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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第34話 夜明け前の追走劇

「くそぉっ! なぜぇ……何故私がこんな目に遭わなければならないんだ!?」


 加賀宮や、雇った多くの不良達を乗せていたミニバン車には、今はたった一人の運転手のみが乗車していた。


「もごっ!?」


 口から血が吹き出し、それをなんとか片手で押さえつける。


「くそっ、顎がやられてやがる……なんとか喋れてるのが奇跡的だ。まさか、たった二発殴られただけで、これほどのダメージを受けるとは……あの男は化け物か!?」


 口の中の痛みを堪えつつ、スピード違反ギリギリの速さで高速道路を走る。


 口だけではない、全身に鈍い痛みが走っており、身体の節々を動かすたびにその箇所の痛みが強烈なものへと変わる。その痛みに耐えながら、辛うじてハンドルを動かすことができていた。


「なぜだ……何故あと一歩というところで邪魔に入られる? 私の――俺の計画は完璧だったはずだ。あの男さえ――黒澤スガタさえ現れなければ、今頃大金が俺の手に渡っていたはずなんだ……。あと一歩……あと一歩だというのにぃ!」


 身体の痛みと怒りがない交ぜになり、思考がグチャグチャになっていく。


「くそっ、今すぐ怒りに任せて、周りを燃やし尽くしてやりたいところだが、ここで派手なことをすれば、それこそ『境界警察』に感づかれかねない……」


 一度深呼吸し、わずかでも冷静さを取り戻していく。そして前を見据え、ハンドルを握る手を強める。


「……俺は諦めないぞ。また数年かかるだろうが、必ず大量の軍資金を手に入れ、魔女の宝玉(レーヴァテイン)を手にしてみせる。他の魔法使いですら、何年かかっても未だに見つかっていないんだ。慎重に……全ては慎重に――ッ!?」


 突如、ゴオオオオ――っと強く噴き上げる豪風の音に、緊迫状態だった彼の心臓が跳ね上がった。


「なんだ!? 嵐でも吹き始めたか?」


 耳を澄ますと、風の音に混じって猛々しいエンジン音も聞こえる。サイドミラーに視線を移すと、何かが車体に覆い被さるように飛行しているのが映っていた。


「なっ――ヘリだと!? 何故!?」


 巨大な機械の乗り物が、轟音を鳴らしながらヴァルヴァッラの乗る車の少し後方を飛んでいた。


 彼は理解が追いつかぬまま、ひとまず少しでもヘリから離れようと、アクセルをさらに強く踏みしめた。


   ○


「ターゲットの車両を確認! シルバーの中型バン車が一台、城山高速を移動中」


 操縦席の男性の声と共に、搭乗者全員に緊張が走る。


「サーモグラフィーカメラで、車内の様子を映せるか?」


 身を乗り出し、操縦者に尋ねる椿。


「はい、ただいま!」


 操縦機の真ん中にある小さなモニターが加賀宮のスマホと同期リンクしたGPSの映像から、機体下を映し出すカメラへと切り替わり、淡く赤い輪郭が映し出される。


「男性一人だけのようですね。これで間違いないでしょうか?」


「……シルエットからおそらく、私と交戦した執事の男に間違いないだろう」


「……では、これからどう動きましょうか?」


「交通規制の方は?」


「すでに周辺道路の規制は開始済みです」


「例の準備は整っているか?」


「バッチリであります! あとは少佐相当官の一言で、いつでも動かせます」


「了解した。思っていた以上に仕事が早いじゃないか?」


「少佐相当官の人望故ですよ。なんといっても、数々の国の内戦や、悪名高き『ツインタワービル占拠事件』で活躍した英雄ですからね。そんな尊敬ある貴方の指揮なればこそ、我々も粉骨砕身、戦う所存であります!」


「はは、また懐かしい名前を聞いたねぇ……」


「おっと、失言でありましたか……申し訳ありません!」


「気にしないでくれ。私自身としては苦い経験だが、この場に立てるのはあの事件を経てこそだ……さて、思い出語りはここまでだ。我々はこのまま着かず離れず、距離を維持したまま、ターゲットの車の後方を飛んでくれ」


「了解であります!」


 ヘリは指示通りに、ターゲットであるミニバン車と距離を維持したまま、夜明け前の城山市の空を駆け抜ける。


「布石は敷いた。ギリギリまで敵を追い詰めろ。絶対に逃すな!」


   ○


「クソッ! あのヘリ、どう考えても俺を追っているではないか!?」


 イラつきのあまり、ハンドルを叩いてしまうヴァルヴァッラ。一旦、焦る心を落ち着かせるために深呼吸をする。


 そこで彼はようやく、蚊の囁き程度の小さな音を耳にできた。


 聞こえる音は背後から。耳を澄ますと、その音が電子音だと把握できた。


 バックミラーに目を移す。そこに映った後部座席に、一台のスマホが光を発していた。


「まさか――GPSか!?」


 加賀宮祐一が雇った不良達にGPSを仕込んでいたのを彼ももちろんわかっていた。どうせ無駄な事だと放っておいたのが、今となって仇になったのだ。


 すぐさまヴァルヴァッラは手から炎を発射し、背後のスマホだけを燃やした。


「クソッ、あの役立たずのボンクラ息子がぁ! 最後の最後で私に牙を向けるかぁ!!!」


 またも怒りでハンドルを叩いてしまう。しかし、いくらイラついても状況が好転するわけでもない。


「ちっ、もう起こってしまった事は仕方がない。今は、なんとか逃げるルートを確保せねーーば?」


 再び冷静さを取り戻したところで、ヴァルヴァッラは初めて、ある違和感に気づいた。違和感の正体を確かめるため、彼は周りの景色を見渡す。


「――走行中の車両が……私だけしかいない?」


 周りを見渡しても見える車両は一台もなく、高速を走るのはヴァルヴァッラが今乗っているミニバン車と、上空を一機のヘリが飛んでいるだけだった。


 時刻は深夜を超えてすでに早朝。あと数分で夜明けも来る。深夜から走らせるトラックはもちろん、朝早くから活動する者達の車が走っていてもおかしくない時刻だ。にも関わらず、前後方や反対車線にも、一台とて走行する車が見当たらなかった。


「……どういうことなんだ、これは? あのヘリと関係しているのか?」


 不気味な状況に戸惑いつつも、ヴァルヴァッラは高いスピードを維持したまま、車を走らせていく。


 しばらくして、前方に何かが見えてきた。


「あれは……検問か?」


 道先には、道路を塞ぐように立てられたバリケードと、その脇に数名の男性が立っているのが見えた。


 ――なんて間の悪い――っと、毒づきそうになるも、近づくにつれ、彼らが警官などではなく、軍服を着込んでいるのを視認した。


「軍人が道路を封鎖しているのか!? なぜこんな場所で……まさか!?」


 再びサイドミラーに映る上空のヘリを見つめる。ヘリからは何かこちらにアクションを起こすようなことはなく、ただ彼の車の後ろを追うばかりだった。


「……自衛隊でも動かしたというのか? ただ俺一人のために? まさか、『境界警察』が絡んでいるのか? いや……それにしてはやることが派手すぎる。奴らは秘匿性を第一としているはずだ……」


 考え込んでいる間にも車両は、道路を封鎖している軍服の集団へと距離が縮まっていく。彼らが何者であるかにしろ、捕まってしまえば厄介なことになりかねない。


 ヴァルヴァッラは他に道はないかと、再び辺りを見回す。


「あそこならば――」


 道路はちょうど、降り口のある道に分かれており、そこはまだ封鎖されている様子はなかった。


 本来ならば高速を抜けて城山市を出る予定であったが、背に腹は変えられぬと、車を左側に寄せて高速道路を降りる。


 ――降りた先は繁華街の大通りだったようで、道路の脇をまばらではあるが、早朝出勤のスーツ姿のサラリーマンや、深夜を遊び倒した若者達が行き交っていた。高速を封鎖された影響か、大通りは多くの一般車で渋滞が出来上がっている。気づけば、先程まで後ろを追ってきたヘリも姿を消していた。


 一般人の姿が見えたことでヴァルヴァッラは気持ちが楽になるも、同時に渋滞で身動きが取れない状況に苛立ちが生じる。


「くそ、これでは城山市を出るのに時間がかかってしまうか……まあ、この人通りの多さならば、奴らもそうそう手出しはできまい。しかし、仮に奴らがGPSで私を追えたとして、何故こんな都会の片隅で軍隊を動かせる? いくら加賀宮財閥でも、軍を動かせるほどの力は持っていない。なら、いったい誰が……?」


 車が動けない間、彼は思考する。今日一日だけで、あまりにも不可思議な事態が多すぎた。


 圧倒的なまでの力を持つ銀髪の少年の出現。軍隊らしき集団の道路封鎖や、誘拐する少女の自宅前で交戦した黒ジャケットの女性――、


「――まさか、あの女か?」


 銀髪の少年は、腕力やそのタフさは確かに人間離れはしていたが、あくまでその戦い方は不良の喧嘩の延長上のものだった。しかし――黒ジャケットの女性は拳銃を所持し、その戦闘術も明らかに素人のものとは思えなかった。


 彼女が何らかの組織に所属する戦闘のプロであるなら、この事態にもある程度辻褄が合ってくる。


「……高速での軍隊の道路封鎖はあの女の先導か? ……いや、さすがに考えが非現実的すぎるか……人間どもにとって、我々の方が神秘だというのに――」


「キャアアアアアアアアアアッッッッッ――――!!!」


 突如、外から女性の悲鳴が聞こえた。


 多くの通行人が奇異の目で見守る中、渋滞で動けない車の間を、先程見たのと同じ軍服を着込んだ兵士らしき集団が、アサルトライフルを構えて進行していた。


「なっ――まさか奴ら!?」


 兵士達は明らかにヴァルヴァッラの乗る車両に向かって来ていた。彼らはあっという間に、ヴァルヴァッラの乗るミニバン車を取り囲み、一斉に銃口を車内に向けた。


「馬鹿な……こんな人通りの多い場所で堂々と軍の兵を使うなど、頭がどうかしている……」


 いくら魔法使いとはいえ、数人の銃を持った者との相手ならば逃げることは難しい。


 ヴァルヴァッラはおとなしく手を上げながら、車をゆっくりと降りた。


 同時に、上空から突風が吹き荒れ、先程まで車を追跡していたヘリが低空飛行で近づく。多くの通行人達は、ただ目の前の光景に唖然とし、中には物珍しさにヘリや軍隊にスマホを向ける者達もいた。


 ヘリから縄梯子が垂れ下ろされ、そこから黒いジャケットを着た女性が降りてくる。その女性は、ヴァルヴァッラが少女宅の前にて戦った、色黒のポニーテールの女性だった。

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