞳をまっすぐに見つめ返す。


 強い意思の籠もった黒い瞳は、確かに彼女が日本人であることを証明するものであったが、潮風にたなびく銀色の美しい髪との組み合わせのアンバランスさが、逆に彼女の美しさをより際立たせていた。


 身近にいてもおかしくない、でもどこか異質さを感じさせる矛盾。それが黒澤白鐘の魔性うつくしさなのだと加賀宮は改めて理解した。男女問わず、彼女のその美しさにどんな形であれ、魅了されずにはいられない。彼女が他人を寄せ付けない性格ゆえに友人と呼べるものは少なく、彼女は常に孤高であったが、それすらも彼女の魅力をより強める一因でしかない。少なくとも、加賀宮祐一は自身すら触れがたいその気高さに惹かれたのだ。


 ――その魔性に、唯一対等に接することができたのが、あの銀髪の少年だった。


「……その前に、可能ならまず僕の混乱している頭を整理させてほしい。あの銀髪の少年は――君の父親なのか?」


 加賀宮祐一には白鐘の父親と面識があった。玄関前での数分程度のやり取りではあったが、加賀宮の黒澤諏方に対する印象は少し頼りなさげだが、純朴で優しい雰囲気を纏った良き父なのだと感じられた。とても不良の集団にたった一人で立ち向かい、蹴散らせるほどの強さを持ったあの少年と同一人物とは思えなかった。


 問われた白鐘は頭を抱える。


「……正直な話、まだ納得できていない部分はあるけど……多分――」


 白鐘は自身を抱きしめるように、両腕をかかえた。


 あの時――残骸の山が崩れ、少年に抱きしめられたあの感触は、確かに彼女が覚えている父のものであった。


「――うん、多分…………やっぱりアイツは、あたしのお父さんなんだと思う」


 彼女がそれを口にするのに、果たしてどれほどの覚悟があっただろうか。


 いつも家にいるのが当たり前な存在だったのが、姿を変えて自分の前に現れたのだ。それを簡単に受け入れられる能天気さなど、白鐘は持ち合わせていなかった。


 ――彼を父だと認めてしまえば、見慣れたあの父の姿とは、二度と会えなくなってしまいそうだから――。


「そうか……まあ、あれだけのものを見せられれば、今なら幽霊だって信じてしまいそうだ……そしてそれが事実なら、僕は君の事を勘違いしていたのかもしれない」


「勘違い?」


 加賀宮の表情が、どこか寂しげなものになる。


「君は僕と同じ孤独を抱えている――そう思ったから、僕は君に惹かれたんだ」


「っ……」


 怪訝な表情を浮かべるものの、白鐘は黙って彼の言葉の続きを聞こうとする。


「……君は誰にも心を開かず、常に孤高でいた。周りにいる全てを拒絶し、ただ一人であることを常としていた。……僕も同じだ。僕に言い寄る女子達も、友人面する男子どもも、近づいてきた人達は僕個人としてではなく、加賀宮としてのブランドでしか僕を見ていない。その全てがくだらなく思えた――その孤独を、君も同じ思いを抱いているのだと思っていた……。でもそれは結局、僕の勘違いに過ぎなかったんだ」


 そう言って彼は、目を細めて海の方を見つめる。


「君は……黒澤四郎――いや、父親に対してだけは違った。彼と接していた君は、どこにでもいる普通の少女だった。僕に襲われた時も、君は父親に助けを求めた。……君は僕と違って、心の拠り所が確かにあったんだ」


「……加賀宮君だって、自分が危険な目にあったら、親に助けを求めたっておかしくないでしょ?」


「……多分、それはないだろうね。僕の親は――犯罪者だから」


「……っ」


 先程の加賀宮と彼の部下だったスーツ男とのやりとりから、白鐘も察しはついていた。


「もう知っているだろうけど、今では大企業の一員となった加賀宮財閥も、昔は倒産しかねないほどに落ちぶれていたんだ。だけど僕が子供の頃、仮也が加賀宮家に使用人として仕えてからは変わった。彼の手腕によって、加賀宮家は再興する事ができたんだ。幼かった僕にとって、仮也はまさにヒーローそのものだった……」


 だからこそ、仮也が加賀宮家を助けた真の理由を聞いた彼のショックは、計り知れないものがあった。


「仮也のおかげで、加賀宮財閥は再び大企業の仲間入りをする事ができた……だけど、それを引き換えに両親は、少しずつ僕に冷たくなった……。理由もわからず、幼い僕はただ孤独だけを感じていた。次第に家の中には、僕の居場所なんてなくなっていった。だからこそ、あの廃倉庫だけが僕の唯一の居場所だったんだ。あのガラクタの山のてっぺんから見えた景色だけが、僕の世界の全てだったんだ」


「まあ、そんな居場所すら、もうなくなってしまったけどね」っと、自嘲気味に笑みをこぼす。


「……そして、独りぼっちなった僕を支えてくれたのは、やっぱり仮也だった。彼だけはいつも僕のそばにいてくれた。僕を支えてくれた。僕にとって、仮也はなくてはならない存在になっていったんだ。彼がいてくれるなら、僕は何だってできるって、そう思うことができたんだ。……いつしか、僕に冷たくする実の両親なんかよりも、仮也の方が僕にとって身近な存在になっていった……そんなある日、僕は知ってしまったんだ。加賀宮家が再興した、本当の理由を」


「……詐欺」


 スーツ姿の男が、加賀宮の両親が詐欺罪を起こしたと語っていたのを白鐘は記憶していた。


「……そうさ。僕の両親は詐欺で、数々の企業を騙して金を手に入れていたんだ――今考えてみれば、仮也の入れ知恵によるものだったんだろうが――なんにしろ、僕の両親は他人を不幸にした金で、加賀宮財閥を大きくしていったのさ。そして――その金で僕は育てられた」


 彼の乾いた笑みは、どこかやりきれない空しさを感じさせた。


「滑稽だろ? クラスのみんなが憧れた加賀宮祐一は、腐った親に腐った金で育てられた、誰よりも腐った人間だったんだ。僕は毎日いろんな人達に囲まれていたけど、それは結局、僕が加賀宮財閥の息子だからという理由に過ぎない。聞こえる声はどれも遠く、僕の周りには雑音しかなかった……でも――君だけは違った」


「えっ?」


「君だけは、他の一般群衆のように僕になびくことはなかった。他の女子達のように僕に近づくことなく、僕から近づいても、君は常に壁を隔てた向こう側にいた。そんな君に、僕は自分と近いものを感じたんだ。容姿、学力、あらゆるものに恵まれているのに、常に冷たい氷のような壁で、君は他者を拒絶していた。その理由が、僕にはすぐわかった!」


「――やめてっ! それ以上は……」


 まるで自身の心を見透かされているかのようで、それ以上は聞きたくないと、耳を塞ごうとする。


「いや――聞いてくれ! 君が常に抱いていたそれは、愛してほしかった者がそばにいない故の孤独なのだと! 愛してほしかった者に、愛されているかわからない不安! それを悟られないために、君は常に壁を作っていたのだと! そんな君だからこそ……君だからこそ、僕のことを理解わかってくれると思っていた……」


 その独白は、まるで彼の悲しみの慟哭のようで――。


「でも……君が愛してほしかった人は、君のそばにいてくれるようになった。その人に愛されているのだと、実感できるようになってしまった……だから、君は自然な笑顔を見せるようになったんだ。僕とは違う存在になれたんだ……だから、君をさらった」


「…………」


「嫉妬したんだ、黒澤四郎に。僕がどれだけ手を伸ばしても届かなかった君を、彼はあっさりと手にしてしまった。だから、君を彼から奪い取りたかったんだ……今思えば滑稽だよね? 僕が嫉妬した男は君の父親だったんだ。なら、最初から勝てる道理なんてなかったんだ。僕と彼は――そもそも立っていた土俵が違うんだから……」


 本当に――本当に寂しそうな笑顔で、彼は凶行に至る胸の内を明かした。


 しばらく沈黙が流れる。空はだんだんと、明るめの淡い青空へと変わってゆく。


「そうね……あなたの言う通りなのかもしれない」


 先に口を開いたのは、銀髪の少女からだった。


「最初は信じられなかった……。いくら魔法で若返ったって言われても、目の前にいた男の子が、自分の父親だと信じることなんてできなかった。……それでも、この数日間は確かに充実したものだった。アイツと触れ合っていく内に、あたしの中で懐かしかったものと、ずっと求めていたものを手に入れることができた――ううん、それはすぐ近くにあったんだって、ようやくわかった気がしたの……」


 そして――少女は自身の胸に手を当て、瞳を閉じ、穏やかな表情で言葉にする。


「あたしは――間違いなく誰よりも、お父さんを愛しているんだって」


「……っ」


 胸がトクンと高鳴ったのを加賀宮は感じた。父親への想いを口にした少女は、彼の知る少女のものとは違って見えたが――それでも、それを確かに彼は可愛いのだと感じてしまったのだ。


「あっ! 愛しているって言っても、それは親子としての意味で! だっ、だから最近、あいつをやっとお父さんって感じられてきて、嬉しいっていうか……」


「……ふふ」


「なっ――!? ちょっと、笑わないでよ!」


 顔を真っ赤にした少女がおかしかったのか、加賀宮は呆れたように笑っていた。


「ははは……やっぱり、君は変わったよ。以前の白鐘さんなら、顔を真っ赤にして恥ずかしがるなんて想像もできなかった……そんな君が、今は羨ましいよ。僕と両親は、結局互いに愛し合うことはできなかったんだから……」


「あっ、その事についてなんだけど、ちょっといい?」


 突然、赤かった白鐘の顔が真剣なものに変わる。


「今からあたしは、加賀宮君の話を聞いて正直に思ったことを話すよ。それは間違っていることかもしれないし、的外れなことかもしれない……それでも、加賀宮君には聞いてほしいの」


 よくわからないといった視線を少女に送る加賀宮。


 白鐘は一度深呼吸し、再び胸に手を当てて、心を平静にする。


「確かに、あなたの両親がやった事は決して許されることじゃないかもしれない。でも、犯罪を犯してまで会社を大きくしていったのは、何よりも加賀宮君――あなたのためなんじゃないかしら?」


「……僕のため? そんなバカな……」


「さっき加賀宮君は言ったよね? 小さい頃は、会社が倒産しかねないほどに落ちぶれていたって。でも、あなたのお父さんもお母さんもあなたを育てなきゃいけない。そこに、悪魔あのしつじが囁いたら、それがたとえ許されない行為だったとしても、ご両親はあなたのために、その悪魔に従うんじゃないかな?」


「そっ! ……それは」


 事業で落ち込み、家族の危機だったところに仮也が近づき、助言する。それがたとえ犯罪だとわかっていても、子を養うためには従わざるを得なかったのではないだろうか。


「そんなあなた達だからこそ、あの執事にとっては恰好かっこうの的だったのかもね……」


「そんな……ならなんで、父さんと母さんは僕に冷たく当たるんだ!? 僕のことが大事なら、なんで僕に構ってくれないんだ!?」


 叫ぶように問う少年を、彼女は悲しげな瞳で見つめる。


「どんな理由があったとしても、あなたの両親がやっている事は犯罪。だから、あなたに対して後ろめたさを感じていたんじゃないかな? 犯罪者の親を持ったあなたに、罪悪感を感じて遠ざけていたんじゃないかな? だから……加賀宮君と素直な気持ちで接することができなくなってしまった……。そうなんじゃないかって、あたしは思う――ううん、そうであってほしい」


 これは予想ではなく願望。その方が、彼にとっても救いがある――儚い願いを込めた彼女の言葉に、加賀宮は絶望で膝をついてしまう。


「なんだよそれ……じゃあ、僕はそんな父さんと母さんの気持ちも知らず、ただ一方的に非難していたってだけなのか? そんなことも知らずに、父さん達を利用していた仮也に依存していたなんて……これじゃあ、道化もいいところじゃないか……」


 ただ深い悲しみが、加賀宮の背に重くのしかかる。このまま悲しみに押し潰されるなら、それは彼にとってどんなに楽なことであっただろうか。


「でも……そんなあなただからこそ、できる事があるんじゃないかな?」


「えっ……」


 女神に縋るような――そんな面持ちで、彼は想い人を見上げる。


「一緒に自首するように、両親を説得するの。どんな理由でも、犯罪を犯したら罪を償わなきゃいけない。それを導くのは、誰よりもあなたじゃなきゃいけない。犯罪に手を染めてでも、あなたを守ろうとしたんだもの。だから、加賀宮君だけは二人の味方になって、家族全員のために一緒に罪を償なった方が、あなたのご両親と、何よりも加賀宮君のためになると思うの」


「って言っても、加賀宮君の家庭事情を知らないあたしが言うべきことじゃないかもしれないけどね」っと、困り顔でそう付け足す銀髪の少女。


「……なんで、そこまで僕のことを? 僕は、君を酷い目に遭わせたんだよ?」


「……もちろん、あたしも加賀宮君をまだ許したわけじゃないよ。でも、本当に許されない人はあなた達一家をそそのかしたあの執事だし、その人はお父さんが倒してくれた。だから、加賀宮君がご両親と一緒にちゃんと罪を償ってくれるなら、あたしもその時、ちゃんとあなたを許してあげられると思う……」


 仮也の裏切り、そして自身の両親に対する仕打ちに絶望した加賀宮にとって、白鐘の言葉がどれほどの救いになったであろうか。


 彼はゆっくりと立ち上がり、息を深く吐いて、一切の邪気のない自然な笑みを浮かべた。


「やっと、君を好きになった本当の理由がわかった気がする。だから、こんなところで言うべきことじゃないのを承知で、最後に聞いてほしい」


 まっすぐに、心から好きになれた女性を見据える。


「黒澤白鐘さん。加賀宮祐一は、あなたのことが好きです」


 潮風が吹き、再び二人の髪を優しく揺らした。


 銀髪の少女は少しだけ驚いた後、すぐに優しい笑みを彼に返した。


「ごめんなさい。今は、お父さん一人で精一杯だから」


 わかっていた返答だった――それでも、加賀宮の心に漂っていた靄がなくなって、晴れやかな気持ちになれた気がした。


「ありがとう、白鐘さ――」


 彼の顔から血の気が引いた。


 白鐘の背後から、骨の鳴るような音が聞こえる。


「――どこに行ったかと思いきや、青春ドラマまっさかりとは、いい度胸じゃねえか?」


「あっ……」


 白鐘もまた、気まずげな表情で背後を振り返る。


 すっかり見慣れてしまった若い姿の父親が、鬼の形相で指の骨をポキポキと鳴らして立っていた。


「ははは……とりあえず、まずは話し合いをしませんか、お義父とうさん?」


「だぁれぇがぁおとうさんじゃゴラァッ!!!」


 お日様が登ってすっかり明るくなった青空に、渇いた打撃音が爽やかに響き渡ったのだった。

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