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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第31話 倒れぬ意志は娘のために

「……おとう……さん……」


 喉元の火傷のせいで、息をするだけでも激痛が走るのをわかっていても、娘は声を絞り出して父を呼んだ。


「……わりぃ、ちょっとだけ寝ちまってた」


 同じく全身を焼かれ、立っている事すら奇跡的だというのに、父は娘になんでもないような、普段通りの笑みを見せた。


「俺が起きるまで、よく我慢できたな。偉いぞ、白鐘」


「……何それ? ふふ……その見た目でお父さんぶっても似合わないよ……」


 精一杯の笑みで軽口を叩きながらも、精神的に安堵したのか、彼女の意識が一旦途切れる。微かに息はしているが、額には汗が浮かび、呼吸するだけでもやはり苦しそうだった。


「……加賀宮祐一」


「っ――!?」


 呆然と二人を眺めていた加賀宮は、突然名を呼ばれて、ハッと身構える。


「そこで倒れてる白いローブの女の子を起こして、白鐘を治療させてくれ。彼女なら、多分何とかしてくれるはずだ」


 諏方は優しく、両手で抱えていた白鐘を床に降ろす。


「……何故、僕に任せるんだ? お前は僕が憎いんじゃないのか?」


「憎いさ……だが、微かにお前が白鐘を守ろうとしていたのは聞こえていた。……それだけでテメエを許す気なんざ一切ねえが――今はそれ以上に、ブッ飛ばさなきゃいけねえ奴がいる」


 諏方の怒気が篭った瞳と声は、それが向けられていない加賀宮ですら、胃が縮んでしまいそうなほどの迫力だった。


 息を呑み、身体は未だに恐怖で震えてはいたが、それでもなんとか立ち上がり、白いローブの少女へと駆け寄る。


 彼自身、これが贖罪になると思ってなどいない。――それでも、黒澤白鐘を助けたいという思いは黒澤四郎と共通したものだった。


 黒澤四郎が何者なのか、未だ加賀宮は量りかねているが、彼の白鐘への思いは想像しえないほどに大きなものなのだろう。そんな彼に任された以上、加賀宮自身も動かぬわけにはいかなかった。


 シャルエッテへと駆け寄る加賀宮を見届けて、再び視線を、瓦礫の上で倒れている黒スーツの男へと戻す。


 彼は鼻と口を手で押さえながら、ヨロヨロと弱々しい動きでゆっくりと立ち上がった。その瞳は、まるで信じられないものを見るかのように開ききっていた。


「……あり得ない」


 ぽたぽたと、口元を押さえる手から血が流れている。それに構わず、彼は言葉を続けた。


「……あり得ない……あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ないいいいいいいいいいっっっっっっっっっっ!!!!!! 何故だぁ!? 何故、お前はその火傷で立っていられるんだああああああああああっっっ!?」


「うるせえよ。殴られた後に大声出してっと、顎外れるぞ?」


「黙れぇ! 人間はな、皮膚の七〇パーセントが火傷すると死ぬんだよ! 死ななきゃいけないんだよ! なのにぃ! 何故お前は立っていられるんだぁ!?」


 先程までとは別人のように、冷静さの欠片もなくなったヴァルヴァッラの叫びがこだまする。


「……んなもん、簡単な話だろ? 俺は黒澤諏方。黒澤白鐘の父だ。たった一人の父親だ。親ってのはなぁ……自分の子供のためなら、たとえどれだけボロボロになっても、死ぬわけにはいかねえんだよ」


 一歩、足を踏み出す。目の前の敵を倒すために、諏方は拳を強く握り締めた。


「くっ――来るなぁ!」


 ヴァルヴァッラの手から炎が生み出され、迫り来る猛獣おおかみに向けて投げ放つ。


 しかし、諏方は難なくと、身体を逸らすだけで炎をかわした。


巫山戯ふざけるな、巫山戯るな、巫山戯るなぁ!? そんな根性論のようなもので、人体論や魔法理論を捻じ曲げられてたまるかぁ!」


「なんだよ? 詐欺師ってのは、どちらかというと心理学に通じるもんじゃねえのか?」


 焦るヴァルヴァッラに対し、諏方は全身に走る痛みや彼への怒りにも関わらず、不思議と冷静でいられた。


 少しずつ迫り来る姿と、静かに発せられるその言葉に、ヴァルヴァッラの精神はより追い詰められていった。


「こんな……こんな馬鹿な事がありえてたまるか……私はヴァルヴァッラ・グレイフルだぞ? 魔法界きっての詐欺師で、『境界警察』にすら一度も捕まらなかったこの私が……たかが人間如きに追い詰められるはずがない!」


 口元から手を離し、両手で炎を次々と投げ飛ばしていく。それらの悉くを、諏方は軽い動作で躱していった。


「たかが人間? ちげえよ、魔法使い」


「なにっ――?」


「テメエを追い詰めてるのは、黒澤白鐘のちちだ。娘を傷つけられた親の怒りが、テメエを追い詰めるんだ」


「――――ッッッ!? クソッ! クソッ、クソッ、クソがぁ!」


 絶えず次々と炎を投げつけるも、一度とすら諏方の身体にかすりもしない。


 ヴァルヴァッラ自身が冷静でいられたなら、諏方の挙動を読むなり、倒れている白鐘に炎を投げつけるなり、別の対処もできてたであろう。


 ――しかし、ヴァルヴァッラは良くも悪くも、純粋なまでに詐欺師であった。


 相手の心理を突き、意のままに動かし、騙してきたヴァルヴァッラにとって、彼の周りで起こりえたことは全て想定の範囲内であった。自身が可能な事は全て成し遂げ、不可能な相手ならば無理をせず、常に逃走の経路を確保し、逃げ切ってきた。


 そんな彼にとって、目の前の存在はあまりにも、想定しえる全ての思惑から外れた未知だった。


 そして、純粋なまでの詐欺師であるゆえ、あまりにも想定外な存在に、ヴァルヴァッラは生まれて初めて冷静さを失ったのだ。


 そんな彼の炎は最早、満身創痍ではあっても、多くの喧嘩たたかいを経験してきた諏方に当たるはずもなかった。


「クソッ! クソッ! 何故当たらない!? そんな死に体で、何故私の炎が躱される!?」


「不意打ちならともかく、見えてりゃテメエの火なんざ、当たりゃしねえよ」


 もう、あと数歩という距離まで接近した。


 諏方は、激痛走る脚に構わず力を込め、大きく敵へと踏み出した。


「まっ――負けるはずがない! この私が――魔法界一の詐欺師であるこの私が、人間なんぞに負けるはずがないんだあああああっっっ!!!」


 ヴァルヴァッラは両手を天にかざし、今までの中で最も巨大な炎を作り上げた。人一人覆えるその巨大な炎に、彼の魔力が最大限にまで注ぎ込まれる。


「くたばれ、人間!」


 巨炎を、目の前にまで迫り来た銀髪の少年に投げ放った。


「――くっ!」


 投げ放たれた炎の距離はあまりにも近く、諏方でも躱す事は至難であった。


 炎が着地すると同時に、巨大な火柱が立ち上がる。


「――お父さん!?」


「――スガタさん!?」


 意識を取り戻していた二人の少女の叫びが響く。


 それに構わず、肩で息をしながら、ヴァルヴァッラは目の前の火柱を呆然と眺めていた。


「……ふふふ、ハハハハハ! そうだ。人間なんかが、魔法使いに勝てるわけがないんだ……。ははは……そうだ。ヴァルヴァッラ・グレイフルは、これからも人間と魔法使いを手玉に取り、いずれ必ず、魔女の宝玉(レーヴァテイン)をこの手に――」


 ――火柱が揺らめいた。中心部には黒い影。それを目にした魔法使い(ヴァルヴァッラ)の血の気が引いた。


「おぉおおおおおっらあああああああああああっっっ――――!!!」


 雄叫びを上げながら、火柱から黒澤諏方の身体が飛び出した。


「ばっ――バカなぁ!?」


 ――巨炎が当たる直前、諏方は一度身を屈め、最大限の力を込めて足を踏み出し、火柱となった炎を突っ切ったのだ。


 数瞬ーー本来ならばわずかに浴びただけで、常人ならば耐えられないはずの熱量が彼の全身を襲うも、諏方はそれを耐え切った。


『ここで俺が倒れたら、誰が黒澤白鐘を守るんだ!?』


 ――娘への強い想いが、諏方の散りかける意識を支えたのだった。


 飛び出した勢いのまま、諏方はさらに一歩、拳を固めてヴァルヴァッラへと踏み込んだ。


「――やっ、やめろ!? こっ、こっちに来るなぁああああ――」



「知ぃぃぃぃぃるぅぅぅぅぅかぁああああああああっっっっっ――――!!!」



 上空から、振り上げた拳をヴァルヴァッラの顔面に叩き込んだ。


「ごぱあぁあああああああああああっっっっっ――――!?」


 諏方の拳と共に、ヴァルヴァッラの身体が床へと叩きつけられる。


 瓦礫の大海が砂埃の柱を巻き上げ、クレーター状に割られた床の上で、魔法使い(ヴァルヴァッラ)人間すがたこぶしで倒されたのだった。

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