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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第35話 決着への布石

「やはり貴女でしたか……あの時、私の狩炎魔法で燃やしたはずですが……いや、今日はもう驚くのにも疲れました」


 多数の銃口を突きつけられ、両手を挙げながら自嘲気味に口を開くヴァルヴァッラ。


 椿はヘリの風で乱れた髪をかきあげながら、ゆっくりと魔法使いの男へと近づいていく。


「さっきぶりだな、カリヤ――いや、本名はバルバニラだっけか?」


「ヴァルヴァッラ・グレイフルです! 何度やらせるんですか、このやり取り!」


「はは、すまない。こういうジョークはお嫌いだったかな?」


 ポニーテールの女性は軽口ながらも、その瞳は視線だけで相手を射殺しかねないほどの鋭さが込められていた。


「まったく……私の炎をくらって生きている人間が一夜に二人も現れるとは……これも、境界警察の差し金ですか?」


「境界警察? なんだそれは?」


「ふむ、やはり彼らは関わっていませんでしたか……まあいいでしょう。それより、私一人のためにずいぶんと無茶なことをなさりますね? おかげで、すっかり注目の的じゃありませんか?」


 二人と軍人達の周りにいる、状況を把握できていない一般人やじうま達は何事かと興味がそそられているのか、その場から離れようとする者はいなかった。


「もっと静かな場所がお好みだったかな?」


「いえいえ、この場の方がむしろ好都合です。――私を解放しなさい? さもなくば、この場にいる罪のない方々を焼き殺しますよ?」


 ヴァルヴァッラは大胆にも、周りにいる通行人達を人質に取った。彼は不利なこの状況を逆に利用し、ここから逃げ出せる道を切り出そうとしているのだ。


 一転して、椿側が不利となってしまう――にも関わらず、彼女はなぜかその顔に笑みを浮かべる。


「っ……? 何がおかしいのです?」


「そうやって、言葉だけで全てが上手く運ぶと思い込む事こそがお前の間違いだ、ヴァルヴァッラ。ここにいる連中は、貴様が妙な動きをした瞬間に容赦なく撃ち殺す。気をつけろよ? 下手すれば、呼吸を乱しただけで死ぬぞ」


 変わらず軽口風味ではあったが、彼女の言葉は決して冗談ではないのだろう。兵士達の鋭い目つきは、ターゲットの行動の一切を見逃がさないよう、鋭く射抜いていた。


 だがなお、ヴァルヴァッラは余裕の表情を崩さない。


「ふふ、貴女こそ、そんな大口を叩いて、ここで私を撃てると本気で思っているのですか?」


「…………」


「貴女が何者かわかりませんが、こんな場所で軍を動かしたとなれば、世間が黙ってはいないでしょう。さらに、私のような魔法使いの存在が、世に大きく明かされてしまいます。貴女が知っているかはわかりませんが、我々魔法使いの存在は、一般には秘匿として扱われています。しかし、一部の政治家や国のお偉方は、すでに我々の存在を認知している。我々(まほうつかい)は、今まで国が――この世界が隠し続けていた闇そのものなのです。それを、一般大衆が大勢いるこの場で追いつめるという意味、貴女ならおわかりですね?」


 椿は顔を下げ、その表情が見えなくなる。


「この事態に、マスコミも食いつかざるを得ないでしょう。政府が動けば、ある程度の情報規制もありますでしょうが、これだけ多くの目撃者しょうにんがいれば、いずれ魔法使いは世界に知られることになる。そのような事態になれば責任者として、貴女の地位も危ぶまれることでしょう。どうです? ここで一旦(ほこ)を収め、私をこのまま見逃せば、騒ぎも大きくならずに済むかもしれません。その方が、お互いの利になると思いませんか?」


 彼女が軍隊を動かせるほどの地位にいると踏んだヴァルヴァッラは、言葉で彼女に揺さぶりをかける。口八丁で相手の心理を突く、詐欺師である彼らしい戦い方であった。


 彼女からの返答はなし。ヴァルヴァッラは勝利を確信し、微笑を浮かべた。


「交渉成立ですね。いやはや、貴女が話のわかるお方で助かりま――」


 ――ガチャ。


 その時、目の前で起きた光景の凄まじさを、彼は理解するのに時間をかけてしまった。


「なっ――なんですか……これは?」


 先程まで、彼らを不思議そうな目で見ていた通行人達が、一斉に懐から拳銃を取り出し、銃口をヴァルヴァッラに向けたのだ。彼らの瞳は、先程まで平凡な営みを歩んでいた一般市民のものとは思えないほど、何の感情も見えない冷たいものになっていた。


「なぜだ……なぜ一般人が拳銃を持っているんだ? なぜ、全員がこの俺に銃口を向けているのだっ!?」


 椿が顔を上げる。彼女の表情にはすでに笑みが消え、銃口を向ける他の者達のように冷徹なものとなっている。


「簡単なことだ。ここにいる連中は、お前が一般人と思い込んでいた者含めて、全てが私の部下なのさ」


「うっ……嘘だろ……?」


 椿の告げた言葉に、戦慄する魔法使い。


「大量の人数と共に移動していたことから、車を使っていることはあらかじめ予想できていた。私は部下達に交通規制を敷くのと同時に、ここ周辺の住民達を緊急避難させた。あとは、残る部下を一般人に変装させてここに配置し、お前を誘い込むようにルートを作り上げた。たったそれだけのことさ」


「たったそれだけって……貴様は、自分がとんでもないことを言っているのがわかって――」


 ガチャッという音とともに、多くの銃口が彼へわずかに寄っていく。


「ひぃっ!?」


「だから、そう大声を上げるな。一応、私からの命令で余程の事がない限りは発砲するなとは言ってあるが……本当に撃たれないとは保障できないぞ?」


 ヴァルヴァッラは目の前に立つ人間の女性に、底知れぬ恐怖を感じ、震える。この感覚は彼が先程、銀髪の少年に感じたのとまったく同じものだった。


「きっ、貴様はいったい何者なんだ……?」


「私か? 私は七次椿。政府直属の特務機関に所属しているしがない特殊工作員さ」


「……はは、政府直属ときましたか……誰に命令された?」


「誰からでもない。私自身の独断だ」


「なに!? 独断で俺一人のためにこれほどの軍隊を動かして、ただで済むとでも思っているのか!?」


「まあ、それなりのお叱りは受けるだろうな」


「……そうまでして何故、この俺を捕まえようとする?」


 たとえ相手が魔法使いであるとはいえ、人一人捕まえるのに軍隊を使うなど、明らかに異常だ。ましてヴァルヴァッラは、国そのものをおびやかすような悪事をしていたわけではなく、あくまで一市民への搾取程度。とてもじゃないが、たかが一犯罪者などに軍を使うなど、割に合うはずがない。


「単純だよ。お前は、私の大切な弟と姪を傷つけた――それだけさ」


「そっ……その程度で、こんなにも大げさなことを――」


「――口を慎めよ、魔法使い。私は大切な家族を守るためなら、手段を選ばない」


「くっ……狂ってやがる……!」


 ヴァルヴァッラは、目の前にいる女性の異常なまでの行動力に、ただ唖然としてしまうばかりだった。


「……どちらにしろ、お前は凶悪犯罪者だ。放っておくわけにもいくまい」


 椿は未だ痛む身体を気にも留めず、黒ジャケットのポケットから煙草タバコを取り出して一本咥える。


 ――そこに隙を見出したヴァルヴァッラは、一瞬で彼の身体を包む炎の柱を作り出した。


「油断したな、人間! この狩炎結界魔法は俺を除き、触れたもの全てを燃やす結界だ! 銃弾も貫通することなく、不完全燃焼するだけだ!」


 炎の中で狂気の笑みを浮かべる男に、彼を取り囲んでいた部隊も怯み、距離を取る。


「……この結界で、俺の残った魔力全てを消費するが、この際仕方あるまい。このまま俺――私は逃走させてもらうよ。いいか? もし私をこれ以上追うのであれば、市民集う場所にてこの状態で飛び込ませてもらうよ。そうなれば私は確かに捕まるが、今度こそ市民を巻き込んだ責任を取らざるを得まい。どうする? 私を捕まえるのに、手段は選ばんのだろ――」


「――ちょうど良かったよ。ライターがなくて困ってたところだ」


 ふいに、何かがヴァルヴァッラの目の前に投げつけられた。それは、ポニーテールの女性が先程まで咥えていた煙草だった。彼女の口から炎の結界に向かって、勢いよく吹き付けられたのだ。


 もちろん、吹き付けられたソレは脅威になりえない。ただの煙草であるソレは、ヴァルヴァッラの前で炎によって、一瞬で消し炭になった。


 だが――ヴァルヴァッラは条件反射で目をつむって、顔の前に右手をかざしてしまった。


 この一瞬の動作が決定打となった。


 彼の右手首に痛みが走る。


 炎の柱を挟んだ目の前には、一瞬で距離を詰めた黒ジャケットの女性が立っていた。彼女の右腕は炎を突っ切り、いつの間にかはめていた黒のグローブに覆われた手で、ヴァルヴァッラの右腕を掴んでいたのだ。


「なっ――貴様! この炎も二千度の熱さだぞ!? 何故躊躇なく腕を――!?」


「――冷静さを欠いたな、ヴァルヴァッラ・グレイフル」


 椿は彼の腕を思いっきり引っ張り、手前側に引き倒すと同時に、倒れ掛かる彼の顔面に膝蹴りを入れた。


「ブフォッ――!?」


 ヴァルヴァッラの顔面から鼻血が派手に飛び散る。


 椿はそのまま彼の身体を炎から引きずり出し、彼の腕を掴んだまま背後に回る。ヴァルヴァッラの背中を肩で押し倒し、地面にうつ伏せの形で倒れた彼の後頭部に銃口ベレッタを突きつけた。


「忘れたのか? 私はお前の炎をまともに浴びながらも、お前の眼前に立ちはだかったのだぞ? 冷静さを欠いていなければ、それぐらいのことは覚えてるはずなのだがな。私のこのジャケットとグローブは、ともに耐火性に優れている。今更炎の柱なんぞ出されたところで、それに触れたとて、致命傷にはなりえないんだよ」


「……たっ、たとえ貴様の身に付けているものが火に耐性があったとしても、それなりの火傷は免れないはずだ!? ましてや貴様は、一度炎で全身を焼かれた身。生きていたとはいえ、普通ならば火がトラウマになるはずだ! 理論上、炎に耐えられるとわかっていたとしても、心理上、炎に触れるのも恐怖するはずだ! なのに、何故貴様は躊躇なく、我が狩炎結界に手を伸ばせた!?」


「……簡単な話さ。特殊工作員だからな。炎の海に飛び込むなど、日常茶飯事さ」


 銃口を、さらに頭に強く押し付ける。


「ひっ――!?」


「これが――私の家族に手を出した貴様の末路だ」


 冷たいながらも、その声には彼女の静かな怒りが確かに篭っていた。


「くそっ……人間如きがぁ――」


 ヤケクソ気味にヴァルヴァッラは、全身で背中を押さえつけている椿に、直接右手から炎を放とうとする。彼のわずかに残された魔力による最後の悪あがきだった。


 だが――そのわずかな彼の右手の動作を、椿は見逃さなかった。


 ――渇いた破裂音が、早朝の街中に響く。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっっっ――――!? 手がぁっ! 俺の手がぁぁあああっっっ――――!?」


 叫ぶ男の右手はで染まる。ヴァルヴァッラが炎を放つ寸前、椿は容赦なく、彼の右手を銃で撃ち抜いたのだ。


「そう叫ぶな。うるさい」


 右手の激しい痛みに、もはや魔力を練って炎を作り出す事など、彼にはできなかった。


「たっ、助けてくれぇ!? 悪かった! 俺の負けでいいから、命だけは――」


「手を撃たれたぐらいでギャーギャー騒ぐな! 安心しろ。右手は使えなくなるだろうが、生きてはいける」


 ヴァルヴァッラはすでに戦意を喪失していた。彼は、七次椿に完全に敗北したのだ。


「くそぉ……人間如きに……人間如きにぃ……!」


「人間を舐めるなよ――魔法使い」


 トドメの一言を突き刺して、彼女はターゲットを捕獲することに成功した。炎の柱はやがて消え、彼女の部下達は一斉に、組み伏せられたターゲットの腕を縄で縛り上げた。


「よくやってくれた、感謝する」


「いえいえ、さすが少佐相当官殿。鮮やかな戦いぶりでした」


 リーダー格の男と椿は、共に敬礼のポーズをとる。そこでようやく、椿の緊張も解かれたのであった。


「さて……こちらは片付いた。あとは、諏方達がどうなったかだな……」


 朝日が昇り始めた空に向かって、彼女は物思いに耽るように一人呟いた。




 ――そんな彼女達にゆっくりと近づいてくる青い影の集団に、未だ気づくものはいなかった。

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