第36話 四天王の日常④
「くっそぉー……なんでテメーら、揃いも揃って歌うめえんだよ……」
二時間程度のカラオケを終え、四天王たち四人は夕暮れ色に染まる桑扶市内を歩いている。
カラオケの結果は諏方にとって散々なものであり、他の三人が平均で八十点以上を叩き出す中、せいぜい出せた点数が四十点代だった彼はすっかりと意気消沈してしまっていた。
「ま、ウチはダンスの練習中も歌いながら踊ってるし、自然と歌唱力も上がってきたのよねぇ」
「オイラも筋トレ中に曲流して余裕あれば歌ったりもするんで、気づいたらけっこう歌上手くなったッス!」
「筋トレ中にバラード流すのマジウケる」
「バカにすんなッス! けっこう聴き心地よくて、筋トレも捗るッスよ!」
やいのやいのと騒いでいる二人を横目に、諏方はさらに深くため息を吐き出した。よほど上手く歌えなかったのがダメージにきてるようだ。
「……さて、特に門限などの制約がなければ次の場所に向かおうと思うが、構わないな?」
三人の様子を気に留めることなく、孫一はメガネを押し上げながらさっさと先を歩いてしまう。
「んだよ……次はどこに行こうってんだ? オレは遊ぶより、身体を鍛えてとっとと強くなりてえんだけど?」
「そう急くな。運動する機会はちゃんと考えている。だがその前に、もう少し不良らしい場所に向かおうじゃないか」
「不良らしい……場所?」
◯
耳に響くは、これでもかというほどに大音量の電子音たち――。
カラオケルームと同じような薄暗い室内ではあったが、ギラギラと発色する強い光は眼を焦しそうなほどに眩しい。
「ここが……ゲーセン……」
次に諏方が連れてこられたのは、不良たちを中心にひしめき合う不良のたまり場――ゲームセンターである。
二階建てのゲームセンターで、一階にはUFOキャッチャーとプリクラのみが置かれて照明も明るく、客層もカップルや家族連れなど、比較的大衆向けの遊戯施設となっている。
一方の諏方たちがいる二階は格闘ゲームやシューティングゲームなどを中心としたアーケードゲーム、音楽ゲームや特殊な大型筐体のゲームなど多種多様なゲームが並び、薄暗さも相まってどこかアングラめいた空気が流れていた。
同じ建物内とは思えないほどに一階と比べて二階の雰囲気はあまりに異質であり、ゲーム筐体の強い光と爆音に思わずめまいが起きそうになる。
「先ほどの言い分からして、ゲームにも触った事はないのだろ? ここなら百円二百円で手軽にゲームが遊べる。少数の金額で時間を潰すには最適な場所と言えるだろう」
高校生は何をするにも使える金額というのは限られる。数百円で何時間も過ごせ、さらに友人同士で騒いでも文句を言われる事がほとんどないこの場所は、まさに不良たちにとっての居心地のいい空間であった。
「ゲームは何をする? といっても、ゲームをやった事のない身ではできるゲームも少ないか。音ゲーはカラオケの例でいうならリズム感も音楽への知識も皆無な現状では無理だろう。レースゲー、シューティングゲー、パズルゲーもゲーム初心者ではとっつきにくいところがあるか。となると、選択肢としては……」
孫一は周囲を見回し、しばらくしてあるゲームに視線を定める。
「――やはり、ガチャプレイでも相応の戦果を見込める格ゲーが無難か」
孫一たちはちょうど空いているアーケード筐体の一つへと近づく。二台の筐体がそれぞれ背中合わせになる形で、プレイヤー同士で向かい合って対戦のできる格闘ゲーム――画面上では二人の杖のような物を持ったドット絵調の男女が、それぞれ魔法のような技を駆使してバトルしているデモ映像が流れていた。
『エターナルファイター』――のちの『エレメントファイター』の前身――通称エタファイは、格闘技と魔法を組み合わせたキャラ同士で闘い合う大人気格闘ゲームだ。
「エタファイは他の格ゲーにもある格闘術の他に、魔力と呼ばれるゲージを使用して魔法を使うなど、同ジャンルの中では操作難度は高い。だが緑のハチマキを付けた主人公のショウはマーシャルアーツと風の魔法を組み合わせているが、接近戦が主で他の格ゲーキャラの使用感とそれほど変わらない初心者向けのキャラだ。六ボタン式だが、適当にボタンを連打してもある程度はコンボが繋がる。コマンドは画面外側に貼られているから、それを参考にしろ」
「ん……お、おお……」
孫一からの説明をもらっても用語すらままならない諏方はちんぷんかんぷんにしか受け取れず、ただ戸惑いの声を漏らすことしかできない。
「……ゲームに限らずだが、触れた事のないものに触れるのは新たな知見を得るという事だ。新たな知見は知識と経験になり、その数が多いほど強さに繋がる。強さというのはなにも、身体を鍛える事ばかりではない」
「はぁ……」
「……まだ納得しかねるといった顔だな。まあ、物は試しというやつだ。ショウを使ってまずはCPU戦で慣らしてみろ。この台のCPUは弱く設定されているはずだから、初心者の貴様でも十分に勝てるだろう」
諏方は少し嫌そうにしながらも興味がまったくないというわけでもないのか、恐る恐る筐体に百円玉を投入して席に座る。言われた通りに緑のハチマキを付けた男性キャラを選び、コマンド表は見てもわからないのでとりあえず適当にボタンをポチポチと押しまくる。
「…………っ……くっ…………むっ……!」
一ステージ目、二ステージ目と順調にコンピューターを倒していくも、三ステージ目から明らかな苦戦が見え始める。
「…………ふむ」
だが、最初気だるげだった諏方の表情にだんだんと真剣味が帯び始めるのを孫一は見逃さなかった。
そうこうするうちに多少の苦戦はあったものの、気づけば十ステージ目のラスボスまで諏方は見事に撃破したのであった。
「…………しゃあ……!」
笑みはなく、近くにいなければ気づけない程度の小声ではあったが、諏方は拳を握りながらクリアへの達成感を噛み締める。
「初めてにしてはよくやったと言えよう。だが対戦格闘ゲームの醍醐味は対人戦にある。……猿崎晋也、貴様が相手をしてみろ」
「え? オイラッスか⁉︎」
自分に振られるとは思ってなかったのだろう、晋也は驚いた様子で自身を指差した。
「……いやいや! オイラこのゲーム下手くそなの知ってるッスよね⁉︎」
「知っている。だからこそ、黒澤諏方の特訓相手としてちょうどいいという話だ」
「ええ……そんならあかりっちゃんでもよくないッスか? たしか、あの子もエタファイ初心者なんスよね?」
「夜空明里なら、とうにダンスゲームで大量のギャラリーを付けているぞ」
「え⁉︎ いつのまに⁉︎」
音ゲーコーナーに視線を向けるとたしかに、明里が華麗に踊っているダンスゲーを中心に人だかりができていた。
「しゃーないッスね……練習相手になるかわからないッスけど、オイラが相手になるッスよ、センパイ!」
「……上等だ。オレが勝ったら、そのセンパイ呼びいい加減やめてくれよ……!」
「オッケーッス! やるからにとことんやりましょう、センパイ!」
最初のやる気のなさはどこへやら、諏方はすっかり晋也を相手に、闘志をみなぎらせたのであった。




